8th.謎の女
ディトストルの入り口に戻ってきた四人。そしてスティーとミサ、ハンナとの和解――シエラはチェイルとの和解を経て、再びディトストルでの活動が始まる。
あの時に同じく、そこらかしこから女性の嬌声が聞こえてくる――娼館の経済的影響度の高さではテュワシーに勝るだろう。
チェイルとここまでに来る途中でこの国に関する情報はある程度入手した。それを基にこの国での活動方針を決める――と決めたは良いものの、いかんせんギルド運営に関しては素人の中でもど素人の立ち位置であることを忘れてはいけない。
「スルトが居ればなあ……」
彼の魔導士ならきっと、ギルド長の勘の良さだとかも関係なく、ずかずかとその姿のままギルドへ入って行って手続きを済ませている頃だ。ゴブリン退治の事すらも迷うことなく終わらせてしまうことだろう。
スルトがこの外套を着用したらどうなるのだろうという疑問をさて置いて、シエラ一行は歩を進めた。
そこでふと、シエラがぴたりと足を止める。
「シエラ様?」
スティーがシエラへと怪訝な顔をして声を掛けた。
するとシエラはミサの方を向き、質問をする。
「ひとつ気になっていたんだけど」
「は、はい……なんでしょうか」
真面目な顔で向き直るシエラに、ミサが何か言われるのかと緊張した面持ちで返事をした。
シエラの期になっていた点、というのはミサの事を見かけた女性のことだ。洞察力が高かった、とは言えそれだけで話しかけに行くか? という疑問があったのだ。
もしかして、ディトストルの国王だかにつながっている恐れがあるのでは? とシエラは思った。
だが、ミサは自分たちを見つけた人物たちを正真正銘女だったと言う。
「でも、裸を見たわけじゃないんでしょ? もしかしたら付いて――――」
「見ました」
「え?」
「私、ちゃんと見ました! 付いていませんでした……!! ハンナを湯浴みさせてくれるという時に、この目で見ました!」
「おっぱいあったよ!」
「…………経緯を」
(なんなんですかね……この会話……)
色々な反省を踏まえ、疑うことが大事だという事に思考を切り替えたシエラと、見たものをそのまま話すミサにスティーは置いて行かれたような気持ちを心にしまう。
一方で、ミサは言われた通りにシエラへ経緯を話すことにした。
「まず、出会ったのはバーダン通りという大通りでした。おとなしくしていようという気持ちでいたんです。でもハンナのお腹の虫が鳴いちゃったので、喫茶店とか食事のできる場所を探していて……だけど無くて……今言った通りの路地裏で私たちと同じように外套を被った人に手招きされたんです」
無論、最初は疑って近づこうとはしなかったとミサは補足した。
だが、よく見ると体の線が女性であったと付け加える。丸みを帯びた腰付きと、外套越しからわかる胸の膨らみで女性であると確信したらしい。
「声も、女性でした」
――あなた、女でしょ。
――!? だ、だだだだだだ男性です!!
――です!!
近づいてきては女性であると見抜いてきた女性に声を掛けられ、ミサは最初男性であると偽るもそれでも相手は引かず、女性であることの根拠を提示してきたという。
まず一つ目に外套を被っていること――確かに、ぱっと見て男性であることを感じたが、男性であるなら何故外套を着ているのだろうか。素性を知られたくないのなら話は別だが、子供にも外套を着用させるのはおかしい。
二つ目に子連れであること。この国の男は基本的に子育ては女任せで子を連れない。女任せでない男にしても、そういった男はこの国の治安を理解しているため基本的に外で連れ出さない――よって不自然である。
根拠として提示するには簡単であるが、確証させるに力は弱いのは確かであることも理解しつつ、話しかけてみたが声音が明らかに動揺していたので当たりであると確信――――断定されたとミサは事情を語る。
そうは言うが、女性だからと信用していいものか。
ミサの言葉遣いが出会った当初に戻ってしまっている点は置いておき、シエラは考える素振りを見せた。
まずここから何をするべきだろうか、と。
どちらにせよギルドへの活動報告は怠ってはいけない――スルトからそう言われている。
――俺たちが活動するにあたって、他国へ渡るにはその国のギルドへ報告するのは義務だ。もし怠った場合には国際法違反になる。
実際にはもっと長いことつらつらと、法律についてをスルトの口から言われたが、とにかく面倒くさいことには変わりないらしく、やれと言われている。
スルトが怒れば、ミトという番犬ならぬ近衛兵が見下ろしながら説教してくることだろう――シエラにとってはそれが一番怖い。身震いをしながらシエラはこれからの方針を、ギルドへの活動申請に決定した。
「ゴブリン退治に関しては待ってもらおう。ギルドへの活動申請を行った後に、ミサたちが出会った女性たちに会うことにする。私には人間たちの嘘は通じないから、それでミサの会った人たちが怪しくないかどうか判断する」
「なるほど…………」
「ミサはそれまで、どこか隠れられる場所……路地裏とかに隠れてて。私とスティーは…………いや、活動申請については私だけがするから、スティーはミサとハンナちゃんと同行」
「分かりました。ミサさん、よろしくお願いします」
「よろしく、スティーさん」
方針を決め、四人はそれぞれ取り決めた行動をすることにした。
シエラがギルドへと向かっている間、ミサとスティーがかなり気まずい思いをしたのはまた別の話である。
一方で、シエラはあのギルド長への警戒心を深めた状態で赴こうという気持ちでいっぱいだった。
ミサの事を女性だと見抜いた女性ほど勘が鋭いとは言わないものの、自分たちの行動とそのしぐさから、女ではないかと疑った人間――神器の特性を見抜く人間というのもなかなか見ない。よって警戒していかなければならない、とシエラは深く呼吸して覚悟した。
何を「女みたいだ」と言われたのか、記録しておくべきだったと後悔はあるものの、早く終わらせるべくギルドの扉を開ける。
今度は一人での手続きであるため、自分が粗相を侵さない限りは特に問題なく終わるはずだ、とシエラは頬を緊張から額に汗を滲ませながらもギルドの中を見回した。
(良かった……始めて来たあの時とギルドの中にいた人物に差異は無い……もし、神の力の干渉を受けない人物がいた場合、この国からはすぐにでも出る必要がある)
そういった危険性を考えながらも、シエラは外套を深くかぶった状態でギルド長の受付の方へと向かった。
相変わらず、態度の悪いギルド長はこちらへ目もくれない。男には興味ないと言わんばかりの態度だ――もしこれが外套を被っていない状態での受付だったらどうなるのだろうか……きっとミサがゴブリンの巣の近くに来た時と同じような運命になるに違いない。
「渡国営業型ギルドの活動申請をしに来た」
「……チッ」
スルトから聞いた話だが、渡国営業型ギルドの活動申請を出される側の手続きはいろいろと面倒だと言う。
ミトは仕事として必要な手続きとして、特に面倒臭がらずにやっていたみたいだが、本来は受付側も一番下っ端に任せるくらいには面倒なのだと。
(舌打ちしなくたっていいじゃん……面倒臭いって言っても判子ぽんぽん押すだけなんでしょ?)
これは、ミトの感想である。
「面倒臭いって言っても、上司に書類を持って行って判子と署名貰うってだけ」とは彼女の言葉。
そもそもギルド長は受付にいる状態なんだし、特に面倒でもなんでもないだろう。
内心、むっとしたシエラを前に、ギルド長は強めにどん、と判子を押す音を響かせながら、自分の名前を殴り書きしながら書類をシエラに渡した。
(うまくいった……!)
ついでに書類を見る。
あの時はあまり興味を示さなかったギルド長の名前――ハングという名前を記憶しておく。やはりというべきか字が汚い……スルトが見れば激怒するだろう。スルトが激怒すれば以下略。
「……おい」
最初にここに来た時と違うやりとり。
シエラの体が緊張により固まった。何から疑われたのかという思考に切り替わり、外套の中では冷や汗がだらだらと顔尾を伝って流れる。
最初来たときは、呼び止められることなどなかった――いや、冷静に考えればそうだ。今回はスティーがハングに話しかけたのだ。物腰柔らかなスティーと、普通に用件だけ言った自分。
(あの時……スティーはなんて言ったっけ)
思い返す――確か、挨拶から始まった。
ここに来て些細な失敗をしたのか。こういう男は自分を棚に上げて他人には礼儀作法を重く語るのをすっかり忘れていた――シエラは失礼なことを内心で口走る。
「す、すまない……何かな」
「何をギルドから出ようとしてやがる。依頼の処理…………一つ仕事しなくちゃいけねえのが、渡国営業の規則だろ」
(あっぶな…………そっちか、うん、ちょっと忘れてた……落ち着け……)
早くなった鼓動を抑えるべく、シエラは静かに深呼吸を繰り返す。
――ハングにとって、挨拶の有無だとかは問題なかったのだろうか? よく思えばここに来る冒険者たちは挨拶もあまりしなさそうだし、気にならないのだろうか? ひとまずは懸念すべきことの一つは回避できたと見える。
「失礼。少し急ぎだったもので、失念していた」
「ったく……新参か?」
「あぁ。最近出来たギルドだ」
「だったら、余計に信用が必要だろ。信用が無きゃ渡国営業型ギルドってのは、ろくに動けねえって言うもんなァ!」
ハングのいびりに、シエラは「はは……」と乾いた笑みと声を出す。
対して、ギルド内にいる冒険者たちは響くような笑い声を上げ、シエラは内心で拳を握り「くそー!」と笑みを引き攣らせた。
ここでミトが言っていた「私の名前を出したら、大抵の冒険者は黙るよ」という言葉を思い出したが、何とか言わずに堪え、依頼の内容を聞いた。
提示されたのは、前に同じく『ゴブリン退治』だ。
今回の依頼の熟し方についてはシエラに考えがある――ひとまず後回しにしておくこと。そして、今回に関しては無血を目指すということ。やり方は後々。
今回の『ゴブリン退治』でのゴブリンが凄まじく数が増えているのはもう分かっている。対策は幾らでも取れる――よって後回し。
「四つも拠点があるのか……」
「気にすんな。ゴブリン程度、渡国営業型ギルドを設立できる冒険者様なら余裕のはずだろ? ん?」
特に言い合いをするつもりはないが、なんだか癪に障る言い方だ。
少し不満は感じるが、ここは黙って出るしかない。
背中に受ける「よろしくなあ新参者~!!」という言葉を無視しながら、ギルドの扉を開けて外に出た。
(くっそぉぉおおおおおお!! 言うだけ言いやがってええええぇえええ…………)
女であることはバレずに済んだが、煮え切らない結果になった。
* * *
ベレスフという街は基本的に、人通りが少ない。それも圧倒的に。
辺りから女性の喘ぐ声が聞こえてくる、窓を見れば女性や男性が上下に揺れる様子が影として表れている以外には何ら特徴のない寂れた街並み。
娼館の多さでは世界中を見ても五本の指に入るだろう。
スティーと合流する前に、シエラは店で地図を買った――店長に聞くに、この街は旅人に不親切で設置された地図看板すらないと言うから地図は必須なのだそうだ。
この地図書を書いた作者は優秀だ。細かなところまでちゃんと書いてある――食品売り場から、娼館に至るまで事細やかに小さな字で。多分だが、地図看板が無い分、細部に至るまでを描かなくてはと思ったのだろう。広げて使うのではなく、持ちやすい冊子にして利便性を高めている。シエラは思わず「勉強になるな……」と声を出した。
(話してみたいな……)
作る者同士でのこだわりに関する会話。地図を記憶していく。
――娼館を探すより食事をする店を探す方が難しい街をこれ以外に知らない。まだ二十に満たない数の街しか知らないけれど。
「シエラ様。どこ行かれるんですか?」
「うおっ!?」
「あ、すみません。驚かせるつもりは……」
「いやいや、いいよいいよ。ごめん地図に見入ってただけ」
いつの間にか、スティーたちが待機していた路地裏の付近に来ており、横からスティーの声が掛かった。
シエラは思わず驚き、声を出す。頭を下げるスティーに何ともないと言いつつ、地図を習得したことを報告。前に同じ『ゴブリン退治』の依頼を受けたことを言った。
「…………」
「大丈夫だよスティー。今度は私が平和……って訳でもないけど、ぱぱっと終わらせるから」
「では、私は何もすることが無いという事でしょうか?」
「魔法でゴブリンの巣穴を塞いでもらうくらいかな。あ、生き埋めとかじゃなくって……」
「いえ、そういう事ではなく。単純にお手伝いがしたいだけで」
「そっか。じゃあ、その時その時でお願いしようかな」
「はい!」
――待っている間、ミサとハンナとスティーの三人だけにさせていたが、気まずいことはなかっただろうか。
そう心配したシエラだったが、ミサとハンナの様子を見る限りでは諍いなどは無かったようで安心した。勿論、気まずい瞬間はあっただろう。だが、ハンナの様子を見るに大丈夫そうだとシエラは確信した。
もし、諍いなどがあれば外套の裾を摘まんで「お姉ちゃん」などと言って懐くことなどないだろうし、特に問題はなさそうだ。
「まずは、バーダン通りに行こう」
ギルドに赴く前にミサが言っていた女性の存在が気になる。
頭のかなり切れる女性――分身能力を使いこなすこの国の代表であろう男の目を搔い潜る女性――シエラとしては会って話がしてみたい。
バーダン通りは大通りの部類に属する――大人が住人横に並ぼうとまだまだ余りがあるくらい道幅が広い。
それなのにもかかわらず、どうしてこれほど人通りが少ないのかだけが疑問だ。ベレスフの街の店はこんな状態で経営が務まるのだろうか?
そんな疑問はさて置いて、謎の女性探しを続行する。
ミサ曰く、謎の女性が現れたのは路地裏だという。どの路地裏かまでは覚えていない故、虱潰しに探すしかあるまい。ミサからの「すみません……」という詫び言葉が背中に浴びせられるが、気にせず先に行く。
「地図を見る限り、バーダン通りは路地裏が比較的多いから、どの路地裏か覚えていないのは当然だよ。辺りもちょっと暗かったんでしょ? それなら仕方ない」
どの建物も、ほぼ同じ模様ばかりだし、覚えられてないのも無理はない。
時折通りを歩く人間も男性ばかり。全員が外套を身に纏っているこちらの様子を見て、怪しむような素振りを見せてくるが、話し掛けてはこない――恐らくだが、その頭の中はきっと娼館のことばかりしか考えていないのだろう。
「――――ぐふっ…………」
通りを歩いてすれ違う人間のうち十何人か目の男の口を見れば、にやけ面と共に下品な声が漏れているし、シエラのその分析は間違いではないようだ。ぶつぶつと何か呟いているのに耳を澄ますと「カヤちゃん」だか「カエラちゃん」だとか女の子の名前ばかりだ。
シエラからして複雑なのは、テュワシーでの学園生活で仲が良かった友達の同名が時折呟かれることだろうか。
「シエラ様……」
耳元でスティーが声を掛ける。
「なに?」
「気になったんですけど、どうしてディトストルの女性たちは娼館以外の職場で働く人が少ないのでしょうか」
「……何でだろう。体を売る以外に働いている人も居るんだろうけど……私も分からないや」
スティーのふとした疑問に、シエラは考えるもその疑問に答えることはできなかった。
だが、後ろの方からミサが答えを出す。
「確か、娼館とかはお店側から身の安全を保障されるからっていうのを聞いたことが……」
何故、そんなことに詳しいのか知らないが、それが答えなのだろうと、シエラは納得した。
それから歩くこと数十分が経った。
時々、ミサが「あれ……」と呟いているように、なかなか女性が現れてこない。バーダン通りではなかったのか? 他の通りに変えてみるか? バーダン通りの端に着くたびに方向転換を繰り返しているのは、怪しさを増幅させているだけなのではないか、と客観的な評価を述べるシエラにミサは「で、でも……」と慌てる様子を見せた。
途中からスティーがハンナを背負い、今となってはスティーの背中から可愛らしい寝息が聞こえてくる。
空も暗くなってきた。
「とりあえず今日は宿に泊まろう。また明日別の通りに――――――」
シエラが一先ずの中断を提案したところで、ミサの背後に現れた存在に気付いた。
さっきまでは居なかったはずだ。同じ場所を過ぎた時にも、その路地裏には誰も居なかった。ちゃんと覚えている。
「誰?」
ミサの前に移動し、腕を横に伸ばしてミサを守る形で声を出す。
相手はこちらに同じく外套を身に纏う人間――こちらをじっと見て中々動かない。かと思えば、手を出して「こちらに来い」と意思表示、無言で手招きをした。
もしや、この人物がミサに会った女性か? とシエラは思い、冷静にその体の線を見る。
(女だ)
丸みを帯びた体つき、そして何より創造神としての感覚から相手が女だと確信する。
だが、まだ安心はできないとシエラは警戒を解かなかった。静かにミサへ呟く。
「……どう? 以前に会った人物と一致する?」
そう聞くと、ミサは静かに頭を縦に振った。
まさか、本当に現れるとは――ミサを疑っていたわけではないにしろ、目の前の人間を信用していいのか、という事だけ疑問だ。
(いや――――疑いすぎなのかな)
ここに来るまでに色々とあったせいで、疑心暗鬼になっている。
大事なことだけど、目の前の人物が自分の危険を承知していながら接触してきたのなら、少しは信用していいのかもしれない。今この瞬間、数十秒の沈黙の間にも周りの事を見ながら警戒している様子を見せている。
「早く……早くっ!」
辺りに聞こえないくらいに、外套の女性が手をぶんぶんと振りながら慌てた様子で、ついに声を出した。
「い、行こう……」
シエラが後ろの三人に声を掛け、外套の女性の下へ早歩きで向かう。
路地裏へ入る瞬間、シエラは外套の女性に「疑いすぎでしょ」と小言を言われた。
路地裏へ入ると、横長のごみ回収箱の蓋が開いていた。
隠し入り口であることに気付いたシエラは、ここでやっと疑心が少し晴れる。中にはごみの入れられた麻袋が端に寄せられ、何もない部分の底が開き、下に続く梯子と階段が見える。
「なるほど」
「声が大きいっ」
「ご、ごめん」
外套の女性に叱られながら、スティーとハンナ、ミサに続いて入る。
ごみ回収箱の蓋と底が閉じられた後、外套の女性が『小光』という小さな光を生み出す光明魔法を以て中を照らした。
「これでひと段落ついたわね」
* * *
――どれほどの歳月を得て、この隠し通路を作ったのだろう。
その疑問には、外套の女性が何も聞かずとも説明した。
「この場所は、かつて昔に戦争があった際、敵の目を欺く為に作られた大地下居住空間なの。終戦時にこの地下空間に関する書類すべてが隠蔽のために燃やされてからか、この場所を知っているのは私たちだけ。凄いでしょ?」
つまりは地下壕か。
巧妙に隠された地下通路への入り口――今回はバーダン通りから出てきた彼女だったが、聞けばほかの通りの路地裏にもこの地下空間への入り口は存在するという。
そんなに入り口があるのなら、見つかる可能性も高いように感じられるが、そこについてもちゃんと対策がされている。
入ってみて見つからなかった理由というのが分かってきた。
『中光』という『小光』の一段階上の光明魔法で壁を照らせば、隠蔽効果を付与する魔法陣が隠し扉基いごみ回収箱の底部分の裏に刻まれているのが見えた。
「なるほど……ここを開けるまでは、外の人間にここがバレない訳か……」
「そ。でもたまに酔っ払いが間違ってごみ回収箱の底を開けちゃうこともあるかな」
「それはヤバイんじゃないの??」
「その時は丁重にお帰り願ってる上に、記憶を消してるから大丈夫よ」
地下空間までの階段の長さは大体六十米といったところか。
それほど深くに地下を掘らなければならなかったくらい、大規模な戦争をこの国はしていたのだろうか。どれほどの人間が死んだのか想像も付かない。
「戦争は嫌だね…………」
「ん? 何か言った?」
「ううん」
嫌な想像はやめよう。そう思ってかシエラは首を振って頭の中で考えていたことを中断した。
階段を過ぎた時、光明魔法が必要でなくなるくらいの明るい空間がそこに広がっていた。
掘ったというよりかは土魔法によって半強制的に空けられた空間だ。
中にいた人の数は数千に上るだろうか。ぱっと見てそれくらい居るのだから、奥の方にはもっと居ると確信した。それぞれがそれぞれの暮らしを形作り、商いにまで営んでいる。
「あ、おかえりなさい!」
一人の女性がシエラたちを迎え入れた外套の女性へと手を振ると、それに彼女も手だけを振って「ただいま」と言った。
「女性だけが居るのかと思っていましたが……中には男性もいらっしゃるんですね」
スティーのその言葉の通り、地下壕の中には男性も居た。
シエラも最初は女性だけがこの空間にいるものだと思っていたが、そうではなかったらしい。
「ここに連れてきた女性には子連れも居たの」
「ああ、そういう……」
「たまーに、商人とかに入ってもらってるわ。一番ハラハラする瞬間ね! 密告されないように帳簿以外の記録と記憶は消させてもらってるけどね」
「ふーん……」
「…………なに? 貴女、私たちの事が信用ならない様子ね。何か言いたいことがあるならはっきりと言ってちょうだい」
シエラが素っ気ない様子を出すシエラに、不満げな様子を見せる女性に、シエラは聞いた。
「今、自分たちを見て「男だ」と思いながら何で誘ったのか、ここに入れたのか気になって……ちょっと疑ってる」
「し、シエラ様っ」
「ごめんスティー。言いたいことはわかるけど、それでもやっぱり疑心暗鬼になっちゃう」
性別を誤認させる神器であるこの外套を着用している限りは、一部の神など例外を除いて全ての種族が自分たちの性別を誤認する。この街のギルド長のように、勘が鋭かったり、分析能力が高いのならば別の話だが、ぱっと見れば男だ。
それなのに何故? 以前、ミサとハンナがこの地下壕に招かれた時の事もそうだが、シエラとしては少し、怪しい点を無視できない。
「し、シエラ様……、その私が招かれた時もこの方たちにはっ……」
ミサが慌てて仲裁に入ろうとするも、ぴりぴりとした空気がシエラと外套の女性の間で包まれる。
「この街で、そんな外套を被っているのは、私たちのように女性であると判断したわ」
「ぱっと見て「男だ」って認識したでしょ?」
「そうね。でも、この街の男は外套を着用するなんてこと無いもの。男なら、この街では普通に過ごせる――襲われる危険はない。腰を振るしか能のないこの国の男どもは貴女たちの事を男だと認識しても何も疑わないけど、私の目は誤魔化せないわ」
「渡国営業型のギルド――それも過激派組織だった場合、どうするの?」
「――――――私たちの中には、私含め鍛えた冒険者が沢山居る。仮にそうだったとしても、対応は可能なの。それに、私たちの事を探してる男どもよりもそっちの方が安心できるわ。虜にして掌の上で転がすことが出来れば、男どもに対抗できる戦力にもなるもの」
「っ…………人の事を信用しすぎじゃない? もしかしたらこの国で諜報活動を行う人間の可能性だって考えられるんじゃないの?」
「諜報活動をしてる~? そんな人間が子どもを連れるかしら?」
「小人族の可能性だって考えられるね~」
「小人族ぅ~? 自負心の強い彼らの性格と性質上からして男女関係なく外套なんか着用しませ~ん。なんなら、外套も着ずにこのディトストル国のベレスフ門を通って、男たちに捕まりそうになった小人族の女性たちとお話することをおすすめします~。ちょっと頭が足りないわね貴女~」
「ぅぐっ……」
勝負あり。理屈責めに屈しそうになり、一歩後退りするシエラに対して、外套の女性は近くにいた戦闘服の女性に声を掛け、ついに行動に出た。
「アンネ! カミラ! 男だと言い張るこのお馬鹿さんを、脱がしちゃって」
ぱんぱんと手を叩き、呼ばれた二人の女性がシエラの方に近寄る。
「えっ」
「えっ」
「はっ? ちょ……待っ……自分でっ、自分で脱げるから!! 待って待って待って!? 言い張ってないし!」
スティーとミサが困惑の声を漏らす中、逃げようとするシエラを二人の冒険者が追いかける。
「貴女たちの着てる外套が神器だってことは、一回見ただけで分かってるのよ! 伊達に私も商人やってないわアホ!」
「ご、ごめんなさい許してください女ですから、女です! ぁぁああああああああああああ…………」
逃げ出すもすぐに捕まったシエラは情けなくも、半泣き声で叫ぶ。
「セリカ、どうする?」
「どこで脱がす?」
「私の部屋で脱がしていいわよ。素っ裸にして「どこが男なの?」って観察してやるわ……ハンッ!!」
注目を浴びながら、シエラは連れていかれた。
「せ、セリカさんって言うんですか?」
「そうよ。どうしたの? まさか貴女も何か?」
「い、いえっ、違いますっ! ただその……シエラ様の着ている服、全部神器ですので、脱がせないです」
「あら、そうなの? 外套も?」
「いえ、外套は脱がせられます。その下は本人か、本人が認可した人物でないと……」
「……それほど神器を持ってるってことは、凄いお姫様とかなのかしら? ま、いいわ……あら?」
セリカと呼ばれた女性が、彼女が落とした一冊の本に気付き、手に取る。
「私が書いた地図書じゃない」
シエラが会いたがっていた人間との初対面は、両社にとっても最悪だった。




