13th.『強欲』の厄災
陽の光と小鳥の囀りで目が覚めた時、レオは昨晩の事を思い出しては両手で顔を覆い、羞恥に悶えた。
無理矢理に体を起こそうとするも、張り切りすぎたせいか疲れが取れていない。
何回セイラの体を求めたか覚えていない――だが、言い表せようもない心地よさだったことだけは覚えている。覚えていなかったらそれはそれでセイラに失礼であろう。
隣ですやすやと寝息を立てて寝ているセイラも、自分も一糸纏わぬ姿だ。
部屋の隅を見ればセイラが着用していたグンディーの勝負下着ならぬ勝負寝間着と、自分の服が投げ捨てられており、布団に関してもやや湿り気を帯び、よくこんな寝具で寝られたなと我ながら感心してしまう。
「はぁーー……」
溜息を一つ。
これは別に、セイラとの行為が悪かったとかそういうのではなく、ただ単に我を失ったかのように彼女を求めすぎた自分自身に対する嫌悪感と、罪悪感によるものだ。
掛け布団を捲り、セイラの寝顔を見る。心なしかこれまでよりも美しさに磨きがかかったような気がした。
肩を少し揺らして、起こしてあげる。
「ん……」
少し乱れた髪という視覚情報に加え、甘く漏れる声がレオの股間に響く。
(これは…………やばい……)
眠っているセイラの体を弄ぶのは自分の倫理に反する、とレオは主張し始めた相棒に「落ち着いてくれ」と沈黙を促した。
思えば、あの二人との初体験もこんな感じだった気がする。だが不思議と気分は沈みこまない。
(もしかして俺……この心傷を克服できたのか……?)
これも、セイラという女性のおかげか?
抱き締めて喜びを共有してあげたいが、ここでがっついてはいけないとレオは深呼吸をした。
(とりあえず、落ち着け相棒……)
デ、デモオイラハチキレソウダヨ!
裏声で自分の相棒の気持ちを代弁する。そんな茶番をしている最中、声で目が覚めたらしいセイラが後ろから声を掛けた。
「何をしてるんですか?」
びくっと肩を震わせて、ギギギギ……と首を後ろに回したレオは相棒を怒張させたまま土下座に移行した。
「その……昨日は何回も付き合わせてというか突き合わせてというか……とにかくごめんなさい……」
初めての女性に対する行為の無いようではなかった、とレオは詫びた。
「…………えっと……よくわかりませんが……その、私はとても気持ちよかった、ですよ?」
顔を上げたレオに対して、セイラが赤面しながらもそう言った。
激しいのが好きだったのか? という相棒からくる邪な疑問を投げ捨て、レオは空笑いをする。
「そ、そっか……良かった」
「それより、その姿勢は一体?」
「ああ、これ? これは別の国の本に書いてあった「土下座」っていう謝罪の最終奥義で……まあ、その、あとは昨日みたいに興奮してあれがコレで……ごめん! すぐに服を着るよ」
いそいそと服のある場所に移動し、服を摘まんで着る。下衣を履いた後、セイラにも服を渡し服を着させた。
「…………」
そこでふと、レオは動きを止めた。
自分の上半身、露出しているその身を見て、レオは考えを改めたのだ。
(頼り……ないよな)
自分を虐めたあの二人組は、意中の女子に好意を向けてもらうために肉体を鍛え上げた。だけども自分が横槍を入れるかのように、その女子をかっさらったのだ。寝取られたのと同じくらいの悲しみはあっただろう。
「セイラちゃん」
「なんですか?」
アレンも「筋肉は裏切らない」等と言っていたし、大学校でも筋肉の付いた体付きをした人物は女子人気も高かった気がする。
もちろん、これ以上女性人気を得たいだとか邪な気持ちがあるわけでもないが……否、少しはあるにしろあって損をするでもないだろう。デニスの説得をそのまま受け入れるのも少々照れくささを感じるが……少し気が変わった。
「俺、体を鍛えてみようと思う。ど、どうかな?」
「……んー……良いと思います。どんなレオさんでも、私は好きなままですから」
どこまでも優しく魅力的な女性――セイラという女性は何と人格に長けた女性だろうか。
この女性は決して、他には渡さない――そうレオは誓った。
* * *
――三ヶ月。
レオが『強欲』の勇者ミドル・ストラックとの邂逅を得て三ヶ月という歳月が経過した。その間にも、体を鍛えるという習慣が身に着いたおかげか、細身だったレオの体には明らかに厚みといった見た目の変化が現れている。
その肉体を身に着けて彼が思い、感じたのはやはりと言うべきか体力が向上したのが大きい。体力錬成をするにあたって気分の高揚など、抑うつ状態を予防する作用があるとも知った。
(筋肉って……凄いんだな)
以前は、夜の営みにおいて三回戦もすればこっちが疲れて女性の方に動かせるという状態になっていたのが、今となっては無限に出来る気さえする。
おまけに、雷の属性魔力に関して、扱う際の解釈をもっと広げられた。筋肉の動かし方、そして動かすに当たって筋肉がどう作用して関節を曲げているのかが明確に分かってきたと言える。
そして、一番目に見えて変わったと言えば――隠れ家に居る人員を見てレオは思う。
(女の子がめっちゃ増えたな……)
この国の男性たちに怯えながら隠れ住む女性を庇う日々を続けていた結果だ。セイラと初めて出会った日に城から逃げ出していた貴族の子女を含め、レオは今も女性たちを匿い続けている。
辺りのあらゆる宿を使って匿っているのだが、数が多くては匿うにも手の数が足りない。何としても人手が要る。
「セイラちゃん。今までの生活やらで、隠れ家とかそういう噂とかを耳にしたことはないか?」
レオの問いに、セイラは少し考えるも心当たりはないと言った。デニスも然りだ。
それもそうか、とレオは考えを変える。もし、デニスとセイラに心当たりがあれば、ミドルたちがそこを調査してる話など出てこない。
この三ヶ月で、ミドルが何を探していて、何を求めているのかが明らかになってきている。
結論から言えば「この世の全て」が欲しい。そんな初等教育男児並の要求はさておき、デニスの話によれば、ディトストルの女性たちの数が減ってきていることにミドルが腹を立てているのだという情報も把握している。
(多分、隠れ家のようなものに女性たちが隠れて生活しているとみて間違いないんだよなあ……)
自分たちがこうして女性たちを匿っていることはミドルも分かっているだろう。
(それでも俺たちに接触してこないのは、俺がやった魔法のせいかな……)
雷に打たれる、という被害は常人であれば死ぬ可能性の方が高い。なので本来は人に対してはやらない――常識的に考えてそうだ。だがレオがやった理由は『勇者』であるということを考えての事だ。
文献で勇者の事は知っていた。神が異世界などから人を選定して、召喚即ち転移、転生などという事も時折するそうだが、そういった「勇者」という存在は神より賜りし『加護』が体に備わっていると聞くし、文献でも一文として記録されている。
それでも、かなりの重症を負ったらしい。
レオ自身、雷の属性魔力を扱う魔法がどういう魔法で、それが人体にどう影響するかという情報は妥協無く学習しているつもりだった。
雷の属性魔力は電気の性質によく似た性質を持っている。
「電気の性質と同様の性質である」と明言しないのは、電気の性質と異なる性質も持ち合わせているからだ。
例えば、普通の電気だと貯めることが出来ないのに対し、雷の属性魔力で生み出した電気の場合だと魔力を含んでいるため貯めることが出来る。
閑話休題――常人ならば、雷に打たれて起きる人体への影響は主に心肺停止状態、熱傷、意識障害、それに加えて鼓膜の穿孔や、その他神経系への影響などか。
「みんな、移動するには今が好機だ。この機を逃せば、俺が『強欲』の勇者に与えた影響が回復してしまう可能性だって考えられる。移動に反対の人間は挙手してくれ」
そのレオの問いに、反対意見は無かった。
自分がミドルと戦闘を行った際の、自分の魔法によるミドルの身体への影響の事を言及すれば、反対する人は居ない。最初、外に出るのが怖いという女性も居たが、今回はその女性も提案に賛成してくれたわけである。
「サラさん。もう怖くはありませんか?」
メリアが一人の女性に声を掛ける。
その問いに、サラと呼ばれた女性はか弱い声で「はい」と答えた。
彼女は、王城に囚われていた女性のうち一人だ。ミドルに囚われていたものの逃げ出した貴族の女性たちを探す中で、まだ王城に残っていた女性――黒い髪を肩まで伸ばし前髪は睫毛のあたりで切り揃え、可愛らしい雰囲気を持った気弱な性格をした女性だ。身長や百五十にも満たない低身長でありながら、視線を集める大きな胸にはレオも喉をゴクリと鳴らしてしまう。
レオが王城に侵入して助け出そうとした際にガタガタと震えられ、恐がられたのを記憶している。
それからの印象と言えば、少々接しづらい。
サラは視線に敏感なのか、レオが見ているとグンディーの陰に隠れられるのが今の日常だった。
「オイ…………」
「すみません……」
グンディーがレオを睨み、圧を掛ければレオが謝罪する。これも日常。
「だって……幼顔で可愛くて巨乳って反則じゃない?」とはレオの言葉である。
――匿っていることに関して声は小さいながらもちゃんと礼は言ってくれるし、礼儀も良い、勉学面でも優れているみたいだし、運動能力に関してはほぼ皆無に等しいが、しっかりしているのは間違いない。
「次、サラちゃんを怖がらせたらどうなるか…………」
悪気はないのに、悪いことをしたかのような気分にさせられる。
「ごめんなさい…………」
ミサという女性によく男性から守ってもらっていたと聞くが、一刻も早くそのミサという女性に引き渡したい気持ちにレオは駆られた。
性格に関して、元同組のメイという女子生徒によく似ているが彼女はまだ会話できた。だが、サラに関してはその倍話し辛い上、話し掛けにくい。
メリアとグンディーと共闘する前の対応をされているみたいで泣きたくなる。
ミドルに攫われて、手を出されていないのはあまりに怯えすぎていて手を出すのも馬鹿らしくなっていたからだろうか。彼女に怯えられるたびに溜息が出てしまう。
「おい」
この集団の中で、レオの立場が格段に低くなっていっている。
「…………シエラ様が居たら、あっという間に打ち解けちゃうのかな」
つい、元同組の女子生徒の名前を出してしまった。
彼女が来る前まで、友達が居らず引っ込み思案だったメイと数日足らずで仲良くなった女性だ。神だと言うが正直その真相は明らかでない……無論、他生徒からは疑われていた。
「シエラ様……とは?」
セイラが反応した。
「えっ、声に出てた?」
「はい」
サラに会ったのは二ヶ月半前だが、今までの間で一番精神的に来たのは彼女との交流と言える。
男性恐怖症と言っても過言ではないくらいにこちらを怯えてくるのが辛い。
(居ない者ねだりしてもしょうがないか)
レオはただ「行こう」とだけ口にした。
* * *
雷という自然現象は、上空にある雲の中の氷の粒がぶつかり合い、そこに発生した電荷がたまることによって発生し、電気の圧力は数千万から数億。
それを一身に受けたミドルは加護あれど、三ヶ月経つ今でもその傷に苦しめられていた。
「いでぇぇぇぇええ…………」
頭痛に加え、雷に焼かれた箇所がズキズキと痛み、ミドルは痛みに悶え苦しみ続けている。
「おやぷん……」
大きな寝具の上で、痛みに暴れるミドルの姿を見てトルホスが心配そうな目で見やる。
「クッソ……女神の加護とかも役に立たねえじゃねえか……!!」
自身に力を与えた女神にすら悪態をつく彼を他が見れば呆れている頃だろう。
今のミドルの状態は後遺症でも何でもなく、寧ろ体が修復されている証拠でもある。本来、死んでいるはずの一撃がこの程度で済んだのだ。
(武器庫の中の武器も全部奪われた…………女も全員奪われた!! オレの物を……アイツゥゥ!!)
城についても、廊下に関しては壊されたうえ、高いであろう絵画に関しても処分する羽目となった。おまけに言えば、最後に残っていた小動物のような女すらもいつの間にか居なくなっていた。
どうにかして彼の青年を殺してやりたい気持ちに駆られるも、この状態ではそうもいかない。
「トキオ…………お前、オレの代わりにアイツ連れてこい……!!」
「でもおやぷん。ぼきそいつの顔知らないよぉ……あとぼきはトルホ――――」
「使えねえ!!」
「ごめーん!!」
苦しい、痛い――その感覚のみがミドルの心を染める中、ある一つの疑問が脳裏に過る。
自分の能力を使って、この苦しみをどうにかできないか?
最近、分身が得た情報の中に分身能力の情報があったことを思い出す。
一つだけ自分と違う点は、それが自分のように女神から与えられた能力という訳ではなく、魔法による分身だったという点だ。
ひとまずは痛み等に苦しんでいるよりも冷静になる必要があるとミドルは深呼吸をし、水を一杯飲む。
分身曰く、その分身能力を使っていた人物は圧倒的なまでの戦闘能力を有し、実際分身が一瞬にして肉薄され、消されたと把握している。
一見、何の参考にもならないと思われがちのその情報だが、その魔法を行使した人物が同魔法を行使した際に発した言葉の中に手掛かりがある。
――この分身魔法の使い道には色々な使い方があって……例えば致命的な傷を受けた際に、解釈を広げて「自身が受けた損傷を分身に方がありしてもらった状態で体から離す」っていうやり方があるんだよね。
その会話を盗み聞きしていた最中、本人に気付かれてしまい、即座に消されたわけだが大きな手掛かりとなる言葉だった。
(解釈を…………広げる……)
分身能力を行使した。
今までにやっていた通常の分身ではなく、先述の人物が言っていた「解釈を広げた分身」だ。自分が受けた損傷を分身として体から離す着想で発動させる。
(――――!!)
体にあった痛みが引いていく感覚があった。
だが、途中までは良かったものの、油断と同時にそれが解けバチンと音を立てて分身が自分の元へ戻る。
「グッ……!?」
途中までよかったのは分かっている。だが良くなかったのは心臓の鼓動に合わせるように増減する痛みに意識を向けた瞬間に集中力が切れ、分身が解けること。
今までは集中力が切れただけでは分身能力が中断されることなど無かったが……この解釈を広げた分身能力が中断される理由は恐らくまだこの分身に慣れているという事ではないからだろう。
(この能力を使い熟すことが出来れば、オレの物を奪ったあの野郎をぶち殺すことが出来る……!!)
今だけは、酒やら女よりも優先度が高かった。
あの時の屈辱を忘れてはならない――矜持が許さない。
(集中しろ……一回目だから難しいと感じるだけだ……)
一度成功してしまえば、感覚を掴める。
そして、更に解釈を広げることが出来れば、この分身能力をもっと不便なく扱えるようになるはず――例えば、斬撃を喰らう、打撃を喰らう度にまるで粘性の高い液体のように分かれ、攻撃を喰らう度に自身が増えていくような、そんな能力になるはずだ。
「オレ……今になって頭が冴えてるじゃねえか……!!」
「いいよ、おやぷんその調子!」
「気が散るからやめろ」
ミドル自身、認めたくないと思ってはいるものの、自分が他の勇者たちと比べて戦闘の経験が少ないことは分かっている。
――思えば、今自分がやろうとしていることは他の勇者もやっていたことだ。
自身の能力を調べ上げ、そして実際に色々な分野の敵と交戦し、どういう時に使えば自分の能力がどう活きるのかを把握し、そして使い道を解釈によってさらに増やす。
元はと言えば、概念に至る部分までを操作できる神の力から生まれた能力なのだ。
(クソ痛えが……深呼吸だ)
拍動の度に、痛みが発生するも気にしていられない。
ゆっくりと、深く空気を吸って、同じように吐く――ただ自信を落ち着かせるというだけのその呼吸法がどれほど効果的かは最初分からなかったが、痛みがあろうとも集中できる程度に至る。
「ッッ!!」
分身が一つ出来上がる。
ミドルの背中より瘤のような形が現れ、数秒も経たず人の形を形成――ミドルの体から離れた瞬間に彼は笑みを浮かべた。
完全とは言わないものの、痛みが激減している。
ここで油断してはならない――自分の欠点が成功したときに慢心し油断することはミドル自身も理解していた。
(反復練習だ……)
――戦闘において、自身の能力をいかに役に立てるように使えるかは自身がどれだけその能力を反復して演練しているかが重要になる、と他の勇者も言っていた。
過去に、母親が自分を叱咤した際によく「繰り返し勉強しなさい」等と口にしていたのを思い出す。
(あの時はただただウゼェと思ってたが、まああながち間違いじゃなかったってことか……今この瞬間だけは感謝してやるぜクソババア――――――殺したからもう居ねえけど)
まだ、自分の能力についてを知る必要はある。
(なるほどな……オレが受けた損傷を剥がすという点にのみ絞って分身を生み出すと分身は指示も無いから動かない)
今まで気にしたことも無かったこと――後から命令を加えることもできるのか。
「手を上げろ」
口頭により、分身として生み出されたミドルにミドル本体が指示を出す。
「はいっ」
「テメエじゃねえ」
トルホスが返事をして手を上げたのを一蹴しつつ、分身の動向を見るも、ミドルの分身は手を上げない。
口頭での指示が駄目なのか? とミドルは思ったが、魔法や権能がそう単純なものでないことは知っている。
そうミドルは分析し、今度は口頭ではなく思念での指示を出す。
「!」
分身のミドルが右手を上げた。
口頭での指示が意味を成さず、思念での指示に従った理由は分からないが、敵にとってどういう指示を分身に出したのか判明されないという点は長所と言っていいだろう。
口頭で何かを指示、だがそれが意味を成さないとなると敵の混乱を誘うことも可能なはずだ。
「ホクロ。オレはこれから能力の練度を上げる」
「トルホスだよぉ!」
「うるせえ。お前はとにかくオレに協力してればいいんだよ」
「わかったよぉ!! おやぷん大好き」
トルホスが返事と共に投げ接吻をした。
「気色悪いな」
* * *
一週間が経った。
レオを殺すため、ミドルが自身の能力の解釈を広げ汎用性及び利便性を伸ばすという特訓は着実に効果を発揮し始めている。
行っている内容はトルホスとの実践的な交戦で、最初こそ深手を負う事に恐怖し、意識してしまうのが難点だったが、だんだんと慣れてき始めている。
「えーーーーーーい!!」
トルホスの戦斧がミドルの腕を目掛けて振り落とされる。
一瞬ミドルが傷を負うことに恐怖し硬直し、冷や汗を流すも距離を取った。
(いや――――ここで距離を取っては駄目だな……)
ここでミドルが目指している能力の域とは切断という攻撃や損壊という傷を受けた際に、散った肉体が分身となって数的有利を勝ち取るという戦術的利便性である。
だが、その能力を自身に身に着けるに当たって、相手の攻撃に恐怖して回避行動を取るようでは意味が無いことはミドル自身も理解していた。
トルホスの攻撃自体は速度が無い。レオの二分の一にも満たない速度、膂力に特化した攻撃と言っていい。
故に、人体のあらゆる箇所を切断できる。能力を伸ばすにおいてこれ程の適任は居ない。
(あの野郎との戦いで、オレ自身痛えのを避けようとする傾向にある…………情けねえが……アイツが強えのは確かだ。今のオレじゃ勝てねえ)
少しだが、王城の書斎で雷の属性魔力を用いる魔法についても学んだ。
そう考えを巡らせる中で、油断が隙を生む。
戦闘経験がミドルの数倍もあるトルホスがそこを見逃すはずがなく、戦斧を横に凪いだ。
(ヤベ――――――――――――!?)
否、瞬時に思考を切り替え、能力を行使した。
これまでの使い方とは違った着想で分身を発動させる――自身が液体と化す心象を描く。
ミドルという人物が無数の自分で構成された状態を着想するのである。それが出来ればこの能力はもっと活きる――そう考えている間にもミドルの右足が切断された。
「グッ――――――――――」
痛い――――そう頭は認識したはずだった。
だが、不思議と痛みはなかった。それどころか切断面より血液が溢れ出ない。
「――――――――――――――――――――――」
ミドルだけでなく、トルホスも驚愕の表情を浮かべていた。
切断され、分かたれた右下腿部分がだんだんとミドルの姿を象る。下腿が黒くなり、やがて目が形成されると同時にその形が変わっていく。
(俺の足――――再生されて――――どうなって――――)
世界がゆっくりと動いているように感じる中で再生されていくように見える自分の足に戸惑い、そして成功に歓喜する。
(トルホスに反撃しろ)
ミドルの姿を象る右下腿部分に思念での指示を出した所で、右下腿部より生まれたミドルの分身の目がギョロリとトルホスを睨んだ。
「にゅぉ!?」
トルホスが間抜けな声を発するより先に、彼を小さなミドルの分身が両手でもって押し飛ばす。
(力……強ェ!!)
理解した――右下腿部だとは言え、自分の無数の分身体から成り立つ分身であるが故、その膂力は自分数千体分に当たる。
「カッッ――――――――!?」
飛ばされ、壁に激突するトルホスが血を吐くのを無視して、ミドルは分身に自身の体に戻るよう指示を出す。
(おお…………液体みたいに戻りやがる。自分の体だと言うのに笑っちまうような光景だな)
今の状況で理解したことに付随して、壁に手を当てて力を入れれば、大きな音を立てて割れた。
「これなら殺せる…………他の勇者も最早敵じゃねえな。トマトォ!! 起きろォ!!」
中々佐伯市内トルホスに苛立ちを覚えつつも、ミドルは不敵な笑みを浮かべていた。
(『不敬』の奴が言っていた「棚から牡丹餅」ってこういうことを言うのか?)
壁に背を預けているトルホスへと近付いていき、実践稽古でやられた仕返しをするべく彼の腕をもって持ち上げる。
「………………いつもいつもうるせえ野郎だったな、お前は――――」
一週間の間だったが、部下であるトルホスが圧倒的なまでの戦闘能力を有していることは分かった。それゆえの実践稽古だったが、ミドル自身実践稽古中に色々と言われることに苛立っていた。
「師匠面しやがってよ…………」
腕を持ったまま前蹴りを見舞う。
実践稽古中、いくら打撃を見舞ってもびくともしなかったトルホスが簡単に飛ばされていく。
「誰に口聞いてんだよ? お前はオレに従っている身だろ?」
――いいよォ!! おやぷんいいよー!! すっごいよー!!
「お前、オレを子どもみてえに扱ってやがったなァ……」
頭の中を、白が染めていく。
殴り、蹴り、気絶しているトルホスに対して実践稽古中に苛立っていたことの全てを叩き込む。
絶大な力を得たことによる高揚感がそうさせていた。
勇者として神に選定された人物が権能を得た時の高揚で悪事に手を染め、その権能を穢すことは珍しくない。
力が無かった頃は虐められていた――表面化されていなかった醜い一面。それが権能という神の力を得たことによって滲み出た。
光景が重なっていく、錯乱する。
「――――――ハハッ!! 楽しいなァ!! 弱い者虐めってのはよォ!?」
――好きな女が居た。その時の齢は十六だったと覚えている。
だがその女は別の男の事が好きで、その男は自分を虐めることを日々の娯楽とし、殴られ、蹴られ、瀕死にまで追い込まれ、執拗に虐められたことを決して忘れない。
一番最悪だったのは、好きな女と虐めっ子が恋人関係だったことだ。
権能を得た時、初めて行ったことはそいつを殺すことだった。
自分は力が弱かったから、数十体程出した分身で虐めっ子を殴り続けた――今に同じく頭の中は高揚感に包まれていたことを覚えている。
殴って、殴って、蹴って、蹴って蹴って蹴って――「もうやめて」と言われた瞬間に万能感が爆発し、必死に逃げようとするソイツを、分身で地面に押さえつけて切り刻み、泣き叫ぶ虐めっ子を隠れ家の洞窟に引きずり込んではどこまでやれば死ぬのか確かめるように遊んだ。
虐めっ子が命乞いをする度に興奮した。力の弱い自分が、故郷の街で一番喧嘩の強い虐めっ子を蹂躙している事実。
「コレだよコレェェェ!! 最高だぜ!!」
虐めっ子の目を潰した時、目が見えなくなったことに虐めっ子は酷く恐怖していた。
いつ痛みが来るかわからない恐怖、暗闇に包まれる恐怖、何も見えない恐怖。
一日放置した後に、虐めっ子の恋人である好きだった女を無理矢理に連れてきて犯した時が感情の最高潮だったかもしれない。抵抗しようとする女を分身を使って地に押さえつけて、無理矢理に性交する。
「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁあああっ――――――――」
――完全に光景が重なった。
その時は、一日中腰を振っていた気がする。自慰行為すらしたことなかった自分は、両親が夜中にやっていた行為しか見たことなかった自分は、女の体の仕組みを本でしか見たことなかった自分は、ただただ――――気持ち良かった。
不思議だと、思った。やめられなかった。やめたくなかった。
同じような感触を手とか頬とかに触れさせても、同程度の快楽は感じない。
なのに、一部だけ、ただただ気持ちがいいのは、学のない自分にとっては不思議でどうしようもなかった。だからやめられなかった。
「たまん…………ねぇぇぇええええええよぉおおおお…………」
音を頼りに泣きながら殴りかかってくる虐めっ子を分身に抑えさせながら、ひたすら強姦し続ける。
ゴブリン――彼の魔物はあらゆる女を犯し尽くし自分の子を孕ませると本に書いてあった。
――俺はぁぁぁゴブリンだぞぉぉぉあははははははははははははは。
――男は殴れ殴れえぇぇぇぇぇ殴り尽くせぇぇぇぇぇ女は持って来ぉぉぉぉぉい。
好きな女を犯すのを止めたのは、いつの間にか冷たくなって、気持ち良くなくなったから。
虐めっ子は体が頑丈だったからか生きていた。
興奮が抑えきれなくて、もっと「気持ち良い」を知りたくて、知らない間に分身が連れてきていた女たちを次々に犯し殺した。
小さい村だったからか、女は少なかった。
だが、ただただ湧き上がり抑えきれない性欲求に冷静でいられなかった。
「欲しいぃぃぃいいいいぃぃぃぃぃ…………もっとぉぉぉぉぉおおおおお…………」
母親の泣き叫ぶ声すらも心地よく感じた。
一人の男が持っていた斧を父親に振りかぶる。ぱかん、と薪を割るような音がして、父親の頭から斧が生えたと勘違いして、笑いながら腰を振っていて、村人の誰かに「頭がおかしい」と言われて、殺すという行為がもう一度「欲しく」なって、また同じように殺したら虐めっ子が今まで以上に泣き叫んで、殺した男が虐めっ子の父親だったことを思い出して、気付けば生きているのが女と虐めっ子だけになって――――
「………………………………」
冷静になったのは、空腹に耐えきれなくなった時だった。
気付けば村が滅んでいた。女も死んでいた。虐めっ子は虫を食べていたからか生きていた。
――虫みたいだ。
虫は、どれだけ傷を付けてもなかなか死なない。だからそう思った。
――凄い凄い。どこまでやったらオマエ死ぬの? 知りたい。
知識欲――だけども虐めっ子は呆気なく死んだ。
「腹減った」
冷静になった時、目の前の部下が襤褸雑巾のようになっていて、虫の息をしていた。
「お前は――――――――そうなっても生きてんだな」
――――厄災が誕生した。




