通販があるから最強とは限らない
人気のない草原にポツンと停められた軽キャンピングカー。それが、今の司馬達也――見た目は中学生くらいの可憐な少女だが、中身は元成人男性――の仮住まいだった。
「さて、と…まずは落ち着こう」
通販で手に入れたミネラルウォーターをごくりと飲み、達也は思考を整理する。やるべきことは山積みだ。
【当面の目標】
1安全確保: この場所が本当に安全か、継続的に確認する。
2情報収集: ここがどんな世界で、人間はいるのか、文明レベルはどの程度か。
3生活基盤の安定: 食料、水、そして何よりキャンピングカーの燃料問題。
「まずは体力だな…この体、思った以上にひ弱そうだ」
転生前は成人男性として普通の体力はあったはずだが、今の少女の体は少し動いただけでも息が切れる。達也はキャンピングカーの周りで軽いストレッチや準備運動を始めた。慣れない体の動きに戸惑いながらも、いざという時に動けなければ話にならない。
運動の後は、通販で買った食料(保存のきく缶詰やレトルト食品が中心だ)を使って、キャンピングカーの小さなキッチンで昼食の準備をする。転生前もやるときは料理は得意だったが、勝手の違う体と、どこか浮ついた心では、いつものようにはいかない。
「…よし、こんなもんか」
簡単なパスタを作り、車内の小さなテーブルで食べる。味は悪くないはずなのに、どこか現実感がない。窓の外に広がる異世界の風景を見ながら、達也は改めて自分の置かれた状況を噛みしめた。
「燃料問題、だよな…」
食後、達也は再び「異世界通販」のサイトを脳内に開いた。検索窓に「ガソリン」と入力してみるが、「該当する商品はありません」という無慈悲な表示。やはり、そう簡単にはいかないらしい。
「だよなあ。じゃあ、代替エネルギーは? 電気自動車用の充電器とか…」
それもヒットしない。どうやら、元の世界のエネルギー源をそのまま補充するのは難しいようだ。キャンピングカーのソーラーパネルは機能しているようで、車内の照明やスマホの充電程度なら賄えているが、走行用のエネルギーには程遠い、ましてやエアコンも満足に動かせない
「となると、この世界のエネルギー源を探すか、あるいは…この車を動かすのを諦めて定住するか?」
慎重な達也は、すぐに結論を出さず、いくつかの可能性を考える。
「いや、このキャンピングカーは俺の唯一の拠点だ。動かせなくなるのは避けたい。(…って、なんか守りに入って弱気になってるか? いや、状況が状況だ。非力な少女の体なんだし、慎重すぎるくらいで丁度いい)」
気分転換も兼ねて、竜也はキャンピングカーのルーフに登ってみた。幸い、車には後付けのルーフキャリアとラダーが付いていたので、少女の体でもなんとか登ることができた。
ルーフの上からは、草原を360度見渡せる。地平線の彼方まで続く緑の絨毯。時折、見たこともない鳥が空を横切り、遠くには奇妙な形の岩山のようなものも見える。
「…ん?」
竜也は目を凝らした。南の方角、かなり遠くだが、何か黒い点が動いているように見える。
「あれは…獣か? それとも…人?」
距離がありすぎて判別できない。通販サイトで「望遠鏡」を検索すると、幸いにも手頃な価格のものが見つかった。すぐに購入し、アイテムボックスから取り出して覗いてみる。
レンズの先に捉えたのは、大きな荷物を背負い、ゆっくりとこちらに向かって…いや、少しずれた方向へ移動している、ローブを纏った人影だった。
「…人だ。旅人か、商人か?」
初めて見る異世界の人。接触すべきか、避けるべきか。達也の心臓が少しだけ早鐘を打つ。
(いや、待て。焦るな。相手が友好的とは限らない。今の私は非力な少女なんだ。まずは相手の様子を観察しよう)
達也は慎重に身を伏せ、望遠鏡でその人影を観察し続けることにした。
彼の(彼女の?)異世界での最初の出会いは、すぐそこまで近づいていた。