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元人形少女は神様と行く!  作者: 餠丸
2章〜強欲〜
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16th.青春の幕開け

二章の十二話『未練』なんですけども、少し改稿してます。


 中等部教育初級生――八年前。

 自分の「青春」はそこからだった。


 初等教育の六年間の中で中等部の生徒を見れば、自分よりもずっとずっと大人だと感じて、憧れすらも抱いていたのに、いざ中等部教育の生徒になるとそうでないとわかる。

 なんだ、こんなもんか――そう思っていた。


『中等部教育入学生――模範学生。ソフィア・シンシフォード』


 拡声具より、校長の声が響く。

 模範学生――入学当初、入学した生徒の学力を計る試験において「主席」とは違い。すべての教科で満点を取得した模範的な学生の事だ。

 周りの生徒たちが彼女のことを「凄い」と褒める。

 当時の自分は、何が凄いんだよ、と見下していた気がする――だって、将来役に立つかも分からない授業の内容での試験で満点を取ったって、何か人生で変わるかって言うとそうじゃないだろう。

 そんなことを心の中で口走りながら、レオはその入学式を寝て過ごした。


 その将来役に立つのかわからないような内容の授業――そりゃ勿論、役に立つこともあるのだろうけど。

まあでも、自分にとってはその授業は将来役に立ちそうにはない――そんなことを思いながら、授業を受ける日々を繰り返す。


 家には帰らない。帰っても誰も居ないし、帰ってきたとしても殴られるし、帰りたくない。

 母親はクズで、父親もカス。どうしようもない家庭環境――精神的負荷の掛からない学院生活にしましょうと代表学生が口々に言うが、学院に来る前から精神的負荷がかかっている自分にとってはそんな言葉、心に響かない。

 みんな、幸せそうな家庭に生まれてるんだろうな――人生を悟った振りして、平和に過ごす自分を他より頭が良いんだなんて勝手に思う。

 未来でそんな自分の学生生活を振り返っては黒歴史だと悶える日々を過ごす羽目になるとはその時の自分は知らない。


 前髪はその時も長く伸ばしていた。鼻頭にまで伸びてきたら適当に切る。

 理由の述べるなら、幼少の頃に父親に瓶で殴られて出来た傷跡を隠す為。それともう一つ、なんか人の視線から隠れられている気がして、なんだか落ち着く。人に視線を向けても相手には気付かれないし。

 渾名あだなは「前髪君」――単純だけど、割と気に入っている。同じ組で前髪をここまで伸ばしているのは自分だけで、ちょっとだけ特別感があった。組に馴染めている気がした。


 一番、組に馴染めていたのは彼の優等生ソフィア・シンシフォードだったが。

 それともう一人、エヴァ・セルフィーユ。

 いつも彼女たち二人は生徒の輪の中心にいた。勉強を教えてだとか、どうしたらそんなに奇麗でいられるのかだとか……自分にとっては媚びを売っているようにしか見えないと、ここでも思春期らしい考えを持っていた覚えがある。

 だけど、でも、どうしても目が離せない――ソフィアのことが。

 初等教育から出たばかりで、齢十二のはずなのに、自分たちよりもいっそう大人に見える。エヴァもそうだが、その時はソフィアしか見えなかった。

 ふわりと風に揺れる黒髪は艶やかで、輝いてすら見える。

 すれ違う度に彼女は、いい匂いがした。自分が魔物で、しかもデュラハンだったらきっと、匂いにつられてすれ違う度頭だけが彼女についていきそうなくらい、自分の脳を支配する香りを彼女は持っている。


 いつの間にか、ソフィアを目で追うようになっていた。

 月に一回の席替えでも、隣になれたら嬉しいと、神に祈ったりもした――結局、夏休暇までの間でその願いはかなわなかったけれど、目で追うだけでも幸せだったので別に良しとする。


 学院に犯罪集団がやってきた。


 ――この社会情勢を覆すには、国の宝だとか言われてる子供の命を脅かし、国王に諸々の考えを改めてもらうしかねえ!! 動くんじゃねえぞォ!!

 ――なんだお前、俺の好みだな。


 一人の女子生徒が男の手に渡ってしまった。


 ――おい、お前ってやつは……見えるとこに傷は付けるなよ?

 ――分かってるって。

 ――そ、ソフィアさん!

 ――一人くらい、つまみ食いしたっていいよなあ!?


 犯罪集団の一人、下品な笑みを浮かべた男がソフィアの胸倉を掴みなら、唾液の滴るような厭らしい舌でもって彼女の肢体を辱めんとする。

 怯えながらも、ソフィアの事を心配する生徒たち。

 恐怖に動けない中、一人の生徒が立ち上がる。


 ――誰だお前! 動くなってのが聞こえなかったのかオイ!!

 ――黙れ。

 ――!?


 一瞬で、レオが頭領の目前に肉薄した。

 それだけでなく、一瞬にして十数発の打撃が頭領の体へ叩き込まれる。初等教育の頃より、初歩的であるものの戦闘技術を教えられているはずの生徒たちも見切れていない。何が起こったのか分からないまま、レオがソフィアを犯そうとしていた男の方にも攻撃を叩き込む。


 ――遅いんだよ。ここに乗り込むくらいだから、ちょっとは骨のある人間かと思ったのにさ……。


 生徒たちの歓声が上がる。


 ――……す、すっげえ……。

 ――一人で犯罪集団を伸しちまった……最強だ!

 ――俺、アイツのこと見直したぜ!


 そんな歓声が上がる中、一人の女子生徒がレオの傍に寄った。


 ――ありがとう。レオ君。私……今のレオ君を見ていると、なんだか胸が……。


 そして、それ以来レオとソフィアは、深き男女の仲になり、人生の終末点までを幸せに暮らした……。


「――――レオ君! 聞いていますか?」


 先生の声により、ハッとする。

 周りを見れば、組の生徒全員の視線が自分に集まっていた。

 妄想――――そう、犯罪集団など学院に来てなど居なかった。あれやこれやと淫らな目に遭いそうになるソフィアなど、居なかったのである。

 その当時を振り返って、あの時の組全員の視線が自分に向けられてると気付いた時は凄く恥ずかしかったことを覚えている。「好き」という感覚をよくわかっていなかったが、ソフィアから送られている視線は他の生徒以上に胸が締め付けられた。

 予想以上に顔に血液が集まってくる――静かな声で「すいません……」と謝って、教師が「しっかり聞くように」と注意して組の生徒が笑う。目立つことが何故か一番恥ずかしかった。


 ぼーっとしながら外を見る――生徒の中で「当たりの席」と言われる一番後ろの窓際の席。

 最初、他の生徒が先日のことを覚えていてか教師に「前髪君は授業をまともに受けないから~~」と自分と席を代わらせようとしていたが、何とか死守した。

 ソフィアの席が反対側で残念に思ったが、じっと見ていても気付かれにくくなったので、ある意味不幸中の幸いか? どちらにせよソフィアを見ているだけで幸せを感じられる――不幸中でもなんでもなく、幸運だ。

 

 中等部教育で生徒たちは、悪い奴が女子人気を得られると勘違いをする男子が多いらしい。教師の言う事を聞かなかったり、授業に必要が無いのに物騒な物を持ち込んだりして――自分にはよくわからなかったけど、ソフィアもそういう男子が好みなのかなと思ったりしたこともある。

 焦って、敢えて乱暴な物言いをしたりしていたのは、ここだけの話だ。すぐに意味が無いと察して止めた――渾名が「陰険君」になった。やるべきじゃなかったと後悔している。


 月を追う毎に他の生徒たちの悪ぶり具合がどんどんと上がっていき、秋には煙草に手を出したりと不良も増える。

 一部分ではソフィアを無理矢理に個室へ連れ出し、手を出そうとする生徒もいた。妄想の中では彼女を格好よく助ける役割をしているのにもかかわらず、動けなくなっている自分が情けなく感じていた。

 雷の属性魔力を扱うのはいつもやっているけども『勁』を完璧に使う分にはまだ練度も不十分――教師を呼ぶしかなく、解放されたソフィアは落ち込んだ様子――不良には殴られたが、その次の日からソフィアから話しかけてくれるようになった気がする。


「レオ君。この前はありがとう」


 お礼を言われた。

 教師が自分の名前を出したのか? いや、自分の事はその場では言わなかった気がする。不良にだけしか、レオの名前を言っていなかった。俺の事が嫌いだったみたいだし、多分言わなかったと思う。


「な、なんで俺だって分かって……?」


 緊張のあまり声が裏返る。


「昨日、先生に助けてもらった時に廊下の角にレオ君居たよね」

「あ……いや、あれはその……」


 初めて話した。

 顔が赤くなってくる。前髪が長くて良かったとその時は思った。

 すれ違うことは会っても、それ以上近付くことなんて無かったから、心臓の鼓動が余計に早くなってきてか、彼女に聞こえてきそうな気がして、後退りしてこける。

 椅子に足を引っかけてこけた自分を見て、笑われるかと思ったけれど、予想とは違って、彼女は大丈夫かと声を掛けて手を差し出してくる。自分の事が好きなのかと勘違いした――今思うと恥ずかしい。

 距離が近い――息遣い、体の線、少し露出した部分、匂い。様々な部分に目が行って気が気でない。

 思春期真っ盛り、十二歳の少年には刺激が強すぎる。


 その日、レオは抜いた。


 女の子は、どんな男子が好きなのだろうと当時よく思った。

 悪ぶった男子が好きなら一度やったみたいに乱暴な言葉遣いをしてみようかとも思ったけども、ソフィアはそうじゃなさそうだと思って止めた。

 なら、お金を持っている男性が好みなのか?

 聞いたことがある。

 それなら、自分もソフィアの好みの範疇に加われるかもしれない――でも、彼女はそんな単純な女性じゃないはずだと考えを改める。


 そこまで多く稼いでいたわけでは無いけれど、冒険者稼業自体は初等教育の最上級生の時からしていた。冒険者稼業は何歳からでも出来る――両親からは何の小遣いも無かった分、自分で稼がないとと思って始めた冒険者稼業。

 日の収入は多い時で十数万。少なくても数万程――やっている家業は採集から魔物討伐。毎日やっているわけでは無かったが、いつかの一人暮らしに向けて貯金するには十分すぎるほどの収入だった。

 家には帰らず、安い宿屋に止まる日々を繰り返していた。


 初級生後半期のある日――魔物討伐の帰り時刻は二十二の刻に針が回っていた。ギルドに行こうとしていた時だった。そんな時に大通りでソフィアとエヴァに会った。

 エヴァと話したのはこの日が初めてで、かなり緊張したのを覚えている。


「ハミルセン君……?」


 名前を憶えられていたことに驚いたが、家名では呼ばないでほしかった。


「学院帰り……じゃないか。今日はその恰好じゃなかったし」


 柄に至るまで血塗れの短剣を後ろに隠す。

何を持っているのかと聞かれてもひたすら隠した――魔物を殺す家業をやっているなんて、物騒で怖いと思われたら嫌だったから。


「危ない仕事……?」


 ソフィアが不安そうに自分を見る。

 危なくない――いや、本当は危ない。殺される可能性だって出てくる。

 誤魔化そうとして、止めた。短剣も隠すのを止めた。

 血塗れの短剣、二人の驚いた顔――魔物を相手に実践などしたことないだろう二人は、どんな顔をするだろうかと不安になる。


「……危ないよ」


 他の冒険者は助力してくれる――そこまで危険じゃないと言おうとしたけど、緊張のあまり言えなかった。

 この魔物も、あまり強い魔物ではないから大丈夫。言おうとして、言い淀んだ。


「…………やめたほうがいいと思う」

「お母さんとお父さん、心配しないの?」


 ソフィアとエヴァの言葉が心に突き刺さる。

 母親? 父親? 心配しないよ。よく「死ね」と言ってくるんだ。嫌いだよ。


「その短剣の血って、何の血?」


 エヴァが質問を投げかけてくる。


「魔物の血……だよね。お父さん言ってたけど、魔物の討伐では殺されることが多いって」

「うん。私のお父さん冒険者やってるけど、この前死ぬところだったって言ってた。辞めようかなって」


 ソフィアの父親は冒険者だったのだと初めて知った――どうでもいいことなのに、好きだったからか脳が記憶する。


「…………二人は、これから何するのさ?」


 話を逸らす。


「私たちはクラスの男子たちに一緒に遊ぼうって呼ばれて――」

「話を逸らさないで、ハミルセン君」


 ソフィアが答え、エヴァがむっとした顔でレオに言った。


「…………」


 辞めないよ、辞められないんだ――辞めると家に帰らなくちゃいけない。帰りたくないんだよ。


「も、もういいだろ。なんで俺にそんな……どうだっていいだろ!」


 捨て台詞を吐きながら逃げようとした。

 もう暗いし、帰らなきゃいけない、なんて嘘言って逃げようとして、二人に行く手を阻まれる。

 逃がさないようにと自分の手首を掴んだエヴァが言った。


「と、友達! 友達がそんな血だらけだと心配だから!」

「いや……俺、怪我とかしてないから……」

「するかもしんないじゃん!」

「じゃ……じゃあ、これからは採集系の依頼だけ受けるようにするよ。これなら危険じゃないから」

「そういう問題じゃなくて……」

「……っ!?」


 『触電トルベ』――静電気を起こす魔法。

 バチッと音を立ててエヴァの手に当たる。

 彼女が手を離し、逃げるようにして走る――痛い思いをさせて御免と罪悪感を抱きながら。


「ちょっ……待って!」


 エヴァが制止の声を出す。


「…………ごめんっ」


 多分、これで嫌われた。

 でもそれでいいと思った。人間関係とか、そういったことを考えなくてもいいし――多分、ソフィアとエヴァという組の人気者から嫌われることによって組の中では孤立するだろうけど、それでいい。

 振り返らず、後ろから自分の名前を呼んでくる二人を無視する。

 前を見ていなかった、人とぶつかった。


「いってェな!」

「す、すみま――――――」


 父親だった、その横には母親。今日は妙に仲が良い、いつもは殴り合いの喧嘩にまで発展しているのに。

 少しでも謝ろうとしたことに後悔しながら「親父……お袋……」と声に出す。


「お前、こんな時間まで何してやがる。その装備……お前冒険者やってたのか? おいおいおい先に言えよな」

「稼ぎ、あるんじゃないの? 渡してちょうだい」

「別に良いだろ……何で俺がお前らに――線」


 そう口にした途端、殴られた。

 「その口の利き方はなんだ」と言いながら二度三度と殴られて、母親はそれを見て「やめなー」と言いながら笑う。周りの人間はそれを見ても助けようとすらしないし、何より見られているのが恥ずかしかった。

 やがて気分が高揚してきたのか初めから酔っているのか分からないけれど、馬乗りになって父親が殴ってくる。


「――おっ! お前金持ってんじゃん!」


 屈辱。腰にぶら下げていた巾着袋の中身を見て父親が歓喜に満ちた声を出して母親に見せた。

 同行した冒険者たちに生活を心配されて多めに割り振りしてもらった金額、二十万ほど。良い人たちの善意を奪われたと思って、人に対して初めて『勁』を使う。

 一発、たった一発――『勁』を用いた殴打で父親の顔面を捉える。

 数米程度父親の体が飛んだ。


「おっ……お前ッ!? 親父殴るとか子供のやることか!! ふざけんなテメエ!」


 自分が悪いのに、父親が殴ってくる。


「おい! 止めろ止めろ!」


 子供が殴られていようと助けようともしなかった周りの人間たちがここで漸く動いて、助けてくれるのかと思いきや自分が取り押さえられた。

 何で? と最初思って、自分を羽交い絞めにしている男性を睨む。


「事情はよく分からんが、こんな時間帯まで子どもがうろうろしているのはおかしい! 君が原因なのだろう?! ならしっかり反省するべきだ。魔法まで使って反抗したっていい事なんかない! 自分が悪いことを認めろ!」


 何が原因かも分からないまま、決めつけてくるその男性が一番不快だったかもしれない。

 羽交い絞めにされている間、何回父親に殴られたか分からない――痛みに苦しみながら地に倒れ伏した頃、やりきったような顔をしながら「これに懲りたら、父親ともう一度話し合ってみろ」と言ってくる。

 報酬の入ったお金は取られた。金額にはしゃぐ父親と母親の声が嫌に耳に残る。最悪の気分だった。

 顔の血を拭って、咳をしながら立ち上がる――後ろを見ればソフィアとエヴァがこっちを見ていた。彼女たちの存在に気付かなかった振りをして、ギルドの中へと入って、残った依頼を徹夜で熟した。


 痣の出来た顔を見て、学院の生徒たちが自分を見る。

 ひそひそと何かを言う者、笑う者、声を掛けるかどうかで迷う者――一番気楽だったのは無関心。屈辱以外の何物でもない。

 学院のほとんどが平和に生きてる。羨ましい。

 授業中、ソフィアとエヴァの視線に気付かない振りをして、その日はそそくさと逃げるようにして帰った。

 帰ろうとして、複数の男子に囲まれて殴られた――昨晩、ソフィアとエヴァが呼んだのに来なかったから何か知らないかと聞かれて、一緒に居たのを見たと他の生徒が呟いて、複数人に殴られた。


(――――――――何で、行かなかったんだろう)


 殴られる中で、ふとそう思った。


「先輩にどやされたじゃねえか! 男子全員、待ってたのによォ!!」

(男子全員? 他の女子は居なかったのか? でも、そういう言い回しをするという事は、そういう目的で誘ったんだな)


 安堵――もし、二人が行っていたら友達との会話等日常的なことや、自分を見る目も別の物になっていただろう。最悪、学院に来なかったかもしれない。

 この集団暴力は、時間が解決してくれる。そう思いながら殴られた。


 学院、そして実家の方で過ごすより、冒険者稼業の方がずっと良い。


「レオ! どうしたんだその怪我は!? 誰かと喧嘩したのか?」

「いや……まあ、そんな感じで」

「まあ、深くは聞かねえわ。とりあえず、今日は採集系の依頼だけにしておけ、魔物を相手にするのにその怪我じゃ体に響くだろ。休むのも選択の一つだぞ」


 ――俺は、この人を尊敬している。

 白髪の混じった錆色の短髪に、大柄で筋肉質な体。年齢は四百五十六歳で冒険者歴は五十年と長い。長生きをしていると時間があっという間に感じる分、使う時間をもっと充実にするために、世界を旅しながら冒険者をしていると聞いた。

 最初に、冒険者の何たるかを教えてくれたのもこの人だ。「針は痛いから武器になる」という単純な考えで、腕ほどの長さを持つ自作の針で初めて討伐の依頼を受けようとした時に、この人は「それじゃだめだ」と武器を買ってくれた。

 初めての依頼も、この人と遂行した。

 女好きで、酒好きで、賭け事なんかもよくやる。賭博のやり方を教えてもらったが、それはよくわからなくて断念した――色々教えてくれるこの人を、俺は尊敬している。

 乱暴な言い回しをしていても、決して殴ることなど無い。自分にとっての父親だ。

 俺は、この人と仕事をしていたい。

 だから、冒険者は辞めたくない。


「ありがとうございます」


 そして、すみませんと親に依頼達成報酬を取られたことを明かす。

 彼は、今日同行してくれた冒険者の中の一人だ。

 

「深くは聞かねえつもりだったが……親と喧嘩してそうなるってことは……そういう感じか」


 世話になったこの人の、ディセルという冒険者の顔を、なかなか見れない。

 涙が出そうになるのを、必死に堪える――男というものは、涙を見せては強くなれない。


「ほれ」


 手を取られ、金貨を握らされる。


「今日の飯代。これで美味いもんでも食えよ」


 十万の価値を持つその金貨を、躊躇いもなく十二の少年に渡すなんて、どうかしている。


「今日の賭博で勝った分だ。気にすんな!」


 わしわしと髪を乱されて撫でられる。


「頼れよ」


 ぐっと口をへの字に曲げる。

 何も言わずにディセルが去る。

 数秒経って、涙を塞き止めていた涙腺が崩壊する――声を押し殺す。無理だった。学院でも、家でも堪えていた涙が止まらない。

 目指すべき大人の姿。

 この人みたいな強い冒険者になりたかった――本人は否定するけど、自分にとっては、最強の人だ。


 貰った金貨を、自分は使わなかった。


 次の日、学院を休んで依頼を一日遂行した。

 そろそろ学院に居ても虐めに遭うだけだし、これの方がましかと思ってそうした。ディセルは自分に「学院なんて、行かなくたって稼げるときは稼げる」と言っていたし、今日はその言葉に甘えることにした。

 受けたのは『ロハル討伐』だ。場所はそう遠くない場所にある村だ。

 『ロハル』――ゴブリンによく似た魔物で、ゴブリンと違う点は他生物の雌を襲わないという所と頭に角が三本ある程度。

 討伐の依頼をされる理由は作物を狙って集落に攻め込むため、害獣のような扱いをされている。基本的に弱いが、あくまで一体のみの場合で複数を相手となると格段にその依頼難易度は上がる。

 複数を相手にするのに難易度が上がるのは当然の事だが、ロハルは群れでの連携がゴブリンと比べると優れている為、更に難易度が高く設定されている。


『着磁・極正』を行使する。

 多対一。その戦闘において、雷の属性魔力を扱う魔導士が最も活躍するとされている。普段の依頼でも、大勢を相手にする中で一番頼りにされるのはレオだ。

 続いて行使される『着磁・極負』によってロハルの群れが段々と塊となっていく。

 そしてそこに、雷の属性魔力を放つ。魔法名など無い、ただ単純に放出しただけ。

 派手に魔法を放てばロハルの肉片が周りに飛び散り処理に困る――感電死させれば、爆散することなど無い。


「完了――――――」


 『着磁』を解除して、塊を崩しては村の住民たちにロハルの亡骸の火葬を頼み、依頼達成の証拠となる角を群れの総数分回収する。

 「危険な仕事」とは言われるが、魔物の対策を怠らなければ自分にも出来ることだ。

 体を鍛えるとか、大事なのだろうけども『勁』という魔法が膂力の差による有利不利を覆したりもする。


「君、幾つかね」


 時折、依頼主より年齢を聞かれることがある。

 悪い意味で聞いているわけでは無いみたいなので、いつも正直に答える。


「そんな歳から立派なもんだ。でも勉強はしてるのかいな?」

「一応、学院には通っています。今日は…………行きたくなくて」

「そうか、そうか。まあ、色々あるだろう……嫌なことは忘れて、お茶でも飲んでいきなさい」

「……いただきます」


 冒険者の仕事をしていると、嫌な事も忘れられる。

 人間は、年を取れば取るほど性格が丸くなっていくという――正しくは寿命の限界が近づいてきたらと言う。田舎の村の人々は魔法を扱う事を率先して行わず、寿命年数も短い。

 村の依頼を受けると、優しい人たちがお礼にと食べ物を恵んでくれる。

 忘れた先に、美人な村娘に会う事もある――相手にとっては自分は子供だから、やたら接触してくるしで、思春期真っ盛りな自分には向いた仕事だ。当時、童貞だった自分は、気が気でなかった――夜に一人で発散していた。

 その日の依頼達成報酬は五十万――今までとは比べ物にならないくらいの破格の金額。


「数十体のロハルに一人で? 危険なので、次からは複数人での遂行を強く推奨します」


 受付の人に釘を刺され、平謝りしてギルドを出る所でディセルに会った。


「お疲れ様です。ディセルさん」

「おう! 今日はたんまり稼いだみたいだな!」

「……なので、今日は自分が、ご飯奢ります」

「…………そうか。じゃ、その言葉に甘えさせてもらっとくしかねえな」


 ――高めの肉料理店。

 十二の自分が店員に「二名で」と言った時、怪訝な顔をされた。見た目通り中等教育の身、怪しいに決まっている。最初、ディセルより「保護者の振り、要るか?」と提案されたが、断った結果だ。

 だが、後悔はしていない。

 緊張はしていた。目の前の尊敬する人物を食事に誘うなど初めてだったから、嫌がられないかと心配だったのだ。

 仕事中は無駄話をしない主義だと出会った当初に言っていたから、満足のいく話をすることなど無かったから、こういった場面を用いて話がしたかった。

 冒険者を続けていて、ディセルという人物にどれだけ世話になったかなどの話を、友達と話しているかのように話した。友達なんてあまりいないから、これが友達との会話かどうかなんてわからないけれど、それまでの人生で一番話したと思う。

 柔らかく、丁寧に味付けされた肉料理を頬張っては共にその旨さに笑みをこぼした。

 長生きしている分、美味なる物はたくさん食べて来ただろうけど、今日は楽しんでほしいと思って、沢山話す。

 聞けば、大抵の人間はある程度の年齢まで生きると精神的におかしくなって、自殺行為に及んだり、自分から危険な道に進もうとする事が多くなるという。つい最近、ディセルの口から聞いたことだ――それもあって、美味しい店でそういう考えを少しでもなくしてもらおうと思って、誘ったまである。


「レオ。楽しいか? 最近は」


 唐突に、そう聞かれた。

 父親が子供に対して向ける優しい口調で――それを実際に受けたことはないけれど。


「楽しいです」


 学院や家と違って、依頼で向かう村や町の人は労ってくれたり、報酬以外に生活必需品をも恵んでくれる。


「でも……学院は、楽しくないです。もう……辞めようかなって思ってます」


 暗い雰囲気に等するつもりはなかったが、本音を口にした。

 虐めを受け始めたし、今は酷くないけれどもこれから酷くなってくる場合もある。授業でやる内容は将来必要なわけでもない。

 だったら、辞めてしまっても問題はないはず。

 自分の本音を聞いたディセルは、本を渡してきた。


「?」


 ――『ウェルガンスの旅路』


 聞いたことのない名前の人物の冒険譚。


「俺の愛読書だ」

「え……」

「お前にやるよ。お前には、英雄ウェルガンスみたいな人間になってほしいってのが俺の願望だ」

「は、はあ……?」

「俺が五歳の時に、その本を手に入れた」


 という事は、この本は四百五十年程度の時間が経過した本という事か――だがそれにしては状態が良い。


「――――――……腹、膨れたな」

「…………?」


 妙に、今日はディセルの様子がおかしい。

 店を出て、ギルドの前にまで来たところで、突然ディセルが明かしたのだ。

 同時に、ソフィアとエヴァが横からこちらに来ているのが見えた――冒険者を続けていることに関して何かを言おうとしているのかわからないが、視線を外してディセルの顔を見上げる。


「今日はありがとうな。旨かった――――久し振りにあんな量の肉を食った」

「それを聞いたら、こっちまで嬉しくなりますよ」


 頬をぽりぽりと指先で掻いて照れた矢先、ディセルの口から自分にとって衝撃的な言葉が出た。


「……なあレオ。俺……今日にテュワシーを出ることにした」


 ――それを聞いた時、自分はどんな表情かおをしていただろう。


「ぇ…………」


 瞬時、二年間のやり取りが脳内を駆け巡る――顔を俯かせた。


「別に死にに行くわけじゃねえよ。この国にいるのも、旅の一環だからな。元から、この時期に去ろうと思っていたんだ――――お前とこれだけ親密になれたのは、予想外だった。楽しかったぜ」


 自分が片手に持っていた『ウェルガンスの旅路』を胸元にまで上げさせて、ぐっと胸に押し当てられる。

 視界が涙で歪んだ――この人と離れるのがひたすら惜しかった。


「英雄ウェルガンスの姿を、お前の心に刻みこめ。俺は女好きだが種無しでな、この通り容姿もあんま良くねえ。女の人気は得られねえしで童貞、嫁も一人も貰えねえ――お前を見る限り、そうじゃねえと確信してる」


 自分を笑わそうと自虐をしたのだろうが、上手く笑えない。

 そんな中、ぽんと掌を頭に載せられ、いつもより強めにわしわしと髪を乱された。


「レオ。挫けてもいいが……自暴自棄にはなるな」


 両腕で本を抱き締める。

大粒の涙が目から零れ落ちた――好きな女に見られていることすら忘れて。


「ウェルガンスは言った――――別れを惜しむのは、好みの女との別れの時のみであれ、と」

「…………っ……うぅっ……うぐっ……!」

「――――こんな歳の差開きすぎたような二人の間だ。年だけ見れば糞爺と若人だ」


 ディセルは、自分にとっての――尊敬する先輩であり、師匠せんせい


「若人レオは、これからどう生きる? 俺みたいに生きるか? それは駄目だ。恰好が付かん、女の心すら掴めねえ、つまりはよろしくない。楽しめ、楽しんで愉快に生きろ」


 嗚咽で何も返せなかった。


「――ああ、そうだ。お前の父親、今日殴っちまったわ。すまんな」

「――――――ぅぅぅぅぅうああああああ…………」


 恥ずかしいが、女のように泣いた。

 ぽんぽんと頭を叩かれて、視界からディセルの姿が無くなっていくと同時に、声を上げて泣いたのだ。


 レオおれは、この人を一生忘れない。


 何にも屈しないと誓う。


 自暴自棄にならない。


 「お世話になりました」と、嗚咽の混じった言葉で背中に言った。


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