屋根裏のドブネズミは居間の親子に憧れる
いい場所を見つけた。
暗くて、下に人間が住んでいる。周囲にる虫を食えば、飢えることもない。
ボロアパート。その屋根裏に住み着いた。
俺は、人間からドブネズミと呼ばれる生き物。
屋根裏の床には、亀裂や小さな穴がある。俺はそこから、下にいる人間を観察していた。
下に住んでいるのは、人間の親子。母親と息子。
息子は、よく外で喧嘩をしていた。怪我をすることが多かった。雄だから、他の雄と争う。争って、勝って、食べ物や雌を手に入れる。
勝った奴だけが生き残る。
老いた奴や弱い奴は、雄でも雌でも死ぬ。生き残った奴の餌になる。
それが当たり前だ。
でも、人間は違った。
母親は、戦いに勝った息子を叱っていた。怪我をした息子を心配していた。
戦いに勝ったのに、なぜ叱るんだ? 勝って、生き残ったのに。
母親が体調を崩したとき、息子は必死に看病していた。寝かせて、食べ物を食べさせていた。
弱った奴がいたら、親であれ兄弟であれ、見捨てるものじゃないのか? 飢えていたら、弱った奴を殺して食うんじゃないのか?
幼い頃、俺は母親を食った。空腹のところに、弱った母親がいた。生き残るために食った。
自分とはまるで違う生き方をする人間を、俺は、屋根裏から観察し続けた。
人間の親子は、仲が良かった。互いに助け合っていた。
そのうち時が過ぎて、俺も老いた。寿命が近付いてきていた。
屋根裏には敵がいないから、殺されることはない。でも、いつか必ず死ぬ。
思うように体が動かなくなってきた。虫を捕まえようとしても、逃げられることが多くなった。
俺の周囲には、誰もいない。俺を助けてくれる奴なんて、誰も。人間の親子とは違う。
「お袋」
息子は、母親をそう呼んでいる。母親と支え合って生きている。
あるとき、俺は自分の死期を悟った。ほとんど動かなくなった体。もう、虫を捕まえることもできない。
もし俺が人間なら、母親が助けてくれたのかな。
もし俺が人間なら、母親を助けたのかな。
薄れてゆく意識の中で、俺は母親を呼んでみた。俺に食われて、俺の体の一部となった母親。
「お袋」
そう呼んでみたけど、俺の口では発音できなかった。ギジィー、という声が漏れただけだった。
お袋。
人間って、いいな。
もし人間に生まれていたら。
俺は、お袋と仲良くなれたかな。
消えゆく意識の中で、最後にもう一度、俺は母親を呼んだ。
お袋。もし人間に生まれたら、親孝行ってやつ、してみたいな。
俺の鳴き声は、屋根裏に薄く響いて消えた。




