捕縛
『……レィ』
遠くから、誰かの声。
『リ…レィ……』
名を、呼んでいる。
誰の?
『……っかり…ってろ!』
怒っているような、声。
どこかで聞いたことが?
いつ?
……誰?
イイノヨ ナニモオモイダサナクテ
別の誰かが言う。とても優しい、心地よい声。ふわりと温かく体を包んでくれる、誰かの声がする。
『…リ…レィ!』
ミミヲフサギナサイ オマエハモウ ネムレバイイヨ
…眠……れば…?
ソウダヨ ツライコト スベテワスレテ ネムレバイイヨ
辛いことを、忘れて……。
すう、と心地よい睡魔が襲う。このまま、暖かな闇に囲まれて眠れたならどんなに幸せだろう。このまま身を任せて……、
『やらせるって約束だろ!』
ドクンッ
目が、覚める。
意識が鮮明になり、自分が誰なのかを思い出す。そして、声の主も……。
「カリム!」
パチリ、と画面が切り替わるようにして視界が開ける。暗い、闇の中に浮かび上がる影。異様な匂いに、驚いて周りを見ると、そこら中に巻き散らかされた肉片。
「……なん…だ、これは?」
「リレィ!」
闇の向こうから、影が歩いてくる。その動きが少しぎこちなく、リレィは違和感を覚えた。
「カリム、これは一体……、」
空が暁を迎える準備を始めた。薄紫のグラデーション。闇色が、薄れ始める。
「……っ!」
リレィは言葉を失った。
闇の中からその姿を現したカリムは、変わり果てた姿をしていたのだ。
「……カ…リム?」
足が震える。
一体なにがあったのか、リレィには何もわからないのだ。
「リレィ、これを」
カリムが差し出したのはリレィの剣。柄の部分に赤い石が埋め込まれている。
「魔剣、レイシェラだ。……お前の分身だぞ」
そう言って微笑むと、その場に崩れ落ちた。
「カリム!」
駆け寄り、その体を抱き起こす。体中が魔物の血で汚れている。そしてカリム自身も体のあちこちに傷を負っているのだろう。足元には大きな血溜り。
「何があったんだ? 一体どうしたんだ、カリム! ……まさか、私が、」
「……バーカ。俺の仕事は無事成功したんだよ。俺が作った剣、大切にしろよな」
「わかった。わかったから、もう喋るな!」
「……生きろよ」
「え?」
「生きろよ、リレィ。……約束だぞ」
朝焼けが、辺りを照らす。
「何を、」
リレィは頷くことすら出来ずにただカリムを見つめていた。もう、どうしていいのかわからなくなっていた。
「……頼む、私を置いていなくならないでくれ」
懇願する。
もう、失いたくない。何も……、
「……お前はもう大丈夫だ。そうだろ?」
リレィは唇を噛み締めた。
このまま悲しみに身を任せてしまったら、悲しみが現実のものとなりそうな気がして怖かった。だから、一切の感情を、不安を閉じ込めた。何事もなかったかのように振舞う。
そんなこと、あるわけがない。
カリムがいなくなるなんて、そんなこと。
「……知らなかったろ……」
苦痛に歪めていた顔を少しだけ、和らげてカリム。
「え?」
リレィは心の動揺を一切押し隠して、カリムを見ていた。
「俺、お前の事、好きだったんだぜ……」
ズシリ、と胸に響く。
「……過去形なのか?」
ふっ、と笑って見せる。
カリムは、リレィの腕の中で、深い眠りに落ちたのだった……。




