ファーストキス
人生で最も長く、気まずく、そして心臓に悪いシャワータイム(主に達也にとって)が、ようやく終わった。達也は猛スピードで体を拭き、リリアに背を向けたまま震える手で服を着込んだ。顔の赤みは全く引いていない。一方のリリアは、さっぱりしたー!と満足げに体を拭き、これまた達也に何の配慮もなく、ゆっくりと服を着ている。
二人とも服を着終えたが、キャンピングカーに戻る気にはなれず、どちらからともなく、少し離れた場所で夜空を見上げていた。気まずい沈黙が流れる。虫の声と、遠くでフクロウが鳴く声だけが聞こえる。
「……月、綺麗だね」
先に沈黙を破ったのはリリアだった。夜空に浮かぶ、欠けた月を見上げながら、ぽつりと呟く。
「満月じゃないのが、ちょっと残念だけど」
「…吸血鬼は、月が好きなのか?」達也は、まだリリアの方を見ずに、ぶっきらぼうに尋ねた。
「好き、っていうのとは少し違うかな」リリアは首を振った。「なんていうか…引かれる、感じ? 私たちの力とか、本能とかと、すごく深く繋がってるから。…良くも悪くもね」
その声には、いつもの悪戯っぽさとは違う、少しだけ真剣な響きが混じっていた。
「ふーん…」達也はそれ以上何も聞かず、ただ黙って夜空に浮かぶ月と星を見上げていた。リリアも隣で静かに空を見上げている。理由は分からないが、先ほどまでの激しい動揺が、夜空を見上げているうちに少しだけ静まっていくような気がした。言葉は少なくとも、ほんのわずかな時間だけ、穏やかな空気が流れた。
「さて、と」やがてリリアが言い、体を伸ばした。「私はもう眠いな。さ、戻って寝よ!」
達也も頷き、二人でキャンピングカーへと戻った。達也は当然のように運転席に向かい、シートをリクライニングさせようとした。ここで寝るのが一番落ち着く。
しかし、達也がシートに潜り込もうとした瞬間、後ろから伸びてきたリリアの細い腕が、達也の体をぐいっと引っ張った!
「わっ!? な、何するんだ!?」
「えー? こっちのベッド、広いんだから一緒に寝ようよー」
リリアは悪びれもなく言いながら、達也を後部のダイネットを展開したベッドスペースへと、いとも簡単に引きずり込んだ!
「ちょっ…離せ! 狭い! 俺は運転席で寝る!」達也は必死に抵抗しようとするが、見た目によらずリリアの力は強く、全く敵わない。
「大丈夫だって、くっつけばあったかいし♪」
リリアは達也をベッドの上に押さえつけると(?)、自分も隣に滑り込み、まるで大きな抱き枕かのように、達也の体にぎゅーっと抱きついてきた!
「~~~~~っ!!??」
達也は声にならない悲鳴を上げた。柔らかな感触と、甘いような独特の匂い、そしてすぐ耳元で聞こえるリリアの寝息(え、もう寝るのか!?)。達也は羞恥心と混乱と恐怖で完全に金縛り状態だ。
「すー…すー…」
リリアは本当にすぐに、安心しきったような穏やかな寝息を立て始めた。達也に抱きついたまま、すやすやと眠ってしまっている。
(う、動けない……!)
達也はリリアの腕の中で身動き一つ取れず、心臓はバクバクと暴れ、顔は真っ赤なままだ。こんな状態で眠れるわけがない。しかし、昨夜からの疲労はピークに達しており、そして不思議なことに、リリアの体温(少し低いが)と寝息が、妙な安心感をもたらしているような気もして…。達也はなかなか寝付けずにいたが、やがて抵抗を諦め、混乱したまま意識を手放した。
***
[翌朝]
チュン、チュン…
柔らかな感触と、すぐ近くで聞こえる鳥の声で、達也はゆっくりと目を覚ました。
(ん…? なんか、唇に…?)
まだ半分眠っている頭で、自分の唇に何か柔らかいものが触れているのを感じる。それが何なのか認識した瞬間、達也の眠気は完全に吹き飛んだ。
目の前には、至近距離にリリアの寝顔。そして、彼女の唇が、自分の唇に軽く触れていたのだ! いわゆる、キスというやつだ!
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!??????」
達也は声にならない絶叫を上げ、勢いよく飛び起きた! 顔は昨日以上に真っ赤になっている!
「ん……あれ? 起きちゃった?」
達也が飛び起きた反動で、リリアも目を覚ましたようだ。寝ぼけ眼で達也を見上げ、にこりと微笑む。
「お、おまっ…! い、今、な、何しやがった!?」達也は真っ赤な顔で、震える指をリリアに突きつける。
リリアはきょとんとした顔で小首を傾げた。
「んー? おはようのキスだけど? 何か変だった?」
そして、悪戯っぽく笑って付け加えた。
「大丈夫だってば。姉妹なんだから、これくらい普通でしょ? ね♪」
「ふ、普通じゃねえええええええええ!!!!!」
達也の絶叫が、静かな朝のキャンピングカーの中に響き渡った。リリアはそんな達也の反応を、心底楽しそうにケラケラと笑っていた。




