3rd.ギルド
シエラ・アマディウス、スティー・アマディウス。
――それは、下界を生きて行く上で二人が使う自分の名前。テュワシーの南入り口門に入る前に決めた名前である。
家名が無くとも困る場面というものは特に無いが、同じ名前の方が「より愛し合っている感じがしていいだろう」と顔を真っ赤にして照れるシエラがそう理由を語った。
サバスに関しては、神が自らの価値観から「家名撤廃」を掲げた国に住んでいる為、家名は無いものとなっている。
しかし、サバスはこっそり自分の名前を最後に「サバス・グリスリン」だと名乗り、いつか会った時は彼の販売している絨毯等を買う事を約束した。
――南門の入り口では、商人の馬車の列と入国者の列が出来ている。
せっかちなのか急に暴れだして御者を急がせる馬が居たり、門番に「遅い」と怒鳴る女性の声など辺りは騒がしいし、忙しそうにしていた。
「商人以外の担当門番は俺だァーー!!」
やたら明るい門番の声が良く通る。「元気だなあ……」と呟くシエラの手を引いて、スティーは列へと並んだ。
――テュワシー国は、商人たちの楽園国という呼び名がされている。
男神、感情神兼商業神サグラスは人間たちの交流を見るのを趣味に、時折彼も商いを行う商業に秀でた国。最も保有する神器の数が多い国でもあり、その理由は「サグラスが神器の売買を行っているから」という単純なものだが、サグラスの象徴画を手に入れたいとする商人が全世界より集まってくるのが「商業国家」としての呼び名の理由の割合の大半を占める。
サグラスには嘘が通じない。あらゆる感情を見通す力を持つ彼の信用を勝ち取ればそれは――世界より信用が与えられたも同様なのだ。
「確か、サグラスはこの国の主神を務めている他に国王と言う立場でもあるらしい。神殿にあった記事で見た」
列に並びながら、この国についてシエラが知っている情報を口に出す。
「つまり、サグラスは既婚者になったって事か……」
恐らく、彼の事だから結構浮気をしているのだろうともシエラは言った。
――サグラスという神は、性欲旺盛。歓楽街、性風俗の商い数が世界一なのもこの国。
それはサグラスという神の性欲の多さを表しているとも評価されている。
「浮気……メトリーさんが聞いたら激怒してそうですね」
「メトリー?」
「バース様の従者の天使です」
「ふんふん……多分怒られてるだろうね。実はスティーが目覚める前――近況報告でアイツがバースの従者にボコボコにされてたって話があったよ。パルバトの女の子を口説いた後、バースに言い寄ったって」
「え……反省してないんですか? サグラス様は」
「手紙には……「もっともっと強く頼む。殺す気で殴って蹴って折檻して監禁して拷問してくれ」って悦んでたって書いてあった。つまりは多分反省してない」
「人間だけが好きな訳じゃないんですね……」
「何でもイケるみたい。男神と女神両方に成れるから相手は男女関係ないとか聞く」
変な神様ですね、とスティーが言うとシエラは「多分、それサグラスが喜ぶ単語だよ」と言った。
だが、サグラスという神が「変態」と称されるその一方で、神格者として崇められているのは確かだ。サグラスと縁のある人物は皆、彼が怒った所を見た事がないと言う。
殺人行為をした人間には容赦しない彼だが、もしその人物が心の底から反省していたり何かしら事情があったならば――自身の殺人嫌いの価値観を抜きにして情状酌量の余地を与えたりと、日常行動は兎も角、良い神であるのは間違いない。
そんな彼の座する国は壁に囲まれている訳では無いが、皆東西南北それぞれの門から律儀に並んで入っていく。
どこからでも入れそうなのに、何故律儀に門から入国しようとするのか――そうスティーが門番に問うと、神器の力によってこのカグマンは囲まれているのだと言う。
「あそこにいる男を見てみろ」
門番が指差した男性を見ると、門とは別の場所からこのカグマンに足を踏み入れようとして、倒れた。
「あらま」
シエラが一言、少し呆れたような素振りを見せた。
門番が言うに、カグマンだけでなくテュワシーに存在する街は全てこういう造りになっていると言い、門にある魔道具で登録された者でないと自由には入れないらしい。
「だからな嬢ちゃん。門以外から入りたければあそこにある登録具で登録しないといけないんだ」
「なるほど……今倒れた人はどうなるんですか?」
「気絶しただけだから安心しな。何であんな事したのか事情を聞いて、問題なかったら再登録だな!」
「問題がある場合は……?」
「元居た国に帰ってもらう!」
「優しいんですね」
「小さな事でいちいち処罰してたら仕事が倍になって大変だよ! 俺は定時で帰って嫁と子供の相手をしなくちゃなんない!」
明るい声で門番はそう言った。
彼の名前はドルイド・マグナス――軽装備に身を纏い、ボサボサの黒髪に黒目と身だしなみには無頓着な印象を受ける。見た目は若く二十代程度で身長はスティーと同じ程度と男性にしてはやや平均より小柄、その年齢は二十六。装備に包まれたその身体はかなり鍛えられている。
「強そうですね……」
スティーがそう言うと、ドルイドは耳の近くを人差し指でぽりぽりと掻いて言う。
「いやそれが……俺実は戦闘術はからっきしなんだ……この仕事が結構高給なもんで、嫁を養う為にやってるだけなんだ」
「愛妻家だね」
「帰った時、おかえりって言ってくれるのが嬉しくてね。前まではこんな明るい性格じゃなかったけど、やっぱ人って変われるのかね、結婚してから「こんなんじゃ暗いよな」ってさ……嫁は、そのままで良いって言ってくれたけど」
「良い事だよ。これからも幸せを築き上げていけたらいいね」
「ありがとう別嬪さん――名前、聞いても良いか?」
「シエラ。シエラ・アマディウス」
「私はスティーです。スティー・アマディウスって言います」
「ん……姉妹?」
「違う」
「……あ、あーなるほどね。お幸せにな――宜しく、シエラにスティー」
「ありがと、そして宜しく。一つ聞いても良い?」
「ん」
「あの登録具ってどういうやつなの?」
「門から入ってきた人物かどうかを識別する魔道具さ」
「国籍が無いとか、そういう人物も入れる?」
「登録したら、そういうの関係ない。サグラス様曰く「来るもの拒まず、去るもの追わず」ってさ」
だけど無遠慮に、勝手に入るのは止してね――そうサグラスの言葉をドルイドは言った。
「楽しい会話をした。ルドゥって呼んでくれると嬉しい――親しい人は皆そう呼んでくる」
「わかった。よろしくルドゥ」
「よろしくお願いします。ルドゥさん」
ルドゥとの会話を終えた二人は、やがて登録具へと手をかざしてカグマンへと入っていった。
まずはこのカグマンがどういう場所なのかを知りたい――シエラのその言葉に、スティーは間を置かず「そうですね」と了承し、カグマンの街並みをまず最初に楽しむことにした。
今は一文無しだが、お金に関しては問題ない。
「私が何かしら貴金属等を生成して、売れば一日過ごせる金額にはなるはずだ」
そうせずとも、サバスの話で出てきた冒険者組合にて冒険者登録をして、何か依頼を熟し稼げば良い――シエラはそう言う。
「まあ、シエラ様が生成したものを売るのは最終手段にしましょうか。何か狡い感じがして……」
「利用出来るものは利用しよう。貴金属を生成できる者なんて世界に五本指で数えられる程度しか居ないらしいよ? その人物たちも稼ぎにその力を利用してるってさ……私はスティーと過ごす為ならそういう行為も厭わない……ゼ☆」
「…………最終、手段で」
「ふふ、了~解」
片目を瞑り、耳元でこっそり悪魔の囁きを聞かせるシエラに、スティーは「ぐぬぬ」と唸りつつも首を振り、何かを堪えるようにそう言った。
迷ったね――そう察してシエラはにやにやとして答えた。
商業国家と称されるだけあって、住家の数よりも店舗数が多い印象を受けた――果物、反物、武器、魔道具と売買されている種類も豊富で、冒険者らしき人々が英気を養う為にも目の前で食料を買い込んでいたりと賑やかだ。
テュワシーの通貨の名称は「コルタ」――通貨の種類は鉄貨、小銅貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、大白金貨の七種類。
「林檎一個六十コルタ。この国は物価も良いね」
「六十コルタ……えっと……」
「小銅貨六枚――この国の通貨は計算がしやすいようにされてるみたいだよ」
鉄貨一枚一コルタ――段々とそこから十倍されていく毎に貨幣通貨の格が上がっていく。
そして、掲示板で記事を見てシエラが指差して言う。
「見て、スティー。新しい貨幣通貨として五コルタ単位の貨幣を作るかどうかで議論されてる記事がある」
「覚えないといけませんね」
戦争のない平和な街だ――掲示板の記事のどれを見ても戦争に関連する記事が見当たらない。
魔物等の記事はちらほら見かけるが、このカグマンの冒険者は優秀であるからカグマンへの脅威は無いと書いてある。
「――切り札が居るらしい。龍が一億匹来ようと片手で斃して除ける程、世界最強の元冒険者――誇張しすぎじゃない? ねえスティー。それじゃバースと同程度、見た事ないね」
「いえ、バース様が本当だって言ってましたよ。勇者様らしいです――なんでも、魔神と魔王を両方相手取って天と地の差を見せ付けて勝利したとか……性別は聞いてないので分かりません。人間としては異端中の異端らしいですね」
「怒らせたらいけないね」
「滅多に怒らないらしいので大丈夫ですよ。流石に、龍を一億匹倒すというのはした事ないみたいですが……」
「そうなんだ……」
シエラはそんな人物に殴られたら一溜りも無いな、と筋骨隆々鬼のような形相をした男性冒険者を想像し、身震いした。
殴られるようなことをするつもりなのか――口に出していればスティーはそう思っただろう。
カグマンは東西南北でそれぞれ区域の名称も異なる。
北にファブリン区、東にメスフラ区、シエラとスティーのいる南にバッテラ区、西はコスモト区。
八方向に大通りがある――そこからまるで人体の血管のように路地や中通り小通りが張り巡らされており、冒険者組合はバッテラ区の南門からそのまま前に進んだフランニヒ大通りを道なりに歩いていくとある。
ある程度、街の散策をした二人だったが、そろそろ稼がないと宿屋に泊まる金が無いとして冒険者組合に向かうことにした。
「冒険者組合」は商人の呼称――ギルドと一般的にはそう呼ばれる。
石灰岩と高級そうな木材で建設された建物――扉の無い大きな入り口、その上にはサグラスの象徴画。入り口の横には「テュワシーギルド――カグマン本部」と明記され、数々の冒険者が中へ中へと足を運び、依頼書らしき紙を持って、背中の大きな武器をキラリと光らせながら出て行っている。
「掲示板には「冒険者応募歓迎!!」って書いてあったから、拒まれる事は無いだろうね」
何かしら心配事を抱いた表情のスティーに、シエラがそう言った。
「そう、ですね……大きな武器をあんな軽々と……冒険者って凄いんですね」
そうスティーが言うと、シエラは「あれ?」と疑問を述べる。
「スティーはもっと大きいの見てるでしょ? バースの神殿で主神の座る神座の後ろ」
「あれ、象徴画を再現する為の飾り物では……?」
スティーの脳内に思い起こされるのは人二倍ほどの大きさを誇っていたバースの大戦斧だ。
「バースは得物を持って戦う時、アレを片手で操るよ」
「……確かに、見せる時片手で持ってたような……」
――その時、バース神殿の一室では「えくちっ」とバースのくしゃみが二回程響いたのを二人は知らない。
閑話休題――雑談をしつつ、ギルドの中へと入った二人は広々とした内装につい声を漏らしていた。
それぞれ正装に身を纏った職員が大量の書類を運び、一人の冒険者がぶつかってしまい一緒に書類拾いをするなど微笑ましい日常が見られる中、依頼掲示板に貼られた依頼書を険しい顔つきで見る魔導士らしき姿の少女の後ろ姿もある。
――冒険者が職員に相談する声、何やら報酬に不満を口に出す年齢五十程のドワーフの冒険者等々様々な人間が居る。
人間、エルフ、ドワーフ、小人族――他にも色々な種族が割合的には大半を占めているとシエラは言った。
「――毎度思っていたのですが……魔族や天使に悪魔、神と精霊を除いた全ての人型種族を総じて「人間」というのと、種族にも「人間」があるの、分かりにくいですね」
「ごめん……」
「あ、いえ余計な事を言いました。すみません……」
さておき、二人がまず顔を見せたのは冒険者登録をする窓口だ。
長机を挟んで受付と話す――シエラとスティーを担当した女性を見て、二人して生唾を呑む。
後ろで一つに纏められた褐色の長い髪に、吊り目に紫紺の美しい瞳。目鼻立ちは絶世の美女と呼ぶにふさわしい容姿を持っていた。長机により上半身しか見えないが、その身体の均衡はシエラとスティーと比較しても同等で黄金比が保たれた、まさに「男の求める究極の身体」だ。胸の大きさはバースと同等くらいだとスティーは分析した。
何より特筆すべきは――その身長。
(大きい……)
(デカいなあ)
「高身長は私の悩んでる所なので、あまり見ないでください」
「あ、すみません」
「ごめん」
「――――登録ですか?」
二人の視線に気付いたのか、溜息を一つ吐いて言ってきた受付の女性に二人して謝り「登録です」と二人して口を揃えた。名札には「ミト」と書いてあり、それが彼女の名前らしい――家名は書いてない為不明だ。
――冒険者は達成した依頼の数だけ、力の信用度が上がり、受けられる依頼の難易度も上がっていく。
冒険者自体に格付けなどは無い。達成した依頼の量はギルドで受付に相談すれば見られる仕組みだ。
紙数枚ほどで作られた冊子にはびっしりと制約などが書かれ、シエラは「多いな……」と目を通し、最後には同意書に名前を書く。
「あ、神聖文字……」
ミトの声に、シエラが一言詫びる。
「書ける人少ないですし、びっくりしただけですので悪しからず」
だが、分からない人も多い為こちらの話している言語にて書き直し、シエラとスティーは冒険者登録が済むまでの間の数分間を過ごす事となった。
その中で話していた内容はミトの容姿を褒めるばかりだ。
受付後、席を立つ彼女の高身長さは目立つ――スティーより頭一つ分よりちょっとばかり高い。先程の座高から換算するに脚もすらりと長いようだ。
他、ギルドの中を見てみる。
意外な事に冒険者同士での喧嘩は見られず、寧ろ冒険者の方が礼儀正しい気がする。
「さっき文句を言っていた人も、ちょっと大人しくなってますね」
「ほんとだ」
スティーの言う通り、先程あれほど報酬額に不満を挙げていたドワーフの冒険者は態度を小さくさせて「あ……あーいや大丈夫ですハイ。いえ、僕がちゃんと読んでなかっただけなんで……すません。ハイ、ハイ……ええ、マジとんでもないです」等と謙っている。
「入り口に立ってるあの人……」
視線を別の方向に変えて、スティーが指差したのは強面で短い茶髪の服がはち切れんばかりの筋骨隆々さを誇る男性だ。
門番なのか、ルドゥと同じ軽装備――スティーが「あの人が世界最強の……」と呟く。
(う~ん……確かに強そうだけど……世界最強にしてはイマイチ闘気が少ないような……)
そう分析するシエラだったが、スティーは「あの人の前で粗相は出来ませんね……」とシエラに言った。
そして、ミトの二人を呼ぶ声がして、受付に足を運ぶ。
「――スティー・アマディウスさん、シエラ・アマディウス様。冒険者登録が完了しましたので、こちらの冒険者証をお渡しします」
「はい、ありがとうございます!」
「は~い」
ミトの手よりそれぞれの冒険者証が渡され、スティーは目を輝かせながらまじまじと見る。
「ギルドの隣に冒険者証入れ等、失くさない為のもの等の雑貨店がありますので、まずはそこで腰に付けたりする物を買う事をお勧めします。『異収納』と言った魔法が使えるのであれば……」
「私が使える。えっへん。スティーの方は無限に物が入る神器を持ってるから大丈夫でーす」
「――じゃあ、必要無いですね。もし万が一失くされた際は再発行手続きをお願いします」
「は~い」
冒険者証は一番下の位以外は金属製――冒険者に格付け等は無いが、達成した依頼量によってその材質が変わる。
最小難易度の依頼を十程達成すれば、木製から鉄製へ。小難易度を十で銅製。中難易度十で銀製。高難易度を十にて金製――そして、最高難易度を何か一つ達成すれば白金製の冒険者証が手に入る。
達成できる依頼はその材質で職員が依頼受理をするかどうかの判断をする為――そういった仕組みにするのを取り入れているのだろう。これでは格付けがあるのと一緒じゃない? とは言えなかったがシエラは思った。
「最高難易度は国が一個消える程度の脅威に対するものなので、そうそう受ける人が居ないんですけどね。仮に受けるとしても必ず団体を組むように」
――力の信用度が上がり、受けられる依頼の難易度も上がっていく、というのは比喩だ。
全ては職員の判断。冒険者要項が書かれた冊子には「職員が冒険者を間接的に殺したいが為に、その冒険者には合わない依頼を受付承諾。冒険者は魔物の餌食となった」とその一例が書かれており、シエラは「うわあ……」と声を漏らした。
「ミトさん……そういうの私たちは勘弁ですよ?……」
「安心してくださいスティーさん。私の目は確かなので――――人の強さくらい量れます」
「依頼の受理承諾って、ミトさんが?」
「高難易度から最高難易度は私担当です。受ける時は必ず強い冒険者を率いるように――これは忠告ですよ」
にこりと微笑み、ミトがそう言った。
「はいっ!」
――ミトとの受付を済ませ、忠告通りに二人が受けた依頼。
掲示板の隅に幼い字で書かれた依頼だ。これを受けようとシエラが判断した。
『ラミちゃんをさがしてください』
頑張って描いたのであろう犬の絵――黒い犬が依頼書には書かれていた。
難易度は小難易度で報酬額は五万コルタ。
「子どもがこんな金額……」
「多分、親だね」
「何で誰も受けようとしないんでしょう……これ掲示されてから二日経ってるみたいですよ」
「黒い犬という情報しか絵からは得られない――小難易度で報酬は良いけど、その実達成難易度は最高に近いよ。やってみる?」
初めての依頼。
何より悲しんでいる子どもが居る――この依頼を受けるにはスティーにとって十分すぎる理由だった。