姉妹
達也は、馬車の中に座ったまま、先ほどの出来事――自分が吸血鬼かもしれないという衝撃、そしてリリアと名乗る吸血鬼の少女との出会い――を反芻し、混乱と恐怖で体が小さく震えていた。休憩時間だというのに、馬車から降りる気力も湧かない。
そんな達也の元へ、馬車から降りていたはずのリリアが、ひょっこりと戻ってきた。フードの下から覗く赤い瞳が悪戯っぽく輝いている。
「やっほー、そこの可愛い子ちゃん。まだそんな所で固まってたの? さっきはちょっと驚かせすぎちゃったかな? ごめんごめん」
リリアは全く悪びれた様子もなく、軽い調子で謝ってくる。
そして、身を乗り出して達也の顔を覗き込み、にっこりと笑った。
「ねえ、思ったんだけどさ、私たち、どうやら目的地は同じ自由都市リベルみたいだし、一緒に旅しない? あなた、見てると一人じゃ危なっかしくて放っておけないし、それに何より……うん、面白そうだから!」
「は……?」達也はリリアの突拍子もない提案に、呆気に取られた。
達也が訝しげな顔をしているのを見て、リリアは「あ、信用ない感じ?」とおどけてみせ、懐から一枚の古びた羊皮紙を取り出した。そこには、冒険者ギルドの紋章と、名前(リリアと書かれている)、そしてランクを示す「D」の文字が記されている。
「これでも一応、冒険者ギルドに登録してる身なんだよねー。ランクはまだまだ下っ端だけど。だから、まあ、最低限の護衛くらいはできると思うよ? どう?」
リリアは得意げに(しかし、その証明書が巧妙な偽造品であることなど達也には知る由もない)それを見せながら、ウィンクしてみせた。
しかし、達也はすぐには乗らなかった。混乱しながらも、必死に警戒心を働かせる。
「……なんでだよ。なんでアンタは、そんなに俺に構うんだ? さっき、吸血鬼だとか魔女だとか言ってたじゃないか。怪しいって思ってるんだろ? それに、俺みたいなのと一緒にいたら、アンタだって面倒に巻き込まれるかもしれないのに」
達也の真っ直ぐな(そして切実な)問いかけに、リリアは一瞬、赤い瞳に何か複雑な色を宿したが、すぐにいつもの悪戯っぽい笑顔に戻った。
「んー? 怪しいのはお互い様じゃない? ま、色々理由はあるんだけど……一番の理由はね、さっきも言ったけど、久しぶりに同族(かもしれない子)に会えたのが、すっごく嬉しいから! かなっ! なかなかいないんだよー、私たちみたいな特別な存在って。だから、なんか放っておけないんだよね」
(半分は本音、半分は達也を安心させるための言葉だろう)
そして、リリアは親しみを込めて、ポン、と達也の肩を叩いた。(達也はビクッと体を震わせる)
「それにさ、同じ夜を生きる(かもしれない)者同士、運命の出会いってやつ? ある意味、私たちって『姉妹』みたいなもんじゃない? ね? 困った時はお互い様。助け合ってこーよ!」
リリアは、屈託なく(?)笑いかけた。
「し……しまい…………!?」
姉妹―――その、達也(元男性)にとってあまりにも破壊力のある言葉に、達也の思考は完全にショートした。彼は目をこれ以上ないくらい丸くして、口をパクパクさせながら、目の前の美しい(そしてとんでもない)吸血鬼少女を見つめて固まってしまった。リリアのペースと、その言葉の破壊力に、完全に思考が追いつかない。
(って、俺はまだこいつに名前すら名乗ってないのに、なんでこんな馴れ馴れしいんだ…!?) 思考の片隅で、達也はそんなツッコミを入れていた。
リリアは、そんな達也の固まった様子を見て、楽しそうにクスクスと笑いながら、その整った顔をぐっと近づけてきた。フードの下から覗く赤い瞳が、間近で達也を捉える。
「あはは、固まっちゃった? ごめんごめん、変なこと言ったかな? 『姉妹』ってところ?」
悪びれもせずにリリアは言う。
そして、少し声を潜め、まるで秘密を打ち明けるかのように、安心させるような口調で続けた。
「でもさ、そんなに怖がらなくていいよ。さっき匂いのこと言ったけど、あれはね、私たち吸血鬼同士だから分かる、すごく特別な匂いなんだ。なんていうか、血の奥にある魂の色みたいな?」
リリアは小首を傾げる。
「だから、よっぽど頻繁に血を啜ってプンプン匂わせたり、大きな力を使って気配を駄々洩れにしたりしない限り、普通の人間には絶対に気づかれないから。あなたが普通にしてれば、吸血鬼だってバレる心配はほとんどないってこと。大丈夫だよ」
その言葉が、達也を安心させるためのものなのか、それとも別の意図があるのか、今の達也には判断できない。ただ、リリアが自分のことを「同族」だと確信していることだけは伝わってきた。
そして、リリアはごく自然な、本当に何の気なしといった仕草で、達也の頭を優しくポンポン、と撫でた。まるで、怯える小動物をあやすかのように。あるいは、可愛い弟か妹(!)にするように。
「―――っ!!??」
その、予期せぬ、そして(相手がとびきりの美少女であるがゆえに)妙に親密な接触に、達也の思考はみたびショートした。
カァァァァッ!!
顔から首筋、そして耳まで、一気に熱い血が上っていくのが自分でもはっきりと分かった。全身が硬直し、言葉を発することも、身動きすることもできない。ただ、自分を撫でているリリアの白い手と、間近にある美しい顔を見上げる(あるいは、恥ずかしさのあまり俯く)ことしかできなかった。
(な…ななななな……!!!)
心臓がバクバクと暴れ出し、頭の中は真っ白。羞恥心なのか、混乱なのか、あるいは自分でも認めたくない別の感情なのか、訳が分からないまま、達也はただただ真っ赤になって固まるしかなかった。
そんな達也のあまりにも分かりやすい反応を見て、リリアはさらに楽しそうに目を細めた。
「あれー? 顔、真っ赤だよ? うふふ、可愛いなあ、もう。そんなに照れなくてもいいのに」
追い打ちをかけるように、リリアは楽しげに笑うのだった。




