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苦手な方はご注意ください。

極氷の杖は氷の魔法使いをも凍らせる

作者: ウォーカー

 こちらは連載小説「人間の習性を知り尽くした魔王が勇者を倒す方法。」、

その第七章を短編小説にまとめたものです。

内容は同じです。


連載小説:人間の習性を知り尽くした魔王が勇者を倒す方法。

第七章 七人目 極氷の杖は氷の魔法使いをも凍らせる https://ncode.syosetu.com/n4958iq/8


 血の色のような真っ赤な空の荒れ地、魔王の城。

次にその魔王の城に姿を現したのは、一人の魔法使いの女。

大きな尖った帽子に法衣、手に持った木の杖がそれを示している。

人に害を及ぼす魔物と魔王を打倒するため、これまで魔王の城に挑み、

そして消えていった勇者たちと同じく、一人っきりだった。


 その魔法使いの女は、氷の魔法を得意としている。

氷の魔法とは、近くにある水や空気中の湿気を魔法で集めて凍らせて使う。

集めた水分で氷の矢や盾などを作るわけで、

氷の魔法は水の魔法の近傍でもあるが、分類としてはむしろ炎の魔法に近い。

物の温度を制御してその結果を利用するという点が共通している。

大きな違いは、炎の魔法は基本的に燃やすものを選ばないが、

氷の魔法は水分があるものを凍らせた方が変化が大きいというところ。

木の枝よりも生き物の体の方が凍らせれば破壊しやすくなるし、

水分を変形させ凍らせて刃や矢や盾として操ることができる。

氷の武具の出来次第では、前衛をこなすことも可能。

水の魔法と炎の魔法の制御の一部を同時に行う、それが氷の魔法使いだった。


 その氷の魔法使いが魔王の城へ近付くと、周囲に魔物たちが集まってきた。

どうやら素通りさせてくれるつもりはないらしい。

氷の魔法使いは、ちらりと周囲を見渡し、

魔王の城の周囲に毒の沼を発見すると、ニヤリと顔を綻ばせた。

魔法の杖を空に向け、魔法を詠唱する。

「氷よ、我が道を護り給え!」

詠唱された魔法の言葉が周囲に響き渡る。

すると、近くにあった大きな毒沼が、

ゴポゴポと沸き立つように音を立て始めた。

毒の沼から泥混じりの水分が立ち上がり、輪っかのようになって凍っていく。

そうして毒の沼の氷の輪っかは、いくつも出来ては飛んでいき、

その魔法使いの行く手から魔王の城の入口までを繋ぐ抜け穴になった。

あらかた抜け穴が整ったところで、輪っかの間が溶けて固まり、

魔法使いの背後も泥の氷で塞がれた。

氷は分厚く丈夫で、こうなるともう、

小物の魔物たちでは外からどうすることもできない。

「ふふふ、悪いけど、魔王の城まで入れてもらうね。

 ここでは誰も怪我をせずに済むんだから、

 あなたたちにとってもいいことでしょう?」

そうしてその魔法使いは、

魔物たちが氷の抜け道を覗き込んだり叩いたりしている間、

氷の抜け道の中を悠然と歩き、魔王の城の扉を潜ったのだった。


 魔王の城の内部は、捻くれた骨のようだった。

壁も床も柱も、捻くれていて、そして乾燥している。

周囲に水源となるような水路などは見られなかった。

氷の魔法使いは、面倒そうに爪を噛んだ。

「まいったわね。

 魔王の城なんて立派な城だから、てっきり水源があると思ってたのだけど。

 せいぜい、その辺りに並べられている壺の中身に期待しましょう。」

その魔法使いの言う通り、魔王の城の内部には、

壺だのの装飾品が並べられている。

しかし、花も活けてないような有り様で、

内部に水が湛えられているかはあやしい。

などと周囲を探っていると、足音と気配が幾らか近付いてきた。

どうやら魔王の城の内部の警備の魔物のようだ。

見ると、骸骨の魔物などが、粗末な剣や盾を持って近付いてくる。

その魔法使いには上手く身を隠すことができそうな場所はない。

戦いを覚悟して、魔法使いは氷の魔法を詠唱した。

「氷よ、我が刃と盾となれ。」

すると、魔王の城の空気中の湿気が寄り集まってきて、氷を形成し始めた。

しかしその量は城の外に比べると微々たるもの。

そこで氷の魔法使いは氷不足を補う術を施した。

集まってきた氷に、さらに氷の魔法を詠唱して制御する。

氷を細く伸ばして、氷の糸をつむぎ、さらに氷の糸で編むことで、

少ない水から見かけは立派な氷の剣と盾を作ったのだった。

「これでよし、ね。

 あとは壊れずにもってくれるかだけど、

 それは実際に試してみましょう。

 氷の刃と盾よ、魔物たちを打ち払え!」

魔法で操られた氷の剣と盾は、主の手に触れることもなく、

ひとりでに飛んでいって魔物たちに襲いかかった。

襲われた魔物たちは、人影もなく飛んできた剣と盾を、

最初は同族とでも思ったらしい。

無警戒に近付いて、そしてザクッと切りつけられて慌てる。

そんなことを数回もした頃には、やっと侵入者だと察知したようだ。

骸骨の魔物が手にした剣をでたらめに振るうが、

持ち主のいない氷の剣と盾だけの姿では、中々当てることができない。

すると氷の剣と盾は、

腕で持っていれば絶対に出来ないであろう複雑な動作を経て、

魔物の集団パーティーの中を縦横無尽に駆け巡った。

慌てた魔物の集団の編成が乱れ混戦になる。

こうなればもう、数の有利は機能しない。

氷の魔法使いはしばらく離れた場所から時折魔法で援護しただけで、

魔王の城の内部の魔物たちを一掃してしまったのだった。

「ふぅ、これで終わりね。

 いくらかでも水があってよかった。

 この先も、氷の原料になる水があるといいのだけれど。」

氷の魔法で作り出した剣と盾はそのままに従えて、

その氷の魔法使いは魔王の城の奥へと進んでいった。


 魔王の城の奥へ進むと、やがて行く先に三叉の通路が現れた。

どの通路にも魔物たちの集団が待ち構えているのが見える。

正面と左右、どちらが正解なのか。

氷の魔法使いは、引き連れていた氷の剣と盾を解体し、

新たに氷の魔法を詠唱した。

「氷よ。我に物見の鏡を授け給え。」

すると、氷の剣や盾は溶け去り、その水分が寄り集まって固まって、

今度は望遠鏡のような形になったのだった。

氷の魔法使いは、氷の望遠鏡に直接触れないように、そっと中を覗いた。

三叉の通路の真ん中も左右も、どこにも魔物の集団が見える。

では、その先はというと、暗くて判然としないが、

真ん中の通路の先には何かが見えるような気がした。

「よし、じゃあ真ん中の通路から進んでみましょう。」

そうして氷の魔法使いは、偵察の結果、真ん中の通路を進むことにした。

いくらかも進まない内に、魔物たちの集団が待ち構えているのが見えた。

骸骨の魔物、鎧の魔物、生ける粘液の魔物など、群れると厄介な小物たち。

魔物たちは先に集団を形成し待ち伏せしているので、

先程のような小手先では混戦には持ち込めないだろう。

「まずは準備が必要ね。」

氷の魔法使いは、周囲の壺から僅かにでも水分を集めて、

使役する氷を大きくしていった。

そのうえで、氷たちを細かな糸に引き伸ばし、

小さな刃をいくつも編んでいった。

そしてたくさんの小さな氷の刃を、そっと魔物の集団の頭上へと移動させた。

「今だ。氷の刃たちよ、いけ!」

氷の魔法使いが掲げた手を下げると、

魔物の集団の頭上から、氷の刃が雨のように降り注ぎ始めた。

ザザザザーーー!

氷の刃は刺さると凍って抜けなくなり、砕けると周囲を凍らせ、

切ると切り傷は固まって氷になっていった。

比較的固い外皮を持つ、骸骨の魔物や鎧の魔物は、

体についた傷から体が凍って動きにくそうにしている。

しかしそれはただの足止め。

氷の魔法使いの本命は、生ける溶液の魔物だった。

生ける溶液の魔物は、体全体が液体で満たされているようなもの。

その体を氷の刃で切り取って、新たに使役する氷とする。

それがその氷の魔法使いの作戦だった。

作戦は上手く行ったようで、氷の刃に切り裂かれた生ける溶液は、

もう魔物としては機能せず、氷の魔法のただの糧になっていた。

たっぷりと増えた氷の粘液で、今度は氷の大きなつちを作り、

魔物たちを叩き始めた。

頑丈な骸骨の魔物や鎧の魔物も、凍らされて脆くされた上に槌で潰され、

次々にバラバラにされてった。

氷の魔法使いの額に軽く汗が浮かんだ頃。

真ん中の通路にいた魔物の集団は、全て動かなくなっていた。

「よし!上手く行った。

 魔物の中に水分が多い奴がいたのが良かった。

 次もそうだといいのだけれど。」

いずれにせよ、氷の魔法使いは水を無駄にはできない。

凍らせて作った武具は全て集めて引き連れて、

改めて氷の魔法使いは三叉の真ん中の通路を先に進んでいった。


 通路を進むことしばらく。

今度は氷の望遠鏡を使うまでもなく、先が見えてきた。

先には、大きくて豪華な扉が設えられていた。

きっと中には大事なものが仕舞われている。それを感じさせる佇まい。

そしてその前には、丘のように大きな筋骨隆々の魔物が静かに待っていた。

丘巨人の魔物だ。

巨人とは、人間の数倍の巨体を持つ人間型の魔物。

時には炎などを纏っているものもいるが、

今、目の前にいるのは、特定の魔法を付与されていない、

丘巨人と呼ばれる個体のようだ。

丘巨人は魔法の付与を受けていない分、魔法の影響も少ない。

見た目通りの腕力と体力の持ち主で、魔法使いには苦戦必死。

しかも都合が悪いことに、ここは湿気が少ない場所らしい。

その氷の魔法使いが従えていた氷たちは、いくらか数が減ってしまっていた。

「こんな建物の中で、丘巨人かぁ。これは厄介ね。

 氷の魔法を使って戦うには、もっと大量の水が欲しいところだけど。」

もしも、同行者に水の魔法使いがいれば、

氷の魔法の糧として使える水を用意してもらえる。

だが今、その氷の魔法使いは、生憎と一人っきりで、誰の支援も受けられない。

だから、一人で打って出るしかなかった。

手持ちの氷の塊を糸にして、大きな氷の盾を編み出す。

そして残った氷で僅かな氷の刃を作り出した。

「ゆけ!氷の刃。魔物を切り裂け!

 氷の盾よ、魔物の攻撃を避けよ、受け流すだけでいい。」

そうして氷の魔法使いの魔法により、丘巨人との戦闘は始まった。

小さな氷の刃が鋭く飛び、反応が遅い丘巨人の皮膚を切り裂く。

すると丘巨人はやっと侵入者に気がついて咆哮を上げたのだった。

「ガアアアアアア!」

太い腕をデタラメに振り回し、自分を攻撃するものを倒そうとする。

しかし小さな氷の刃には大雑把すぎる攻撃は当たらない。

丘巨人が攻撃を外す度、丘巨人の体には細かい切り傷が増えていった。

すると丘巨人はやっと侵入者の本体に気がついたようで、

氷の盾がある場所目掛けて、ゆっくりと力強く、

のそのそドスドスと近付いてきた。

両腕を組んで、氷の盾に力いっぱい腕を叩きつける。

氷の魔法使いは、ひしゃげた氷の盾の影から這い出るのが精一杯だった。

「ひえ~、盾がもたないところだった。

 氷の盾よ!糸に戻って再び体を編み直しなさい。」

傷ついた氷の盾を一旦解いて、再び編み直す。

しかし攻撃により氷のいくらかは失われ、小さくなってしまっていた。

「しかたがない。小さくていいから、もう少し、もう少しだけもって!」

そうして氷の魔法使いは、丘巨人の強力な一撃を氷の盾でギリギリかわし、

その間に氷の刃で僅かに切り傷を負わせるという戦いに終始した。

その度に氷の盾が損耗し小さくなっていく。

この辺りに水を湛えた壺などはもうない。

氷の魔法使いは、飲み水の入った革袋の中身をぶち撒けて、

僅かでも氷の魔法の糧にした。

やがて、氷の盾が、度重なる打撃に耐えかねて、バックリと割れてしまった。

割れ目から氷が粒となって飛び散って消えていく。

残った氷では、もう丘巨人の攻撃を受け止めることはできそうもない。

氷の刃の方は、丘巨人に幾らかの切り傷を与えてはいるが、致命傷ではない。

せいぜい、足元に血溜まりを作り出すのがせいぜいだった。

万事休す。

丘巨人が氷の魔法使いを見下ろして顔を醜く歪ませて笑う。

しかし、笑っていたのは丘巨人だけではなかった。

顔は薄汚れ、法衣は破け、ボロボロのはずのその氷の魔法使いも、

丘巨人に負けず劣らずに顔を歪ませていた。

「あんた、油断したね。

 わたしの氷がここにある分だけだって。でも違うよ。

 あんたが一生懸命にわたしを押し潰そうとしてた間、

 わたしはずっと集めてたんだ。氷の魔法の糧を。

 氷よ!槍となって魔物を貫き給え!」

氷の魔法使いが高らかに魔法を詠唱する。

すると、丘巨人の足元に異変が起こった。

丘巨人の足元には今、自らが負傷して流した血溜まりがいくらかできている。

それがスゥと立ち上がったかと思うと、

槍のように鋭い形となって勢いよく上に飛び出した。

まるで迷宮の落とし穴の中に落ちた時のように、

槍が何本も何本も、丘巨人を下から貫いていた。

丘巨人を貫いているのは、真っ赤な氷の槍たち。

もちろん、飲み水や花瓶の水の類ではない。あの色は血。

その氷の魔法使いが丘巨人の攻撃を避けている間、

ずっと氷の刃で皮膚を傷つけ続けていた結果だった。

一つ一つは浅い傷でも、傷が増えれば出血量は多くなる。

血液にはもちろん、水分が含まれている。

氷の魔法使いは、魔物の血を利用して氷の魔法を唱えたのだった。

丘巨人の屈強な体は、しかし足元からの攻撃には完璧ではなかった。

足元から生える、自分の血液で出来た氷の槍にいくつもの急所を貫かれ、

やがて丘巨人は力なく倒れ込んだのだった。

ズシン・・。

辺りに立ち上った砂煙だのが収まった後、

動いていたのは今度こそ、その氷の魔法使いだけだった。

「済んだわね。さあ、行こう。」

そうして氷の魔法使いは、丘巨人を倒し、大きくて豪華な扉に手をかけた。


 大きくて豪華な扉の中は、金銀財宝がいっぱいの宝物庫だった。

てっきり魔王の玉座を期待した氷の魔法使いはガッカリ。

しかし気を取り直して、宝物庫の探索を始めていた。

「魔王の城の宝物庫となれば、有名な武具の一つもあるでしょう。

 わたしの役に立つものがあればいいんだけど。」

そうして氷の魔法使いは、金銀財宝の山をひっくり返していた。

きらびやかな宝石を、おはじきのように避け、豪華なだけのドレスを無視する。

そうして氷の魔法使いは、ついにそれ見つけた。

それは、極氷の杖と呼ばれる魔法の杖だった。

極氷の杖。

氷の魔法を強力に高めることができ、その威力は、

流れる滝の水を凍らせて止めることもできると伝えられる。

氷の魔法使いももちろん知っているもので、慌てて手に取った。

「これは、極氷の杖ね。行方不明だって言われてたけど、

 まさか魔王の城の宝物庫に仕舞われていただなんて。

 通りで誰も見つけられなかったわけね。

 これは是非、使わせて貰いましょう。

 これさえあれば、魔物を直接凍らせることもできるかも。」

骸骨の魔物や鎧の魔物などを除けば、大抵の魔物は肉体に水分を有する。

強力な氷の魔法ともなれば、それを直接凍らせることも可能になる。

極氷の杖は、氷を操る氷の魔法を、対象を直接攻撃できる魔法に変える。

肉体を直に凍らされた魔物は、

きっと腕や足をボロボロと落とすことになるだろう。

その様子を想像して、氷の魔法使いはブルッと身震いを一つした。

下手に極氷の杖を使えば、殺さなくていい相手を殺してしまうかも。

「これはちょっと試し打ちをしてみたいところね。

 さっきの丘巨人の死骸でもいいか。」

そうして、極氷の杖を手に入れた氷の魔法使いは、

試し打ちをするために、宝物庫の入口へと戻っていった。


 宝物庫の入口は、先程までの戦いの痕跡がそのまま残されていた。

丘巨人の巨体が倒れ、血が床に滴っている。

試しに、床の血に向かって、氷の魔法使いは極氷の杖を向けた。

「極氷の杖よ、氷を作り出せ!できる限り多く。」

何気ない一言だった。

新しい魔法の杖の威力を試すための、何気ない一言。

しかしその一言が、とんでもない結果をもたらしはじめた。

床に滴る血が氷に変わるのは一瞬。

それだけではない。

丘巨人の死骸に残る血が、氷によって絞られ吹き出してきた。

ブシュゥーっと吹き出した血が、赤い氷に姿を変えていく。

するとその氷は、新たな血を求めて丘巨人の体を深く傷つけていく。

丘巨人の巨体がカスカスの搾りカスになるまで、それは続いた。

「うっ、これは・・・!」

その凄惨な光景に吐き気を催した氷の魔法使いが口元を抑えた。

なんとか吐き気を抑えると、

今度は自分の体の違和感に気がついた。

血の気が引いている。足元がおぼつかない。

何かが自分の体に起こっている。何だろう?

今まで気が付かなかったことだったのだが、

実はその氷の魔法使いは、魔物たちとの戦いで傷を負っていた。

切り傷、擦り傷、などなど。

その傷は大きなものではなかったが、れっきとした出血を伴う傷口を有する。

すると極氷の杖の魔法は、そこからも血液を奪い取ろうとしていた。

極氷の杖にとって、引いては氷の魔法にとって、

氷の糧にするための対象に、術者などの区別はない。

出来上がった氷で攻撃する相手は選べるが、

そもそも氷を作る糧となる対象には、近くにいる術者も含まれてしまう。

周囲にあるものは全て、氷の魔法の糧の対象にすぎない。

それが術者自身であっても。

そのことわりの通り、氷の魔法は、

氷の魔法使いの傷口の血液を氷にし、傷口を切り開き、

滴る血液を氷にして体から引っ張り出していった。

強力な魔力を持つ極氷の杖だからこそ、なおさらその効果は激しい。

このままでは全身の血液を吸い出されてしまう。

即座に魔法を止めねば。

その氷の魔法使いは急いで魔法を詠唱した。

「極氷の杖よ、もういい!魔法を止めて!」

叫び声で氷の魔法は止まったのだが、しかし影響は収まらない。

切り開かれた切り傷からは血が滴り、

切り傷の奥の奥まで凍らされた部位は、容易に温めることもできない。

下手に氷を解凍すれば大量出血だ。

体の血が足りない。体のあちこちが凍っている。

氷の魔法は、液体を氷にし、その形を操ることができる。

しかし逆に、氷にしなければ液体の形や動きを操ることはできない。

大量に出血し血液を凍らせて止血している今の状態では、

その氷の魔法使いはもう魔王の討伐に向かうことはできなかった。

自らの氷の魔法により、全身に傷を負い、体の自由も利かず、

魔法の巻物を取り出すのがせいぜいだった。

「帰還魔法!我を安全な場所に運び給え!」

氷の魔法使いが詠唱すると、風がびゅうびゅうと吹いて寄り集まり始めた。

その氷の魔法使いを運ぶために、風が体を包み込む。

それすら、出血を悪化させる行為として苦痛を伴うものだった。

そうして、その氷の魔法使いは、魔王の城を後にした。

後には魔物とその氷の魔法使いの血で出来た氷が残されていた。


 そうしてその氷の魔法使いは、重傷を負って王都へ帰還した。

立っていることもできず、すぐに治癒師のところへ運ばれた。

数々の裂傷、大量出血、氷による止血、凍傷。

あわや腕も失ってしまいかねないほどの重傷だった。

極氷の杖による影響は大きく、その氷の魔法使いは当分の間、

再起不能になってしまったのだった。



 そんな事があった後。

体の傷が癒えた後も、あの氷の魔法使いはもう、

魔王の城へ行くことはなくなっていた。

氷の魔法の不備を知って、氷の魔法を使うのが恐ろしくなってしまったから。

今は魔物との戦いもない、平和な王都での生活を過ごしていた。

氷は食べ物の鮮度を保つの重宝され、涼を取るのにも歓迎された。

魔物との戦いのない、安全な生活。

それでもなお、その氷の魔法使いは魔法を使う時は警戒を怠らない。

氷の魔法を使う時は、必ず近くに十分な水源を用意すること。

体に切り傷や出血がみられる人が近くにいないこと。

そうでなければ、氷の魔法は見境なく血を奪って氷に変えていくのだから。

強力な氷の魔法であればなおさらその危険性は高い。

一度、死にかけた経験があるからこその用心。

その氷の魔法使いの教えは、氷の魔法の教訓として大いに役立ったが、

しかし、その氷の魔法使い本人が戦いに参加することは、

もうなかったのだった。



終わり。


 炎の魔法使いの話はもう出てきたので、今度は氷の魔法使いです。

どちらも温度を制御するというところは共通しています。

しかし氷には材料の水分が必要で、そこが、

一人で行動していた氷の魔法使いの泣き所でした。


強力な極氷の杖は、すぐ近くに沢山の水分を発見したのですが、

それは使う魔法使い本人の体の水分や血液などでした。

強すぎる火は自身も燃やしてしまうのと同じく、

強すぎる氷は自身も氷に変えてしまうのでした。

それを知った氷の魔法使いはもう、

水源の傍以外では氷の魔法を使う気にはなれなくなりました。


お読み頂きありがとうございました。


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