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俺がなにしたってんだよ

騎士たちの物々しい護送(という名の監視)を受けながら、キャンピングカーはようやく目的地の街、アザリアの姿を丘の上から捉えた。石造りの城壁に囲まれ、多くの建物がひしめき合う、活気がありそうな大きな街だ。達也は一瞬だけ期待を抱きかけたが、すぐに自分たちの置かれた状況を思い出し、その期待は不安へと変わった。


街の正門へと到着すると、そこには既に騎士からの連絡を受けていたのか、槍を持った屈強な門番や衛兵たちがずらりと並び、厳しい目で達也たちのキャンピングカーを取り囲んでいた。その視線は、好奇よりも明らかに警戒と敵意に満ちている。


騎士の隊長が馬から降り、門の責任者らしき恰幅の良い衛兵長に近づき、何事か報告している。衛兵長は何度か頷きながら、値踏みするようにマリアと、そしてキャンピングカーの中にいる達也に視線を送った。


やがて衛兵長はマリアに向き直り、威圧的な口調で言った。

「傭兵マリア、だな。ギルドへの登録は確認した。今回の件については、後ほどギルド経由で正式に事情聴取を行う。それまで街中での問題行動は慎め。お前は一旦、行ってよし」


マリアは無言で頷き、達也の方を振り返った。その鳶色の瞳には、読み取りにくい複雑な感情が浮かんでいた。

「タツヤ、すまないが、私はここで一旦離れる。ギルドには話を通しておくから、無茶はするんじゃないぞ」

それだけ言うと、彼女は衛兵に促されるまま、少しだけ名残惜しそうな(あるいは、面倒事から解放されたような?)表情で門の中へと歩き去っていった。達也は一人、取り残された。


「さて…」衛兵長は、今度は値踏みするような、冷たい視線を達也に向けた。「魔女の疑いがあるという娘は、お前だな。その奇妙な鉄の箱から降りてもらおうか」


有無を言わせぬ口調。達也がためらっていると、数人の衛兵がキャンピングカーのドアを乱暴に開け、達也の腕を掴んで車外へと引きずり出した。


「いっ…! は、離せ!」

少女の非力な体では、屈強な衛兵たちに全く抵抗できない。腕を強く掴まれ、身動きを封じられてしまう。


「大人しくしろ、魔女め!」

「この鉄の箱も怪しいぞ! よく調べろ!」


他の衛兵たちが、キャンピングカーを遠巻きに取り囲み、武器を構えながら恐る恐る内部を覗き込んだり、外壁を叩いたりしている。達也の愛車が、まるで危険物のように扱われているのを見て、達也は悔しさと恐怖で唇を噛んだ。


その時、後方から必死の声が響いた。

「お待ちください! その子は魔女ではありません! 私たちを助けてくれた恩人です!」

助けられた商人一家が、衛兵たちに食い下がっていた。

「どうか、乱暴な扱いはやめてください! この子は何も悪いことなど…!」


しかし、衛兵たちは冷たくあしらうだけだった。

「黙れ! 我々は我々の職務を遂行するまでだ!」

「貴様らも疑われたいのか! 下がっていろ!」


商人一家の悲痛な叫びも虚しく、達也は両脇を衛兵に固められ、アザリアの街の中へと引きずられるように連行されていった。初めて見る異世界の街並み。石畳の道、行き交う人々、活気のある商店。しかし、今の達也には、そのどれもが恐ろしいものにしか見えない。すれ違う人々は、衛兵に連行される見慣れない身なりの少女(達也)に、好奇と、そして「魔女」と聞いて囁き合う侮蔑や恐怖の視線を向けてくる。


一人ぼっちで、未知の街へ。魔女の疑いをかけられ、これからどうなるのか全く分からない。達也の心は、深い絶望と恐怖に包まれていた。


衛兵たちに両脇を固められ、なす術なく連行された達也が行き着いた先は、アザリアの街の衛兵詰所の地下にある、石造りの薄暗い牢屋だった。ひんやりとした湿った空気が漂い、カビと汚物の匂いが鼻をつく。鉄格子が無情にも閉められ、ガチャリと鍵がかかる音が響いた。達也は完全に一人きりになった。


「魔女の疑いがある小娘め。大人しくしていろ」牢番らしき男が鉄格子の外から吐き捨てるように言った。「尋問は明日からだ。お前のその奇妙な力も、あの鉄の箱のことも、洗いざらい吐いてもらうからな。覚悟しておくんだな」


そう言い残し、牢番は重い足音を立てて去っていった。


牢屋の中に一人残された達也は、壁に背をもたせ、その場にずるずると座り込んだ。恐怖、悔しさ、怒り、そしてどうしようもない孤独感。様々な感情が渦巻き、涙が溢れそうになるのを必死でこらえる。


(魔女じゃないって言ってるだろ! なんで俺がこんな目に…! 助けてやったのに、なんだってんだよ!)


騎士も、衛兵も、マリアも…誰も彼も信用できない。マリアは「ギルドに話を通す」と言っていたが、本当だろうか? 当てにならない。商人一家は庇ってくれたが、彼らに何ができる? 明日になれば、厳しい尋問が待っている。アイテムボックスや通販のこと、異世界から来たこと、そして元は男だったこと…どこまで隠し通せる? 全てがバレたら、本当に魔女として処刑されてしまうかもしれない。


(ふざけるな…! こんなところで、大人しく殺されてたまるか!)


恐怖が怒りに変わる。理不尽な状況への激しい苛立ちが、達也の心を支配した。


(逃げ出す…! 絶対に、ここから逃げ出してやる!)


衝動的な決意。しかし、どうやって? この石の牢と鉄格子から?

達也は周囲に誰もいないことを確認し、震える手で意識を集中させた。――異世界通販!


(鉄格子を切る…! 何か、何か強力な道具は…!)


工具のカテゴリを必死に探す。ノコギリ、やすり…いや、もっと早く、確実に切断できるもの…。そして、彼の目に飛び込んできたのは、予想外の、しかし今の状況には最適なアイテムだった。


『充電式ポータブルバンドソー(金属切断用ブレード付き)』 価格:180,000円

(たっか! でも、これなら…!)値段に一瞬怯むが、自由と命には代えられない。達也は迷わず購入ボタンを押した。口座残高が大きく減る。


アイテムボックスから、ずっしりと重い電動工具を取り出す。幸い、充電はされていたようだ。達也は息を殺し、バンドソーのスイッチを入れた。


ウィィィィン…!


思ったよりも大きな作動音が響き、達也は慌ててスイッチを切った。

(やばい、音がでかい…!)

深夜で牢番も油断していることを祈るしかない。達也はもう一度スイッチを入れ、今度は鉄格子の一番下の部分に、回転する鋸刃を押し当てた。


ギャリリリリッ!!


火花が散り、耳障りな金属音が響く! 達也は心臓が飛び出しそうになるのを抑え、体重をかけて鉄格子を切断していく。硬い金属はなかなか切れない。汗が噴き出し、腕が痛くなる。それでも、達也は必死だった。


どれくらいの時間が経っただろうか。ついに、鉄格子の一本が切断され、ぐにゃりと曲げられるだけの隙間ができた! 作動音を聞きつけて見回りに来た牢番の足音が遠くから聞こえる!


(今だ!)


達也はバンドソーをアイテムボックスに仕舞い、切断された鉄格子の隙間から体を滑り込ませ、牢屋から脱出した! 息を潜めて通路を進み、幸運にも仮眠中だった牢番の横をすり抜け、地上へと続く階段を駆け上がる。


衛兵詰所の建物からも、なんとか見つからずに抜け出すことができた。アザリアの街はずれに向かって、人気のない夜の裏通りを、達也はただひたすら走った。どこへ向かうという当てもない。


やがて、街の城壁が見える、寂れた倉庫街のような場所までたどり着いた。追手の気配はない。達也はその場に崩れるように座り込み、壁に背をもたせた。


脱出は、できた。しかし、キャンピングカーも、頼れる人もいない。完全に一人ぼっちだ。着の身着のまま、異世界の夜の街に放り出された。これからどうすればいい? どこへ行けばいい?


安堵感よりも先に、圧倒的な孤独感と、先の見えない不安が一気にこみ上げてきた。必死でこらえていた涙腺が、ついに決壊した。


「う…うぅ……ひっく……うわああああん……!!」


達也は、声を殺すことも忘れ、子供のように泣きじゃくった。異世界の冷たい石畳の上で、少女の姿をした元・日本の青年は、ただただ泣き続けるしかなかった。


異世界の冷たい石畳の上で、孤独と絶望に打ちひしがれ、声を殺して泣き続けていた達也。やがて、涙も枯れ果てたのか、あるいは心身の疲労が限界に達したのか、彼はいつの間にかその場で眠りに落ちてしまっていた。


どれくらいの時間が経っただろうか。

ピロン♪

静かな路地裏に、場違いな電子音が響いた。


「ん……?」


達也は、その聞き慣れた音でハッと目を覚ました。慌ててポケットを探ると、転生時に着ていた服のポケットに入れっぱなしだったスマートフォンが、画面を光らせて振動している。異世界では圏外で何の役にも立たないと思っていたが…。


手に取って画面を見ると、それはプリインストールされていたコンパスアプリからの通知だった。『目的地への案内を開始します』?


(なんだこれ…?)


意味が分からず混乱しながらも、アプリを開いてみる。画面には単純な矢印が表示され、クルクルと回った後、特定の方向を指し示した。矢印の下には「約500m」という距離表示も出ている。


他に当てもない達也は、何かに導かれるように、スマホの矢印が示す方向へと、恐る恐る歩き始めた。夜の街は静まり返っているが、油断はできない。壁や建物の影に身を隠しながら、人目を避けて慎重に進む。


矢印に導かれてたどり着いたのは、アザリアの街門に近い、衛兵詰所の裏手にある少し開けた広場だった。そして、そこに停められていたものを見て、達也は息をのんだ。


「…! 俺のキャンピングカー!」


間違いない。彼が乗ってきた愛車、軽キャンピングカーが、昨日連行された時とほぼ同じ場所に停められている。しかし、その周囲には槍を持った数人の衛兵が、退屈そうにしながらも見張りとして立っていた。彼らはキャンピングカーを遠巻きにし、どう扱っていいか分からない、といった様子で時折ちらちらと見ている。


(どうする…? 衛兵がいるんじゃ近づけない…)


達也が物陰から様子をうかがい、途方に暮れていた、その時だった。

ピロン♪

再びスマホが鳴った。画面を見ると、今度は見たこともない地図アプリのようなものが勝手に起動している! そして、そこには驚くべきことに、アザリアの街の簡易的なマップ、キャンピングカーの場所を示すアイコン、そして達也自身の現在地を示すマーカーが表示されていた!


「なっ…!? なんだよこれ!? 異世界の地図…!? なんで!?」


異世界の地図はネットでは表示できなかったはずだ。このスマホに、何か特別な力が…? 達也がさらなる混乱に陥っていると、画面の中央に、ゲームのようなポップアップウィンドウが表示された。


【対象[キャンピングカー]をアイテムボックスに収納しますか?】

【 はい / いいえ 】


「は……?」


達也は目を疑った。キャンピングカーを、アイテムボックスに? こんな巨大なものを? ありえない。だが、画面の表示は消えない。


(まさか…できるのか?)


他に方法はない。衛兵たちに見つかる前に、ここから離れなければ。達也は意を決し、周囲を警戒しながら、震える指で画面の「はい」の部分をタップした。


その瞬間――。


目の前にあったはずの、白い軽キャンピングカーが、フッと、まるで最初からそこになかったかのように、音もなく、光もなく、完全に消え失せた。


「………え?」


数秒の静寂。そして、見張りをしていた衛兵たちが異変に気づいた。

「なっ!? おい! あの鉄の箱が消えたぞ!」

「どこへ行った!? いつの間に!?」

「ま、まさか…やはり魔女の…! 総員警戒!」


衛兵たちが大慌てで武器を構え、周囲を探し始める。その混乱を尻目に、達也は自分のアイテムボックスの中に、確かにキャンピングカーが収納された感覚を得て、心の底から安堵のため息をついた。


(やった…! 取り返した!)


最大の拠点であり、移動手段であり、シェルターでもあるキャンピングカーを取り戻せた。これで、状況は大きく変わる。


衛兵たちが騒いでいる隙に、達也は素早くその場を離れた。そして、すぐに異世界通販を開き、人目を避けるための**シンプルなフード付きの外套(1,200円)**を購入。アイテムボックスから取り出してそれを羽織り、深くフードを被る。


これで少しは目立たないだろう。達也は、夜明け前のまだ暗いアザリアの街の裏通りへと、再び一人で、しかし今度は確かな希望とキャンピングカーをアイテムボックスに秘めて、足早に溶け込んでいった。

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