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元人形少女は神様と行く!  作者: 餠丸
2章〜強欲〜
54/60

14th.逃避行の果てに


 ――直感。

 雷の属性魔力を日常的に扱っていたことが実を結んでか、レオは確かにその気配を感じていた。

 不気味で禍々しい――文献にある魔王及び魔人の誕生に匹敵する異様な気配。それが王城から発せられている。


(力の変質…………)


 禍々しさを孕むその気配が王城より発せられていることは『強欲』の勇者に変化が起こったことは確定と見て間違いない。

それを確信したときにレオの内心で生まれたのは疑念だった。


 ――あの時、殺めておいた方が最良の選択だったのではないか?


(人を殺したことなど無いけど、コレはあの時殺しておいた方が良かった気がする)


 移動を始めて一週間が経った。王城から約三百粁の距離が開いたのに関わらず、気配を探知できる異常さに冷や汗が頬を伝う。


 ここからの行動の正解は何だろうか、と考えた。

 逃げ続けるを選択するのは目立つ。単純に平原を集団が歩けば怪訝に思われる。何よりこの集団の女性たちは外套などの身を隠す服装をしていないし、あれほど女性を求めたミドルが女性が集団で歩いているのを見逃すわけはないし、何よりミドルは自分を恨んでいるはずなのだ。

 推測だが、分身を使って探してくるだろう。

 

「どうかされましたか?」


 メリアがレオに問う。

 顔に出ていたか? と顔を触るレオだったが、どうにもそういう事ではないらしい。


「なんか、ずっと黙ってますけど何かあったんですか?」

「え? ああ、そういう……」

「忘れ物ですか?」


 レオの変化に、ここにいる女性たちが緊張した。

 彼が行動に何かしらの変化を見せる度に集団の精神的な部分が擦り減っていく。


(戦闘員の数が少なすぎるのがいけないよな……)


 贅沢を言えば、ミトという女性が居れば何もかもが解決しそうな雰囲気がある。

 その戦闘能力がいかほどかまでは知らないものの、歩き方自体が強者の域だったし、初顔合わせの際ちょっと悪戯しようとして後ろに回ったときにも自分がしようとしていたことを見透かしているような印象を受けた。


(結局、その時はスルト氏の恋人だと知ってやめたわけだけど……あの人何者だったのかな)


 だが、ない者ねだりはするだけ無駄と切り捨てる。

 ここは思考を切り替えて、この街で心強い助っ人を探す方が吉だろう。候補として挙げられるのは、この街で男たちを退け続けられるような女傑――言ってしまえばグンディーのような人物が数人居る方が好ましい。メリアもメリアで約三ヶ月前は魔法で退けていたが、それが出来るようになったのも最近の話で、殺し合いとなると尻込みしてしまう恐れがある。


「うーん…………」


 今の自分は、いつにもなく真面目だ。

 学生の頃と比較して変われている? それならば嬉しいが、それが原因でメリアたちに異変だと思われるのも心外というもの。

 一番、問題なのは人一倍臆病そうなサラだ。

 チラリと見やるだけでも驚かされた鼠のようにカチンと固まる彼女の性格上、戦闘には不向き。どうにかしなければならない、とレオは考える。

 

(ディトストルは他の国と違って、ちらほらと平原内に村はあれど、街と呼べるものはここ一つしかない。町の中に居た方が目立たないし……うん、この街の中に居た方が見つかる可能性は低いよな……)


 なるべく王都から離れるように休憩時間を少なくとっていて良かったとは思うが、もともと運動などあまりしてこなかった女性にとっては酷な話だ。その行動計画を繰り返していてはいつか行動が遅くなって見つかる可能性も高まるし、体力の少なくなったところを街の男性陣に見つかり、あれやこれやと女性が酷い目にあわされることだろう――当たり前の事だが、当たり前だと意識外に放っていては逃げ続けるという計画を立てる中で本末転倒とも言えるだろう。

 レオは考える。

 考えたくはないが、デニスの足の方も何とかしなくてはならない。

 手先の器用なセイラと作った即席の折り畳み式車椅子に乗せ、移動には困っていないが見つかった際の逃亡で一番荷物になるのはデニスだ。無論、考える中で酷い言い方をしているのはレオも自覚していた。

 世界各国で行われていた戦争において、欠損した兵がもっとも隊の動きに支障をきたすと聞く――痛みに悶えればその叫びが士気を低下させるとも聞くし、どうにかしたい。


(欠損を回復させる、となると一番欲しいのは神だ)


 考えれば考えるほど、シエラという存在が惜しく感じる。

 交流の面でも彼女は貢献してくれることだろう――分け隔てなく、人に接することのできる彼女には最早尊敬の意さえ出てきてしまう。


(考えてみれば、俺そこまで友達との交流ってなかったな…………)


 そう考えてしまうと虚しくなってくるが、同ギルドのアラン意外に友達と呼べる同性の友達が居ただろうか。

 シエラ、スティー、そして恋人であるメリアとグンディーに加えセイラ。ギルドの人員たちは「友達」の部類と呼んでいいのだろうか?

 友達等の人間関係――今この状況で一見関係の無さそうな思考に思えるが、冒険者の中で人間関係は意外と立ち回りに役立つと聞く。


(友達……作っとくべきだったな)


 一方でアランは結構友達が居た――彼は今頃、何をしているのだろう。


「みんな、一旦休憩にしよう」


 交差道の角――誰も居ない建物に入る。

奥の方に全員を行かせて休憩の声を掛けるとグンディーとメリアを除く女性たちが壁に背中を預けて深く息を吐いた。


「あの……私たちはいつまでこのような事を繰り返せばよろしいのでしょうか?」


 茶髪で長い髪を伸ばした貴族の女性が力無くそう言った。

 その表情を見れば、少し不満気なのが分かる。その顔には汗で髪が張り付き、服を着替えて浴槽に入りたいとも声を出す。


「貴方の考えていることと、皆さん同じ気持ちです」


 メリアがそう返すが、不満を顕わにした女性はむっとしてさらに返した。


「――――貴方たち冒険者は普段から汚れ仕事や体力仕事をされているから慣れているのでしょう? 私たちは、これ程……数十数百粁という距離を歩いたことなど経験にありません。」


 その言葉を吐く女性にレオは何も言わなかった。

 ディトストルの貴族たちはテュワシーの貴族たちと違って、運動をする機会など少なかったに違いない。


「勿論、あの勇者様から逃げる為の策だと存じてはいます。そうしてくださるのは感謝していますわ。あの方にご奉仕をさせられる……その後は娼館に放られるとも聞いたことがあります――セイラ様の扱いに関しては、初めてお聞きすることでしたが」


 貴族の女性たちは政略結婚を成功させるために、より実践的な性教育を叩き込まれ、より身分の高い貴族の子息と一夜を過ごさせて既成事実等を作りいち早く結婚、権力の繋がりを広め、その向上を計る――世界の性に関する事情云々に詳しくなる思春期特有の学習意欲からレオはそのことを知っている。よって娼館に行かされるのだろうが、セイラは性の事に関しては無知。

 貴族の事情も、セイラの性知識の疎さの事情も知っているレオは「大丈夫さ」とセイラを励ました。


(確かに、ここまで歩くほどの体付きじゃなかったもんな…………ちょっと嗜む程度に運動してますよって感じだった)


 レオには、口が裂けてもメリア、グンディー、セイラの三人には言えないが、サラを除く貴族の女性たちは自分たちを優先して守ってもらおうとしてか、よく夜這いに来られたという事実がある。

 正直なところ、今レオは冷や汗が止まらない状況だ――言えば、今不満を明かしたこの女性は貴族の女性の中で一番濃厚な夜を過ごしてしまったという経歴がある。


(俺、この女性に強く言えないんだよな…………)


 移動を始める数日前、深夜帯の時間だった。下腹部が何故か生暖かいことに気が付いて、目が覚めて下を見たら、レオの愚息は他人ひと様のお宅に訪問していた。


(っていうか…………申し訳ないけど、サラちゃんを除いたその他の女性もそういう可能性・・・・・・・の恐れにある……!! 何も言えない……!!)


 その時は、眠りが浅かったからこそ気付けた。いつもは朝になるまで何をされても気付かない故、最悪の事態も考えられるのだ。

 レオ自身他人ひとの女性を寝取る、寝取られるという作品種が苦手な故、誰かと付き合っていたりする状況下で女性とは肉体関係を持たないようにしているレオだが、そうなってしまった以上どうなるかわからないので何も言えない。

 


(メリアとグンディーに加え、セイラちゃんにこの事を知られたら殺されるかもしれない……ここは、沈黙だな。寝ていたら自分の息子が許可されたお部屋にお邪魔しますさせられていた、なら俺も大歓迎だけど今回は向こうから一方的に許可されたお部屋に気付かぬうちにお邪魔しますさせられてて? それが何回目なのかもわからない……正解は沈黙だ……女性関係は予想以上に面倒だと反面教師ちちおやで知ってるぞ)

「どう思われますかレオ殿?」

(でも、ここは知らぬ存ぜぬを貫くべきなのかな。実際、俺が寝てる間にやられちゃってたってことになるんだし)


 今し方不満を顕わにしている長い茶髪に赤い目をしたリズという女性。

 普段無口で、動きが艶やかな赤い髪を肩甲骨の辺りまで伸ばした黒目の女性ジェシカ。

 ジェシカと仲が良くいつも二人でいる女性――金髪を腰まで伸ばした青い瞳のモニカ。

 同じく金髪に吊り目の青い瞳を持ち、やや強気でグンディーと少し仲が悪いような印象を受けるアビー。

 全員の仲介役を担っているのか、おっとりとした雰囲気で長くふんわりとした茶髪に垂れ目な茶色い瞳を持つリリアン。サラに次いで胸が大きい。

 一番爵位が低い家系なのか、リリアン以外の女性によく弄られている女性――くすんだ金色のボサボサの短髪に緑の瞳を持つステラ。

 一番年長である分、大人な印象を受けるのはローラという灰褐色の長い髪に焦げ茶色の瞳の女性だ。

 貴族の女性の数は七人。この人物の中で、レオの就寝中に卑しくも手籠めにしようとした人物が何人かいるとレオは睨んでいるのだが、分からない以上妙な動きはできないとして何も言わなかったが、その解答が全員であることをレオはまだ知らない。


「レオ殿!」

「!?」


 デニスの声により、考え事をしていたレオがばっとデニスの方向を見た。


「何か、ぼーっとしていらっしゃいますが……何かあったのですか?」

「え? あーいや、何でもない……何の話?」

「ここからの動向を決める話し合いでございます。メリア氏とグンディー氏はベレスフ区の方にまで進み、ギルドの方に救助を要請することを提案しております。他の区に関してはギルドがほぼ機能していないことが提案の理由だそうで……」

「ふむふむ」

「セイラに関しては……レオ殿の意見に準ずると。サラ氏に関してはセイラに合わせるとのことで、実質はレオ殿の判断に任せる結果です」

「ふむ…………」

「七人の貴族息女に関しては、しばらくここに留まるという提案を致しました。体も清めたいと申しております」


 レオは思った――何故、自分が決める流れになっているのか、と。

 だが、よく考えれば行き先を決めているのは自分なのだし、言われてみれば自分が決定権を持つのは当然か。貴族息女七人に関する一件のこともあって、意見を通してやらないとやばいかもという気持ちもある。

 一週間前まで拠点としていた宿は入浴室があたし、単純に言えばもう一週間は禁欲ならぬ禁浴状態だ。歩いていて汗も掻く、歩きすぎで足は疲労も溜まり痛みが発生していることだろう。


「デニス――――――」

「私はレオ殿の判断に任せますぞ」


 リリアンとローラを除く貴族息女の、デニスに向けられた目が少し変わった。

 レオは彼女たちの言いたいことがすぐにわかってしまった――足が欠損していて、車椅子に乗っているのだからあまり疲れてなどいないのだ。確かに五人の目はそう言っていた。

 見れば、ローラが貴族息女たちの足を按摩のように揉み療治で解しているし、やはりというべきか疲れにより周りに配慮する気力すらないのだろう。


(俺に関しては、疲れはない――――だけど、これは俺個人の問題じゃない)


 国々を行き来するギルドに所属してから、わかったことがある。

 ミドルと戦闘を繰り広げたあの日から、少しだけ反省していることがある。

 責任感の重大さ。派閥間の人間関係、行動中の衝突――それを考えなければならない重要さ。

 一つの国を拠点とするギルドとは訳が違う運用の形。


「レオ殿」

「考えさせて」


 この時、初めて「しっかりしなくては」とレオは思った。

 肉体関係が同であるなどは関係ない、今やるべきことは代表が冷静になることなのだと決意する。


「あの、私たち足が……」


 レオにリズが言葉を投げかける。


「…………メリア先生、グンディー先生の提案については――半分却下」

「!?」

「何故だ! レオ!?」


 メリアが驚愕の表情を浮かべ、グンディーが立ち上がり声を張った。


「静かにして」

「…………見損なったぞっ。ここで判断を誤るか?」


 グンディーが悔し気に声量を落としながらレオを睨み、座った。

 誤ったわけでは無く、もちろん理由がある。

 一方で、貴族息女たちは喜びの声を上げると同時に笑みを浮かべた。


「ここに留まる――――も半分却下だ」


 レオの出した結論に、貴族息女たちの顔から笑みが消えた。

 どちらを贔屓するわけでもない――これは責任を担う選択であると同時に、復活及び何かしらの覚醒を得たミドルからここに居る全員の危機を回避するための選択なのである。


「レオ様!?」

「理由を話すから落ち着いて」


 リズが立ち上がってレオに意見を通すべく近づくが、レオは床に視線を落としたまま制し、座らせた。


「まず、メリア先生とグンディー先生は思い出してほしい。テュワシーのギルドの情報をサグラス様は把握していたはずだ――勿論、人間大好き国王兼国の神様だったからからかもしれないけど、別の方向で言えば『強欲』の勇者はギルドを通じて「女が入国した」だとかの情報をいち早く知る手段を取っている可能性がある」

「あっ…………」

「…………確かに、そうだな」

「そして、ここに留まることについては正直なところ一番危険だ。『強欲』の勇者の能力は分身だから、一つの場所に留まっていれば見つかる――一週間ずっと離れるように動いていたのはそれが理由なんだよ。三ヶ月間近くに留まっていたのは正直良くなかった」


 ならばどうするか。

 このまま「進む」か?

 だが、貴族息女たちの体力と体は限界に近い。精神的負荷も慣れている自分たち以上――セイラに関してはレオに付いていく選択を取っているため、文句は言わないものの疲れは溜まっているはずだ。


「……ん? 待て、さっき半分却下って言わなかったか?」

「言った」

「どういうことだ?」

「ギルドには救援は頼まないにしろ、中に冒険者が居るはずだから――情報を集める」


 だが、ミドルより何かしらの方法でこちらの情報が回っている可能性は捨てきれない。例えば、工業に栄えた国にあるという通信具で身体的特徴を共有する、等だ。

 だが、この国の冒険者といった個人に至るまではその情報が回っていないはずだ。


「賭けだけど」

「そうか……」

「……リズさんたちの提案については、もう少し頑張ってとしか言いようがないかな。勿論、不満があるのは分かっているよ」


 揉み療治による行為が疲れを取るには不十分なほど、足には疲労が溜まりこれ以上は歩けない。


「明日の夜まで、ここで疲れを取ろう」


 動くのは夜――こちらの動向が暗闇により目立ちにくい時間帯を狙う。


「だが、隠れて過ごすには向いていないんじゃないのか? 目の前は交差道だし、窓には覆いが無い。隠れるには不向きの建物だ」

「……グンディー先生。この建物を休憩の拠点に選んだのにはちゃんと理由があるんだよ」

「なに?」

「もう潰れたのか、この一室には何も無いみたいだけどさ。この建物の表に樽があるのを見て隠れられるかもって思ったんだよ」

「…………っ! 酒屋ですか!」


 グンディーの代わりに、デニスが答えた。

 そして、レオが立ち上がり、部屋の中を探す。


「…………あった」


 部屋の隅、丁度手を掛けられるような穴があり、引けば階段が現れた。

 この店の外観は小さかった――そんなお店が酒屋を開くか? と疑問には思っていた。無論、酒を仕入れて売るような小売業の可能性もあるにはあったが……これは運が良かったと言えようか。

 『識網リシュレ』――周囲の地形や構造を探知する魔法。これを用いて地下があることを確信したのである。


「『識網』で探知した時に、地下があるのを調べてある」


 それに加えて、浴槽ではないものの、大人が五人は入れそうな巨大桶が放置されていた。


「熱湯を入れれば、簡易的な風呂は出来るでしょ。今日を含めて明日一日、ゆっくりと身を解せばいい」


 酒蔵はいくつもの部屋に分かれている。


「この建物に隠れる上での注意点はズバリ「隠密性の維持」だ。なるべく声を出さないことと、一階二階には顔を出さないこと――今まで行動して分かっていると思うけど、人が通らない訳じゃない。みんな、それでいい?」


 レオの言葉に不満を述べるものなど居なかった。

 メリアとグンディーに関しても元はレオの意見に沿った行動を取ると決めている――レオの子の判断が完璧な正解であるかどうかはさておき、ミドルの目から逃れるすべの一つにはなるだろう。

 上手くいったか、と溜息を吐くレオにメリアもグンディーも「見直した」と声を掛けた。


「ありがとう」


 ご褒美が欲しい、と言わんばかりにどさくさに紛れて二人の体に触れようとしたが、手を払われ断られた。


「今、そういう雰囲気ではないでしょうに」

「レオ……お前はやっぱりレオだな」


 思えば、二人とはもう三ヶ月以上性交渉をしていない。

 何か自分に原因があるのだろうか、と思ったレオだったが、考えるのを止めた。

 娼館を目的としてこの国に来たことで、早くも見限られた可能性もある。それ以上を考えてしまうと嫌な気分になりそうだった。


 ディトストルの酒屋は基本的に、自分の店で酒を造るらしい。

 それも『強欲』の勇者ミドルが仕入れた酒を根こそぎ奪っていくからだそうで、酒を売るには造るしかない――そうデニスが言った。

 道理で、手を掛ける用らしき穴がまるで鼠に齧られた様な不定形な形をしていたわけだ。

 地下は一階や二階の構造より広く、従業員が十数人居ても余裕がある程度の広さをしている。


「寝室まである…………」

「酒は造るのにも目利きが必要だと聞きますからな……時期を見逃さぬように寝室があるのでしょう」

「そうなんだ。もしかしてデニスさんここに地下があるって知ってた?」

「酒屋だとは言われるまで気付きませんでしたぞ」

「……まあ、そういうことにしておくか」

「ディトストルの酒屋たちが造る酒は美味いのですぞ? それこそ、王城より持ってきた兵士たちの保存食と共に召し上がっても問題ないくらいの……はぁ……種類があるとはいえ、約四ヶ月保存食生活というのも飽きてきましたな」

「うん、そうだね。デニスさん、足はもう大丈夫なの?」

「――――気遣ってくれるのですな。もう痛みはありませんが……車椅子に加え、背負わせたりと面目が立ちませんな」

「いいよ。俺も最近、ちゃんとしなきゃって思ってるし、そういうのも大事かなって」

「筋肉を付けると、気持ちが前向きになるとも聞きますな。その思考もその賜物でしょう……ですが良ければ、男同士でしか話せぬ愚痴などを私で良ければ聞きましょう」

「……いいの? 結構、下品だよ」

「いいですとも、王族や貴族の古い油のような情事を幾度となく目や耳にしてきたこの私に、是非レオ殿の愚痴を」


 別室で女衆が体を清める中、レオとデニスは責任を一時忘れて、会話を楽しんだ。


 ――――陽が落ち、そして深夜帯。場所は数ある寝室のうち一つ、レオの寝る場所だ。

 いつもは早めに就寝するレオだったが、今回は夜更かしをすることにした。

 大した理由ではない。ただ、貴族息女たちが深夜にどういう感じで来るのかが気になっただけである。


(考えないようにはしたけど…………これから浮気だとかで詰められるのは勘弁してもらいたい! メリア先生にグンディー先生はもう続かないかなって気がしてるけど)


 今宵、来るかどうかは分からないが、どうにか断っておきたい。

 レオから見て、メリアとグンディーは浮気は絶対許しそうにない印象だ。

 「俺が浮気したらどうする?」等とは聞いたことのないレオだが、今までの態度からして「浮気したらすぐ別れますよ」という雰囲気は感じているつもりだった。

 デニスが言うに、セイラは「女性人気の高い高い男性が多くの女性を囲うのは当然」という価値観を持っているとレオは確かに聞いた――だが、不利な状況には持っていきたくない。


(これも、派閥間での代表として取るべき態度のはず……)


 母国であるテュワシーの国王は老若男女問わず毎晩致すことは致していたみたいだが、手本にはすまい。

 そういう訳でレオは、今現在寝具の上に座りながら待っているわけだ。


「あら、今回は起きていらしたのね」


 考え事をしているうちに部屋に入ってきていたらしい女性の声に、レオは肩を震わせながら振り向いた。


(ほ……本当に来たッッ!?)


 茶色の髪を腰に至るまで長く伸ばし、赤色の瞳を持つ女性――リズだ。

 「今回は」と言っていたのには多少引っかかるが、何故目の前の女性は何事もないように髪を後ろの方で一つに纏め、自分の隣に腰掛けるのだろうか――レオはバクバクと鼓動を早くして思った。


「私たちが来るのを待ってらしたの?」

「え!? いや……待ってたのは確かなんだけど……」

「なら、話が早いですわね」


 リズが上衣の留め具に手を掛け、上から下へと外していく――だが、それをレオが止めた。


「いやいやいや……何を?」

「え?」

「ん~?」

「夜這いを掛けられるのは初めてなのでしょうか。二ヶ月半前より一週間前まで、ほぼ毎日貴方の寝ている所に忍び入ってはいたのですけれど、生憎貴方はぐっすりとご就寝されていたので……」

「え? 待って……ほぼ毎日って言った? 毎日? 何で?」

「何で、と言われましても……そうですわね。最初は興味があっただけですわ――性教育等の座学は行っては居ましたが、この先で生きていて実践したことが無い等……世継ぎを生むため婚姻しても、夫になる人物との営みが定型化、飽きられてしまっては困ります。せめて、子供二人目が生まれるまでには、求められる関係でなくてはなりません」


 この人は何を言っているのだろう――レオは真面目にそう思った。


「練習が――――必要ですの」


 理解に苦しむ、とレオは汗を流す。


(嗚呼、成程……デニスさんが言ってた古い油のような情事って…………こういう……)


 絶句するしかない。

 そもそも、だ。


「いや……気分を悪くしたら本当にごめんなんだけど、もうアンタら貴族としての権威は……さ」

「そうですわね」

「そ、そうですわね……って」

「肩の荷が下りた感じがしますわ……」

「もしかして、俺に守ってもらうためにこういう関係を……ってやつ?」

「貴方をそんな単純な男性だとは思っておりませんわ」


 正直、単純であるが故にソレを危惧していたとは口が裂けても言えないレオだった。

 寧ろ、それが理由の夜這いでなくて安心はしたが、理由は何なのだろうかとレオは恐る恐る聞くことにする。


「理由…………」


 レオはごくり、と喉を鳴らした。


「私たちだって、性欲は溜まります」

「――――――――――――は?」

「……男が……一人しかいないんですのよ? デニス殿下に至っては私たちに興味など無いでしょう……それにあの方は精神的な疲れ等により不能となっていますし、年の割に見た目が……残る若い男は貴方しか居ませんの!」


 何というか、気持ちが分かってしまった。

 確かに、男が十一人いる中で若い女が一人の環境で居れば、自分もその若い女と肉体関係を望んでしまうだろう。最近まで、自分もその部類だった。


「もう……一週間以上我慢してますのよ……!?」

(どうしよう……めっちゃ気持ちわかる……俺も女を抱いたり、自慰を一週間以上出来ていなかったら冷静さなんて紙くずに等しいもんな……でも、だけど)


 自分は今、恋人がいる。

 アレンより過去に言われたことがある――――「お前、意外と真面目だな」と。

 そんなレオが取った行動は、リズの体を離すことだった。


「俺……恋人が居るん、だよね……」

「そんなこと知っていますわ。メリアさん、グンディーさん……そしてセイラ王女殿下でしょう?」

「うん――――――――えっ?!」


 返事すると同時、後ろに押し倒された。

 情けないことに、それだけでレオの相棒は臨戦態勢に移行していた――口で言っても何とやら、とはこの事かとレオは手で相棒を隠す素振りをする。

 押し倒したこと幾数十――メリアとグンディーとの性交渉の際もそうだが、レオは押し倒されることに慣れておらず、情けなくも抵抗できなくなってしまう。

 内心、まずいとは思っているが、体を動かせばリズの柔らかな躰に触れて意識してしまい動けなかった。


「初めて知ったんですの。殿方との房事ぼうじがこれ程気持ち良いのかという事を」

(や、やばい……息子が、正直になっちゃってる。やばい……入浴させたからか良い匂いがする、睫毛長い……若干濡れた髪が首とかに張り付いて益々、妖艶な……!!)

「浮気であることを危惧されている? 貴方、童貞でしたの?」

「童貞ではないが!?」


 レオは強く否定した。


「多くの国は一夫多妻、多夫一妻。一夫一妻の文化で育ったのであれば浮気だなんだと言うのは仕方のない事でしょう――それか童貞ならば初々しくも、初めては好きな人と体を重ねるべきだと仰る殿方が多いと聞きます」

「俺のことが好きとは……?」

「貴方の事は……申し訳ありませんが、私の好みではありません。他の六人も同様みたいです」


 レオは少しだけ泣きそうになった。


「あの勇者様に関しては、正直生理的に受け付けません。乱暴ですし……触られた際も、嫌でした。でも、殺されたくはありませんもの……我慢はしていました。貴方が救いの手を差し伸べられた際のことは感謝してもしきれませんわ」

「そ、それは良かった……と、とりあえず今日は……やめとこう? 他の男を探そう。俺の友達……アレンってやつが居るんだけどさ。そいつは貴族の生まれだから内縁関係になれば――――――!?」


 唇を用いて、口を塞がれた。

 性教育の賜物か、舌の動きが別の生き物のように口内を這い、力が抜けていずれは何も言えなくなる。


「貴方とは、肉体関係のみの繋がりで良いと思っていますの。そういう関係は今まで経験されていなくて?」

「あ……あった、けど」

「私たちとの房事は、三人方と交わす為の練習だと思えば良いではありませんか。淫魔だと思っていただいても構いません。していることは同じですし……いずれ別れを介せば他人も同義、無関係な人間です。このまま仰向けに寝られているだけで結構ですから……」

「で、でも……」

「意外と、真面目ですのね。こうして押し倒されて、身動きが取れないようになっている所は、可愛らしいですこと」


 レオに跨ったままリズが全ての衣服を脱ぎ、上半身をレオの体に預けるようにしながら毛布を被った。


「貴方には乱暴されませんし……私たちからは、これを理由に弱みを握るなど致しません」


 レオ自身も、我慢の限界だった。

 心の中では肉欲が溢れんばかりに膨らんでいる――下半身を見ればそれが明らかだ。

 いつの間にか膝の辺りまで下ろされた下衣と下着、露出した部位に直接押し付けられる生暖かい感触と柔らかい感触が性的興奮を更に濃いものにした。


 こういうのは普通なのか? 今まで、恋人持ちの女性との肉体関係を断ってきたり、中等部での青春も二人だけに集中していた――自分がおかしいのか? レオは迷う。

 娼館の利用に関してはメリアもグンディーも寛容的で、利用することを認めてくれてはいるが、これはどうなのか。

 思えば、セイラの初めては付き合ってもないのに、やった。人の事は言えないか。



「…………こういうのって、普通なの?」

「貴族の間では、日常の出来事だと思われます」

「俺は……貴族じゃないんだよ」

「私たちももう、貴族ではありません。ですが、身に付いた習慣や常識は――――どうにもならないのですっ」


 一線を越えた。


「あっ……えっ……噓でしょ? 心の準備を……」

「こういった行為が嫌いであれば、止めましょう。貴方にとって、私たちの常識が、異常であっただけになりますから」


 迷った。

 迷って。レオは――――身を預けてしまった。


「き、気持ち良いです。ごめんなさい…………好きです」

「良かったですわ。後が閊えておりますが、そちらもご相手よろしくお願いしますね」

「…………嘘でしょ?」


 何の言い訳にもならない言葉を吐いて、貴族の技を一身に受ける。


(これが貴族か……これが貴族……でもアレンは童貞を守ったんだな……アイツ、凄いな……)


 気付けば、朝を迎えていた。


* * * 


 ベレスフ区――娼館の商いがディトストルの中で最も、二つの意味で盛んな区。

 元々、レオが目的としていた場所だ。

 今日やっとその区に到着し、歩き続けること数時間――今やバーダン通りという大通りの端に来ている


 昨夜にもまた貴族息女たちの相手をさせられたという事もあってか、レオは気分が沈んでいた。

 人通りが前と比較して多くなってきている――ベレスフ区は夜の街とも言われるだけあって、行動は昼間を選択しているが、ここからは女性たちの身に危険が迫りやすい。何せ、このディトストルでは女性の権利が蔑ろにされがちで、通りがかっただけの女性冒険者が酷な目にあわされることもしばしば……レオは首を振る。


(駄目だな。考えるな…………)


 彼女たちは弱みを握るための行為ではないと断言している。

 一夫多妻を常識とする世間で浮気かどうか、線引きは曖昧――考えを切り替えなければと両手で頬を叩く。

 『識網』を用い、辺りの状況を確認する。


「ん?」


 違和感があった――常人ではまず気付かない微少な違和感。


(『識網』が遮られた…………)


 ――『識網』にはよく世話になっている。

 官能小説や性画集を読みながら『識網』等の感知魔法を行使、誰が来たかを判別し、布団を被り狸寝入りに入っては通行人や入室者をやり過ごし、嵐が過ぎれば自慰に励む日々を繰り返してきた。

 それによって『識網』を含む感知魔法の練度はスルトとミトに「自分に並ぶ」と言わしめた程には完成している。

 何かしらの要因で感知魔法を遮られた――それを知覚するなど、朝飯前も同様だった。


(下だ…………下に何か、何かを隠すための空間がある)


 それもかなり広い。


(この遮られ方は……陣術によるものか。結構高度な陣術――無理矢理に知覚しようとする程、より知覚しにくくなってる…………何だ?)


 いきなり地面に耳を付け始めたレオにグンディーが声を掛けるが、彼は人差し指を口に当てて制する。


「何を成されているのですか? レオ殿」

「感知魔法だよ」

「おい、レオ。下手な嘘はやめろ。どうせ娼館の中の様子を窺っているとかでないだろうな?」


 グンディーがレオに疑いを向けているように、並の冒険者ではここまで感知することは適わないだろう――大学校での寮生活に加え、大学校で陣術に多く触れてきたからこその理解。


「デニスさん。俺、本で読んだことあるんだけどここら一体って昔、大規模な戦争とかあったりしたよね? 技術に栄えたような……並の戦争とは比べ物にならないくらいのさ」

「…………――――――――確かに、書斎にて逸話程度ではありますが、数冊ほどそういった資料が」

「そっか…………」


 デニスは言う――だが、当時この国の人間は全て戦争によって滅んだ、と。

 本当にそうか? だが、滅んだと言われる人間の中には天才と呼ばれる人間がかなり居たはずだ。戦争の理由は天才の技術を欲しがった国が仕掛けた戦争だと言われている。記されている。

 そんな天才たちがなすすべもなく滅ぶ? 死因は書かれていなかった。


(探知魔法の妨害――人の手で加えられたという点を見れば、下にある空間は居住空間の可能性も高いのかな)


 となると入り口があるはずだ、とレオは考える。


(当たり前なんだけど)


 だが、その入り口も巧妙に隠されているはずだ。

 それを見つけるだけでも大きい。何より、自分が今連れているこの大人数の女性の様々な方向にまで配慮しなければならない状況から脱せられるのはレオにとっても大歓迎。


「ここからの行動を、示すけど――――――――ん?」


 ガタッ、と近くにあるごみ回収箱の蓋が動いた。

 メリアとグンディーが魔物かと身構え、貴族息女たちは怯えるように抱き合い、セイラがレオの裾を引き、デニスが汗を流し、サラが恐怖に涙を流す。

 数十秒の沈黙があって、ごみ回収箱から出てきたのは人だった。


(――――――男)


 外套を被った男だ。

 「不味い」と思うと同時に、男であるにもかかわらず外套を被っているという姿に妙だと感じる。ミドルの仲間? だが、それにしてはデニスがこのごみ回収箱から出てくる人物について知っているはずだとレオは構えながら疑った。

 だが、相手もまたこちらを見て固まる。


「やば…………」


 外套の中と、レオの視線が重なった時、彼が臨戦態勢に移行する。


「待っ――――」


 だが、もう一人ごみ回収箱の中から出てきた人物の声によりその緊迫した状況が一転した。


「レオ?」


 名前を呼ばれた。

 男の声だった――だが、この国に居る男の友人など居ないはず。可能性で考えられるのはスルト、もしくはアレンだが、両者とも違う国に居る。

 

 では誰なのか――そう思った数秒の後、レオの名前を呼んだ外套の人物が顔を晒した。

 見慣れた顔、見ただけで何もかもを魅了し尽くしかねないその美貌――――シエラだった。


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