おにや絶命
「それではチャッツ。午後もサクセス」
そう言い残して生配信を終了した彼はゲーム実況者の一人。圧倒的人気とは言えないものの、水面下では絶大な支持を得ていた。彼は世界的に有名な大手配信サイトで配信している。プレイするゲームは流行もの。プロゲーマーのように上手いわけでもゲームに対する理解力があるわけでもない。そんな彼がなぜ人気者に上り詰めたのか。彼の突出している能力。それは「嘘であっても真実のように話すこと」である。詐欺師まがいのような巧みな話術。早口でべらべらと講釈する様が非常に面白いことが人気を博している。もともと一部の視聴者のみが彼の存在を認知していたが、とある人気ゲーム実況者軍団の一員に数えられてからはまさにうなぎ登り。彼はなるべくして人気実況者に上り詰めた男である。
「ふーーーむ」
順風満帆。万事すべてうまくいく。そう思われた彼の配信者生活だが、視聴者の知らないところで彼は一人頭を悩ませていた。
「これからどうするのが正解なんだ? 生配信は何も考えずに喋ってるから気は楽なんだがなー。動画の再生数が伸びてきてないし、先輩のように両立することは俺にはできないからな。とはいえ、チャッツのみんなも俺の配信を楽しみにしてるわけだし。俺一人で悩んでもしょうがない。ここは潔く先輩から助言を乞うか」
『もこさん。時間いいですか?』
メッセージアプリを起動し、メッセージを送信。時刻は二十時。相談相手として選んだ人物は寝ている時間帯であるため、明日になるかと思ったが、ものの数分で着信が来た。先輩を待たしてはいけないという思いですぐに通話ボタンを押し、電話に出る。
『もこさん。夜分遅くにすみません。急な連絡になってしまって申し訳ないです』
『え、なになに? こんな時間にどしたんおにや? ワイに何の用や?』
『実は今後のことについてぜひとも助言を得たいと思って連絡させていただきました。都合のいい時でいいんで相談に乗ってくれませんか?』
『なんや急にwwwほな、今から俺の家に来てよ』
『え!? いいんですかもこさん!』
『別に構わへんよ。さっき起きたばっかりやからまだ半分寝てるもんやから大したアドバイスはできんかもしれんけどな。ホホホホホホ』
『あ、ありがとうございます。早速もこさんの家に向かいます』
『ホホホ。そんな急がんでええからな? まあ、気いつけてな』
『はい! 失礼します!』
通話終了。先輩がまだ起きていたことも嬉しかったことに違いないが、彼は相談に乗ってくれるという行為が嬉しかったのだ。
「こうしちゃいられない。すぐに向かわないと」
先輩に相談して自分を苦しめている悩みから解放されるのなら急いで行くに越したことはない。彼は寝ぐせを整えることなどお構いなしに、寝間着のまま家を出る。
「待っていてくださいもこさん。すぐに行きますから」
途中の交差点。ちょうど信号が赤に変わり、止まらざるを得ない。田舎ならば無視してもお咎めなしで終わるかもしれないが、彼が住んでいる地域ではまだまだ人の波が消えることはない。ましてや彼は一部とはいえ人気の実況者だ。ここで問題行動を起こせば自分だけでなく、これまで関係のあった人たちにも迷惑がかかってしまう。時間と規律。二つを天秤に乗せたとき、彼は考えるまでもなく、規律を優先した。
「やけに長い……じらせるのか」
いつもと同じ信号の待ち時間。なぜか今ではとても長く感じる。
「もこさん! 今行きます!」
ようやく青信号になり、我先にと歩を進めるおにや。ここから先、先輩の家まで信号はない。あとは向かうだけだ。おにやは自身のトレードマークとも呼べるサングラスを常日頃からかけている。なんの効果も発揮しない夜でも関係ない。それが仇となる時がきたのだ。
「お、おい! 君! 止まりなさい!」
男性の制止する声など今のおにやに聞こえるはずもなかった。彼は信号が変わり次第、周りの状況など考えずに駆け出していた。横から迫りくる信号無視したトラックに気づかずに……
「ん?」
視界いっぱいに広がるトラック。
バンッ!
今までの人生で一度も受けたことがない衝撃。不思議なことに痛みはない。ばらばらに砕け散ったサングラスが事件の衝撃を表している。
「ん……んだ……ば……」
彼が最後に呟いた言葉を理解できる者は一人としていなかった。