朝風呂派である
カタカタとキーボードを叩きながら、達也は昨日の出来事とこれからのことを整理していた。マリア、アザリア、アイテムボックス、貴族、燃料問題…。考えは尽きないが、ある程度頭の中が整理されてくると、夜更かしによる強烈な眠気が襲ってきた。時刻は既に深夜を回っているだろう。
(…もう限界だな。少し寝るか)
達也はノートパソコンを閉じ、運転席のシートを目一杯リクライニングさせた。これが今夜の寝床だ。FFヒーターが静かに温かい空気を送り続けており、車内は快適な温度に保たれている。隣のベッドスペースでは、マリアが静かな寝息を立てていた。その寝顔は、昼間の険しい表情とは違い、年相応の少女のようにも見える。達也はそんなことを考えながら、目を閉じた。疲労困憊していた彼は、すぐに深い眠りに落ちていった。
***
[2023年4月29日 早朝]
チュンチュン、という鳥のさえずりで、達也は目を覚ました。眩しい朝日が、キャンピングカーのフロントガラスを通して差し込んでいる。
「ん……朝か…」
体を伸ばすと、リクライニングシートで寝たせいで首や背中が少し痛む。窓の外を見ると、雨上がりの草原が朝日に照らされ、キラキラと輝いていた。実に清々しい朝だ。マリアはまだベッドで眠っているようだった。
達也は車内の小さなシンクで顔を洗い、通販で買った携帯歯ブラシセットで歯を磨いた。そして、鏡に映った自分の顔(まだ見慣れない少女の顔だ)を見て、ふと思った。
達也は顔を洗い、歯を磨き、そして鏡に映った自分の顔(まだどうしても馴染めない、見慣れない少女の顔だ)を見て、ふと思った。
(昨日は色々あって汗もかいたし…シャワー浴びたいな。……けど、この体で服を脱ぐのは、正直まだ抵抗あるんだよな…自分の体じゃないみたいで、気色悪いというか…)
内心で悪態をつきながらも、べたつく体を洗い流したいという欲求には勝てなかった。達也は意を決し、アイテムボックスからタオルと着替え、シャンプーなどが入ったポーチを取り出した。
マリアを起こさないように静かに車の外へ出る。ひんやりとした早朝の空気が気持ちいい。車の後部ハッチを開け、収納されているシャワーヘッドを引き出す。FFヒーターの温水スイッチを入れ、しばらく待つと、シャワーヘッドから温かいお湯が出てきた。
周囲を見渡し、人影がないことを確認する。(…よし、誰もいないな)達也は覚悟を決め、手早く服を脱いだ。視界に入る自分の華奢な腕や、胸のわずかな膨らみに、依然として強い違和感と、生理的なものに近い若干の嫌悪感を覚える。男だった頃の、もっとがっしりとした、見慣れた自分の体はどこにもない。
それでも、温かいシャワーが流れ出すと、その不快な感覚は少しだけ和らいだ。
「ふーーーっ! 生き返る…!」
朝日を浴びながら、温かいシャワーで体の汚れと昨日の疲れを洗い流す。自分の肌をタオルで擦る感触も、まだどこか他人の体を触っているような、奇妙な感覚が抜けなかった。
その時だった。
車の中から、ガタッと物音がした。そして、ゆっくりとサイドドアが開く気配がする。
(やべっ! 起こしたか!? しかも、こんな時に!)
達也がシャワーを止め、慌ててタオルで自分の(まだ慣れない、見られたくない)体を隠しながらそちらを見ると、寝間着代わりの服を着たマリアが、眠そうな目をこすりながらドアから顔を出し、そして、達也の姿を見て固まった。
「……」
「……!?」
マリアは、車の横で半裸に近い状態で(達也は必死にタオルで体を巻いているが)湯気を立てながら水を浴びている達也の姿を、信じられないものを見る目で凝視している。
(最悪だ! なんで今見られなきゃいけないんだよ!)達也は顔がカッと熱くなるのを感じた。少女としての羞恥心なのか、元男としての屈辱感なのか、自分でもよく分からない感情が沸き上がる。
やがて、状況を理解した(あるいは理解しようと努力した)マリアが、驚きと困惑の入り混じった声で叫んだ。
「お、おい、タツヤ! き、君は一体、そこで何をしているんだ!? それは…水浴びというやつか!? なぜそんな場所で! しかも、その…水から湯気が出ているではないか! 火も焚かずにどうやって湯を!? まさか、それも魔術かっ!?」
早朝の静かな草原に、マリアの驚愕の声が響き渡った。達也は、「うるさい! あっち行ってろ!」と叫びたい衝動をぐっとこらえ、タオルを体にきつく巻き付けたまま、どう説明(誤魔化)したものかと頭を悩ませるのだった。顔の赤みはまだ引かない。
「そ、それは…その、だから、魔術じゃないって…!」達也がしどろもどろになっていると、マリアは達也の動揺など気にも留めない様子で、興味津々な目をシャワーヘッドから立ち上る湯気に向けた。
「…しかし、その『しゃわー』とやらは、見たところ気持ちよさそうだな。汚れも落ちるのだろう?」
マリアは腕を組み、真剣な顔で考察するように呟いた。傭兵として、体を清潔に保つことの重要性は理解している。そして、川や湖での水浴びと違い、温かい湯を使えるというのは魅力的だった。
「え…?」達也がマリアの意外な反応に戸惑っていると、彼女はポンと手を打った。
「よし、決めた。私もその『しゃわー』とやらを試してみたい。 使い方を教えろ、タツヤ」
「はああああ!?!? アンタが!? ここで!? 俺がいるのに!?」
達也は素っ頓狂な声を上げた。信じられない、という顔でマリアを見る。この状況で、そんなことを言い出すなんて!
マリアは、そんな達也の反応を心底不思議そうに見つめ返した。
「何をそんなに大騒ぎしているんだ? 体を清潔にするのに、男も女も(…まあ君は少女だが)関係あるまい。それに、ここは見渡す限りの草原だ、誰かに見られる心配もないだろう? それとも何か? 君はこの私に見られては困ることでもあるのか?」
最後の言葉には、探るような響きが込められていた。
「こ、困るも何も、普通は…! っていうか、俺はまだ途中なんだぞ!」達也は必死に抵抗する。
「ならば、さっさと済ませればいいだろう。私も早く浴びたい。それとも、私が手伝ってやろうか?」マリアは悪戯っぽく笑って見せた。
「結構だ! っていうか、一緒に入るなんて絶対無理だ!」
「何を今更。ごちゃごちゃ言っていないで、さっさと済ませるぞ。湯がもったいない」
マリアはそう言うと、達也の抵抗など意にも介さず、自分の服を脱ぎ始めたではないか! 傭兵らしく、その動きに一切の躊躇はない。鍛えられた、しなやかな体が露わになる。
「ちょっ…! おい! マリア!!」
達也の悲鳴も虚しく、マリアは「ふむ、確かに温かいな」などと言いながら、達也の隣でシャワーヘッドから出るお湯に手をかざしている。
こうなってはもう、達也にできることはなかった。羞恥心で死にそうになりながら、マリアに背を向ける形で、猛スピードで自分の体を洗い終えるしかない。隣からは、初めて使うシャワーに「おお!」とか「これは便利だな!」とかいうマリアの無邪気な(?)声が聞こえてくる。達也は顔から火が出そうなのを必死にこらえ、人生(?)で最も気まずいシャワータイムを過ごすことになった。
(早く終われ…早く終われ…!)
心の中でそう念じ続ける達也だった。この異常な状況が、果たして二人の関係にどんな影響を与えるのか、今は考える余裕もなかった。




