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お別れ

女将からの具体的なアドバイスと温かい忠告。達也はそれに深く感謝したが、同時に決意を固めていた。

(商業ギルド…か。でも、今の俺がそこへ行っても、魔女疑惑がどうなるか分からない。それに、アイテムボックス持ちだと知られた以上、この街に長居するのは危険すぎる)


達也は朝食の皿を下げに来た女将に、思い切って切り出した。

「女将さん、ありがとう。でも、私…やっぱりこの街をすぐに出ようと思うんだ」


「えっ、もうかい? アザリアは良い街だよ?」女将は驚いた顔をした。


「うん…でも、色々と事情があってね。長居はできないんだ。それで、お願いがあるんだけど…この胡椒、できるだけ安全に、そして少しでも高く買い取ってくれるような心当たりのある商人とか、場所を知らないかな? これを売ったお金を、旅の資金にしたいんだ」

達也は真剣な目で、アイテムボックスから出した胡椒の小袋をいくつか見せた。


女将は達也の固い決意を察したのか、少し残念そうな顔をしたが、無理に引き止めはしなかった。

「…そうかい。寂しくなるけど、あんたが決めたことなら仕方ないねぇ」彼女は胡椒の袋を手に取り、香りを確かめ、「うん、これは上等な胡椒だね。これなら、中央市場の香辛料専門店の主人なら、きっと良い値段で買ってくれるはずだよ。私の名前を出せば、悪いようにはしないさ」と、信頼できる店の名前と場所を具体的に教えてくれた。


「本当!? ありがとう、女将さん!」達也は心から感謝した。

「あ、そうだ、女将さん。ついでにもう一つ聞いてもいいかな? 実は、この国のお金の価値が全然分からなくて…。銅貨とか銀貨とか金貨とか、どれくらい違うんだ? 昨日、銅貨15枚って言われたけど、それが高いのか安いのかもよく…」


女将は「おやおや、そんなことも知らないで旅をしてたのかい。危なっかしいねぇ」と少し呆れた顔をしたが、すぐにカウンターの引き出しから数種類の硬貨を取り出して、親切に教えてくれた。


「いいかい? 一番下のこれが銅貨さね。これで、まあ、焼きたてのパンが一つ買えるか、ちょっと足りないか、ってくらいのもんだよ」

彼女は茶色く穴の開いた銅貨を見せる。

「で、この銅貨が100枚集まると、この銀貨1枚と同じ価値になる。銀貨1枚あれば、うちみたいな安宿に食事付きで3、4泊はできるかねぇ。普通の家庭なら、数日はこれで食いつなげるかな」

次に、少し大きめの銀色の硬貨を示す。

「そして、その銀貨がまた100枚集まって、やっとこのピカピカの金貨1枚さ!」

女将は一枚だけ持っていたらしい、ずっしりと重そうな金色の硬貨を達也に見せた。

「金貨なんてのは、あたしらみたいな庶民は、滅多なことじゃお目にかかれない大金だよ! 腕のいい職人さんだって、月に金貨1枚稼げたら御の字さ。普通の兵士なら、半年の給金くらいになるかもしれないねぇ」


「き、金貨1枚で…職人さんの月収、兵士の半年分…!?」

達也はその価値のスケールの大きさに、思わず息をのんだ。日本円に換算するといくらになるのか見当もつかないが、とんでもない大金であることだけは理解できた。銅貨15枚の宿代が、急に安く感じられる。


「だから、お金は大事に使うんだよ。特に金貨なんて持ってるのが知れたら、悪い奴らに目をつけられるからね」女将は念を押すように言った。


「わ、分かった…。ありがとう、女将さん! すごく助かったよ!」

通貨の価値を理解した上で、達也は改めて女将に礼を言い、教えられた香辛料専門店へと向かった。


早速、達也は女将に教えられた店へ向かった。店の主人は、女将の紹介だと知ると達也を快く迎え入れ、胡椒の品質を見ると目を丸くして驚き、「これは素晴らしい! 我が店で扱っているどの胡椒よりも香りが高い! ぜひ全て買い取らせてほしい!」と言ってくれた。交渉の結果、達也が持ち込んだ数袋の胡椒(元の世界では数千円程度のものだ)は、達也の予想をはるかに超える金貨5枚という破格の値段で売れた。


(ご、金貨…5枚!? 職人さんの給料の5ヶ月分!? 下級兵士なら2年半分の給料…!? うそだろ…!?)

達也は差し出された、ずっしりと重い5枚の金貨を、震える手で受け取った。これが、異世界での初めての、そしてあまりにも大きな「収入」だった。元の世界のスパイスが、これほどの価値を持つとは…。


(これなら、当面の生活も、移動費も、通販の費用も、なんとかなる!)


ずっしりと重い金貨の感触を確かめながら、達也は大きな安堵と、少しの緊張感を胸に、アザリアの街の乗り合い馬車の発着所へと急いだ。そこには、様々な方面へ向かうであろう、大小いくつかの馬車と、多くの人々が集まっていた。


達也は行き先が書かれた看板(スマホの翻訳機能で確認!)を一つ一つ見ていく。いくつかの候補地があったが、彼の目を引いたのは**「自由都市リベル行き、本日午後発」**という文字だった。リベル――様々な種族が集い、エルフや、魔女と噂される者たちでさえ比較的自由に暮らせるという、国境近くの自由都市。今の達也にとって、最も希望が持てそうな場所だ。


達也はリベル行きの、比較的大きな乗り合い馬車の御者(恰幅の良い髭面の男だった)に近づき、声をかけた。

「あの…リベルまで、乗りたいんだけど」

「おう、嬢ちゃんかい? 一人かい? リベルまでは結構遠いぞ。料金は…そうだな、銀貨8枚だ」


銀貨8枚。金貨1枚が銀貨100枚だから、金貨5枚もあれば余裕で支払える。達也はアイテムボックスから(周囲に気づかれないように)金貨を1枚取り出し、「これで…お釣りはあるか?」と恐る恐る差し出した。


御者は金貨を見て目を丸くしたが、すぐに慣れた手つきで金貨を受け取り、ジャラジャラと銀貨と銅貨でお釣りを返してくれた。「へい、確かに。さあ、荷物があるなら後ろへ。席は空いてるところに適当に座ってくれ。もうすぐ出るぞ」


達也は受け取ったお釣り(大量の銀貨と銅貨だ!)を慌ててアイテムボックスにしまい、他の乗客――行商人風の男、幼子を連れた家族、フードを目深に被った怪しげな人物など――に紛れて、揺れの激しそうな荷台の隅に腰を下ろした。フードを深く被り、できるだけ存在感を消すように縮こまる。


やがて、御者が鞭を鳴らす合図と共に、馬車はガタゴトと大きな音を立ててゆっくりと動き出した。石畳の道を抜け、アザリアの荘厳な街門をくぐり抜ける。振り返ると、お世話になった「木陰亭」や、活気のある市場の喧騒が遠ざかっていく。


(さらばだ、アザリア…世話になったな、女将さん…)


達也が窓から遠ざかる街並みを眺め、少し感傷的な気分になっていると、ふと、街道の脇に立つ見慣れた人影が目に入った。亜麻色の髪、傭兵の装束…マリアだ! 彼女もちょうどこちらに気づき、驚いたように目を見開いている!


「タツヤ!」


マリアが達也の名前を呼び、馬車に向かって駆け寄ってくるのが見えた!

「タツヤ! 待て! どこへ行く気だ!? 話がある!」


必死なマリアの声が、馬車の立てる音に混じって聞こえてくる。達也の胸が、チクリと強く痛んだ。彼女なりに、自分のことを心配し、ギルドに掛け合ったり、あるいは探しに来てくれたのかもしれない。


しかし、達也は振り返ることができなかった。フードをさらに深く引き下げ、マリアから視線を逸らす。ここで捕まれば、また面倒なことになる。それに、もう彼女とは別の道を歩むと決めたのだ。


(すまん、マリア…。世話になった。でも、一緒にはいられないんだ。俺は…俺の道を行かなきゃならない。あんたも、元気で)


心の中で、そう呟くだけだった。マリアの呼び声は、馬車の速度が上がるにつれて次第に遠くなり、やがて完全に聞こえなくなった。


達也は、窓の外に広がる見知らぬ異世界の景色をただ見つめながら、新たな目的地、自由都市リベルへと向かう乗り合い馬車に、静かに揺られていた。その目には、もう涙はなく、未来への不安と、それを乗り越えようとする小さな決意の色が浮かんでいた。

一旦これで一区切りとさせていただきます

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