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元人形少女は神様と行く!  作者: 餠丸
2章〜強欲〜
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10th.『強欲』よ。辛酸を嘗めよ


 「殺される」と頭の中で確信し、父親と共に目を瞑る。

 痛みから目を背けるように、首へと吸い込まれる金の刃をもはや抵抗など不可能と確信し、セイラは父を強く抱きしめながら、心の中で告げる。

 満足のいく人生ではなかったけれど、これもまた運命だろうと神が言うのならば、それも受け入れるしかないのだろう。

 勇者の力は神の力、即ち権能である。

 涙が一筋の線を描いて頬を伝う。


「ごめんなさい…………」


 父の話によると、母は物覚えすら付いていない自分に「私のように、病魔に負けない元気な子に育ってほしい」と願ったそうだ。


 ――ごめんなさい、お母様……その願い、果たすことなど出来ませんでした。


 死に強く恐怖して、やがて気を失う。


 その細い首に、刃が命を刈り取ることは、終ぞ無かった。


 目を覚ましたのはその一刻も後だ。

 父親の呼ぶ声が耳朶を叩いて、セイラは瞼を震わせ目を開けた。


「ん…………」


 天国――――天界に来たのか?

 そんな疑問を抱くセイラは首を触る。傷は無し、触感あり。ぬるりとしたものを見てみれば自分の汗。肩に掛かる、温かな黒い外套。

 自分の体全体を見ようとして、ようやく気付く。


「おはよ~」

「!?」


 名前も知らない、会ったことも無い人物が、自分を背負っていたのである。

 間の抜けたような目覚めの挨拶――「誰!?」という疑問よりも先に、その人物が男と理解した途端に、全身が恐怖で固まった。

 声が出ない。


「あ…………あぁ…………」


 これから食われることを察して、怯えつくす小動物のような顔をするセイラに、背負う人物はぎょっとした。


「えっ…………大丈夫?」


 恐怖に顔を歪ませるセイラと、そんな顔をされたことで少しだけ悲しい顔をする男。

 セイラのした誤解を解いたのは他でもなくデニスだ。


「私たちを、助けてくれたのだ。セイラ……怯えるよりも先に、我々は感謝すべきだ」

「…………俺、そんな怪しい? 確かに目元が隠れているから、怖いかも?」


 胴に腕を回して運ばれるデニスは「そんなことは……」と否定した。


「まあ、さっき酷い目に遭ってたっぽいからね。仕方ないか……それよりごめんねおじさん、こんな運び方でさ。足の方は血が止まってたけど…………まあ、その、なんだ……ごめん」

「娘が救われたのだ……私はそれで充分です。それ以外は何も……求めますまい。私が望んだことです」

「立派なお父さんだな~。俺もそんな親が良かったよ」

「それ以外は、何も誇れるものなどありません。お名前を聞かせていただいてもよろしいですかな?」

「レオ・ハミルセン。よろしく」


 目元を黒の長い前髪によって隠した少年はそう名乗った。

 そして、負ぶられているセイラにもレオは「よろしくね」と声を掛け、少し揺らす。


「女性に助けられる方がよかった? ごめんね、セイラさん……だっけ? 連れの女の子はちょっと別のとこに居てここにはいないんだよ。もう少し我慢してもらってもいい? というか、俺がこのままで居たい」


 柔らかな胸が背中に当たっていて心地よいから、とレオは言葉にこそ出さなかったものの、鼻息を少し荒くする。

 それを見て、デニスは若干だがミドルと似たような性質を感じたが、その言動を見る限り違うと確信して、そのまま娘を任せることとした。


 ――腕の太さも、体の線も、標準的な生活をする成人男性とほぼ同じの体格だというのに、セイラを背負い、自分を腕に抱える彼の顔には疲れすら見当たらない。

 高名な冒険者なのだろうか。

 そう思ったデニスは、レオにその処遇を聞いてみた。


「レオ様は……」

「レオで良いよ。それに堅苦しい言葉もいい」

「では、レオ殿と呼ばせていただきたい」

「ま、いいかそれで」

「レオ殿の名前には、無知ながら心当たりがなく……高名な冒険者だと見受けられる。どこから来られたのか、お伺いしてもよろしいか」

「え? 最近冒険者になったばかりだよ。テュワシー国の大学校に通っていたんだ」

「なっ――――――――――」


 ただただ、デニスは驚愕していた。

 ただの学生であった身の人間――青年がこんな危険な行為に手を出し、勇者を敵に回した。


「…………今すぐに、私を下ろし、娘だけを連れて行きなさい」


 真剣な表情で、これ以上の責任は負わせまいとレオにデニスは言った。


「私があの勇者の囮になる。だがせめて、娘だけは…………」

「なんで?」


 覚悟をもってレオに物申したデニスへの返答は、たったの三文字。


「レオ殿。このままいけば貴殿は言い表せようもない程、これから先の未来を大きく崩すことになる……」


 勇者ミドルは、危険だ。


「……セイラさんは、まだアンタと居たいんじゃないの? あの逸物丸出し男が二人とも同時に殺すって時、セイラさんはアンタを抱き締めてたの俺見たよ」


 レオの背中で、セイラがその言葉にはっとしてレオの顔を見る。


「関係あんの? 学生だからとかさ。なって日の浅い冒険者だから、とか」

「あの勇者は……強い! 拷問された者を私は見たことがある! 命乞い以外の言葉すら発せられなくなる程に気が狂い、ただ命乞いをするだけの人間に成り下がるようなことを、君のような未来ある青年に味あわせる訳にはいかぬ!」

「声震えてんじゃん。置いていったら拷問されるのアンタだよ。足を二回輪切りにされてさ」

「……っ。見ていたのか…………」

「見てた」

「なら、分かるだろう……私の覚悟を無駄にしないでくれ。最期は、この国の王としてではなく、父として、大人としての責務を果たさせてくれ」

「えっ? 王様だったの?」

「そんなことはどうでもよい!! 早く置いていけ!!」

「ちょっ……暴れないで」


 助けた意味が無くなる、とレオはデニスを離さない。

 元はと言えば、カッコよく助けることが出来れば、今背負っているセイラから恋心を抱かれてウハウハという煩悩から行った行為だが、今となっては後に引けなくなった。


「もう見つかっているから、どっちにしろ手遅れだって!」

「――――今、何と言った?」


 レオの言葉に、デニスとセイラが固まった。


「なんだよ。気付かれてんのか」


 二人の血の気が引いていく。

 先程まで、暴虐の限りを一身に浴びた。

 そして、浴びせた張本人の声が、広い通路に響いている。

 コツコツと、皮の長靴が音を立てる。


「かくれんぼとかやった事ない? すっげえ隠れるの下手だったよ。勇者だから隠れる必要が無いとか?」

「口の減らねえ奴だな。盗人」

「可愛い女の子だったんで、つい」

「そいつは俺の女だ。返せ」

「貸して」

「ハア!? 殺すぞ?! 俺のもんだ!! 誰にも貸さねえよ!!」

「結婚してたん? それは失敬……でも嫁さん、アンタのこと嫌いってよ」

「結婚? 小さく括ってんじゃねえ! この世の物は全て俺の物ってだけだ!!」

「嘘だ。俺の連れの女の子二人。俺以外の男にあんま興味ないって言ってるよ」

「それはアレだな……お前に貸してやってたんだ」

「矛盾してんなー」


 会話の中、レオはデニスを床に下ろした。

 それでいい、とデニスは「逃げろ」と口にする。

 そして、背負っていたセイラも下ろすのを見て、驚愕しながら「何を!?」と声を出す。

 そしてレオは、下ろしたセイラの顔をじっと見て、彼女の腫れた頬を少し撫でた。


「顔が腫れてるなあ。腫れの範囲からして蹴られた感じ? 痛かったでしょ。俺、回復魔法苦手だから、痛みを和らげるくらいしかできないけど、それで良いかな」

「おい」

「殴ったりしないから、怯えないで。俺、変態級のスケベだけど殴る蹴るとかそういう癖は無いからさ」

「おい!」

「ごめんごめん、今そういう気分じゃないよね。もう見ないから――――あ、鼻の下が伸びちゃうのは許して」

「オイ!! 無視してんじゃねえ!!」

「ありがとう。素敵な体を見せてくれて。お礼は必ず」


 最後の最後、余計な一言。デニスはその言葉にぽかんとしていたが、レオが今から何をしようとしているのか、瞬時に悟る。そして「やめなさい!」と叫んだ。


「俺を無視するとは良い度胸だな…………お前、すぐ殺すのはやめだわ。拷問して地獄を見せてから殺してやる」

「ごめんな~。俺、男との会話と、女の子との会話だったら即断即決で女の子との会話を優先する方だから」

「奇遇だな。俺もだ……気が合うじゃねえか、殺す」


 レオとミドルの間に、緊張感を帯びた空気が漂う。

 デニスの中で、レオがミドルに蹂躙される未来が浮かんだ。彼にとっては無駄な足掻きにも等しく、足元にも及ばないだろう。

 娘に性的な行為を強要させた勇者に対して、ごまを擂って無理矢理笑みを自分に張り付けるもなかなか上手くいかず、今度は命の恩人となる人物が殺されるのを無力にも眺めるだけか。


 一瞬にして、ミドルがレオの眼前へと肉薄した。

 デニスには何が起こったのかわからなかったが、気付けばレオの前にミドルが居たのだ。

 彼の手刀がレオの首へ向かう――否、その方向はレオの方ではなく、セイラの方へ。


(女を守れなかった。その事実でコイツの戦意を削ぐ!!)


 生命の危機に扮し、脳が活性化、時間が凝縮されたかのように感じ、セイラは今だけはミドルの一撃が見えた。

 死んだと確信するも、ゆっくりと動く光景が予想とは違った動きを見せる。

 ミドルを遥かに上回る速度で、レオが彼の頭髪を掴む。


「!?」


 セイラの眼前数粍のところで、手刀がぴたりと止まった。

 そして次の瞬間に、レオの攻撃がミドルの顔面を捉える。

 その攻撃は、一撃に限らず、十数撃――ドドドドドドドドドッと削岩しているかのような音をセイラは聞いた。一秒にも満たない、一瞬での出来事だった。


「ぶうぇッッ――――――――!?」


 間の抜けた声を出すミドルに、レオは追撃を見舞う。


(『勁・猛倒マキオ・ヴェルゲイガル』――――!!)


 一撃一撃が、巨岩の如き重さ。

 もう一つの腕で胸倉を掴み、その一撃でミドルが飛ばされ、逃げられないように――――片腕でのみの発動を行う。あらゆる方向での一撃をミドルの顔面へと叩き込み続ける。


「――――――ぁぁぁぁぁぁああああああああ!?」


 鼻血と涙、唾液を撒き散らしながらミドルはレオの腹部を蹴って脱出を試みた。

 それに対して、レオはあっさりと胸倉を掴んでいた手を離す。そして、ミドルが痛みに苦しんでいる間に、次の攻撃――ミドルが尻餅をついたところに、前蹴りを見舞う。

 その前蹴りは見事に顔面の中心を捉え、廊下の壁へとミドルは蹴り飛ばされ、後頭部を強打する


(――――――――痛ってぇぇぇぇええええええええええッッ……!!)


 後頭部を手で押さえながら、激痛にミドルは悶えた。

 声すらも出ない。ここまで一方的にやられるなど二回目だ。


「――――――――――~~~~~~~~~ッッ!?」


 左足が動かない――先程、レオの腹部を蹴ってから何かぴりぴりとした感覚を感じたが、それと何か関係があるのだろうか、とミドルは痛みに悶えながらも考える。

 だが、何もわからない。

 ――今の今まで、そういう戦闘は自分が痛みを感じない故、分身か自分以外の人間にすべてやらせていた。分身がした経験等、分身を解除した際にその経験と記憶を得られるものの、あくまでも自分で体を動かしたわけでない分、反応が遅れた。


 見た目から相手の力量を見誤った――前髪で目元を隠して、それほど鍛えてなさそうな腕と足、他の勇者が「陰キャ」という単語で表していた……そんな容姿をしているからこそ、見誤った。

 「勇者」という肩書に怯える素振りすらない。というよりかは――――


(コイツとは多分…………)


 相性が悪い――そんな気がした。


「最初、おじさんの言う通り強そうだなって思ったけど…………」

「ぁ…………?!」

「迷宮で鉢合わせた魔族の男の方が数段強かった。拍子抜けって感じ」


 挑発。

 手練れの者であれば、引っかからないであろう挑発だった。


「………………ッッ!!」


 血が上り、ミドルの顔が赤く染まる。


「…………ぶッ…………こッ……ぶっ殺す…………!!」


 その瞬間、ミドルの体からボコボコとこぶのようなものが発生した。

 異様な形の瘤に、レオも目を見開いて「まじかよ……」と口にし、初めて見る光景にデニスとセイラをすぐさま抱え上げ、場を離れて避難の手段を取る。


「何あれ……なんかやばい……世界吃驚きっきょう人間優勝者だ……」

「ころォォォォォォォォォォす!!」


 ミドルの叫び声と共に、瘤の一つ一つが弾けて飛んだ。


「うわッ」


 空中で瘤が人間の形へと変わり、瞬時にミドルと同じ容姿の分身と化す。

 『強欲』の勇者の能力――その名をミドルが叫ぶ。


「『幾百万の、俺の為の俺ミリオンマイ・フォア・ミー』――――!!」

「――――――――だ…………ダッッッッッッッッッサ」


 別の勇者より命名された権能の名前――――レオは赤面しながら酷評する。


(中等部の頃、同じような名前の魔法名を考えていただけに凄く痛い…………やばい。背中がムズムズする)


 そんなことを思いながらも、レオはミドルの分身の攻撃を『勁』でもって掻い潜る。

 それでいて、その脳内では瞬時対策を考え、冷静に実行していた。

 「名前がダサい」という思考から、一先ず切り替え、分析する。


(この分身の本体は入れ替え可能? 実体はある……感覚の共有はどうなんだ? その線は無さそうだな――感覚の共有をしているなら、今分身にした目潰しで本体(仮)は反射的に目を瞑るはずだ。とするとこの分身は自らと同じ価値観を持つだけのものと見て間違いない…………本体の事は「本体」と認識して動いているのか? それとも分身も自分が「本物」だと思い込んでいる)


 初見の能力であるが故に、観察は怠らない。

 ミドルは矜持を傷つけられることを許さない人物だと仮定して、全ての分身の敵意を自分に向けることには成功した。自己愛の高さ、戦闘している間にセイラやデニスに襲い掛かるような馬鹿ではないだけは評価したい。


「どれが本物かわかんないな…………「分身」って額にでも書いててよ! 分身たちも「自分が分身です」って教えてほしいなぁ! それと、ダサいって言ったこと謝るから!」

「黙れ…………コロス…………」


 数十人と増えたミドルの中から、一人だけ怒りの言葉を発した。

 聞き逃さず、見逃さず敢えて分身の方へ質問をする。


「女の子の好み、教えてよ。ちょっとスケベ話と洒落込もうよ」

「…………」


 答えはなし。


(同じなのは価値観だけかな……ずっと表情が変わらないことから見て、分身にした際の感情をそのまま実行に移るだけの自動型分身だな。その中でもう一つ能力として考えられるのは、分身の中から一体選んで感覚共有が出来る可能性…………)


 その考えを巡らせた時、一体の分身の表情が変わる。


「……」


 無言のまま、目潰しを行う。


「うおっ!?」

(反応あり。自動型分身でかつ、一体選んで感覚共有も可能――――感覚共有は一体だけ? いや、それはどうでもいいか。感覚共有の能力があると分かれば、「本体」であることを分身の中から入れ替わるという疑問の解答は得られた)


 対『強欲』の勇者での戦闘――その定石がレオの中で纏まった。

 

「分身でじゃなくて、一対一で戦おうよ」

「!?」


 迷わずに本体であるミドルの方へと向かい、レオはミドルの腹に向けて、魔法を飛ばした。

着磁バイタル極正ナーズ』――無機物、有機物関係なく、磁力を帯びさせる雷の属性魔力を用いた魔法である。

 本来、その魔法は生活用の魔法だった。

 だが、使い様によっては戦闘間で隙を作る等汎用性が高いため、雷の属性魔力を扱うことに長けた冒険者が戦闘において頻繁に使う魔法でもある。

 その理由は――――レオが窓硝子がらすに『着磁・極負セァーズ』を付与し、近くにあった花瓶を投げて叩き割った後にあった。

 ミドルの腹と窓硝子に施した『着磁』には魔力量を多めに込めている――故に二つは強く引き寄せあう。

 窓硝子とミドルとの間の距離はざっと見積もり、五米程度。間一髪、危機を察知し間に数体のミドルの分身が割って入る。

 一体目から五体目は大した肉の壁とならず、無数の風穴を作り、黒い魔力素を撒き散らしながら消えた。

 ミドルとの間に割って入った分身が次々と硝子に貫通される中、ミドルは咄嗟に廊下の壁に掛けられた大きな絵画を盾にして防いだ。


「ヤッッッッッッッッッッベェ……!!」


 大きさの残る硝子片が絵画を貫通しきれず止まり、ほぼ粉となった硝子片は絵画に無数の傷を付けるに終わった。

 使い方によっては、まさに「鬼畜の魔法」とも言える。


「中等教育の頃に全員が習う魔法なんだけど、必ず先生に言われることがある」

「!?」

「込める魔力の量は生活に必要な磁力を生じさせるだけに留めること――――同じ組の不良が言うこと聞かなくて、多めに魔力を込めて十数人の生徒に大怪我を負わせたんだよ。『着磁』で込めた魔力が大きすぎて窓硝子が勝手に割れちゃってさ……アレ、滅茶苦茶怖かったな。席が隣だった好きだった子と手の届く範囲に居た女の子を急いで引き倒して、机の下に潜らせて一緒に隠れたからその時俺とその二人だけが助かったんだけどさ」

「ハァ……!! ハァ……!!」


 『着磁』を解除しながら、分身を『勁』にて倒しつつレオはミドルへ近づいていく。


「やっちゃいけないことをやった人には、やっちゃいけないことでお仕置きすんのが一番何かしらをわかってくれるんじゃないかって、俺思うんだよ。復讐ってまさにそうじゃない?」

(コイツ……やべえ……!!)

「女の子を蹴っちゃ、駄目だよな。男として」

「何が言いてんだよ!?」

「人を傷つける、人を殺す――駄目だよな。人として」

「――――ぅ、う、うるせええええええええええええええええええええええええええええ!!」


 レオに言われたことに激高するミドルは、近くの花瓶を手に取って投げようとした。


「いいの?」


 それを見て発した、レオのたった一言に、ミドルは動きを止める。

 彼の中で思い出すのは割られた後に自分の方へと向かってくる硝子片たちの光景。もし、この花瓶の破片に先程の魔法を付与されたらと思うと、物を投げるのは得策ではない。

 二対一でなら、勝てる算段はある、はずだった。


(今……この場に居るのは俺と……分身だけ)


 ミドルにも部下は一応居る。

 トルホスという名前の部下――言動は腹立つが自分の命令に忠実な部下。戦闘力も申し分なし。


「オイ!! 居ねえのか!!」

「?」


 廊下の両端へミドルが叫ぶが、返ってくるのは沈黙だけだった。

 思い返せば、面倒な仕事を押し付けてディトストルを離れさせたのは自分だ。


(名前…………アイツの名前なんだっけ……ト……トクハンだっけ……? いや、健康食品みたいな名前だった気がする。トキホ? そうそうトキホだ!)


 名前を曖昧に思い出し、ミドルは叫ぶ。


「トキホォォォォォォォォォォ!! 助けろォッッ!!」

「え、仲間居たの?」


 ミドルが叫んでいるのを聞いて、レオがデニスの方に振り返る。

 仲間の情報を求む、という目をしたレオの思いを察したデニスは、セイラを抱き寄せながら答えた。


「トルホスという部下が居ます……筋骨隆々の、奇人変人ではございますが百戦錬磨の武闘派で……」

「名前違うじゃん。それ本当に部下なの? それとも、部下が片思いなだけ? 寂しいなそれ」

「今はミドル殿に押し付けられた仕事を熟しに他国へ……」

「なら、考える必要ないな。今は、脅威じゃない」


 デニスに答えた後、レオは再びミドルの方に顔を向け、戦闘続行。

 こつこつと靴音を鳴らしながら、歩み寄る。

 対してミドルは、がむしゃらに物を投げようとするが『着磁』のことを思い出してか投げられない。


「…………お、雨が降ってきたか」


 窓より外を見て、レオがそう言った。


(雨……?)


 危機に瀕し、冷静ではなくなったミドルだったが、今だけは頭が回った。

 

 ――雷の属性魔力は、水を掛けられると霧散しやすくなる! 雨天時には使うな!!


 それは、分身が雷の属性魔力を得意とする冒険者を相手取った際の彼らの会話の記憶。


(……!! 確か、磁力系統の魔法は雷の属性魔力がどうたらって……『安息』の奴が言ってた……)


 他人の言うことなど、聞かなくとも他人が何でもやってくれるからどうでもいいと思っていたが、ここに至って役に立った。

 ツイてる――ミドルはそう思い、分身を発現させる。

 普段使わない戦法だが、今となっては使うしかない。


「『破光バルダン』!!」


 発現させたうちの一体と感覚共有の後、その分身を使い廊下の天井へと光線魔法を繰り出す。

 威力が高く、魔力消費が激しいが、分身を使い魔法を放つことで自身の魔力消費を零とする。

 分身の魔力を使い切ってしまえば、魔力を使い切った分身は倒された時と同様に黒い魔力素となって霧散し消えてしまうが、戦闘面では非常に役に立つやり方だ。


(分身は、一般的な魔法と違って世界に満たされた空気中の魔力をもって形作られる――――権能、万々歳だな。オレはとことん神に愛されてる……!! 女神が近くに居たら、褒美に抱いてやってるとこだぜ!!)


 口端を吊り上げ、レオを殺す算段を脳内にて立てる。


(うーん……ここに来て雷の属性魔力の持つ特徴を思い出したか、知っていたか……どちらにせよ、有難い)


 正直なところ、レオとしてはミドルが雷の属性魔力の特徴についてを知っているか、というのは賭けだった。

 窓の外を見て戦闘中に「雨が降ってきたか」なんて言う人間など殆ど居ない。ミドルという敵を確実に無力化もしくは倒す為に、行ったことである。

 引っかかってくれたことに関して、謝辞を送りたい。

 『着磁』という魔法を防ぐ方法の一つとして、付与された物質に水を掛けるという対策がある。

 水を掛ければ、雷の属性魔力は水の方へと移り、蒸発と共に空気中に霧散する。故に『着磁』を水に付与することなど殆どない、意味が無い。


(この勇者――――多分だけど、戦闘経験は浅い。恐らく分身の経験を自分の物に出来るという特長を利用して、魔法等の知識は身に着けているのかもしれないけど、それはあくまで知識だ)


 敵が教科書を見ながらの戦闘をしてくるなんて、恐ろしくもなんともない。


(そして、天井に穴を開けて雨を入れて、対策した気でいる――――魔法の使い方で、それで単純に形勢逆転ってなることなんて無いんだよ。ちょっと頭が足りないな)


 分身がレオへと迫る。

 そして、攻撃を向けたその時にレオの姿がブレた。

 雷の属性魔力を扱う魔法の中で、割合を占めるもので最も多いのは身体能力を向上させる魔法であることを、ミドルは知らない。

 まともに魔法の事を学ばず、権能を神より賜ってから何とかなるの精神で全てをやってきた弊害がここで出た。


「俺も、最初は勉強なんて必要ないって思ってたよ」


 『勁』を発動し、ミドルの分身を次々と倒しながら、本体であるミドル本人に迫る。


「!?」

「好きな子と、近くに居た女の子を魔法の被害から庇ったときに勉強って大事なんだなって理解した。勉強を避け非行に走る不良や、自堕落に過ごして言い訳を繰り返した人間が後になって痛い目を見るんだ」

「――――――――ッぎゃあああああああああああああああああ!?」


 『放電バンカー』という敵に触れ電撃を加えることで感電させ動きを封じる魔法を喰らったミドルの叫ぶ声が響く。


「俺もアンタみたいに、女好きだけどさ。女の子を痛めつけるのだけは嫌いなんだ」


 過去に、本で読んでレオが痺れた一文。


 ――装飾品が傷付いて、価値があることなんて無いだろう。女だって一緒さ。女の子は傷一つなく、可愛くなくちゃ、完璧でなくちゃ。傷跡のある女の子でも俺は愛するけどね。それ以上の傷を作らせない、それが大事だと思うんだ。もし、俺の前で男が女を殴ってたら、傷つけたら……俺は容赦なくそいつを殴るぜ。女の子の代わりに、この堅い拳で!!


 女好きの英雄の台詞だ。

 初めてその一文を読んだのは、中等学校に居た頃。

夫婦仲が悪く、度々殴り合い蹴り合う喧嘩を繰り返していた両親――それを見て「これが普通の男女なのか」と考え始めていた先に出会ったその一文に、レオは痺れたのだ。座右の銘だ。

 その英雄は、英雄らしさのない下品な言動の多い毎日を送っているが、女を傷つけることだけは無かった。許さなかった。

 それに倣ってレオは、ミドルを殴り続ける、蹴り続ける。


「覚悟しろよ。お前」

「ぐっ……!? ぶふっ――――」

「女の子の顔と心に傷を付けた代償が大きいこと。これで勉強しとけ!!」


 たった数秒の間に、ミドルが受けた打撃は数重に上る。

 所々に打撲痕を作るうち、ミドルには分身を作る余裕すらもなくなっていく。

 自己愛が強いあまりに、自分が特別なのだと信じてやまなかったのだろう――表情を醜く歪ませて涙を見せている。


(俺が…………こんな糞陰湿そうな奴に……!?)


 ――いつか必ずぶっ殺してやる。

 殺したいはずなのに、抵抗しても効果が無い――分身を作ったって目の前の青年は悉く対処してくる分、どうしようもない。


(そうだ…………分身を武器庫に行かせて……)


 だが、分身を出したところで相手が拳や脚で破壊してくる。


(いや――――――)


 ここはがむしゃらに行けば形勢逆転もあり得る。


「ッッらァッ!!」

「!」


 適当に振りかぶった拳を、レオが避けたその瞬間に、ミドルは一気に百規模の分身を作り出す。

 破壊されることを考慮しながら分身に武器庫に行き、武器を手に取り目の前の青年を殺すことを命じた。


(ヤケクソか……)

「死ね!! クソ陰キャ野郎!!」

「…………え? 陰キャって何?(悪口?)」


 聞き慣れない単語にレオが困惑する中、ミドルが自分の方にではなくミドルの後方に向かっていくことに彼は違和感を覚えるが、デニスが察して叫んだ。


「武器庫に!! 武器庫に向かわせるつもりでしょう!!」

(そういうことか……!!)


 確かに、百規模の分身に武器を持って来られると分が悪い。


「黙ってろよクソ爺が!! 俺の邪魔ばかりしやがってよォ!! お前の目の前で娘を死ぬまで乱暴に犯してやるから覚悟してやがれェ!? バーカァァァァァァ!!」

「とんでもないこと言うなぁ……」

「死ねッ死ね死ね死ね死ね死ねッ!!」

「子どもか?」

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」

「――――――(雷……!)」


 廊下の天井に開いた穴より、空に雷の光が見えた瞬間にレオは動いた。


「終わらせよう」


 ミドルに抱き着くようにして腕を回し、魔法を行使した。


「この魔法――凄いから試してみ? いくよ」

「アァッッ!?」


 『雷降ケラウ』――雷を伴う雨天時に使用すると、その魔法を付着もしくは自身に触れている物へ雷を落とすことが出来るという魔法だ。


「勇者って、神様からの加護を多少は受けてるんでしょ? なら大丈夫」


 落雷――ミドルへ爆発的な音を発しながら、雷が落ちた。

 神の加護によりミドルの体に目立った外傷は無いが、口からは煙が立ち上る。


「――――――――――――――――――――」

「ちなみに俺は頻繫に雷の属性魔力を扱う魔法を使ってたから、雷には強いんだよね」


 雷の属性魔力を扱うことが得意な冒険者や人間に雷が落ちることは珍しいことではない。

 その分、地の属性魔力を扱うことにも長けてくる。


「アンタが地の属性魔力を用いる魔法を得意とする人間だったら、相性最悪だったよ」


 膝から崩れ落ちるミドルを見ながら、レオはデニスとセイラの元へと戻る。


「どう? スッキリした?」

「え……は……はい……」


 その後ろ、大量の武器が床に落ちる音が響く。


「成程……本体が気絶、死亡したりすると分身も消えるのか……いや、多分練度の問題か。分身魔法だったらそうだけど、権能がそんな単純なはずがないし」


 そして、デニスとセイラに「逃げるよ」と声を掛ける。


「え……ミドル殿は死んだのでは……?」

「いや、生きてるよ。だから起きる前に逃げよう」

「しかし……抱えたままでは……」

「連れが二人居るし、もしかしたら知り合いがいるかもだから、手を借りよう」

「………………わ、わかりました……命の恩人の意見を、無碍には出来ますまい」

「良し。さあ、乗ってセイラさん☆ これからは俺が君のお馬さんになるゼ! ハアハア……」


 息を荒くしながら、レオがしゃがんでセイラに言うと、彼女はゆっくりとレオの背に乗った。


「ふふん……サイコー」


 そして、デニスを左脇に抱える。


「じゃあ、出発―!! おじさん、武器庫の武器貰っていい?」

「勿論ですとも。好きなだけ持って行ってくだされ。武器庫の中の武器も全て、差し上げます」

「やったね」


 廊下を歩き、武器庫から搬出された武器の数々を戦利品として持ち帰る。


「一つ……聞いていいですかな?」

「どうしたの?」

「何故ディトストルに? その上、この城にまで……」

「ディトストルの娼館に行きたくて……それに、こんな大きなお城だったら、きっと超絶美人な女性の使用人さんとか居そうだと思ってさぁ……いやあ……連れに怒られそうだから、それは言わなかったけど、バレたら怖いなあ!!」

「困ったような表情ではありませんが……」

「ナンノコトカ、ワカンナイ」


 デニスと会話をするレオの背中で、セイラは静かにすすり泣く。

 それは決して、嫌悪ではなかった。


「大丈夫?」

「…………はい。大丈夫です……ありがとうございます。レオさん」


 鈴を転がすような、美しい声音。


「可愛い声してるなー。歌とか歌う?」

「はい」

「好きな歌は?」

「――――――創世讃美歌」


 創造神を讃える歌。


「歌ってみてくれる?」

「はい」


 レオの要求に、セイラは微笑んで歌い始める。

 

 城を出た時、空には満天の星空が広がっていた。

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