19th.告白
爆発音にも似た音に、学校全体の生徒が集まってくるのにそう時間は掛からなかった。
なんだなんだと声を発しながら、教師と生徒たちが化学室の中へと入ってくる。
「うっ……!?」
最初に入ってきた生徒が見た光景はまさに、地獄絵図と呼ぶにふさわしかっただろう。
チラリと見やっただけでも、その過酷さに嘔吐する生徒が多数居た。それは生徒だけでなく、教師もまた同様だった――これから生きる中で、この光景はきっと目に焼き付いて離れないだろう。
体全体に無数の硝子片が突き刺さり、所々血を拭きだすジベンの姿。
ジベン程酷くはないものの、周りに居た者は全員身体中に硝子片が突き刺さっていた。女子も男子も関係なく、血だらけで服も裂かれている。
無傷なのはソフィアとエヴァのみで、レオは左足首に硝子片が一つだけ突き刺さった状態。比較的軽症なのは、机に『着磁』を付与し、そこに硝子片が引き寄せられたおかげだろう。
「無傷の子が居るぞ!」
机の下から這い出てきたソフィアとエヴァの様子に、一人の男性教師が叫ぶ。
周りの様子に慄く二人を他所に「保護しろ」と近付いてくる教師。レオは落ち着くように諭したが、無理矢理に突き飛ばされ、尻餅を搗く。
「痛っ」
尻に硝子片が刺さった。
慌てて立ち上がるもソフィアとエヴァが連れていかれる。
「この二人は俺が預かる。一応念のため施術室に連れていく」
ソフィアとエヴァの「待って」という声すら聞かずに、その教師はぐいぐいと引っ張って連れ去っていく。
(俺の事は放置かい…………)
その日、学校は騒動により昼に終わった。
だが、ソフィアとエヴァ、そしてレオの三人は、教師陣による事情聴取を受けることとなった。
魔術理論の授業を担当する教師――ジェーンという女性の教師が怪我の痛みに堪えながらも答えた「『着磁』の魔術の授業をしていた」という供述。ジベンが原因だと言う前に失神したため、自分たちが呼ばれたのだという。
何があったのか、と尋問してくる教師の目はギラギラとしていて二人にとっては恐ろしかっただろう。
何せ、相談室に入るや否や「お前がやったのか?」と聞いてくるのだ。先に聴取を受けていた二人は酷く憔悴していたし、犯人だと疑われ、怒鳴られたのだろう。
「…………うっ……うぐっ……」
相談室前の座椅子、レオの隣に座った後にソフィアが嗚咽を漏らす。
室外にまで教師の怒鳴り声は聞こえていた。犯人でも何でもない女の子相手に、人を相手にしているとは思えない罵詈雑言――扉を蹴り飛ばして教師を殴っても良かったが、更に面倒になりそうだったのでやめた。
濡れ衣を着せられて、今まで浴びたことも無いような暴言を吐かれた――辛いに決まっている。
「……これ、どうぞ」
慰めの言葉など思いつかなかった。
だが、これくらいはしようと思って手巾を渡した――御手洗に行ってくると言って向かったエヴァはきっとそちらの方で泣いているのだろう。流石に女性専用の方に入るわけにもいかないので、そちらは後で涙が零れてしまった時に渡そう。
自分は親からよく罵倒を受けていたためにそこまでの衝撃はなかった――「とりあえず落ち着いてください」とからくり人形のように言って繰り返し、教師が押し黙ったところでジベンについてを話したのが相談室の中での自分の出来事だ。
「今日は、一緒に帰ろうか。セルフィーユさんを呼んできてもらってもいい? 落ち着いてからでいいから」
ここまで泣かせるとは、何と酷い教師だろうか。
「他人の嫌がること、傷付くことを言う者は真に人間とは言えません」と入学式の時に壇上に立って豪語していたのに、今日の出来事で襤褸が出たか。
『泣けば何でも許されると思ってそうで、女子生徒はいけませんな!』
相談室の中より聞こえてくる声に、ソフィアは更に大粒の涙を流した。
ジベンが事の原因である話はしたと言うのに、信じ切っていないらしく、未だに自分たち三人に濡れ衣を着せ、原因として決めつけているのが何とも大人気ない。
ここに居れば、二人のこれからにも悪い――一旦は場を離れた方が良い。
肩を叩くべきか、背中を擦るべきか迷って、触れると言う選択肢を取らずに、静かに「今日は帰ろう」と諭す。
「…………ほとぼりが冷めるのがいつになるかは分からないけど、多分怪我をした生徒たちがある程度回復するまでは休みになると思う」
その間に、教師陣も冷静になってるだろう、とも。
冷静になったところで、教師陣が濡れ衣を着せたことを謝ることは十中八九無いだろうが……それは言わずにソフィアの手を引いて、エヴァが居るであろう御手洗の方に向かう。
「ごめんけど、セルフィーユさんを呼んできて…………女子用に入ったら今度は濡れ衣でも何でもないやつになる」
少しでも笑ってもらえたらいいなと思って言ったが、ソフィアは笑わなかった。
ただ頷いて、御手洗の中へと入っていき、数分してエヴァを連れて出てきた――レオが思っていた通り、彼女も泣いていたようだ。
「親御さんは今働いてるの? 伝報が行ったと思うけど、ちゃんと今回何があったかは話した方が良いかもね」
学校の事だから「怪我人多数」など端的にしか伝報を送っていないだろう。きっと今頃は二人が大怪我をしたのではないかと思って飛び出している可能性だってある。
(雷の属性魔力は汎用性が高い反面、扱い方を間違えれば危険だってことを最初に教えないのなんでなんだろうな……)
自然現象を見れば明らかなのに、この学院の教師人はそれを教えようとしない。
そんなことを考えながら、二人の手を引いて学院を出ようとした頃、校門の方より男性の声がした。
「ソフィアーッッ!!」
「エヴァーッ!!」
松葉杖を突きながら二人の男性が走ってくる。ギルドで見たことのある二人組――やはりエルカポスの討伐依頼を受けた二人で間違いない。
闘牛にも似た魔物を娘の為にと挑戦した二人組――両者ともに、傍から見れば青年に見える。他の冒険者に対して礼儀だって良いし、まさに美丈夫と言えようか。
「えっと、あの……二人は無事で――――」
慌てた様子で、足を引きずりながら走ってくる二人、その状態を鑑みてレオがひょこひょこと近付いて宥めようとしたところ、突き飛ばされた。
レオも左足首に硝子片が突き刺さっている――傷が開いたのを感じながら、三米程度地面にズシャーッと音を立てて転んだ。
(本日…………二回目…………ついでに尻も痛い)
美丈夫だと思ったが、違ったか――それとも、冷静さを欠いて周りに配慮している場合ではなくなっているのか。
すぐに立ち上がり、膝やら腕やらに付いた砂をぱんぱんと叩いて払う。
「怪我は!? 怪我は無いのか!? 俺……お前が怪我をしたかもって思うと本当に……ッッ……良かった……良かった…………怖かっただろうに、ちゃんと身を守って……よく頑張った!! 偉いぞ、偉いぞ……」
ボサボサの黒い短髪に、青い瞳の男性がソフィアの父親らしく、松葉杖を手放し、思いっきり抱き締めていた。
その声は嗚咽が混じり、震えてもいる――余程心配だったのが分かる。
エヴァの父親の方もボサボサの短髪で、色こそは金色だが瞳の色は黒い。娘の肩を両手で挟み、五体満足で怪我が一つもない状態に感動して泣き叫んでいる。校門に立っている女性は母親の方だろうか。
(…………帰ろ)
ひょこひょこと歩きながら、感動の雰囲気を壊すまいと立ち去る。
校門ですれ違ったエヴァの母親らしき女性に会釈をして、学院を後にした。
美人の子はやはり美人になるのだろうか? あまり表情が変わらず、落ち着いた様子は受け継がれていなさそうだな、母親である彼女はエヴァに同じく傾国の美女と言って差支えはない。瞳は同じく美しい灰色の瞳で、白金色の髪は腰まで伸びている。
二人の父親の髪がボサボサなのは金が無いのと、冒険者稼業をしていると髪を洗うのが適当になっている為で、母親の髪がかなり長いのは髪を切るのにお金を使わないせいだろう。
(どうでもいいか。家族の事情に踏み入るのは良くない)
エヴァの母親がこちらをジロジロと見てくるのが落ち着かない――足首は相も変わらず痛い。だがそそくさと速足で変えることにした。
突き飛ばされたのは少し気になるが、明日になれば忘れる。
(そう言えば、掲示板でクランスの葉の採集依頼があったな……明日から多分学校は休みになるだろうし、受けるか)
クランス――この街の周辺地域、平原に生息している樹木の一種である。
その葉は多肉で、その成分は傷を癒す効果や鎮痛作用に加え、創傷保護に役立つほど粘性の高い透明の葉肉を持つ。依頼が出る理由は先日とある二人組――言ってしまえばソフィアとエヴァの父親が失敗した討伐依頼対象であるエルカポスがクランスを主食とし、人間に取らせまいと群れを作って独占しているからだ。
クランスは生命力と再生能力が物凄く高い。依頼の報酬は普段小遣い稼ぎ程度のものだが、エルカポスの事もあって最近は報酬が高い――傷も癒せて一石二鳥。
(伝報……今日中には来るかな)
――その予想通り夜に伝報が届き、翌日の行動が決まった。
* * *
尻と左足首が昨日よりも痛い――クランスの葉を早急に要する事態。
尻はその場しのぎに軟膏を塗って、足首は激痛に耐えながら糸で傷口を縫った。踵骨腱に硝子片が突き刺さったりしなかったのは不幸中の幸いと言えるだろう。
(ギルドの近くの宿に寝泊まりしてることがここまで役に立つとは…………)
学校が休みの日は、稼ぎ時であるとレオは豪語している。
あまりにも大きな怪我や酷い筋肉痛など、遂行するのに支障がある場合は流石に休むが、今回の依頼についてはそこまで動かない――大の大人二人が依頼遂行を失敗したあのエルカポスが相手であるが故に「駄目だ」と止められる可能性もあるが、レオにとってエルカポスはそこまで脅威ではない。
冒険者が依頼を失敗する理由の大半は立ち回り方が理由だ。
相手の習性をよく理解し、相手の魔物がどう動くかを知ることが重要なのである。
(エルカポスの討伐報酬は一体あたり二十五万コルタ……)
エルカポスの討伐依頼は受けない――クランスの葉の採集依頼を熟す中で何体かを倒したことにすれば、一体につき二十五万もの金銭が受け取れる。
「うまうま、うまうま……」
人に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟きながら、ギルドの中へと入った。
「おう、レオじゃねえか。今日は何の依頼を受けるつもりだ? ――――足どうした? 大丈夫か?」
「ヘルジさん、こんにちは。足は色々ありまして……クランスの葉の採集依頼を受けようと思ってます」
「アレか…………まあ、お前ならその状態でも余程の事が無い限りは大丈夫だとは思うが、やっぱり手伝ってくれって思うなら俺を誘え! 今日は暇なんだ」
「ありがとうございます」
学校とは違い、ギルドの方が平和だ。少なくとも自分ではそう感じていた。
冒険者間で虐めが起ころうものなら規則で即罰則が下る。その罰則がどういう者かは知らないが、噂で聞くにテュワシー出身の最強の冒険者が直々にどうたらこうたら……真実かどうかは不明。
まだ一年と少ししか歴がないと言うのに、この仕事をずっと続けていたいと感じるくらいには冒険者稼業が好きだ。そんなことを思いながら、依頼紙の張り出されている用紙を手に取って、受付の方に持っていく。
「おはようございます。今日はこれを受けます」
挨拶をして、用紙を渡す。
「おはようございますレオさん。今日は学院は良いんですか? もしかして……おサボりですか?」
受付をする女の人が、にやにやと笑みを浮かべながらからかってくる。
「今日はお休みになりました」
「そうでしたか。クランスの葉の採集依頼を受けるとのことですが……レオさん、足を怪我されてますよねぇ?」
「その為のクランスの葉の採集です」
「……成程。エルカポスの討伐依頼も重ねて受けます?」
とある二人組が刺激したことにより、彼の魔物たちの警戒態勢が増して報酬金額が倍になったことを受付嬢が耳打ちしてきた。三体目から報酬金額に一体二十五万の金額が加算されると言うし、凄く美味しい。
うまい話だが、ここで討伐依頼を遂行してしまうと恨まれないだろうか……「俺たちが熟すはずだった依頼を……」と冒険者同士で関係が悪くなるのは頂けない――ひそひそとその話をしたところ、受付嬢が大広間の端の指差して聞いた。
「あの二人の事ですか?」
そう聞かれて振り向くと、二人がこちらを見て会釈をしてぎこちない笑顔を向けてきた。
その横にはソフィアとエヴァの二人に加え、エヴァの母親も立っており、女性三人よりじろりと見られる男二人の姿の何と情けない事か。
「貴方より早く来ては貴方の事を待つと言ってずっとあそこに居ます」
「………………」
もし、今日自分がギルドに来なかったらどうしていたのだろう。
様子からして女性たちにこってりと怒られたに違いない……かなり落ち込んでいる。
「わかりました。受けます」
「あの五人も組として受け入れられますか?」
「あのうち三人は恐らく冒険者登録していないと思いますので……」
「そうでしたか。では今回の依頼は三人組としておきます」
勝手に決められたが、ここで恩を売っておくには特に損はしない――受け入れることにした。
怪我人三人組――普通なら依頼など受けさせてもらえない。それが普通だ。命のやり取りをするのだから。
それでもこの依頼を受けさせてもらえたのは、自分がエルカポスを何度も討伐することに成功しており、安全であると信用されているからとも言える。何より、自分の立ち回り方が討伐を容易としているのも理由の一つだ。
「危険を感じたらすぐさま帰還するようにお願いします」
彼らの名誉の為にも話しておくが、エルカポスの討伐に失敗したのは恥ずかしい事ではない。
高難易度ではあるし、エルカポスは膂力に優れていて体当たりされれば一溜りもないし普通に死ぬ。大型で、目の前に来られて腰を抜かす冒険者もいるぐらいだ。
おまけに剣による斬撃があまり効かない――皮が厚いのだ。立ち回りとしては魔法で戦うのが常となっている。
相性の悪い戦い方をして、怪我をして帰ってきて失敗――最初、止められていたのにも関わらずという点を見れば、しばらくの間白い目で見られるのも致し方ないだろう。
「馬車の手配をお願いします」
* * *
カルト・シンシフォード――ソフィアの父親。
ハリー・セルフィーユ――エヴァの父親。
冒険者歴は両者ともに七年。自分の約六倍もの経験を積んでいるのに、エルカポスへの対策を怠ったのは何故なのか。聞いてみると、報酬配当量を少しでも多くしたかった、と。
今までは斬撃のみの攻撃で倒せる魔物を積極的に倒していたが、そういった魔物は大抵討伐報酬も低く、一攫千金を狙って高難易度に挑戦。
「推奨人員数五人って書いてあるんですが……」
「いやー……倒せるかな、と」
嘘でしょ、とレオはハリーの言葉に絶句した。
冒険者証は銀製――中難易度の依頼をずっと熟してきたのだろう。高難易度を受けたのはエルカポスが初めてだったとハリーが説明した。
そして、ハリーがレオに対し冒険者証を見せてほしいと言い、レオは金で出来た冒険者証を見せる。カルトとハリーはその冒険者証に口をあんぐりと開け、肩を叩いて「すごいなー」と言うと同時に、ハリーの肩を指先でとんとんと叩く人物が一人。
「お父さん」
「あ、はい」
ハリーの後ろ、見学で同行しているエヴァがむっとして一言発した。
「その……レオ君。昨日は突き飛ばしてしまって申し訳なかった……」
「すまない……」
ハリー、そしてカルトが申し訳なさそうに声の高さを落として謝った。
周りが見えていなかったのだろうということは分かっていたし、そこまで怒ってはいない。言うなれば二回目で且つ、尻と左足首の怪我が衝撃によりかなり痛かったぐらいだ。
だが、一番怒っている……というよりか「どうして?」と物申したいことが一つだけある。
ソフィアとエヴァを見学させているという点だ。
(父親として格好の良いところを見せたいのが理由だったら、先輩と言えど言わなきゃいけないか?)
ギルドより手配された馬車を運用する御者も困惑していたぞ――二人は冒険者とは違う、素人だ。
(いや……落ち着こう。ここで頭に血が上れば冷静に言葉を選べない――今日はエルカポスの討伐だし、血腥いような依頼なのに)
植物採集ならまだしも――――真顔でレオは内心怒っていた。
素人を組の中に入れるという事は、守る必要がある。エルカポスがもしこちらの守勢網を破ってそちらの方に向かって言ったらどうするつもりか?
冒険者登録をした最初の日、レオはディセルより魔物討伐の際に「後衛の後ろから動くな!」と叱咤された事がある。すでに討伐された魔物の死体を見て構造を学び、やがて一対一での戦闘、立ち回り方の勉強、魔物の対策――そのすべてを経験してからようやく一人前と言えるのに。
「二人の…………いや、娘さんは依頼の最中はどうするつもりで?」
「え? そりゃあ、見学で…………」
ハリーが答えた。
「そのうち冒険者登録をされるんですか?」
「いや――――今日は冒険者という職業がどう危険なのかを教える為に、来させたんだ」
「え? 馬鹿なんですか?」
「え?」
「あ…………」
心の声が漏れた。
「スゥーーーーーーーーーーーーーーーーーー………………」
それをするなら、もっと難易度の低い依頼にしろよ――言いたかった、至極当然のことを。
「――――――――――――エルカポスの討伐は自分がやるんで、その間近くの民家でお茶でもしといてもらえます? 四人で」
「え? いや…………」
人間関係は、本当に面倒臭いのだ――正直、自分は魔物よりも人間の方がよっぽど怖いと思っている。
魔物も含め、人間以外の言葉介さぬ動物の感情は基本的に喜怒哀楽のみであり、そこには複雑な感情は殆どないと思える。単純なのだ、動物は。
「もしかして……怒ってるのかい?」
カルトが静かに聞いた。
「はい」
* * *
今回、討伐したエルカポスの数は十三体だ。
何体かは逃亡しており、それを見逃したものの、もう二度とこの場所にはエルカポスも来ないだろう。クランスの樹は他の場所にも生えているし、仲間の大半を瞬時に殺めるほどの脅威が来るのに、恐れもせずに来るほどエルカポスは馬鹿ではない。習性云々の話ではなく、彼らにも学習能力はある。
近くに小川と、青い果実のなる低木が幾つか――食事をする場所としてはここが最適だったのだろう。
「肉付きが良い」
クランスの樹の横、一体だけ残して観察する。
他のエルカポスについては解体済みで、敢えて解体していないものを一体、研修の為に外に出している――「肉付きが良い」という発言に、ハリーが怪訝な顔をした。
「確かに……少し筋肉質なような…………」
「他のエルカポスを見たことがないからわからないな……」
エルカポスの情報が記載されている書物を読んだことが無いのか? そう思ってじっと視線を送るレオにハリーが言い訳をした。
「い、いやホラ! 俺たち最高でも中難易度の依頼ばかりを熟していたから……ははは……面目ない」
それもそうか、とレオはエルカポスの体の部位をそれぞれ指差して説明をする。
「エルカポスの体高は一米と九十糎が平均です。頭から尻尾の先までは大体が四米。皮が分厚く斬撃に強い特長を持っていますので、斃す際は眼窩とか顔面部部分を狙って、脳を直接突く、または電撃系統の魔法による感電が定石です」
脅威なのは突進に加え、湾曲している長さ七十糎程度の大きな角による突き上げ。
「それは……生きてるの?」
ソフィアが質問をした。
あまりに大きな闘牛型の魔物が怖いのか、少し離れた所から見ている。
確かに、冒険者として働いたことのない身としてはこの大きさの魔物は恐いだろう。いきなり動き出さないかどうか気になると思うだろうから、と包み隠さず死んでいることを明かす。
狩猟だとかを生業としていれば動物などの命を頂くという行為についてとやかくは言わないだろうが、ソフィアとエヴァについてはどうだろうか。なるべく血が外に出ないように殺めたのだが、それでも血腥いと感じて批判するか?
「……」
安全であると確信して、ソフィアとエヴァがエルカポスの亡骸に近づいた。
目を固く瞑ったエルカポスの亡骸は四本の脚を内側に折り畳み、地に倒れ伏しているものの彼女の体よりも何倍も大きく見える。
「これから、どうするの? この魔物って……」
「肉にする。解体して、肉と臓器に切り分けるんだ」
「そうなんだ」
その他この依頼についてを説明した後、ソフィアとエヴァには先程まで居た民家の方で待機してもらうことにした。
解体している時というものは凄く残酷に感じることだろう。だからそうした。
カルトとハリーについては手伝ってもらうようにしている――エルカポスの弱点や、斃し方、立ち回り方などを説明、学んでもらうために。そこには先輩後輩の立場の差など関係なく、教えなくてはならない。
エルカポスを討伐しているかの証明は、エルカポスの体の部位をギルドに提示提供する必要がある。角、そしてエルカポスが体内に保有する五つ目の胃。中身を切り開き、内容物を取り除いてから『異収納』にて保管する。
他の部位については、一時的に保管しておいて、肉屋に売る。たまに自分用に肉等を取っておくのだが、何しろ量が多いので肉屋に血抜きした状態で売るのがいつもの行動だ。
解体が終われば、二人を呼び戻してクランスの葉の採集の様子を見てもらう。
「これが、クランスの葉」
クランスの樹の高さは最大で十米に及ぶ。
分厚く、切れば透明で年度の高い組織液が滴る。この組織液を傷口などに塗ると、痛みが和らぎ、治りも早くなる――傷跡も残りにくい。
「この透明の葉肉を四角状に切って、甘味の材料にしたりもできるよ。このまま食べることもできるけど、無味で青臭い」
少しの悪戯心で表面の葉皮を取り除いたあと「食べてみて」と差し出す。
緑色の部分の事を『葉皮』――そこは圧倒的に不味いと言って、透明の葉肉だけを食べさせると、ソフィアもエヴァも「うえ……」と複雑な顔をしていた。
「美味しくない…………」
もう食べたくない、と言う二人に、レオはニヤ……と不敵な笑みを浮かべた。
「まあでも、砂糖漬けにしたりして調理すれば、食感も相まって女性に好まれると聞くから、幾つか持って帰ってみたらいいよ」
「そうなの? じゃあお言葉に甘えて……」
調理方法などを紙に書いて教え、その日の依頼は終わりを迎えた。
後からソフィアとエヴァが治癒魔法を使えると聞いて、クランスの葉の組織液を塗りたくりながらも行使をお願いしてみると、傷は見事に塞がり、痛みすらも無くなって、傷があったことなど分からないくらいにまでなった。
尻の方を治癒してもらうのは流石に恥ずかしかったが……。
帰りの頃には空の色もだんだんと赤みを帯び始めていた。
少し歩いたところで、馬車呼び出し用の共鳴魔道具を用いて御者が来るのを待つ。
「今回の依頼報酬はクランスの葉の採集も含めて最低四百二十万コルタです。ギルド次第ではもう少しくれる場合もあります」
「「「「よんひゃ…………!?」」」」
レオが淡々と述べた依頼報酬額に、四人が驚愕した。
中難易度の依頼の依頼の報酬額は大体が数万~十数万コルタ。高難易度となるとその倍は当たり前なのだが、中難易度以下のものしか受けたことのないカルトとハリーにとっては目を剝くような金額なのだろう。
ソフィアとエヴァの反応は当然か、二人は学生の身だし、そうそう見ることのない金額――額の大きさを指折り数えている所がまさにそれだ。
「…………レオ君。君の冒険者としての仕事ぶりは、俺たちからすれば見習わなくてはならないと思う。今日、それをしっかり学べた気がする」
カルトがふと、そう言った。
あまり喋らなかった彼が急に多く話し始めて吃驚したが、その言葉を聞いて否定することなどありはしない。
そして、その後驚くべき言葉を言われた。
「君に、ソフィアを頼めないか……」
馬車に乗り込むソフィアとエヴァを見ながら、カルトがそう口にしたのだ。
「守ってやってほしい。学校では、目が届かないし……何より、俺はあまり頭が良くない。だから、危ない目に遭ったら、君にはソフィアを、守ってほしいんだ」
ああ、そういうことか。
急に娘の事を頼めないかと来るものだから、許嫁の事かと思ったが、違ったらしい。
「……分かりました」
少し間を置いて、了承する。
重ねて、ハリーからもエヴァの事を頼まれた。重ねて頼まれたのは、二人が冒険者になりたいと言い出した時に、しっかりと冒険者としての動きなどを教えてほしいとも言われ、それこそ驚く。
二人は、娘が冒険者になることに否定的だったはずだが、何の心境の変化がそうさせたのだろう。
「ソフィアは、精神的に強い。それ故に、友達を守ろうとして危ない事をし兼ねない……冒険者という職業は危険だが、その仕事を通して自分の身も守れるようになってほしい――経験上は俺たちの先輩の君に、それを頼みたい」
無責任だろうか、と聞いてきたカルトにすぐには答えられなかった。
「エヴァの事も頼む」
ハリーからも頼まれた。
自分にそんな大役が務まるのか? 疑問が残る。
* * *
依頼報酬の山分け分をカルトとハリーにそれぞれ百八十万コルタ――依頼報酬額に色を付けてもらい、合計は四百四十万コルタを貰ってのその金額だ。渡した時の二人の顔は何とも面白かった。
そして今、ソフィアとエヴァとの三人で、夜の街を歩いている。夜の街といっても、ただギルドの近くの街並みを見ながら歩いているだけで、そういう宿の付近ではない。
父親たちと共に帰ればよかったのではと疑問に思うが、二人が自分と一緒に居たいと言ってきたのだ。
(なんか……緊張する)
手汗がいつもよりも多い気がする。
初めて高難易度の依頼を受けた時と同じ程度の緊張感だ。
両手に花――周りの視線が集まる。それくらいに二人は美しかった。
もうすでに父親からの言質は取っているようなものだ。これはもう合法だろう。
(ヤバい…………凄い興奮してきた)
宜しくないぞ、と心の中で落ち着かせようとするも、収拾が付きそうにない状態だ。
そしてそんな中、二人に手を引かれた。右手にソフィア、左手をエヴァが握って人気のない道に誘導されて、やがて同じく人気のない空間に。
「ぇ――――――――――」
心臓の鼓動がうるさい。
広間に着いた。
そして、二人が振り返った。
「レオ君」
名前を呼ばれて、全身が撥ねた。
驚きのあまり「ひゃへっ!?」なんて情けない声を出し、何とも恥ずかしい。
「今日は、ありがとね」
色々教えてくれて嬉しかったとソフィアが言う。
一方で、エヴァの方はいつもハキハキと物を言うのに、今回ばかりは声が小さく顔も真っ赤で動きも硬い。
「それで……その、ここまで連れてきたのは、言いたいことがあって」
言いたいこと? と繰り返す。
「レオ君が……わ……私は……私――――――――――――好きです」
美しい声音で告白された。
「好きです」とはっきり聞こえた――聞き返すとか不躾なことはしなかった。
そして、左手を握られる力が強くなって、エヴァが声を張る。
「私も! 私も好きです!!」
恋人になってもらえませんか、と続けてそう言われた。
こんな自分の何処が? とは聞かなかった――何より好意を向けられていることが嬉しくて、両想いになれていたのだと理解して舞い上がっていて、答えを待ってくれとかは無粋な返答だと思って、今言わなきゃ、と。
「俺も……二人の事、好きだよ」
迷うまでもなく、そうはっきりと答えた。
 




