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真実

 長い、沈黙。

 魔に取り憑かれた者はやがて支配されてしまう……。それはリレィにとってこの上なくショックな事実だった。今まで自分が戦ってきたのは生きるためだった筈なのに、自分が生きることで、自分の中に巣食っている魔を生かし続けていたとは。しかも、意識が途切れたら人を襲いかねないなんてこと、知っていたらこんなにしてまで生きたりはしなかっただろう。もっと早く、命を捧げていた。

「……私は生きる価値がない人間だ」

 ポツリ、口をついてしまう言葉。

「バーカ」

 隣でカリムが突っ込む。

「お前、俺の話ちゃんと聞いてたのかっ?」

「……聞いていた。だから私はっ、」

「だーかーらぁ、俺の姉さんは生きなきゃいけなかったのに死んだんだってば」

「でもそれは、自分でした事が許せなくて、」

「それでも!」

 バン、とテーブルを叩く。

「それでも生きなきゃいけなかったんだっ。彼のためにも……」

 彼女を死なせたくない。

 それが恋人の願いだった。

 だから繰り返される毎日、魔物達相手に剣を振るっていたのだから。

「恋人を殺したのは彼女の中にいた『魔』だ」

 カリムの言っていることは正しい。けれど自分のせいで幾人もの人が死んで行くのを見てきたリレィにとって、その言葉はあまりに痛かった。

「……私は…生きてもいいのだろうか?」

「いいに決まってるだろ」

 少し怒っているような口調で、カリムが言った。ポン、とリレィの頭を叩きながら。

「お前の中にいる魔は俺が引きずり出してやる。安心しろ」

「……でも、どうやって?」

「それは企業秘密だ」

 悪戯っ子のようににんまりと笑い、すぐにまた真面目な顔に戻る。

「ただ、一つ条件がある」

「なんだ?」

 ドキリ、しながら、リレィ。カリムは捕吏師だ。だからといって料金が発生した場合、リレィには先立つもの、ないわけで……。

「金はないのだが」

 先に、言ってしまう。

「そんなもんいらないさ。ただ、」

「ただ?」

「しばらくここにいてもらう」

「……は?」

 しばらくここに? どうしてだ?

「……お前、変なこと考えてないだろうな?」

 思わず疑いの眼差しを向ける。

「考えてないこともないが、それだけじゃないんだ。捕吏する為には、リレィの中に巣食う魔が表に出てこないとな」

「……表に?」

「つまり、病状が悪化してからじゃないと捕まえることが出来ない。だから、いつになるかわからないよ」

 ふふん、とスケベそうにリレィを一瞥し、笑った。

「いつになるかって……、もし今のまま何も変わらなかったら?」

「一生を共に過ごすということだ」

 うんうん、と頷いて見せる。

 リレィは頭を抱えた。そして、よからぬことを考えた。

 もしかして、今までの話全部が根も葉もない作りものだったら……?

「言っておくけど、遅かれ早かれ病状は悪化するよ。俺の言うこと信じないなら出て行っても構わないけど」

 読まれている。

「……わかった。だが、私が支配されるような事になったら、あんたの身に危険が及ぶんじゃないか?」

 殺したくなど、ない。

 自分のせいで人が傷付くのだって嫌なのに、自らの手を血に染めるなど、考えただけでも恐ろしい。そんなことになるのなら、いっそ今、この場で殺される方がいい。

「安心しろ。俺は自分が一番可愛い」

 自信たっぷりに、カリム。

「……もし、」

「ん?」

「もし私が意識をなくして暴走したら、迷わず切り捨てろ」

 キッ、とカリムを睨みつける。

「……わかったよ」

 ふっ、と微笑む。そしてリレィの頬に手を伸ばし、もう片方の手で体を引き寄せた。

「お前のことは、俺が守るよ」

「……と言いながらこの手はなんだ?」

 ギュウ、と腰をさする手を力いっぱいつねる。カリムの顔が引きつった。

「……リ…リレィ、痛い」

「魔物だけじゃない。お前も敵だな」

 ポイと手を放すと向き直り、改めて問う。

「ところでカリム、私の剣はどこだ?」

「ああ、あれは今、仕事場の方にある」

「……仕事場?」

「あんまりひどいんでね、直してやろうと思って。……見に行くか? 俺の作業場」

 カリムに言われるまま、リレィは捕吏師の仕事場へと足を運んだ。住処である掘建て小屋から歩いてすぐの森の中に、それはあった。森の中、その一角だけ樹が切り倒され、ぽっかりと空間を作っている。ここも同じような狭く小さい小屋。ただ、物が少ないので広く感じられるようではある。

「……捕吏師というのは、鍛冶屋なのか?」

 置いてあるものは鍛治の道具ばかりだ。魔物を捕らえる、と言っていたが、それっぽい道具は見当たらない。

「普通、捕吏師ってのは鍛冶屋も兼ねるんだよ。ほれ、お前の剣はそこだ」

 まだ作業途中だ。それでも、リレィが使っていたのと同じ物とは思えないほど磨かれている。カリムはリレィに椅子を勧めると、自分はそのまま作業に取りかかった。カン、カンと鉄を叩く音と焼かれる鉄の匂い。仕事をしている時のカリムは、まんざら悪くもないな、などとぼんやりしながらリレィは黙ってその姿を見つめていた。


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