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元人形少女は神様と行く!  作者: 餠丸
2章〜強欲〜
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9th.強欲


 外套を剝がされ、その容貌を露わにしたシエラを目の当たりにしたとき、セリカは無意識にも「奇麗」だと口にした。

 剝がした、というか脱がした張本人である冒険者二人はその美しさに惚け、外套を手に持ち、ただぼーっとして動かない。二人を魅了する人物に至っては地面にぺたんと座り込んでしくしくとすすり泣いている。

 その美しさにセリカは欲しいと思ってしまった。


(この人の事か…………)


 夫から、手紙で「凄まじく美しい人を見た」という文を見た時、何の浮気宣言だと文を返したが、その身体的特徴などから目の前にいる人物こそが夫の書いた文の正体か。

 まるで美しい景色を見たかのような文で書かれていたから「そんなに言うのであれば見てやろうじゃないか」と嫉妬していたが何とまあ、これ程とは思わなかった。

 だが、こちらとしては失礼を働かれた身である、とセリカは両の頬をぱちんと叩いて詰め寄った。


「うぅ……もうお嫁に行けないかも…………スティー、私脱がされちゃった……」


 シエラの勘違いを生むような発言を無視し、セリカはぐっと表情を固くして言った。


「何か言うべきことは?」

「ごめんなさい……」


 意外にも素直に返ってきたその言葉に、やや拍子抜けしたセリカだったが、一息ついて「早く言えばこんなことにはならなかったのにね」とスティーとミサにも外套を脱ぐよう促した。


 その後、セリカと冒険者二人がスティーの容姿を見て二度目の魅了を食らったのは言うまでもない。


 魅了の力から立ち直り、再び正気を取り戻した三人は自己紹介へと転じて、名前を言った。


「改めまして……初めまして、セリカよ。商人を営んでいるわ」

「アンネ、よろしく」

「カミラだ」


 手短に、歩きながら自己紹介されたシエラたちも、手短に名前のみを明かす。

 そのあと、この地下の詳細等を聞くこととした。

 セリカが言うに、この地下壕は戦争で使われていた空間をそのまま機能を崩さず、勇者であるミドルの目から逃れるため、数年前より利用しているらしい。

 周りの人間たちから、すれ違う度に挨拶や贈り物などをもらったりしているセリカを見て、シエラは「結構、皆に親しまれてるんだね」と口にする。


「みんな、私が助け出してあげたの」


 そうセリカが言うと、ミサが彼女に対して身を投げ出すようにして聞いた。


「あ、あの!! もしかして、サラもこちらに住まわせてもらっているのでしょうか!? 黒髪が肩のあたりまで伸びていて、前髪をまっすぐ切り揃えていて引っ込み思案な――――――」


 そこまで言った所ではっとしてミサが「すみません」と詫びて追及を止めた。


「い、いいのよ。私もちょっと驚いただけ……」


 少し後退して驚いたセリカは咳払いをしながらそう言って、ミサに向き直る。

 そしてアンネとカミラに顔を向けると、二人は首を振った。

 それが何を表しているのかを瞬時に察したミサは首を折り、分かりやすく落ち込む様子を見せる。


「そうですか……」


 なら今頃勇者に……と考えたところで、ぽつりぽつりとミサはサラについてを語る。


「その……サラは…………あまり男性に免疫が無くて、男性が話しかけると悲鳴を上げて私の背中によく隠れるくらいなんです……ここの国の勇者ってどんな人なんでしょうか」


 サラの事を言うついでに、ミサが勇者についてを聞いた時、セリカは即答で「女の敵、クズよ」と答えた。


「でも話を聞く限りだと、あの勇者の好みではないはずなんだけど、どうして攫われたのかしら……」

「え、好みまで把握してるの?」


 この国の勇者の好みまで把握しているセリカに、シエラが「すごっ」と褒めた。

 「何よ急に」とまんざらでもないセリカは、商人として事前に情報を得ておくのは基本だと言い、先ほどまでシエラが持っていたディトストルの地図書を取り出し、パラパラと捲る。


「あ、私の地図書!」

「これ、私が書いたの」

「えぇーーーーーー!? 本当に!? ご、ごめん……そうと分かってればあんな事には……」

「……気に入ったの?」

「細かなところにまで配慮された所、凄く良かった! 分かりやすいし!」

「そ、そう? そこまで言われると何か悪くないわね……」


 そこで、シエラはミサとセリカの会話の途中だったことを思い出し、はっとして後退した。


 強欲の勇者――ミドル・ストラック。

 その性格は『強欲』と付くだけあって、欲しいものはすべて自分のものだと言い張る性質。セリカも一度、彼に攫われかけたことがあるらしく、好みの女は強気な女だとセリカの口から語られた。

 だが、好みに合わないからと言って攫わないという訳でもなく、ある一定以上の容姿の良さを持っている女性なら誰でもという感じなのだと言う。

 それを聞いてか、ミサは合点がいったように納得した。


「確かに、サラは可愛いので、男性からもよく求婚されていました」


 だが、セリカが言うにミドルにも嫌いな女というのが存在するらしく、その詳細を「気弱でヘタレな女」であるとも言った。それが故に、サラという女性が何故攫われたのか不明だとセリカは重ねて言った。

 酒も、金も女さえも全て自分の物だ――――ミドルより逃げるセリカに、彼の勇者はそう言ったらしい。


「私、夫以外に抱かれたくなかったから、必死で逃げたわ。神器やら魔道具やらあらゆる手を使って――――そうしたら、ここを見つけたの。それ以来、この街でいろんな被害に遭った女性を助けているわ」


 貴女のお友達も、きっと助けるわ――――セリカはそう強く言った。


「勿論、見返りは求めるけど」

「え……」

「当り前じゃない。私は商人よ? ああ、でもお金じゃないわ」


 お金でないなら、何? とシエラが横から聞くと、意外な答えが返ってきた。


「創造神様の象徴画を見かける度に「セリカに助けてもらいました」って私の評価を挙げて頂戴」

「そ、それだけですか?」

「創造神様にいつか褒めてほしいもの」


 ここで、セリカがようやく着ていた外套を脱いだ。

 斯くも美しき、金を伸ばしたかのような長い髪に、夏の空をそのまま瞳に宿したかのような蒼の瞳、一人居るだけで国同士が取り合いをし兼ねない程の美貌、一目見て神器と分かる紅い髪留め――その姿を晒してセリカはミサに言った。


「よく私の姿を目に焼き付けて頂戴?」


 商業を営む人間のほとんどは彼女の事を『商業の人神様』と呼ぶ。


「この髪飾りは私の神眼の力を抑える為の髪飾り。貴女たちが着用していた外套を神器だと見破ったのは、神眼のおかげもあるわ。ま、それはどうでもいいか」


 そして、シエラの方に顔を向けた。


「貴女が神様だってことも、はっきり分かる。なんの神様かまでは知らないけど、天界に居られる創造神様に私の事、ちゃんと伝えてくれるかしら?」

「あー…………うん」


 空気を読んでか、スティーもミサも目の前の人が創造神様ですとは言わなかった。


「一度でいいから、創造神様に頭でも撫でてもらいたい。くだらないけれど、それも伝えてくれると――――何のつもり?」


 頭を撫でてもらいたい、と口にしたセリカの言う事を聞いたシエラがすかさず彼女の頭を撫でる。


「私で良かったら、撫でてあげる」

「創造神様では無いかもだけど、悪くないわね……本当…………何でかしら、心の奥底から、願いがかなった気がしてきたわ。神に撫でてもらうと、涙まで出てくるのね……これは、夫に教えてあげなくちゃ。ありがとう……私、もっと頑張れる気がしてきたわ」

「それは良かった」


 創造神とは気付かないセリカだったが、神に撫でてもらうだけでもこれほどとは、とシエラに感謝する。


「シエラ……様は」

「様はいいよ。私もセリカって呼ぶから、友達みたいに「シエラ」って呼んでほしい」

「そう? 分かったわ、シエラ」


 続けて、セリカの聞きたがっていることを聞いた。


「シエラは、神なんでしょ? この世界の勇者を何で生んだのかって、創造神様に聞いてる?」


 この世界で、善良に動く勇者は五人と聞く。

 他に関しては国の人々を欲望に腐らし、治安を最悪にし、そして自分の欲望に従い、人々を無暗に殺すことすらある。

 そんな勇者を何故、創造神は生み出した? いや、正しくは力を与えた。


「今まで会った勇者全員、国を私利私欲のためだけに使ってた。その国王も、勇者の力には叶わない――何せ、創造神様から賜った力……権能よ? 富を、権力を得ただけの人間一人で制することが出来るなら、苦労はしないわよね」


 気付いていないから、それを言うには仕方がない――創造神ほんにんに対して、責めるような言い方だ、とスティーは口を挟もうとして止めた。

 権能を与えたのは創造神シエラ様じゃない。

 彼女は何もしていない。ただただ、平和を望む、平穏を望む――――人類全員が仲良く、を望む彼女が一部の人間だけを「特別扱い」なんてしない。


「何も言ってなかった。気付かなかった。見ていなかった。創造神と言えども、目は二つしかないから――――ううん、創造神は見ようとしてなかった。自分の辛さを言い訳にして、天使ひとに全部任せて、怠けてたから、勇者のこととか、今人類がどういう思いをしてたかにも、目を逸らしていたんだ」


 それを言うシエラの背中は、少しだけ悲しそうだった。

 だけども、だんだんと彼女の言葉にはちゃんとした意思が感じられるようになっていた。


「だから、これからは、ちゃんと責任を取るよ」


 それは神を代表して、とかではなく創造神としての言葉だった。

 それを聞いてかセリカは「そう……」と目を伏せる。


「――――さっきはいざこざがあったけれど、ごめんなさい。これからは仲良くしていきましょう? スティーさんが負ぶっているその子も疲れているでしょうし、ゆっくりと寝かせてあげたいわ」


 頬を伝う涙を拭いながら、セリカは広い寝室がある場所へと案内した。

 その間にも、色々とここについてを彼女は述べる。過去に起こった戦争の事も、その戦争がどれほど高度なものだったのかも――その高度な戦争の戦火より人々を守るため、才に恵まれた幾千の善良な魔導士たちが自らを犠牲に、並の人間では想像すらつかないような高度な魔道技術と陣術を掛け合わせて作ったのがこの地下壕。


 何年前にその戦争があったのかもわからない。


「この地下壕にいるうちは安全――その子……」

「ハンナです」

「ハンナちゃんね。この地下壕には子を持つ女性たちもいるから、居ない時の子守りとかは任せて大丈夫よ。託児施設の勤務をしていた女性も多くいるから」

「わ、わかりました」


 セリカはそういうが、勇者の力というものがどれほどなのかを未だ分かっていないミサはやや不安そうだ。

 その気持ちを察してか、シエラがミサの頭を撫でる。


「大丈夫、大丈夫」

「ほ、本当でしょうか。場の雰囲気を悪くしてしまったら申し訳ないんですけど、あの勇者さんって分身の能力を持っているんですよね? でしたら、ここをすぐに特定されたとしても不思議ではないと思うんです」

「この地下壕の入り口の魔法陣、覚えてる?」

「はい」

「あの魔法陣の中に、特定の者の侵入を防ぐ魔法陣もあった。ここを作った魔導士――陣術師含め、そこら辺に関してもちゃんと考えていたみたいだよ」


 その戦争が、誰と誰の戦いだったかは知らないけど――シエラはそれを口にすることはなかった。


「ねえセリカ。この地下壕に最初に入った時、どうやって入ったの?」


 魔法陣による侵入妨害の対象は「入ることを認可されていない者」であるはずだ。

 最初にこの地下壕を見つけたのがセリカだという事は分かっているが、どうやって入ったのだろうか。

 その疑問を述べたシエラだったが、セリカの目を見てすぐに納得した。


「そっか……神眼……」

「そ、私の神眼の能力は、視たものがどういう動きをするのかしているのかだとか、どういう仕組みなのか、どういう物なのかを見抜く眼――生物がどういう種族なのかもわかる。シエラが神だってこともそれで分かったわ」

「書き換えたんだ。魔法陣」

「そういうこと。正しくは、魔法陣に登録された承認者を私やここにいる古株に書き換えただけだけどね」


 アンネとカミラもその一人だと、セリカは語る。

 当時の事を思い出して、もう二度と繰り返したくないし戻りたくもないというセリカの表情は酷くやさぐれたようにも感じ、それほどの苦労を味わい、辛酸を嘗めたとも。


「――――という訳だから、ミサは何も心配しなくてもいいと思う」

「そうよ。こう見えて私、子どもが大好きなの! この地下壕にいる子供たちがどういう物が好きなのかも全部把握しているつもりよ!」


 どんと胸に拳を当て、セリカは胸を張る。


「お子さんはいらっしゃるんですか?」


 スティーがふとした質問に、セリカは数秒も経たないうちに目に見えて暗い顔をした。「え!?」と驚いた声を出すスティーが即座に謝るも、彼女は「違うの」と悪いことを言われたわけじゃないと否定する。

 セリカが言うに、どうも子宝に恵まれないらしい。

 不妊体質であるという訳ではないらしいが、彼女自身免疫力が高すぎると。


「このディトストルに来る前までは、夫から毎日子種を注入してもらってたのに、私の免疫が全部殺しちゃうのよ」

「注入て」

「はあ……夫との子供が欲しい」

「急な切実な思い」

「だから、時々この地下壕の子供の頭を撫でるとか、赤ちゃんの匂いを嗅ぐとかで子宝欲求を満たしているの」

「その夫はどこにいるの?」

「この国の外で商人をしているわ。食料調達とかも、彼に頼んでる」


 名前は、サバスと言う。

 聞き覚えのある名前だった。

 思い返せば、テュワシーに向かう際に馬車に乗せてくれた商人の名前だ――神の中でも「ダサい」と言われるサグラスの象徴画を手の甲に施した惚気話の長いサバスだ。

 まさか、こういう形で彼の商人の妻に合うとは思わなかった。


「テュワシーに向かう際に会ったよ。惚気話の凄い長い商人」


 シエラのその言葉に、セリカは照れながら「まったく……あいつは」と呟く。


「これも何かの縁ね。夫の知り合いとあらば、益々歓迎するわ!」


* * * 


 王宮内の大広間――――玉座に座るのは王ではなく、勇者。

 その勇者の周りには麗しく肉付きの良い肢体を、惑わすようにして揺らす一糸纏わぬ女たち――勇者の体を慰め、快楽を与える。その心中は殺されたくないがために必死に、勇者の機嫌を取るべく、女たちは必至で性の技を磨いて、勇者に触れていた、手や口でもって奉仕していた。

そして、媚びへつらうように手でゴマを擂りながら勇者へ「気分はどうですかな?」と冷や汗を流す国王がその横に。


「痛ッ――――」

「!? も、申し訳ありま――――ぎゃっ!?」


 歯が当たった、と勇者は額に血管を走らせながら、奉仕に身を捧げていた美女を蹴り飛ばす。


「も、申し訳ありません!! 次は、次は粗相の無いよう奉仕をさせて頂きますので……どうか……」


 蹴られ、赤くなった左の頬の痛みに悶え、許しを請う女に、その勇者は『異収納』より金色に輝く長剣を取り出す。


「次ィ……?」

「ひ、ひっ……!?」

「ゆ、勇者よ!! 私の娘はこういったことは経験が無い故、処女でありますから!! そこを加味しては……!?」

「学習不足の言い訳をつらつら述べてんじゃねえよ。機能に至るまでこそこそと娘を俺から隠していやがって!! 嘗めてんのかクソジジイ……テメエから殺してやろうか!? 俺は『強欲』だぞ。欲しいと思ったものはすべて手に入れる。テメエ等は、俺がやれと言ったものは誠心誠意すべてを込めて俺に捧げるってのが常ってもんだろうが!!」


 滅茶苦茶だ、とディトストル国王は戦慄する。

 何という強欲、何という横暴。


「答えろ。誰がこの国を守ってやってる? ゴブリン共からよォ……」

「み、ミドル様でございます……」

「他の国共が戦争吹っ掛けてこねえのは誰のおかげだと思ってる?」

「ミドル様でございます」

「だったら……娘一人の犠牲で、これからの国の安寧が手に入るって考えりゃどうだ?」

「な…………なりませぬ!! 娘は私のたった一人の、妃である妻の形見でもあるのです!! どうか娘だけは……!!」

「顔以外で取り柄も、何もねえ娘だろ? 要らねえだろ、口淫すらまともにできねえ女なんてよ」

「踊りも一級品でございます!! 性に関しては近頃知ったばかりの無知な娘ではございますが!! 楽器の扱いに関しては他の追随を許さぬ腕前でございます!!」

「うるせえ!! 音楽で俺の性欲が満たされるのか!? 思えば咥え始めに躊躇うような顔しやがって……殺す」


 大広間の床に額を擦り付けながら、国王は娘の命を庇った。

 一方で、先程までミドルの周りにいた女性たちは自分たちの事で精一杯で、国王の娘を庇う素振りもなく――大広間の隅で怯えている。この娘たちも、最近新しく入ってきたばかりの貴族の娘たちである。

 いつ殺されるかもわからない状況の中で、奉仕に励んできた。

 国王の娘のことは、顔見知りである――セイラ・ルカーソフ。この国にミドルが来る前、舞踏会などで世話になっていた。演芸、学芸、手芸においては肩を並べるほどの人間は居ないとまで言われた美姫びき

 暫く見ていないと思ったら、姿を隠されていたのか。

 茶褐色の柔らかな美しい髪と、美しい深緑の瞳、女神にさえ劣らないその美貌、均衡の取れた美しい肢体。


「――――俺の知り合いに、死体を腐らせずに半永久的に模型として保存できる技師がいる。お前の娘、ずっと俺の玉座の横で飾っておいてやるからよ。良かったな、お前の死んだ嫁と違って、今度は形の残った状態だ」

「なっ――――お願いします!! どうか!! どうか!!」


 ミドルの足にしがみつき、国王デニスは何とか抵抗した。


「セイラァ!! 逃げるのだ!! 何をぼさっと座り込んでおる!?」

「こ、こ……腰が……抜けてしまって……動けません……」

(こんな事ならば…………父上の言いつけ通り真面目に武術を学んでおれば……!!)


 この男は、強い。

 勇者の力というものは、神より賜った権能だ。

 それを持つ勇者という存在が弱いはずがない。


 国王デニスが男を見上げた時――『強欲』の勇者ミドル・ストラックは彼を見下ろしていた。


「お前、今娘に「逃げろ」っつったか?」

「――――――――――――――――――ぁ………………」

「お前は、俺から物を奪うのか」


 金の刀身が、デニスの両の足首を切断した。


「ぐおおおおおぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああッ!?」

「おい娘…………今からよ~く見とけ。こいつがさっきから俺を不快にさせた分、足の先から鼠経へ、手の先から腋まで、輪切りにしていく。気絶への耐性強化を施す、斬る度に傷を灼き塞ぐ……」

「セイラ…………逃げ――――――ぁぁぁぁあああああああ!?」

「お父様!!」


 もはや、その男の事は「勇者」と呼んではならないと、セイラは心の底から思った。

 恐怖に歪んだ美貌、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったその美貌が目に焼き付けるのはまさに、悪魔だ。

 ――神は何でこんな男を選定し、力を与えたのか。

 恐怖で体が動かない。力が抜ける。十九という歳になって、ついに失禁してしまった。恥ずかしい。

 こっそり、ひっそりと先程まで悪魔の周りにいた女性たち、顔馴染みの貴族の令嬢たちが別の通路口から逃げていく。

 ――それでいい。それでいい。自分の事は良いから、逃げて。いや、本当は自分も連れて行ってほしい。

 自分が生まれてすぐに亡くなった母。病弱で自分を置いて行ってしまった母を「私の妻は凄まじく美しかったから、神に取られてしまったのだ」なんて冗談を言う父の姿が頭の中に蘇る。

 学芸、演芸、手芸に励んだのは、他の国の名高い王子に見初めてもらい、その国との協力関係を築けてもらえばディトストルはきっと良くなるから――忙しくなるだろうけども、自分が仕事して、父を楽にさせたいから学芸も頑張った。帝王学だって必死に学んだ。


 我が身一つで自分を育ててくれた父を、私が一つ失敗したせいで……。


「わたしの……せい……」

「お前のせい…………ではない……」


 痛みで言葉すらまともに話せないはずだろう中で、自分を責めるセイラをデニスが身を引き摺って傍に寄りながら、励ました。


「二つの首をいっぺんにっていうのも気持ちが爽快になりそうだな……」


 大好きな父と共に死ねるとあらば――――。


 振り下ろされる金色の剣が、ぴたりと止まった。


「――――――――――?」


 セイラがミドルの様子に気付いて疑念を抱く中、ミドルが顎に手を当てながら物思いに耽る。


「待て待て、何か見覚えがあるな…………」


 例えるなら、夢で見た光景が現実として実現されたかのような既視感。

 正夢? いや、こんな光景など夢に見ていない、はずだ。


「――!」


 突如鳴り響く通信具。

 通信具の送信先は?


「オレだ」

『お久し振りです。ミドルさん』


 ハングだ。ベレスフ支部のギルド長。


「なんだよ」


 言った覚えのある「なんだよ」という単語。


「何で野郎の目覚まし通信なんて味合わねえといけねんだ」


 寝ていたわけじゃない。ただ、既視感の中で言っていた気がする言葉を言っただけ。


『そういう意味なんてありませんよ』


 返しまで一緒。


『これまで、ゴブリン退治の依頼が放置状態だったでしょう? これは使える、なんてミドルさんが放置していた』

「違え」

『はい?』

「女関連の話じゃねえのか」

『え? 違いますが……』


 今度は・・・違う。


『ゴブリンが全て、倒されたんです。一匹残らず全て、消えました。それもたった一日で』

「何ィッ!? あれだけの数が居たゴブリンが、一日ばかりでやられるわけねえだろ!!」


 ガチャン、と激しく通信具を切ったミドルは、思い出す。


「そうだ…………確か、前には・・・娘の首を眺めながら通信していた。その内容は、外から入ってきた女の情報――だったはず」


 それなのに、今回は違う結果が来るという矛盾――『強欲』を力に持つ勇者である自分が、理想とは違う結果が来ることなど許されざることだ。


「こんなことがあるとすれば…………神が介入しているな?」


 そして、いつの間にか国王と娘までもが消えている。

 ブチッ、とミドルの中で何かが切れた。


「神だろうと何だろうと……俺の邪魔をしたならぶっ殺してやる……!! 女神なら犯す!! 犯して殺す!! 殺すだけじゃ飽き足らねえ!!」


* * * 


 シエラとスティーがこの国のゴブリンを全て討伐――否、消し去ってから数日が経った。

 セリカには見せていないが、創造神としての権能を使って、スティーに宣言した通りのやり方で、その依頼は無血に終わった――襲い掛かってくるゴブリンを受精卵の状態にまで強制的に巻き戻す。チェイルのように世界ごと巻き戻せるという訳ではないが、このくらいは朝飯前だとシエラが言っていたのを、スティーは三人での会議中に思い出す。

 この場に居るのは、セリカとシエラに加え、スティーだ。

 そろそろ『強欲』の勇者が動き出す頃合いだろうと思って、作戦会議中という訳である。

 その最中で、シエラが言った。

 曰く――勇者という存在は最初、この世界の秩序を守るために神が選定するものだったのだ、と。


「選定された最初の段階だと、勇者が持っていた権能の名称たる称号は『寛容』『勤勉』『節制』『敬神』『謙虚』『人徳』『憤怒』『純情』『色欲』『安息』『不殺』『慈愛』『偶拝』『真実』『献身』『忍耐』『讃美』だったって聞いてる」


 それぞれ、秩序を守るにふさわしい能力を持っていた。

 だが、心身共に悪に染まり切った時、その権能は別のものへと変貌するとシエラは続けて言う。

 染まり易さについては人それぞれ、神にとっては博打そのもの。いきなり強大な力を与えられた人間がどういう考えを持つのか、どういった行動を取るのか――この世界の未来は神でさえも予想できない。


「『強欲』は『寛容』の権能が変貌したものだろうね」

「ん? 神なのに、その辺りは把握してないの?」

「ごめんて…………何せ、勇者の権能を作り上げたのは、原初十二神だし。それに、私もニゲラやバースたちからは「秩序を守る為だった」としか聞いてないし、それ以上を聞いても教えてくれないんだよ」


 つまりは、シエラの管轄外。


 その詳細を、スティーは知っている――こっそりとファリエルから教えてもらったことがある。

 創造神シエラが引き籠っている間、更なる心労を掛けまいと、より良い世界に進めるために原初十二神は、下界の秩序――世界の秩序を守る存在が必要だと考えた。

 その為には、様々な人間が必要だと感じた――価値観の異なる人間が。

 この世界の数人をまず選び、次に別の世界たる惑星から選ぶ。

 世界が違えば価値観も変わる――きっとこれで、良くなるはずだと思っていた、と。


 このことは、言うべきではない――――スティーは黙る。

 シエラ様はセリカに対して強い意志を向けた――――責任を取る、と。

 なら、自分はその手伝いを全力でする――それが、自分の役目。


(大丈夫です、ファリエル様。このことは絶対、シエラ様には一生涯ずっと秘密にしますから)


 そうスティーは、心の中で天界に座する彼の大天使へ誓った。


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