2nd.冒険者
朝――洞穴で夜を過ごし、時刻は大体にして午前九時頃。
この森は魔力濃度に優れている――そう語るシエラにスティーは「そうなのですか?」と意識を集中させたが、よく分からないとして怪訝な表情を浮かべた。
「魔力を自在に使えるようになれば、分かるようになるよ」
昨日に同じく、そう言うシエラにスティーはむむっとしてふくれっ面を見せた。
「分かりませんよ~……」
そう呟くスティーにシエラは困った顔をした。
――確かに、これは予め魔力というものを今のうちに感じさせた方が良いかもしれない。
そう思ったシエラは考える――最初、どんな魔法を使わせるべきか。危険な魔法でなければどれでも良いのだが……魔力濃度の高い場所で魔法を使ってしまうと調整が難しい。
「神殿でファリエルから教えて貰った感じ、下界の人間たちは初等教育で魔法詠唱を習うらしいね」
それも最初の頃だけで、自身での魔力の使い方を感じ取ることが出来れば無詠唱の練習。反復練習をして魔力の動きを一ヶ月から半年で体に覚えさせるのだとシエラは言った。
「魔力って一種類だけなんですよね?」
「いや? 八種類あるよ」
その言葉に、スティーは表情を固めた。
――水の属性魔力。水に関係する魔法は大半がこの属性魔力を使用するとされており、水を発生させる。
――火の属性魔力。主に火を発生させる魔法を放つときに使用する魔力の一種。
――雷の属性魔力。電気を帯びさせる。
――命の属性魔力。主に回復魔法や身体能力向上の魔法(言わば強化魔法)等を使う時に操る属性魔力である。
――光の属性魔力。光源を発生させたり、幻影魔法などを使用する際に扱う。
――闇の属性魔力。相手を錯乱させたり、相手の情緒を不安定にしたり鬱にさせたり……主に精神への攻撃魔法に使用する際に扱う属性魔力である。
――風の属性魔力。空気を操る魔法を使用する際に扱う。
――地の属性魔力。金属を生成したり、岩石を生み出す魔法がこの属性魔力を扱う。
この世界においては、それぞれの属性魔力を纏め総じて「魔力」と呼ぶ。
――その中で一番扱いの簡単な属性魔力は命の属性魔力だ――魔力操作の初級練習にもってこいの属性魔力。シエラ、バースくらい精度が向上すると一つの種類の動物から数百もの種類にまで進化させられるようになり、生物の性別も変えたり、体の一部だけ性別を変えたりも出来る。
(でも……学校に行って習った方が……うーむ)
どちらにしろ学校では魔法を学ぶのだから、学校で学んだ方が効率的にも良いのではないかとシエラは感じる。
だが、スティーにとってはかなり不満なようで、魔力の事を明かしてしまった張本人のシエラからすれば少しばかりの後悔をも感じた。
「……わかった。初等教育生が習うって言う魔法だったら教えられるよ」
――というより、魔法詠唱自体した事が無いからそれくらいしか教える事が出来ないとは言えなかった。
「『癒傷』――そう唱えてみて」
シエラが詠唱呪文を言い、スティーがシエラの口から伝えられたその呪文を口に出す。
だが、何も起こらない――誰も傷を負っていないのだから当然と言えば当然であろう。
「あ、そっか……」
気付いたシエラは近くに生えている木へと近付き、木の根元に落ちている小石で少しばかり傷を付けた。
「治りますように~って感じで願いながら呪文を唱えてみて」
「は、はい……『癒傷』」
その時、スティーが感じたのはほんのりと温かい何かが身体を巡り、手のひらよりそれが放出されるような感覚だ――これが魔力、これが魔法かと彼女は感動した。
目を輝かせ、興奮した様子で傷が癒えた木の幹を指差して「出来ました!」と喜びを体全体で表す。
「うんうん、出来たね。今の感じが魔力だよ」
なるほど……とスティーは頷いて、練習して覚えたいと言ったが、シエラは首を振って言う。
「どうやって練習するつもりなの?」
「えっと……もう一度木を……」
そう言うスティーに、シエラは補足説明として魔力を自在に操れる動物は人間以外の一部と魔物くらいだと明かし、更に続ける。
「植物は、魔力及び魔法を使えない――意思らしい意思が無いのと、自分で自分の体を動かせない。木がもう枯れそうだっていう時は回復魔法をすれば良いけど、扱える魔力量とその肉体に保有する魔力量が多い人間がむやみに植物に対して魔法を使っていくとどうなると思う?」
「ど、どうなるんですか?」
――病気になる。自分で放出する事の出来ない植物の、人間で言う肉体に魔力量が増え過ぎてしまい、異例としては魔物化することもある。
シエラのその説明に、スティーは慌てた。
「え……じゃあ、この木は……」
「さっきの魔法は初級の物だから、多少は問題ないよ。命の属性魔力は回復魔法として使うと、自分の魔力を相手の体にあげることになるから、相手の魔力保有量を増やすって事に繋がるんだよね。実は」
「どうして回復魔法を使わせたんですか?」
「命の属性魔力って一番扱いが簡単なんだよ。でも回復魔法によっては分析が必要になってくるから、勉強の必要な魔力だね」
命、風、光、闇、火、水、地、雷の順で扱いが難しくなってくるとシエラは補足した。
「ちなみに、魔法の使い方によっては他の属性魔力で発生させられるはずの現象も起こすことが出来るけど、そこは学校で勉強すべきかな~……」
「わ、分かりました……」
「それで、話を戻すけど……魔力は感じる?」
シエラの問いに答えるように、スティーは目を閉じ意識を集中させた。
「少しだけ、いえ力強く感じます」――命の属性魔力を感じ取ったスティーにシエラは続ける。
「今から、それぞれの属性魔力をスティーにぶつけるよ。魔法じゃないから安心して」
命の属性魔力は先程感じただろうから、まずは風からとシエラはスティーにその属性魔力を放出した。
形容しがたいが、命の属性魔力とは違い涼しさを感じる。爽やかな印象だ――これは、森の中にもある。
「次は光の属性魔力ね。これは光のある場所だとどこにでもあるよ」
暖かい――命の属性魔力は柔らかな温かさだったが、光の属性魔力からは力強い温かさを感じる。
「なるほど……」
「次は闇……これはちょっと心地悪いかな。他の属性魔力と掛け合わせると治療法の一つになるよ」
確かに、シエラの言う通りぞわぞわとした不快感を感じた。
嫌な魔力だ――印象付けるのは、悪魔。
「悪魔はこの属性魔力を多く保有している。堕天使もそうだね」
次は火の属性魔力。
熱い――身体が滾る印象を受けた。何かしていないと気が済まないような感覚を感じる。
「次は地の属性魔力」
「水じゃないんですか?」
「火の属性魔力と水の属性魔力って反応しやすいんだよ。もし空気中に留まってたら爆発する恐れもある」
「そ、それは危ないですね……」
「まあ、半分冗談だけど」
「ええ……」
半分本当なんですかと言うスティーに、シエラは地の属性魔力をぶつけた。
――重みのある魔力だ。物質的には重さなどないはずなのに重みを感じる。不思議な印象をスティーは抱いた。
そして、水の属性魔力がぶつけられる。風の属性魔力と少し似ていて、涼しいが冷たさで言えば水の属性魔力の方が心地よく、体にも良く馴染む気がする。
「人間だけじゃなく、ほとんどの生命体の肉体の大半は水分――保有する魔力の中では一番量の多い魔力だよ。それでも扱いが難しいのは、反応しやすいから」
「なるほど……水に物質は溶け込みやすいから――そういう事ですね?」
「正解」
じゃあ、次は雷の属性魔力を、とシエラが放出した途端――バチンとスティーの体に痛みが走った。
「いたぁーーっ!」
「ああっ! ごめ~ん!!」
ちょっと量が多すぎた、とシエラは両手を合わせて申し訳なさを顔に出す。
「ごめんねスティー。扱いが難しいって言うのはこういう事で……少しでも量を間違えると服と服が擦れた拍子に静電気が極めて発生しやすくなるんだよ……本当にごめんよ~」
仕切り直し――今度はシエラも慎重に雷の属性魔力を放出した。
少し、ぴりぴりとするのをスティーは感じた。
「雷の属性魔力は、初等教育では絶対に扱わせないんだってさ。ファリエルが教えてくれた」
「まあ、危険なのは身に染みてよく分かりました」
「本当ゴメン」
「でも、扱えるようになれば凄い事なんですよね」
「うん。聞く話によれば完璧に魔力を制御できるようになった証拠でもあるらしいね」
自身の神経系の信号の速度を変えて、自分の反応速度を人智を超えたものにする猛者までいるとシエラは言った。
雷の属性魔力は扱いこそ難しいが、自分の肉体を操るという面では万能である――そう説明を補足した。何よりファリエルからの受け売りだが。
と、そんな話をしていた時だった。
「うおっ!? 誰だお前たち!」
容姿や青年――見るに二十代半ばの狩猟服を纏った男性がそこに居た。
彼の名前はビーゼル・スタンカーと言った。種族は人間――二十代半ばに見えるがその年齢は五十を超えている。
身長はスティーより少し上、男性の平均的身長といったところだ。目鼻立ちはそれなりに整っており、彫りが深い。
職業は冒険者らしく、この森の保有者。今日はこの森の管理をしに来たとの事でそれを聞いた途端スティーが礼儀良く「勝手に使わせていただいてます」と頭を下げる。
一方でシエラの方はビーゼルの事をじっと見ており、人間観察でもしているのだろうかとスティーは頭を下げながら思った。
「礼儀良いな。嬢ちゃん」
「ニゲラ様に礼儀は大事と教わりましたので……」
「ほほう……たまげたな……知恵神様の信仰者か。それもお会いした事のある人とは初めて喋るぜ」
「あ、いえ信仰者ではありません。四か月程一緒に過ごしたり」
そうスティーが付け加えると、ビーゼルは笑った。
「はははっ! 嘘ならもうちょっと現実的な嘘を言う方が信じられるぜ?」
彼の反応に「どういうことですか?」とスティーがシエラに耳打ちした。
「ニゲラって実は下界に行くことが少なくてね……行くとしても一年に一度くらいで、その期間も二日とか……長くて一週間」
「ああ……なるほど……確かに不在の時が二日ほどあったと覚えてます」
どう言っても信じて貰えないのだろうとスティーは確信し、話を切り替えることにした。
「ビーゼルさん」
「何だ?」
「ここがどこなのか知りたいのですが……」
「なるほど……つまりはお二人さん方、旅人で且つ迷ってる感じ? 君たちみたいな見たこともないくらい別嬪さんが……勇気あるねえ、襲われたりとかしなかったか?」
「一度だけ……」
「やっぱりなあ……気を付けた方が良いぜ」
聞くに、ここは「ベッテル広原」というらしく、「テュワシー」という国の土地であるとビーゼルは言った。
北に歩いて数時間でテュワシーの首都「カグマン」に着く。その情報にシエラが嫌な顔をした。
何でも、ビーゼルは馬車などではなく運動がてら走ってここまで来たと言い、スティーもシエラも馬車がない事にしょんぼりとして落ち込んだ。
シエラの権能により馬車を創れば良いだけなのだが、馬車業を営んでいない者が勝手に馬車を作って使うと国によっては罰則があると天界にて学んでいる。
「八方塞がりか……歩くしかないのか」
「旅人なら、歩くのは日常だろ? もしや仲間と逸れて迷子でここに来た感じ?」
「そういうこと(にしておこう)……」
がくりと腰を折り、シエラの答えにビーゼルは鼻の下を伸ばす。
「俺の閨に来るなら、カグマンにまで……二人送り届けるけど?」
「――スティー。腕輪を見せたげて」
夜伽の誘いを言い出したビーゼルに、シエラは間を置かずにスティーへそう指示した。
「腕輪?」
怪訝な表情を浮かべたまま、スティーが右手に装着された腕輪を見せる。
紅玉の中心――金でバースの象徴画が施されたその金の腕輪に、ビーゼルは顔を真っ青にさせ、血の気を引かせた。
「今度は首飾りだよスティー」
「えぇ……?」
中央に蒼玉、その中心にはニゲラの象徴画が金で施された首飾り――ビーゼルは今度は顔を蒼白に変化させた。
そして、今度はシエラは何も言わなかったが――ビーゼルの目線がスティーの髪飾りへと移動する。
「ヒェ……」
創造神の、象徴画が施された金剛石の白金の髪飾り。
「マジかよ……」
――原初十二神という神が居る。創造神が最初に最初に生みだした十二柱の神である。
まず一柱目に――「知恵」を司る神ニゲラ。
二柱目に――「輪廻」を司る神チェイル。
三柱目に――「秩序」を司る神スエ。
四柱目に――「結付」を司る神レイル。
五柱目に――「感情」を司る神サグラス。
六柱目に――「理」を司る神ギルタ。
七柱目に――「定着」を司る神ニーフ。
八柱目に――「抵抗」を司るニーフとは双子神であるキーフ。
九柱目に――「蓄積」を司る神モンス。
十柱目に――「歪」を司る神ベンサ。
十一柱目に――「回復」を司る神バース。
十二柱目に――「受容」を司る神リアズ。
最高神にも近い存在のその原初十二神の象徴画は、凄まじい力を有する。原初十二神の象徴画を二つも所有している人間は、この世界に片手の指で数えられるほどしか居ないが――複数の象徴画に加えて創造神の象徴画を持っているとなるとこの世界の何処を探しても居ないだろう。
ビーゼルは腰を抜かし、「マジかよ」と繰り返しながら後退りし、スティーは怪訝な表情を浮かべたまま「大丈夫ですか?」と声を掛ける。
「まじすんませんしたァーーッ!!」
凄い勢いで土下座を見舞うビーゼルに今度はスティーが仰天した。
一方でシエラは「いい気味だ」と悪い笑顔。
(こんなチンケな森に、創造神様の象徴画に加えてニゲラ様とバース様の象徴画……!? そんなん見た事ねえ……ニーフ様とキーフ様の象徴画を二つ持ってるっていう国王が居る事は知ってるけど……俺、そんなとんでもない人を閨に誘うとかやべえことしちまった……)
地獄に落ちてしまう――そんな考えをビーゼルは抱き恐怖する。
そんな少女に指示できる人は一体何者? ――そう思った瞬間に、ビーゼルは気絶した。
「――――本当は、あの洞穴って熊の棲み処だったんですよ。この前、俺が斃したんで特に問題は無いんですがね……まあ何て言うか、自由に使ってください」
洞穴近く、壁に背を預けて座る三人一行――スティーとシエラに対してビーゼルはすっかり謙る様子を見せていた。
「もしかして、四か月間ってのも嘘じゃないのかって……いやあ、思い知らされました。すません」
「は、はあ……」
先程まで、彼の心中ではスティーの事を「嘘吐き」などと酷評していたが、その評価もひっくり返り、彼にとってのスティーの価値が今では格も程度も凄まじく上がっているのが窺える。
「偽物だとは……?」
象徴画を見て、考えを改めたビーゼルにそうスティーが聞いた時、横からシエラが言った。
「スティー。象徴画って偽物が無いんだよ――ていうか作れない、書けない」
象徴画とは――描くだけでその象徴画による効力が得られる。
「なるほど……普通に描けば良いのでは?」
「いやいや、そうもいきません。象徴画って神を象徴するものですから、描くにしても最悪死ぬ恐れがあるんですよ」
「し、死――!?」
仰天するスティーに、ビーゼルは続けた。
「創造神様の象徴画がその典型的な例です。その紋様――中央の丸と十二本の放射線は誰でも描けるんですが、周りの神聖数字はそうもいきません。どの数字から描いても良いのが特別なんですがねえ……神や天使、特質を持つ人間、精霊以外は二つ以上が描くと一週間は寝込む疲労感を感じます。ちなみに過去にて最後まで描いてやるって挑戦した人間が三まで描いて過労死しました」
「ヒェ……」
「悪魔が描くと、一つ神聖数字を描いただけで死にます。それくらい神聖なんです、強力です最強です」
売れば、大国ごと買収できる金額が手に入るだろうとビーゼルは補足した。
「う、売りませんよっ!!」
ちなみにだが、原初十二神の象徴画も全てを描くには半年動けなくなることを覚悟した方が良いとビーゼルは言った。
「原初十二神様以外の神の象徴画であれば、一週間寝込むとかそれくらいで済むんですけど……挑戦しようとする人間は物好きくらいですね。普通にその神や従える天使様にお願いするしかありません」
故に、一つ象徴画の刻まれた装飾品を持っている人間は結構ザラだ。
「原初十二神様の象徴画を得るにも結構信用が居るんですよね……商人とかがサグラス様の象徴画を持っていることはありますけど……」
「アイツ、商業神の一面も持ってるからな……」
「あ、「アイツ」呼ばわり……?」
別にいいだろ、と言うシエラにビーゼルは阿鼻叫喚としていた。
ビーゼルと話し込み二時間――ビーゼルの放っていた鷹が帰ってくる。
「それは……」
「伝書鳩ならぬ、伝書鷹ですね。ここらって肉食の鳥が飛んでることがありまして、鷹じゃないと伝聞を持ってる鳩が食われるなんてことがよくあるんです」
そして、その鷹の頭にビーゼルは自分の額を近付け、目を閉じる。
「――――近くに馬車が通ってます。見るからに商人の馬車でしょう」
なら、その馬車に乗せてもらうしかテュワシーの首都に行く手段はあるまいとシエラは腕を組み考えた。
悪性商人であれば、象徴画を見せたら良いのだろうが、奪われる可能性も出てくる。
「テュワシーは商業国家なんで、信用のある商人でないと商業目的では入れませんから大丈夫です」
そして、ビーゼルと二人は行動を別にした。
去り際、「やべーもんにあっちゃったな……」というビーゼルの言葉をシエラは聞き逃さず、吹き出し笑った。
馬車の乗り心地は、お世辞にも良いとは言えない。
舗装のされていない平原の草地を車輪が回るのだ。小石や凸凹などで縦にも横にも揺れる――先程、縦に跳ねお尻を荷台の床に着地させたシエラが痛みに苦しんでいる所である。
「いやあ~……すいませんね。別嬪さん方」
絨毯の商人――名をサバス。額には長めの手拭いを巻き、体には動きやすく、且つ丈夫な素材で出来た服に身を包んでいた。座っている為身長は分からないが、スティーから見ればバースと同等程度の身長だ。
年齢は見た目からしてビーゼルと同じく二十半ば――こちらの方は見た目通り二十半ばの年齢らしい。
サグラスの信仰者らしく、その手には刺青としてサグラスの象徴画が描かれていた。
「人の顔……泣き顔ですね。被っているのは王冠……でしょうか」
感情の神、商業神サグラスの象徴画は言うなれば人の顔だった――左目より大粒の涙を一滴落としたような、そんな象徴画だ。描くにしてもかなり書きやすい象徴画と言える。四隅には申し訳程度の三角形――原初十二神という立場の神だという割には質素な……そんな象徴画だ。
「サグラス様の信仰者兼商人なら、体の何処かに刺青をと思って――本人に直接お願い致しました。銀行での融資もこれ一つで、見せるだけで出来るんですからサグラス様には感謝しかありません」
「アイツ、結構寛大だからな」
「そうですね……そんな方が何故このような象徴画なのか、気になる所であります」
その疑問に、シエラが言う。
「アイツは……初めの頃「感情」を司るにしては感情の薄い神だった。尚且つ泣き虫で、独りぼっちを数億年――だけど人間と接していくうちにサグラスは自身の感情を曝け出すようになった。その思い出を忘れると自分は人間への感謝を忘れてしまう――だからそんな形の象徴画にした」
神サグラスの好きなものは人間と縁。嫌いなものは殺人。
人間に自分の事を救ってくれたからこそ人間に感謝が絶えず、好きになり――そして。
「好きになり過ぎてしまって、被虐体質、被虐趣味――且つ超が付くほどド変態に変貌した」
「ははは! 変態は有名ですが、そのような経緯があったとは……貴女、聡明ですな。そんな話を一体どこで?」
サバスの問いに、実際に見てたからとはシエラは答えなかった。
どうせ言っても信じないだろう――そう言いたげだった。
サバスは、愛妻家――話をしていて思ったのはその印象だった。
こくりこくりと眠気を我慢できないシエラの横でスティーがサバスの話を聞いていると、一定の間に何度も「妻が」「妻がこう~~」とその言葉を繰り返している。
彼の妻も商人らしく、その才能は自分よりも優れているとも言っていた。
「貴女方にはまるで敵わないと思いますが、傾国の美女って言うくらいには美人なんですよ。才能も溢れていて、私が妻に対抗できるものと言えばこの象徴画を持っていることだけです。いや~……そんな彼女の話をいつもしていると……皆寝てしまってっ! ははは! あと少しでカグマンに着くのでそれまで辛抱くださいねえ!」
「まあ……確かにそうみたいですね」
既に夢の中に意識を投じてしまったシエラを一瞥し、スティーはその言葉に納得した。
「じゃあ――私からも質問とか良いですか?」
「良いですよ」
サバスの了承を得て、スティーは知りたい事をテュワシー首都カグマンに着くまでの間、質問を繰り返した。
――カグマンに着いたら、まずは何をしたらいいだろうかなど基本的なもの。サバスが言うには冒険者組合に名前を登録して冒険者になるのもありだとスティーは聞き、目を輝かせる。
冒険者――ビーゼルもその職業に就いていると言っていた。
手っ取り早く稼げるが、命の危険などもある。危険性と収益が変動しやすい職業。
それならば商人かと問えば、商人になるにいきなりは難しいとサバスは言う。
「商人になれば、稼げるのは山々ですが能力がいる。社交性と有力な人との繋がりも関係してきます。借金をする場合もある――まずは冒険者になる事をお勧めします」
危険は確かにあるが、自分で力を培えばそれを回避できる。
「最初から危険な依頼を熟さなければ良いのですから、それが良い。それに――貴女は「冒険者」という単語を言った時目を輝かせて、体を傾けてまで聞こうとしていた。冒険がお好きなんですよね?」
「――はいっ!」
「その欲求は物語とかからですか?」
「そうです!」
「ははは! 頑張ってくださいな!」
頑張ります――そう言うスティーにサバスは少年の様な笑顔を見せた。