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元人形少女は神様と行く!  作者: 餠丸
2章〜強欲〜
44/60

4th.被疑


 洞窟内部より出てくるゴブリンの数は計り知れない。

 彼らは魔物でありながらも狡猾であり、頭領に位置する立場のゴブリン――ゴブリン・ジャンルと呼ばれる変異個体の統制力は人間の軍幹部の統率力に匹敵したものを持っている。

 ゴブリンの討伐方法の割合で一番の割合を占める火炎放射による洞窟での蒸し焼きが最も合理的で且つゴブリンを掃滅するのに適していると冒険者は口を揃える。


 その方法では不確定だ――少なくともシエラはそう分析している。

 洞窟内部の通路は木の根のように分かれ、他の洞窟と繋がっている事の方が多い。蒸し焼きになる前に別の出入り口からゴブリン・ジャンルに逃げられるのが結果として見えている。

 隠し通路を予め作っている可能性だってある。


 一番の討伐方法は、ゴブリン・ジャンルをまず討ち取り、統率力をなくした状態で殲滅する。


 ――――計画はいつも、思い通りにいかない事の方が多い。


「スティー!?」


 指示を出す前に、スティーが洞窟内部へと入っていった。

 並の冒険者から見れば命知らずの行為だ。愚かで、自殺行為に当たる。

 洞窟外のゴブリンの全滅を完遂したのは誉められるべき所業だが、それと足し引きしても今の行為は見過ごせない。


 自暴自棄になっているのか? どうして?


「スティー!! 戻って、戻ってきなさい!!」


 幾ら自分が強くても、無謀な行動は止して欲しかった。

 そんなシエラの気持ちも、洞窟内部へと入っていったスティーには届かない。


 ゴブリン・ファンド。ゴブリン・ゼバンド。内部には変異体のゴブリンが外と比較にならない程の数が存在していた。

 千以上の数がいることは推測通りで、四方八方より毒の武器を以て襲い掛かってくる。

 性別誤認の外套が無ければ、気絶させるという手を取るだろうがスティーはその生存確率の引き上げを行わず、外套を身に着けたまま戦った。


「フッッ!!」


 剣を振り上げ、ゴブリンの命を奪っていく。

 狭い空間へと追い込み、突きで殺す。虚偽の命乞いを行うゴブリンも居たが、スティーは容赦のない斬撃を浴びせ、命乞いが効果無しと知ればゴブリンたちは必死の抵抗を見せた。

 血を浴びて、浴びて浴びて、奇麗な髪がどす黒い赤に染められる。


 ある部屋では攫われたであろう動物が多数居た。恐らくその部屋で種付けされ、新たなゴブリンを産まされて居るのだろう。明らかに弱っていた。

 雌であれば、ヒトも動物も関係がないらしい。


「…………」


 心から湧き上がる嫌悪感――テュワシーでの記憶が蘇る。

 

 ――獣人は、各種動物が人間との交流を種の存続を得るのに適していると判断して進化した。

 ――一方で魔族は、魔物が人間との交流を得るのに適していると判断して進化した。

 どちらの進化も同じ理由からの進化。

 魔物が進化したものは魔族――ゴブリンが進化したら、イーサンのような魔族になるのだろうか。


 錯乱。

 スティーの目の前には怪しい光。


「スティー!!」


 シエラの声が洞窟内部に響いて聞こえ、ハッとした。

 血溜まりの中でポツリと立っているスティーの目の前、人間に対して精神的な障害をもたらす魔術を扱うゴブリン――ゴブリン・シャラトがニタリと笑っていた。

 一瞬にして肉薄し、ゴブリン・シャラトの命を奪う。

 

 嗚呼、成る程……ジルの放火が判明した時に彼の様子がおかしかったのは、精神的な障害をもたらす魔法によるものか。


「気持ち……悪いですね……」


 もしや、火事を奇麗だと思ったのも誰かによる魔法で――――

コツコツという足音が聞こえて、スティーは警戒する。だがその正体がシエラであると警戒を解く。


「シエラ様、今全て終わりまし――――――」


 ぱんっ、と乾いた音が洞窟に響いた。

 スティーの頬がほんのりと赤くなり、彼女はその頬に熱が生じ、そして腫れたような痛みが発生して漸く叩かれたのだと理解して、目の前でシエラは泣きそうになっているのにも気付いた。


「何をしてるの!?」


 今にも泣きそうなくらいに震えた声で、スティーにシエラは叫んだ。


「どうしたの……? いつものスティーらしくないよ。今日だけじゃなくて、昨日も、一昨日も! 何か嫌なことでもあったのかなって、心配だったのにスティーは何も言ってくれないし、こんな……こんな無茶な事して……」


 足元で赤い血溜まりが波紋を作った。

 雫の落ちる音が静かな洞窟の中で虚しく響く。


「私……テュワシーではスティーにいっぱい迷惑掛けちゃったし……沢山落ち込んで……ずっと、足引っ張って……」


 ――それは、決して貴女のせいではない。

 呆然としていて、思った言葉が口から出てこなかった。

 ――そんなに泣かせるつもりなんて無かったのに。

 ぼーっとして、シエラの涙を拭いてやる事すら。


「私は……スティーには、私の二の舞を演じてほしくないよ……!」


 気分の上がらない理由(わけ)を言ったら、嫌われるだろうか――言えない理由が邪魔して正直に言えない。


「わ、私に……気に入らない所が……あった? きらいに……なったの?」

「違いますっ!!」


 振り絞るような疑問に、スティーは全力で否定した。


「――――うそじゃん」

「!?」

「私が話し掛けても上の空。そそくさと行動するし……さっきも、私が止めた時の声は聞いててくれたの?」


 聞こえていなかった。内心、それどころではなかったと言えば聞こえは悪いし、それこそシエラを勘違いさせてしまう。

 勘違い――そう、勘違いのはずなのに、それを解消させるに至る為の言葉は「嫌われるのでは」という不安を抱える事実を含む、もしくは全てを曝け出したもの。


 ――嫌われたくない。

 双方、その想いを心に秘める。

 双方、お互いの事を好いて、好いて、愛し、そして一生を共にしたいとさえ感じているのに――今この瞬間にも、その関係が崩れ落ちそうだった。


「私……スティーに嫌われたくない……!!」


 先に、シエラがスティーに胸の内を明かす。

 それを聞いて、黙っていられるほどスティーは落ちぶれていない。

 ぽつりぽつりと、スティーは話した。


 ――物語の中の人間は、他人の不幸を心から心配し、そして寄り添い、救いの手を述べるような人間が大半だ。

 ましてや他人の家が燃えて、それを見て「奇麗」だなんて人間として最低ではないか。

 だとしたら自分は人間ではないのでは? 自分は自分の事を「人間」だと思っていた。

 物語の人間は、関わった人間が不幸に見舞われたら一緒に悲しんでいた。そして救う。


「……最低じゃないですか……大事な物が沢山燃えて、それを見て悲しむ人が居るんです。その中で私は……奇麗だって思ったんですよ。最低です。私は本の中の人物みたいに、人の悲しみに寄り添える人間になりたいなって思っていたのに……これじゃ……こんなの……」


 イーサンと一緒みたいだ。


 ベレスフのギルドの受付の男性、名札の名前のところが掠れていて名前は知らない彼にこの剣を渡された時言われた言葉すら完遂出来ないで、何をしてるんだろう。


 ――この剣、大事なモン守る為に使えよ。


 この街で素手で戦うには心許ないだろうと渡された剣――八つ当たりのような使い方をした。

 何も、学べていない。


「スティー」


 名前を呼ばれた。

 それだけなのに、スティーの体はびくりと震えた。次の言葉に何が来るのか、凄く怖くて堪らない。


「外に……出よう。ちょっと……寒い」


* * * 


 ゴブリンの家とも呼べるその洞窟から、火柱が舞い上がる。

 いつの間にか倒していたゴブリン・ジャンルの装飾品を握り締めながら、その火柱を二人してじっと見ていた。


「炎って、心地良い「揺らぎ」を持ってるんだって、昔学者から聞いた。火をじっと見つめるな、心を持っていかれるぞって昔人間に言われた事がある」


 「奇麗」だからさ、音も聞いてて心地良いから、ずっと見てて飽きないのさ。


 ――そう言っていた人間が、誰も見ていない所で炎に身を投げた。


 彼は身を投げる数日前に言っていた。これだけ心地良い音がして、奇麗なんだから、触れてもきっと心地良いと思うんだ、と。

 馬鹿だな、と周りの人間は彼の黒焦げの末路を涙を流し弔っていた。


 彼は真面目な人間だった――勉強も出来て、話も上手いし、人付き合いが上手い。

 炎に飛び込んだら熱くて苦しくて、数十も時計の針が進めば死ぬことは知っていただろうに……「馬鹿だな」。

 炎を、火をじっと見てはいけない。


 ――心を持っていかれるぞ。


「スティーは、炎に心を持っていかれるのに抵抗しようとして、きっと罪悪感を感じたんだ。確かに、人の不幸中にその思いを抱くのは不謹慎かもしれない……」


 シエラは自分の胸の中に顔を埋め、泣き始めたスティーに言った。


「でも覚えておいて、スティー。美談の多い物語に登場する人間は人格の優れた人間はである事が多いけれど、現実はそうも美しくないんだよ――私も、それを痛感したからさ。スティー……一緒に、これから頑張ろう?」


 シエラのその言葉に、スティーは謝罪の言葉を繰り返しながら、はいと答えた。


* * * 


 ギルドに戻り、ゴブリン・ジャンル討伐の戦利品をギルド長に渡す。

 スティーより返された片手剣を受け取って、鞘から抜いて刃毀れの有無を見る。冷や汗を一つ掻きながらスティーが「あの……」と声を出すが、ギルド長はスティーのことをギロリと睨んだ。


「何だコレ」


 片手剣を投げられ、ガンッと音を立てて床に落ちた。。

 びくっとスティーが肩を震わせた。


「言ったはずだ。大切なモン守る為に使えとな」

「はい……」

「刃毀れが激しい上に、乱暴に扱った感じがするなァ」

「すみません」

「この剣は質こそ良くねえが、公共品なんだよ。武器を持たねえ冒険者に対して温情で! 渡してんだ。貸してんだ」


 正論だった。

 その言葉に、スティーの目尻にはだんだんと涙が溜まってくる。それを見てシエラは何か助け舟を出そうかとも悩んだが、それはスティーの為にならないと何も言わなかった。


「大切なモンを守る為に使ったとしても、戦略的な使い方をしてないな。この摩耗具合からしてな」

「はい……」

「数回だけまともに使ったんだろうが、それとは釣り合いが取れねえ……この剣は結構高いんだぞ? ん?」


 言っても、そんなに高価な物ではないだろう――ギルド内に居る冒険者たちは心を一つにした。

 このやり取りはこのギルド長がよくやる行動で、なにかといちゃもんを付けては追加で面倒な依頼を冒険者にやらせようという意味が込められてある。

 性格はずぼら。与えられた仕事を適当にこなし、ディトストルのギルド本管から距離が遠く、管理も行き届いてないことを良いことに、与えられた仕事を冒険者に丸投げすることもある。武器の状態から人がどういう扱いをしたのかを見分ける特技があり、そこについてはディトストル一の鑑定眼を持つ。

 そんなずぼらな彼の発言だとは言えども、今尚スティーが言われていることは真っ当な意見であることは間違いない。

 人から預かった物をぞんざいに扱った。スティーの落ち度だ。


「あとの三つのゴブリンの巣穴を掃除してこい。依頼料はそうだな……全額の四分の一だけ支払う」


 ――その発言を元ギルド受付嬢のミトが聞いたらどんな反応をするだろうか。そんな事を思ったシエラが「せめて半分にしてほしい」と意見具申をしようとしたが、それよりも早くスティーが「わかりました」と発した。

 もう、同じ失敗はしないと言わんばかりの返答だった。


「剣は使うな。壊されちゃ迷惑だ。弁償もしろ」

「わかりました。すみませんでした」

「そうだな。礼儀が良い所だけは褒めてやる――ちゃっちゃと出て依頼やって、おっ死んでこい。相棒だけ取り残した事に地獄で精々悔やむことだな〜」

「――! 今の言葉は――――むぐっ!?」

「良いんです。シエラ様」


 「おっ死んでこい」という言葉にかちんときたシエラが歯向かおうとして、それをスティーが防いだ。今だけは何を言われようと、耐えるとスティーは言う。


 そして、ギルドを出ようとした時、ふとギルド長が二人を呼び止める。


「おい」

「? はい、何でしょうか」

「お前ら二人、男だよな?」


 外套の中で、二人して目を見開く。

 何で、そんな事を急に聞かれたのかわからなかった。理解できない。

 シエラの創った神器であるこの外套は完璧にして最高、人智の及ばぬ一品だ。同じ外套を着用していない人間や動物、魔物に「性別を誤認させる」という特性が見抜かれた? シエラの神器が、ただの人間に?

 冒険者証に、性別は明記されていない故、バレないと思っていたのが間違いだったのだろうか。


「どうして?」


 シエラがギルド長に聞いた。


「お前ら、歩き方が女っぽいんだよ――何かで誤魔化してんな。消香液(しょうこうえき)でも振り撒いてんのか、女のにおいはしねえが、仕草の一つ一つが何かな……」


 色っぽさや、女らしさがデテル、とギルド長は指摘する。

 スティーの鼓動がばくばくと、胸の中で早く強く音を立てた。

 御者は言っていた――女とバレると何かと厄介だ。しかもそれが何かしらの

揉め事である場合、それを出しにして連れ込まれる、と。


「なんだ。そういうこと……」


 焦る気持ちを仕草に出すスティーとは違い、シエラがふうと息を吐いてギルド長に返した。


「家族が殆んど女だから、こういう仕草が伝染したんだ。踊りの稽古とかもやらされたし、ついクセで」


 何の焦りも感じられないような声音で、シエラが誤魔化した。

 それでもギルド長の疑いの目が続いているのは、少しだけ恐い。自分たちが並の冒険者に襲われようとも反抗出来るだけの力はある。自信もある。


 ミトであれば、外套は要らないと言って自己完結するだろう。彼女は襲われても、男性冒険者の首根っこを掴んで放り投げるだろうし……何よりスルトにぞっこんだ。

 ――スルトの方が襲われそうではある。

 閑話休題。兎にも角にも、追い込まれていることに焦燥を覚え、治まらない。


「そういうわけで、ゴブリン退治に行ってきます」


 ギルド長の視線を切るように、シエラがスティーの手を引いて出口に向かった。

 ギルド内に居る冒険者たちの視線を感じる。


 確かに、歩き方が女だ。

 外套で分かり難いが、腰も少し丸い気がするな……。


 横から後ろから、冒険者たちがこちらを二人を舐め回すかのような視線で観察する。


(この問題は想定してない……!)


 性別を誤認させる外套、性別w誤魔化せたとしても体つきは誤魔化せない。

 性別を疑われる事が想定外と、スティーの中に焦る気持ちが加速する。ここからどう切り抜けるかが問題だ。


 ――気を付けな。ディトストルの男どもは女に飢えてるから、いつだってすぐにヤれる女を探してる。娼館は金がいるし、高い。


「腰付が丸い男は珍しい?」

「そんな男は聞いたことねえ」

「知り合いに一人、女にしか見えない男が居る。世界を一度見て回った方が良いよ? 世界は広い――女っぽい男だっている」


 その世界の何処かで、一人の魔導士がくしゃみをした。


 どんなに言葉を並べても、ギルド長の疑いの目が変わらないことにシエラは面倒臭さを感じていた。

 それ程、この国の男たちは女性に飢えているということか?

 女房は居ないのだろうか、とギルド長に聞けば怒るだろうか。シエラは考える。

 スティーは顔中に冷や汗を掻き、どう見ても焦っていてまともな嘘すら吐けないだろう。


(うーん……どうしよう)


 自衛として暴れたとしても、ディトストル側からの信頼が無となり、この国での冒険者協会としての活動が出来なくなる。スルトが今も培い続けているであろう信頼を得る仕事を無駄にさせるわけにもいかない。


(引きこもりを続けるべく、ファリエルに対してあれよこれよと言い逃れする経験がここで活きるかー)


 ファリエルに感謝。

 と、言っている場合でも無いと、シエラはスティーの手を引いて出口に再び向かった。


「おい」

「何も聞こえません。依頼を熟してきまーす」


 苦し紛れにギルドの中から逃げた。

 中から「追わないのか?」とギルド長に対して提案及び疑問を投げかける冒険者の声がするも、どういう訳かギルド長は「いや、今日はやめておこう」と返答していた。

 今日は、ということはこれからの毎日を男性冒険者たちから追われるかもしれない恐怖に怯えないといけないのだろうか。


「そっか……男と女、仕草や癖で見破られることもあるわけか」

「魔物と人間の、知能指数とか、経験の差でしょうか」

「うーん……知能指数よりかは、多分後者の方が正解だろうね。対策を考えなくちゃ」

「思ったんですが、ディトストルにも女性冒険者が居るはずですけど、何処で行動してるんでしょうか」


 スティーのふとした疑問に、シエラは確かに、と考えた。

 ディトストルに住む女性が皆、家屋の中に隠れ潜んでいると考える。だが、恒常的にディトストルに住んでいるわけでもない女性冒険者は何処にいる?

 スティーの疑問は尤もだ。


「でも、今それを見つけて明らかにしちゃうのは良くないかもね」


 今見つけてしまえば、男性冒険者たちに女性冒険者たちは食いものにされてしまうに違いない。自分たち――スティーとシエラはそうならないかもしれないが、二人のように優れた能力があるだとかは判明していない。


 いっその事、ミトを呼んで一掃してもらった方が早いのでは?


 ふと浮かんだ疑問を、スティーは首を振って頭の中から消し去る。

 物騒だし、何よりそれはミトにも迷惑だ。シエラ曰く、彼女はスルトと愛を育みながら旅をしているらしいし、邪魔にもなる。

 かつてシエラに対して、恐怖を植え付けた時のような事をされては泣いてしまいそうだ。


 そそくさとギルド長より逃げるようにして向かったゴブリンの巣窟兼洞窟は、一つ目のゴブリンの巣から数粁程度離れた場所にあった。森に囲まれ、目立たない為見つけるのに少々苦労した。

 今度は無闇やたらと向かうことはせず、スティーは冷静に探知魔法を行った。

 数の規模は先刻のゴブリンの巣よりかは小さいが、探知した個体の魔力の大きさなどから、少数精鋭である事が伺えた。人間に少数精鋭部隊があるように、魔物にも少数精鋭部隊があるのか……だがこれは、冒険者たちが面倒臭がり放っていた事でそれぞれの集団でそれぞれの在り方が構成されたのだろう。


「数は少ないです。ですが、個体の強度は大きいようですね」

「なるほどね。他には?」

「洞窟の大きさの規模自体はそこまでです。入って二百米も歩けば奥に着きます」

「了解。今度は私が行く」

「わかりました」


 シエラの返答に、スティーは頷いて答えた。

 シエラがゴブリンたちを一掃している間は、周囲の警戒に徹する。ここらに居る魔物はゴブリンだけではない事を意識しなければならない。

 先程、突き返された片手剣は使わない――やっぱり、自分はまだ剣は使うべきじゃない。

 正直に言うと、剣術など一目見ただけで、習った訳ではないからまともに使えない。先刻のはがむしゃらに振り回していただけ……今思うと赤っ恥というか情けないと言うか……ギルド長の言ってきた言葉が深く深く心に突き刺さる。


 反省を活かし、油断せず自棄にならず警戒をすること数十分程して、洞窟の中からシエラの声が聞こえてきた。


「スティー。終わった〜」


 息を切らした様子も無く、洞窟の中から出てきたシエラの手にはゴブリン・ジャンルの装飾品――ではなく、金属製の腕輪。

 聞けば、この洞窟の頭領はゴブリン・ジャンルではなくゴブリン・ガンディという高い膂力と高い知能を持つ上位種ゴブリンだったようだ。ゴブリンの種類は未知数――今この瞬間にも新しい種が生まれている可能性すらある。


(それを放っておくなんて……)


 ディトストルの冒険者は本当に適当過ぎる。


「ねー。ゴブリンの遺伝子変異を甘く見すぎだよね」


 シエラに思考を読まれた。


「表情に出てました?」

「うん」


 ギルドでは表情に出さないようにしたい。


 二つ目のゴブリンの素の処理はシエラの手によってあっさりと終わり、次は三つ目へと向かう。ここからは少し遠く、結構な距離を歩くことになるが、そこはどうでもいいとして、スティーは嫌な視線を感じていた。


「気付いてますか?」

「んー?」


 スティーが目配せをしながらシエラへ問うと、シエラは小首を傾げながら「何のこと?」とスティーへ問い返す。

 彼女は視線に敏感な方では無いのか、この舐め回すような視線にも気付いていないようだった。

 仮に男性冒険者だったとして、そして襲い掛かってくるとして、それは返り討ちにして追い返せば良いだけなのだが、この視線から察するに彼らは自分たちを観察している(・・・・・・)


「シエラ様、速度を上げましょう。それに、森を伝っていくと不利です」

「え? 何が? えっえっ?」


 シエラの手を引いてスティーは走った。

 そしてなるべく見通しのいい場所へと出る。


「ここなら大丈夫なはずです」


 森から出る瞬間に聞こえてきた舌打ち。推測通り男性冒険者だろうか、人影の形も男性らしさが出ていたし、間違いはないだろう。


「もしかして、付けられてた?」

「そう――――みたいですね。多分、まだ女性であると疑われているかと」

「……なんてこったい」


 面倒臭いね、とシエラが嫌そうな顔をする。


「もう深夜二時ですし、一旦仮眠でも取りますか」


 スティーの提案に、シエラは「そうしよう!」と高揚した声で返事をする。

 すぐさま天幕を立て、広げ、内装も整える。用意した寝台にシエラが飛び込んで、きゃっきゃと喜ぶ彼女に近付き、地に正座をした。


「シエラ様」


 スティーの真面目な声音に、シエラは上体を上げて姿勢を正す。


「今日は……すみません。ミサさんには、依頼が終わって、事情を話して謝ることにします」


 シエラが返事を返すより先に、スティーが彼女の腹部に顔を埋める形で抱きつく。


「今日は……抱き合って寝ませんか?」


 シエラは答えない。

 だが、寝台に体を預ける音がして、了承されたと理解して、スティーは彼女と抱き合って寝ることにした。


「寝台を一つしか用意しなかったのは、こうしたかったってこと?」

「…………言わせないでくださいよ」

「聞きたいなー」

「……御無沙汰だったので」

「数日だけじゃん」

「その数日でも、辛いんですよ」

「…………そうだね。実は私も辛かった。我慢してた」


 森の中に男性冒険者がいるであろうことは、今は忘れて、外套は着たままだけれども、一部触れている肌の暖かみに、今は集中した。


 ――翌日の朝、三つ目のゴブリンの巣に向かったが、もぬけの殻だった。二つ目のゴブリンの巣とは違い、開けた場所にぽっかりと空いた洞穴に巣として生活していたようだ。


 中の状態を見てみたが、体液が漏れ出たのであろう染みが地面に広がっており、白骨化したゴブリンの亡骸がそこらに転がっていたのを発見。

 奥の牢には人間らしきものの白骨化した遺体がある。骨盤の形状からして女性。

 シエラの推測曰く、人間の女性を捕らえた後、ゴブリン同士で諍いがあったとされる。牢の近くには至る所で骨にヒビの入ったゴブリンの亡骸――装飾品が鎖骨にぶら下がっているのを見るにゴブリン・ジャンル。真っ先に殺されたのだろう。

 内乱により、自滅。人間の社会でも起きることだが、どうやら魔物にも当てはまる事象のようだ。


「とすると、必ず生き残りが居るのでは?」

「牢の入口に頭を向けてうつ伏せになっているのがそうだろうね」


 生き残ったは良いものの、致命傷を負い、弱って死んだのだと推測される。

 なら女性は何故逃げなかったのか。逃げる程の体力が残っていなかったから、というのが解答。こちらの白骨化した遺体にも骨折した箇所が十数箇所。酷く乱暴されたらしい。


 「次に行こうか」


 スティーがはいと言って、シエラに付いていく。

 四つ目のゴブリンの巣までの距離はそう遠くない。

 早く終わらせて帰るべく、歩く速度を上げた。


* * * 


「お久し振りです。ミドルさん」


 通信具を手に、ギルド長ハングが声を出す。

 がらりとしたギルド内部にその声が響く。だが誰もその話の内容を聞く者は居ない。


『なんだよ。何で野郎の目覚まし通信なんて味合わねえといけねんだ』

「そういう意味なんてありませんよ。女関連の話ですよ」

『――――ほう。ほうほうほう』


 通信の向こう側、ミドルが興味を示した声でハングに続きを言わせた。


『前置きは良い。迅速連絡』

「お裾分け、忘れないでくださいよ?」

『分かってるって。早く言え』


 少し間を開ける。焦らすなとミドルが急かす。


「人数は二人。外套を身に纏った男――――」

『ふざけんな。じゃあな』

「と、最初は思っていました」


 通信を切られる瞬間に、ハングが待ったを掛けるように続きを話す。


「しかしですねえ。何か仕草が女っぽいんですよ……喋り方も。本人は姉妹に囲まれ育ったからとか抜かすんですけどね……少しだけ、少しだけ女の匂いがするんですわ」

『香水使ってんじゃねえのか?』

「……指摘したら、片方焦った素振りを見せてたんですよねぇ……慌てて依頼遂行に行きましたけど。一人、監視の冒険者を送りました」

『その依頼って?』

「ゴブリン退治です。今、ジャベル断層のゴブリンの巣に向かってるらしいですわ」

『信用するにはもうちょい欲しいなァ』


 欲張りだな、とハングは思いつつ目を細めて笑い、続ける。


「野宿跡から見つけましたよ。白金色の長い髪――付けさせた獣人の冒険者が言うには髪からは女の匂いがしたそうな」


 ゴブリンの変異種に関してですが、図鑑が作られる程多いです。毎年、新刊が出たりしてます。それくらい変異しやすい魔物なんですね。

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