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元人形少女は神様と行く!  作者: 餠丸
2章〜強欲〜
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11th.レオ


 暫く、城の外には出ていなかったセイラは、久しぶりの外の光景に、目を見開いて驚いた。

 教会も、仲の良かった貴族の屋敷も、春になれば薄紅色した花弁の咲く木々が並んでいたあの歩道すら、何もかもが変わっている。

 城の庭に出れば、いつも見る光景だった――好きだった光景が、全て『強欲』の勇者ミドルの好みの街並みに建て替えられていた。唖然として、ぼーっとしてそれを見ているセイラの顔を横目に見て、色々と察したのか、レオは黙る。

 何も言わずにただ、セイラを背負って、デニスを片腕に抱えて歩く。

 音楽、舞踊の練習に使っていた庭は、緑の割合が圧倒的に少なくなっており、美しかった過去の姿は見る影もない。

 代わりに、ミドルの趣味なのか裸の女性の像が所々に置かれている。


「…………」


 少しだけ寂しく、ちょっとだけ悲しい。

 移動する速度が上がったのは、レオがセイラの心情を察して早くこの城から出ようとしているだけかわからないが、セイラはそう思うことにしてレオの首筋に顔を埋めて体を預けることにした。


 城の外では、人通りが少ない。王都だというのに、だ。

 自分がまだ外に出ていた時、勇者という存在がこの国を牛耳っていなかった時は男女の区別なく人通りは多かった。テュワシーほどではないにしろ商店も賑わいを見せていたし、時には子どもの喧嘩を見た際は止めつつも微笑ましい何かを感じつつも「この街にずっと居たい」と思っていたのに。


「あ」


 レオがふと声を出した。

 どうしたのかと思いセイラがレオの顔を見やる。すると彼は一方向に目線を向け、焦りを含めつつも少しだけにやつき顔で「やべえ」と次に口にした。

 なんだと思い、同じ方向にセイラも目線を送る。


「…………た、助けて……」


 男性の助けを求める声のあと、地面に投げ落とされる音が辺りに響く。

 その後には、はんっと鼻を鳴らす女性の声と助けを呼んだ男に罵倒を浴びせる女性の声がする。


「汚らしい。恥を知りなさい」


 その一言の後、げしっと男を蹴る音まで響く。

 レオの首筋よりセイラが顔を離し見た光景――数十にも及ぶ男性が地面に倒れ伏し、うめき声をあげる姿が目の前に広がっていた。

 一人だけ二人いる女性のうち一人に胸倉を掴まれ、ぼろぼろの状態で持ち上げられている。


「うぅ…………」


 呻き声を上げた後、一発ほど拳がその顔面に炸裂した。


「うるさい」


 褐色の肌に、美しく長い黒髪を後ろで一つに纏めた女性が殴られた男性を地面に放り投げる。

 こちらの気配に気付いて振り向いた女性の顔は、何というか――今までに見たことなどないくらいに美人だった。

 吊り目でその瞳は黒く、強気な性格が顔に表れており、戦闘経験が零に等しいセイラからしてもその強さが分かる。女性から見ても羨ましく感じるくらいにしなやかでしっかりとした筋肉。その逞しさを兼ね備えながらも女性らしさの宿った体は完璧な線を描いている。

 倒れている男性の中に、まばらに霜の降りた男性が居るのは魔法による影響だろうか。

 褐色の女性が短剣を腰に佩いているのと、軽装備であることを見て近接戦闘の要員か。黒く長い髪を一つに纏めず、そのまま真っ直ぐに腰まで下ろした女性は黒単調のゆったりとした魔道服を見ているのを見て、遠距離戦闘要員かとセイラは感じた。こちらを向いていないだけにその顔は分からない。


「レオ。やっと戻ってきたか」

「うおーっす、先生」


 レオに先生、と呼ばれた彼女はその返事にムッとしながらもが二人の存在に気付いた。


「あ、この二人は――――ディトストルのお姫様と王様。『強欲』? だっけか忘れたけど勇者に殺されかけていたのを助けたわけ」

「誘拐してきたのか」

「違う違う」

「背負っているその姫様とやらが外套の下で服を着ていない理由は?」

「勇者が脱がせたの。浮気してないよ」

「――メリア、とりあえずレオは後で殴るとして国王と姫の治療を急げ」

「えぇ!? 俺何もしてない!!」


 最初、褐色肌の女性に少しの怖さを感じていたセイラだったが、女性であることとその「治療」という言葉に安心して、レオの背中で静かに意識を手放した。


「ん? え、セイラさん?」


 力無く、ぐったりとし始めたセイラにレオが驚いた声を出す。

 その失神が安心感からくるものだとはつゆ知らず、慌てるレオの様子に釣られてデニスも「セイラ!!」と声を張った。

 ゆっくりと下ろされたセイラの呼吸を見てみるに異常は無し、魔導士であろう女性が頸動脈付近に指先を当てて脈を確認する。


「デニス王。あまり声を出されると体に不調をきたします」

「娘の体の方が優先だ!」

「呼吸も脈もあります。推測ですが、緊張が急激に解れ失神したのでしょう。問題ありません」

「…………貴女は、医療関係者なのですか?」

 

 冷静にセイラの状態を分析する女性に、デニスが尋ねる。

 すると女性は「知識があるだけです」と答えた。


「メリア先生は博識だなぁ…………」

「レオ。後で事情は聞くとして、近くに宿があればそちらに宿泊の手配を」


 メリア先生、と呼ばれた女性がレオに対して指示を出す。

 褐色の肌した女性とは違い、優しそうな顔つきの美女だ、とデニスは感じた。黒い瞳に、褐色肌の女性より長い睫毛、ゆっくりとした動作に滑らかな指先の動きには妖艶ささえも感じる。

 ぽう、と温かな魔力に包まれてデニスに細かく刻まれた傷がみるみるうちに塞がっていく。


「…………おぉ」


 何という優しい温かみだろうか、とデニスは思った。

 きっと慈愛に満ちた女性なのだろう彼女の名前をぜひとも聞きたいと、デニスは聞く。


「お二方、名前を聞かせていただきたい。いずれ、感謝の辞を改めて……」

「いらん」

「要りませんね。私たちには必要のないものなので」

「さ、左様で……」


 即答で断られたデニスがしゅんとしていると、二人が名乗る。


「グンディーだ。最近まではテュワシーの大学校にて教師をしていた冒険者だ」

「メリアです。出自は同じです」


 その後に、重ねて二人はデニスの申し出を断る。

 その真意を語るとすれば、デニスとセイラはもう恐らく王族としての権威はもはやないものに等しくなるだろう。例外があるとすれば『強欲』の勇者が誰かに倒され、デニス王が再び国民に評価され玉座にその腰を下ろした時か。

 『強欲』の勇者がこのディトストルという国を乗っ取ったのは数年前――正確な年数までは分からないにしろ、国政を担う王が失脚するのは珍しいことではない。

 よって、デニスの申し出を受けても意味が無い。

 厳しいことだが、現実は甘くない。


「デニス王、勇者はどうしたのですか?」

「レオ殿が無力化してくださいました。あの方は凄い方だ……数十分にも満たない時間の中で完膚なきまでに『強欲』勇者を制して見せた。彼は「相性が良かった」とは言うが、相性のみであれほど動けるものか……あの方は、本当にすごい……貴女方のお仲間なのでしょうか?」

「……えぇ、そうですね。仲間ですね」

「……? 顔が赤いようですが……」

「っ! 何でもありません! 治療を続けますよっ」


 レオを褒めるデニスの言葉に、メリアとグンディーの顔が赤くなる。

 その様子に疑問を抱くデニスにメリアが何でもないと言葉を遮る――このままレオを褒める言葉が続けば恐らくは二人の照れによる一撃がデニスを襲う事だろう。

 それを察したのか、デニスは話題を変えて、彼女たちがこの国に来た事情を聴くことにした。

 断られるかとデニスは思っていたが、この国に来てからの経緯を二人は特に隠すことなく話した。

ミグゼリオ』というギルドの人間であることや、この国に来た理由――この国に行ってみたい、とレオが急に言い出したことで予定を変更してこの国に来たことを、メリアとグンディーは治療しながらも答える。

 その理由を二人は知っているのだろうか――デニスがその疑問を述べれば、少しだけデニスの体に触れる力が強くなった。


「多分、娼館でしょう」

「痛っ…………」

「娼館だな」


 先程まで、あれほど優しい顔つきをしていたメリアの顔に青筋が生じる。

 優しい人ほど起こると怖いとよく聞くが、恐らくはこのことを言うのだろう。聞かなければよかったとデニスは後悔した。


 その後、戻ってきたレオがボコボコに殴られる様子を、デニスは震えながら見ていた。


* * * 


 二人に殴られたことにより、顔の所々が腫れているレオの顔を目覚め直後にセイラが見た時、悲鳴が上がる。

 椅子に座るデニスは彼女に何も言わず、レオは「|おほほはへへほへん(驚かせてごめん)」と平謝り。


「起きましたか。おはようございます、セイラさん」


 レオの事を心配するセイラに、メリアは声を掛けた。

 困惑するセイラだったが、レオをボロボロの状態にまでした理由を「自分でやった事の付けを払わせた結果です」とだけ説明されただけに終わる。

 それ以上の事をセイラが聞けなかったのは、そのセイラからして名前も知らぬ二人の女性の気迫に押されての事だった。だが、それ以上に疑問だったのは、暴行を加えられたであろうレオの顔には恐怖だとか、悲しみだといった感情が一切なく「困ったなあ」と言いつつも困った表情をしてなかったことだ。


「あ、あの……レオ、さんは私とお父様を助けてくださってて……」

「はい、それは聞きました」


 メリアは、そのことを父親であるデニスの方から聞いたと答えた。


「ですから、その……あまり怒らないであげてくれません……か?」


 命を助けてくれて、その上、背に乗せて運んでくれた。

 もっと言えば『強欲』の勇者という恐怖の存在から救ってくれた人物――恩人という単語のみでは片づけられないような存在をこれ以上殴ることはあまりしないでほしい。セイラは気迫に押されながらもメリアに言い返した。


 ――何と、健気な女性だろうか。


 メリアはセイラに対して、そう思った。

 正直なところレオが「ディトストルに行ってみたぁ~い」と言った理由はメリアだけではなくグンディーも理解しており、どうせ娼館に行きたいだけなんだろうなと見抜き、苛付きながらも了承したのは自分たちであるのは間違いない。

 ディトストルの北西に位置するタイガンド区に到着して早々、軽い足運びでどんどん中に入っていき、追いかけるも見失ったのが二週間前。

 グンディーと共に襲い掛かってくる男性を撃退しながら、レオを探して見つけたのが今朝だ。

 「うっひょー!! あの城は絶対可愛い女の子居る!!」などと叫びながら城の中に入っていくレオをグンディーは青筋を浮かべながらも「泳がせておこう」と言い、二人して外で待っていたのだ。


「わかりました。これ以上は怒りません」


 最初、外套のみを羽織った裸の女性と、脇に抱えた男性を見た時はなんだアイツぶっ殺してやろうか、とまでグンディーは言っていたが、その二名が数年前より行方について聞かなくなったディトストルの姫君と国王だとは思わなかった。

 「これ以上怒らないで上げてくれ」とレオを許すことを懇願するセイラの顔は不安気だ。連れてこられた際にあった頬の腫れからして何かあったのは、本人より聞かずとも分かっていた。余程怖い目に遭ったのだろう。


「ほ、本当ですか……?」

「勿論ですよ」


 メリアはセイラを、ひしっと抱き締めた。

 可愛い、というよりかは奇麗な顔立ち――この生き物を守りたい。


「ぼくも抱き締めて~」

「黙りなさい。殴りますよ」

「じゃあ、私が抱き締めてやろう」


 がしっとグンディーがレオを後ろから抱き締めた。

 その後、力がどんどん強くなりレオの体からミシミシと骨の軋む音が部屋に響く。


「あああああああああっ!? ごめんごめんもう勝手な行動は取らないのでご勘弁を!!」


 解放されたレオがどしゃっと床に落ちる。

 この茶番を見て、セイラはレオがこの二人から嫌われているだとか、そう言う事ではないことを察す。


(この人たち……恋人同士だ)


 思い返せば、レオを殴る際の拳の強さはそれほど本気じゃなかったし、この宿に来るまでにもなんだかんだ言ってレオの傍を離れない。自分を見る目が何というか、自分の物を取られた時のような目だった。


「どうしました? セイラさん」

「あ、いえ……何でも……」

「何でもおっしゃってください」


 そうまで聞かれると、つい聞きたくなる。


「あの、お二人はレオさんの恋人……なんですか?」


 メリアとグンディーの表情が固まった。

 何故急にそんなことを聞いてくるのか。なんでわかった? みたいな顔だった。

 対してセイラは「聞いてはいけなかったのか?」という困惑した表情をするも、メリアが正直に「……そうですよ」と聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で、かつ顔を真っ赤にして答える。

 

 数年間できなかった恋話――セイラは目を輝かせる。

 頬に残る痛みすら気にせず、レオとの馴れ初めを求めるセイラに、メリアとグンディーはたじろいでしまう。


 メリアとグンディーが二週間という期間でレオと好き合うことが出来なくて多少苛々としていたことも、ここで語られた。


* * * 


 筋骨隆々――その男を表すにはその四文字で十分だろう。

 上肢の皮膚に浮かぶ太い血管、岩のように迫力のある上半身の筋肉の数々。そして、黒い下衣は中の筋肉によって今にも張り裂けそうな状態だ。

 時間は昼――昨夜まで雨が降っていたようには思えないくらいにからっと晴れた空の陽が彼の毛一つない頭を輝かせる。


「久しぶりのっおやぷん~~~~~!!」


 その顔は、歴戦の戦士らしい顔つきで、凄めば並みの人間なら裸足で逃げだすだろう。

 野太い声であるにもかかわらず、その発言の一つ一つはどこか幼い感じがする。

 

 トルホス・ホーセン――彼の名前だ。

 悩みは彼が「おやぷん」と呼ぶ存在――『強欲』の勇者が名前をよく間違えてくること。だが、それがいいとトルホスは語る。

 知識面では並の人間に劣るが、その戦闘能力に関しては対抗できるものは少ないとされ、ミドルに掛かる火の粉を払うのは彼の仕事の一つ。

 仕事内容は女攫いと用心棒と、城の掃除。


「ん~?」


 城の一角――廊下の窓の、硝子片が足元に散らかっているのを確認したトルホスは、怪訝な表情を浮かべた。

 出掛ける前まではこんな状態ではなかったはずだ。おやぷんことミドルは自分の物を壊すことはあっても壊されるのは嫌いなはず。


(おやぷんの魔力を感じる!!)


 辺りの空気中に霧散したミドルの魔力をトルホスは感知した。

 そして、すんすんと鼻を鳴らして臭いを嗅ぐ。

 ほのかに感じる血の臭いと、肉の焼けたような臭い――そして微かに香るミドルの香水。

 武器庫が開いていることにすら気を向けず、角を抜けて廊下を見る。


「――――――――――――――――――」


 廊下に倒れるミドルの姿を認知した瞬間に、トルホスの時が止まった。

 そして、彼の目尻より溢れる涙。わなわなと震える体。


「お、お、お、お、お、おおおおお…………」


 信じられないものを見たような表情と、動揺した声を上げながら、硝子片を踏み付けながらもトルホスは走った。


「おぉぉぉぉぉぉおぉぉおおおぉおぉぉぉやぷぅぅぅぅぅううううぅぅぅぅん!!」


 廊下の壁をびりびりと震わせる勢いの声量でトルホスは倒れるミドルの下へ向かった。

 涙を撒き散らしながら走る四十ほどの年齢の、頭を丸刈りにした男性のその姿を見ることは他にまずないだろう。


「うぅぅぅぅぅぅぅううううおぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんッッ!!」


 ミドルを抱き上げ、トルホスは泣き叫ぶ。

 泣き叫びながらも回復魔法を行使しつつ、ミドルを呼び続けた。


「おやぷんおやぷん!! おやぷん!! おやぷん!! おやぷんんんんんんんんんんんんんんんんんッ!!」


 がくがくと揺らしながらミドルを呼び続けること数分して、ミドルが微かに瞼を震わせた。


「う…………っ」

「おやぷん!? 起きたおやぷん!! 大丈夫!? おやぷん!!」

「うる……せえ……頭に響くだろうか……」

「ごめんおやぷん!!」


 自分がこの城に滞在していなかったからこそ起きたこの惨状に、トルホスは仕事が遅かったことを内心で後悔した。謝り切っても許されることのないこの事実にどう贖罪をしていこうかとトルホスの脳は回転の速度を上げた。


「おやぷん。ごめん!! ぼきという存在が居ていながらも親分を守ることが出来なかった!! どうすれば親分は許してくれるかな!? 沢山女を連れてくれば許してくれるかな!? でもごめんおやぷん、ぼきが連れてくる女全員親分は「不細工」だって言うからぼきの判断で連れてきてほしいわけじゃないよね。そうだ、今の今までこそこそ隠れてた貴族の女たちを連れてきて、おやぷんの大好きなやり方でその女全員殺しちゃおうよ!! この前やってた台所に女の首を並べるやつやろうよ!! 今から独房から女全員連れてくるから待ってておやぷん!!」

「だ…………」

「なに!? おやぷん何でも言って!! ぼきの出来ることなら何でもするから、おやぷんのやりたいこと全部やって見せるから!!」

「だま…………」

「だま!? だまって何かわかんないよ!! ぼきってほら馬鹿だから、おやぷんの好きな女がどういう女なのかわかんないし、計算とかできないからいつもお金取ってくるとき少ないって怒られるじゃん!? ばかだよねぼき!! ごめんおやぷん!! でも大丈夫だから仕事はちゃんとやってきたよ!! あ!! そういえば国中のごぶりんいなくなってた!! あれ誰がやったのかな!! なんかたくさん居たはずだよね!? 巣穴は残ってたのに全部全部ぜぇぇぇぇええぇぇぇぇぇえんぶ居なくなってたよ!?」

「黙れ……」

「ごめん!!」


 頭が痛くなってくるほどに言葉を並べていたトルホスだったが、黙れの一言で不気味なほど口数が減った。

 そして、回復魔法を掛けすぎたことでミドルが癒悪により、嘔吐した。


「ああああああああああああああああああ!! どうしたのおやぷん大丈夫!? 誰だおやぷんをこんなにしたやつぼき許せないよ!! 待ってておやぷん!!」

「いいから黙れカス…………」

「ごめん!!」


 すん……とトルホスが黙る。

 相変わらず、不気味な奴だとミドルは内心思ったが、辺りを見回して状況を把握することにした。


(オレ……何してたっけ……)


 雷が直撃したことによる一時的な障害――記憶の混雑。

 確か、昨日まではいつも通りだったはず。

 いつも通りじゃなかったのは、この国の国王であるデニスが娘の存在をずっと隠していたこと。


「娘!!」

[なに!?]

「お前じゃねえ!!」


 ようやく思い出し、ばっと立ち上がる。

 国王が隠していた娘があまりにも美人で、興奮した自分はその娘に口淫させていた。だが、その娘の歯が当たったのに腹を立てて蹴りを入れ、殺そうとしたが国王がその時になって急に反抗的な態度を取り始めた……問題は、その後だ。

 黒髪の、どこかパッとしない容貌の男。


「思い出した…………」


 男の名前をいつも覚えない自分だが、今だけは思い出せる。


「レオ……そうだ、レオだ」

「れおって誰!?」

「俺をこうまで追い詰めたやつだ……思い出しただけで苛付くぜ……クソ陰キャがァ……!!」

「くそいんきゃ!! ぼき、そいつぜったい殺すよ!! ぼきの大好きなおやぷんをこんなにしてぇぇぇえ!!」


 ミドルは昨夜のレオとの戦闘を思い出し青筋を立て、苛立ちを顔に出し、トルホスは地団太を踏んでミドルの怒りに同調した。

 

(だが……奴との相性が悪いのは事実だ。オレがやるべきことは『強欲』の権能の機能たる能力をもっと理解し、解釈を広げながら敵の攻撃に対処する……! それに関してはオレの落ち度だと受け入れるしかない)


 『強欲』の権能。

 その能力は単純に言えば「分身能力」だが、その本質はそれだけに留まらないとミドルは考えた。

 今の今まで、勉強など必要ないとミドルは思っていたが、それすらも間違いだったと認めるほかない。レオのように雷の属性魔力を用いてくる冒険者が他にも居る。

 あの青年は元学生だと言っていた――ということは戦闘経験は冒険者よりかは少ないはずだ。

 その戦闘経験の浅さを付く形で押し切れば、レオを殺すことが出来る。


「考えるおやぷん、かっこいいよォ!!」


 今、自分のやるべきことは――学習だ。


「おいトクホ」

「トルホスだよ……おやぷん……」

「お前の名前なんぞどうでもいい。お前、魔法の事には詳しいのか?」

「魔法……ぼきもあんまり勉強してないや」


 使えないやつ、とミドルは唾棄した。


* * * 


 ミドルの右腕であるトルホスという存在を、デニスはレオに言った。

 トルホスの戦闘能力面や、その性格をデニスが言った所でレオは正直に「俺と相性悪そう」と吐露する。


「負けますか」

「負けるね。多分」


 まず、戦闘経験で見てトルホスという男は上回る――相性の悪さを抜きにしても、そこの差というのは大きい。

 魔法の扱い方に関して、レオは知識に秀でているのだからそこを応用すれば勝てるのではというデニスの考えも尤もだろうが、レオは食事をする中で「無理」だと断言する。


「そのトルホスって人、多分だけど身体能力とか感覚で戦ってる感じでしょ? ここをこうすれば、こうなるっていうのを感覚で分かっている人間を相手にするの大変だよ? 何せ感覚で対策を立てて行動してくるんだから。戦闘経験豊富とくれば、そこも顕著になってくる」


 ミドルとの戦闘で勝てたのは、ミドルの戦闘経験の浅さが功を成した結果だ。

 『強欲』の勇者がこの国を乗っ取った時、トルホスは国の衛兵たちを蟻を踏み潰すかのように蹂躙し、次々と薙ぎ倒していったと聞く。

 そして岩の魔法をよく使うと聞けば、行使する際に得意とする魔力属性は恐らく地の属性魔力。


「雷が地面に勝つところを見たことある?」

「ありません」

「つまり、雷の属性魔力で対抗するに地の属性魔力は戦いたくないの」

「逆に、トルホス殿に対抗する中で相性の良い属性魔力はあるのですか?」

「地の属性魔力は明確に弱点が示されてないんだよ。そもそも、属性魔力間で相性があるっていう話も、神からすれば「そんなことないよ」って話かもしれないし……使い方次第だと思うんだけど」


 「地の属性魔力に雷の属性魔力を用いて対抗するには相性が悪い」という考えも、細かに言ってしまえば人間が勝手に言っているだけ。


(シエラ様に聞くのが一番早いと思うんだけど……今は居ないもんな……)


 テュワシーの大学校の一つ、センリ大学校に通ってい頃に同組の生徒として仲良くしていた女神。

 彼女に話を聞けば、地の属性魔力を扱うことに長けた人間に勝てる術を聞けるだろうか。


「まあ、元はと言えば俺が雷の属性魔力以外を進んで扱おうとしなかったのが悪いんだけどさ」


 頬杖を突きながらそう言うレオに、デニスはその理由を聞いた。

 その答えは何とも単純で、人によっては「くだらない」と切り捨てる内容。


「雷だよ? 格好良いだろ。回復とかに一切頼らず、雷の如き速さでもって敵を滅する!! 中等部の頃に憧れてさ~雷の属性魔力しか勝たん、なんて言って命の属性魔力を扱うことを拒んでいたら、一番簡単に扱えるはずの命の属性魔力を扱うのが一番苦手になっちゃった……」


 その理由をメリアに話した時は、彼女に「馬鹿ですね」と一蹴されたとレオは言う。


「でも、雷の属性魔力って汎用性高いからさ。単純に運動能力を底上げしたり、あの勇者にやったみたいに『着磁』を応用すれば、生活で楽もできる訳さ」


 『着磁』は便利だ――熟練した使い方をすれば、着替えも楽になる。そうレオは言うがデニスからすればどう使えばいいのかわからない。


「大学校で同じ組になった人から教えてもらったんだけど「塵も積もれば山となる」って諺があるらしい……あの戦い方が出来るようになったのも、楽したい精神のおかげってとこかな」

「…………どおりで、貴方には筋肉らしい筋肉が付いていないのですな。あれほど動けて何故と疑問でしたが、そう言った絡繰りでしたか」

「え、筋肉ってそんなにいるかなあ?」

「要るでしょう」


 自分が言えた義理ではないが、筋骨隆々の姿をしていればそれは強さの証でもあるとデニスは言った。


「衛兵たちが勇者たちに蹂躙されず、その軍が健在であったころの話になりますが……体力錬成を行っていると自然と命の属性魔力の扱い方も身に付いてくる、と衛兵たちが言っていたような気がします」


 デニスの助言に、レオは興味ないという態度を隠さない。

 

「好きな子が居たという話をしていましたな……その子とはどうなったのですか? 大怪我から救ったと聞きましたが」

「二年くらい、恋人関係になったよ。もう一人とも」

「ふむ……文脈を読み取る限り、交際は終わったと」

「うん」


 どうでもいいでしょ? とレオは手をひらひらと動かして話題を変えたが、デニスは続けて聞く。

 深入りは禁物と分かってはいたが、セイラの前や女性の前でだけ格好を付けるレオになんだかデニスは「勿体無い」と感じた。余計なお世話――勿論それも分かっている。

 レオは少し答えるのに悩んで、溜息を吐きながらも正直に答えた。


「その二人の前で、ボコボコにやられたんだよ。俺が先に好きになったんだとか訳分かんないこと言う同組の男子にさ。二人掛かりで、当時魔法とかよく勉強してなかった俺と、真面目に勉強やってたその二人とでは敵いっこないよね――その女の子二人にもダサいって言われちゃったなあ」


 その二人は逞しい体をしていた。


「雷の属性魔力を扱う魔法は、筋肉量に差があっても勝てる。体を鍛えなくたって、勝てるときは勝てるのさ」


 楽して勝てるなら、そっちの方が良い。

 弱いと思われた人物が、工夫した戦い方でボコボコにする。物語でありがちな、心躍る展開。


 レオは、その方が好きなのだ。


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