魔物の山
「リレィ!」
ふわ、と抱き起こされる感覚。
「……カ…リム?」
目を開けると、すぐ目の前にカリムの顔があった。どうして? 彼は死んだはずなのに。
「リレィ、大丈夫か?」
「な…んで?」
頭がフラフラする。まだ夢から覚めていないみたいに、現実感のない状態。
「熱、下がらないみたいだな」
リレィはベッドに腰掛けているカリムに上半身を抱かれた状態で額に手を当てられた。抵抗する力すら、ない。
「……もう、朝か?」
「朝だよ」
ぼんやりと戻りはじめる、感覚。そして気付く。カリムの腕、傷だらけじゃないか。
「お前っ、」
ガバ、と自分の力で半身を起こす。よく見れば顔にもすり傷がある。この分だと、他にも沢山……、
「何があったっ?」
閉じられているカーテンを開ける。窓の向こうに見えたのは、
「……な…んだ、これは……?」
魔物の、山。
正確には、もう動かなくなった亡骸の群。
「まさか、昨日の夜かっ?」
問い詰める。カリムは小さく笑って「そうだよ」と答えた。リレィは眉を寄せ、うつむく。絞り出すような声で言った。
「私に関わるなと言ったのにっ。どうして逃げなかったんだ」
たった一晩でこれだけの数が? ここ最近、寄って来る魔物の数が増えていることは気付いていた。しかし、こんな数を見たのは初めてだった。それを全部一人で片付けたというのか? 一晩のうちに?
「俺はフェミニストなんだ」
そう言って、カリムはポーズを決めた。リレィはそんな彼を見、深く溜息をついた。
「命がいくつあっても足りんぞ」
「美味しそうな女が目の前にいて、自分で食うならまだしもどうして魔物に食わせることができるっ? 勿体無いっ」
力説しはじめる。
「いいか、リレィ。世の中は『持ちつ持たれつ』だ。つまり、俺はお前を助けたわけだから、お前は俺に恩を返さなければならんっ」
「……で?」
「一度でいい。食わせろ!」
ゴンッ
ど突く。
「バカかお前は。私は助けてくれと頼んだ覚えはない。お前に食われるつもりもない」
「ってぇ~」
殴られた個所をさすりながら、カリム。
「……それにしても尋常じゃない数だ」
思わず口にしてしまい、はっとする。が、その呟きに対してカリムの返答はない。
どうしてカリムは何も聞かないのか? こんな風に『魔』が集まってくるわけを。
「リレィ、」
至極真面目な顔で、カリム。
来た! やはりこの事態を説明しなければならないのか。……当然だよな。
「な、なんだ?」
引き気味で、リレィ。
なんと言えばいい? 『私は魔物に好かれる特異体質だ』とでも? 頭の中でそんなことを考えていると、カリムはまったく違うことを口にした。
「汗びっしょりだったからな。着替えたほうがいいぞ」
ポン、と肩に手を置き、その手をスライドさせ服を脱がそうとする。
「バカかお前は」
言うより先にリレィは手を出していた。カリムが再び頭を抑え大袈裟に騒ぎはじめる。
「ちぇ、」
拗ねたように口をすぼめると、カリムは着替えを放って部屋の外へ出て行った。
「ったく、どういう神経してるんだ、あいつはっ」
ぶつくさ言いながらも、汗でベタベタになっているシャツを脱ぎ、服を着替える。随分スッキリする。この分なら何とか今日中にここを発てるだろう。いつまでも彼に面倒を掛けてはいられない。……それにしても、
「あれだけの魔物を倒すとは、」
十や二十ではきかない数だ。たった一人で深手も負わず、一体どうやって?
「……いかんいかんっ」
ぶんっと頭を振る。妙な甘えが出てしまう前に、早く遠ざからなければ。
ベッドから足を下ろす。冷たい床の感触が心地いい。そのまま立ち上がると、二、三歩歩いてみた。大丈夫。これなら行ける。
部屋の片隅に置いてある自分の荷物を引き寄せる。荷物、とはいえ中には大したものは入っていない。路銀も必要最低限しか持っていないし、服もない。かろうじて持っていたズボンに穿き替え、上はカリムの服のまま。腕をまくりあげ、靴を履き、準備完了。
「……れ?」
一つ、足りない。
リレィの剣が見当たらないのだ。
「あれがなきゃ、困るぞ」
キョロキョロと部屋を見渡すが、どこにもない。荷物と一緒に持ってきたはずなのに、どこに? ドアを開け、外に出る。家の周りをぐるりと一周するも、やはりなかった。