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満月とコーヒー

誤字、脱字の報告ありがとうございます

なかなか気づけないため助かりました

なし崩し的に始まった、吸血鬼(自称)のリリアとの二人旅。馬車は街道をガタゴトと進み、車窓には見慣れない景色が流れていく。達也は隣に座るリリアの存在を意識し、警戒心を解けないでいたが、彼女が最後に囁いた言葉――「吸血鬼のうまい生き方を教えてあげる」――が、どうしても頭から離れなかった。


(もし…もし、俺が本当に吸血鬼なら…こいつから情報を引き出すしかないのか?)


覚悟を決め、達也は意を決して、小声でリリアに尋ねた。

「…なあ。さっき言ってた、『吸血鬼のうまい生き方』って…具体的に、どういうことなんだ?」


リリアは待ってましたとばかりに、赤い瞳を輝かせ、楽しそうに説明を始めた。その声は、他の乗客に聞こえないように、達也の耳元に囁くようにして。


「まず基本中の基本だけど、私たち吸血鬼はね、満月の夜には特に注意が必要なの」


「満月…?」


「そう。月の力が一番満ちる夜。あの光を浴びると、私たちの内に眠る本能…つまり、血への渇望かつぼう、吸血衝動が、普段の何倍も強く刺激されちゃうんだ。自分の意思で抑えるのが、すっごく難しくなる」

リリアは少し顔をしかめてみせる。

「だから、満月の夜とその前後は、できるだけ人目につかない安全な場所に引きこもるのが一番。下手に街中なんかをうろついて、衝動に負けて誰かに噛みついちゃったりしたら…それこそ『魔女狩り』だの『討伐隊』だの、面倒なことになるからね」


「引きこもるしか…ないのか…?」達也は暗い気持ちになる。もし自分が本当に吸血鬼なら、定期的にそんな危険な時期が来るというのか。


「まあ、完全に衝動を消すのは難しいけど、ちょっとした気休めはあるよ」リリアは指を一本立てて、悪戯っぽく笑った。「例えばね、**『コーヒー』**って黒くて苦い飲み物、知らないかな? 南方の方で採れる豆を煎って淹れるんだけど」


「コーヒー…?」達也はその名前に聞き覚えがあった。元の世界では日常的に飲んでいたものだ。


「そう、コーヒー。あれを飲むとね、理由はよく分からないんだけど、少しだけだけど、血が飲みたくてイライラするのが和らぐ気がするんだよね。中に含まれてる『かふぇいん?』とかいう成分が、何か作用するのかな? 私たちの体って、結構不思議だから」


(コーヒー! 通販で買えるやつだ! あれで衝動が抑えられるなら…!)

達也にとって、それは絶望の中の光明のような情報だった。


しかし、二人がそんな物騒な(そして奇妙な)会話を小声で続けていると、前の席に座っていたおしゃべり好きそうなおばさんが、聞き耳を立てていたらしく、振り返ってにこやかに(しかし目は笑っていない感じで)話しかけてきた。


「あらあら、そこの可愛い嬢ちゃんたち。さっきから何をひそひそ話してるのかと思ったら、なんでまた『吸血鬼』なんて物騒な話をしてるんだい? そんな怖い話はやめて、もっと楽しいお話でもしましょうよ。ね?」


「―――っ!!」


(聞かれた!!!)

達也はサッと顔面蒼白になり、心臓が口から飛び出しそうになった。しまった、小声で話していたつもりだったのに! どうしよう、ここで吸血鬼の話をしていたなんて知られたら…!


達也が冷や汗を流して固まっていると、隣のリリアが、達也の肩をポンと軽く叩き、おばさんに向かって完璧な笑顔を作った。


「あら、ごめんなさい、おばさま! 聞こえちゃいました? 実は私たち、最近流行ってる冒険小説を読んでて、その話をしてたんですよ! 悪い吸血鬼を、かっこいい騎士様が退治するお話なんです! ねー?」

リリアはそう言って、達也に同意を求めるように可愛らしくウィンクしてみせた。その演技力は完璧で、何の疑いも差し挟ませない。


「へえ、小説の話かい。なんだ、びっくりさせないでおくれよ」おばさんはあっさりと納得したようで、「それならいいけどね。でも、あんまり怖い話ばかりしてると、夜眠れなくなるよ?」と言い残して、前を向いてしまった。


「……ふぅ……」


達也は、リリアの見事な機転のおかげでなんとか切り抜けられたことに、大きく安堵のため息をついた。心臓はまだバクバクと鳴っている。

リリアを見ると、彼女は「ね、言ったでしょ? うまく生きる方法、教えてあげるって」とでも言いたげに、赤い瞳でニッと笑った。


達也は、この隣に座る吸血鬼少女への警戒心を解くことはできない。しかし同時に、彼女の持つ知識や機転が、この異世界で生き抜く上で、今は頼らざるを得ないものなのかもしれない、とも感じ始めていた。


おばさん乗客への見事な切り返し。リリアの機転のおかげで、吸血鬼という物騒な話題を聞かれたにも関わらず、なんとかその場を切り抜けることができた。達也は大きく安堵のため息をつき、隣に座るリリアを少しだけ見直していた。


(こいつ…ふざけてるように見えて、結構頭が回るのかもな。それに、今のところ俺を売ったりする気もなさそうだ…)


警戒心は依然として強いが、ほんの少しだけ、リリアに対する壁が低くなった気がした。達也は、自分の最大の懸念事項について、もう少し彼女から情報を引き出してみようと決めた。


「…なあ、リリア」達也は小声で話しかける。「さっき言ってた、吸血衝動が強くなるっていう満月って、次はいつ頃なんだ? 一応、知っておきたいと思って…」


リリアは達也が自分から話しかけてきたことに少し驚いたようだったが、すぐに嬉しそうに赤い瞳を細めた。

「ふふ、良い心がけだね、ちゃんと備えようとしてるんだ? えっとね、月の満ち欠けからすると、次の満月は……うん、ちょうど一週間後くらいかな。だからね、私もちゃんと準備してるんだよ!」


そう言うと、リリアは得意げな顔で懐から小さな革袋を取り出し、中の黒っぽい豆を数粒、手のひらに乗せて達也に見せた。香ばしいような、独特の匂いが微かに漂う。


「じゃーん! これが**『コーヒー』**の豆! この豆を石臼で丁寧に砕いて、お湯でゆっくり煮出すと、あの苦くて目が覚めるような飲み物になるんだ。満月の夜は、これを飲んでなんとか衝動を紛らわせるんだよ。この豆、結構貴重でさ、南方の商人からやっと手に入れたんだから!」

リリアは少し自慢げに、苦労して手に入れた(らしい)コーヒー豆を見せびらかしてくる。


(うわ…豆から挽くのかよ…。しかも手に入れるの大変って…こっちの世界、コーヒー飲むのも一苦労なんだな…)

達也は、リリアが大切そうにしているコーヒー豆を、なんとも言えない、少し哀れむような目で見てしまった。元の世界なら、コンビニでもっと手軽で美味しいコーヒーがいくらでも買えるのに…。


そして、達也の頭に、ある悪戯いたずら心がむくむくと湧き上がってきた。

(…よし、いっちょ、こいつを驚かせてやるか)


達也は内心でニヤリと笑うと、リリアには「へえ、大変なんだな」とだけ相槌を打ち、素早く意識を異世界通販に向けた。検索するのはもちろん「インスタントコーヒー」。スティックタイプやドリップバッグタイプが、元の世界と変わらない安い値段(1箱30本入りで500円とか)で大量に表示される。達也はその中から、一番普通のスティックタイプのものを1箱購入した。


そして、何食わぬ顔で、自分の服のポケットを探るフリをする。

「コーヒー、ねぇ…。なんか俺も、似たようなの持ってた気がするんだけどな…。ああ、これこれ」


達也は、アイテムボックスから取り出したばかりの、カラフルな包装のインスタントコーヒーのスティックを一本、リリアの目の前にひょいと差し出した。ご丁寧にも「お湯を注ぐだけ!」などと日本語で書かれている。


「リリアの言ってる『コーヒー』って、…これで合ってるか?」


「…………え?」


リリアは、達也が差し出した、見たこともない奇妙な包装の、しかも既に粉末状になっている(ように見える)物体を見て、完全に固まった。彼女が苦労して手に入れた「豆」とは似ても似つかない。


「な……ななな……!?!? そ、それはっ!? 何そのヘンテコな包みは!? しかも、もう粉になってるじゃないか!? 煮出す必要もないってこと!? え? え? あなた、一体どこからそんなものを!? あなたはその…物を消したり出したりする不思議な力を使ったのか!?」


リリアは、これまでにないほど激しく動揺し、目を白黒させて達也とコーヒースティックを交互に見ている。さっきまでの余裕綽々な態度は完全に消え失せ、ただただ驚愕している様子だ。


その、初めて見るリリアの驚愕した顔を見て、達也は溜飲が下がる思いがした。

(よしっ! やってやった!)

内心で快哉を叫び、してやったり、と口元が緩むのを抑えきれなかった。(こいつには俺が物を出し入れできることがバレてるみたいだけど、どうやってるかまでは分かってないみたいだな!)初めて、この吸血鬼少女の意表を突くことができたのだ。

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