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元人形少女は神様と行く!  作者: 餠丸
2章〜強欲〜
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3rd.小鬼の衆


 ディトストルは、男達の欲望が辺りで渦巻く国であると国民の誰か一人がひっそりと呟く。だからこそ、ディトストルの全ての街で建物外にて女性の姿は全くと言っていいほど見られないと情報誌には記されていた。

 

 今日、そのディトストルに到着した。

 馬車での入国――御者より「アンタら、頭に覆いを被ってから街を歩け」と忠告をもらい、シエラにより創られた性別を誤認させる黒色の外套を纏って外に出る。

 入国してすぐに入る街はベレスフという名前の街。辺りから甘い香りがする上、煙草の臭いにも溢れ、少し遠い場所から男の怒鳴り声が聞こえてくる。

 怪しい街という印象をまず第一に感じた。


「サラ……」


 スティーの隣、ミサが呟く。

 

「大丈夫。私たちが助けるから」


 シエラがミサに対して励ましの言葉を送った。肩をぽんと叩いて、ニコリと笑う。

 そんなシエラに、ミサはぎこちなくも笑みを向けた。


「サラおねえちゃんが、ここに居るの?」

「そうだよ」


 ハンナが不安そうにしながらシエラに聞く。

 この街に来るまでの間に、ハンナはサラについてを沢山話していた。毎日よく遊んでくれていたことと、勉強を教えてくれたこと等、彼の女性はハンナにとっても掛替えのない人であることが伺える。

 これからは、テュワシーの時と違った動きをして依頼に望む。

 そう心の中で違うシエラだったが、不安要素が一つ。


 あの村での出来事――数日前の放火事件から少しスティーの様子がおかしいのだ。

 悩みがある感じだ。気持ちが高揚していない状態が数日と続いていると流石に心配になってくる――「大丈夫です。何でもありません」と彼女は言う。


(大丈夫かな……)


 テュワシーにて、イーサンに精神的に追い詰められた時、スティーには色々な場面で助けられた。励まして貰えた。頑張っていた。

 力になってあげたい。ミサもスティーの様子に気付いているみたいで、心配している。


「行きましょう」


 暗さの残る表情でスティーが前に進んでいく。

 その背中は小さい。テュワシーでは頼もしく見えた背中が、今となっては小さく見える。どことなくトボトボとした歩き方、シエラの心の中で心配な気持ちが大きくなっていく。

 多分だが、また「どうしたの?」ろ聞いたところで、大丈夫だとか何でもない、とかしか返事として返って来ないだろう。


 ――あの火事。

 人の家が燃えるのを見て、奇麗だと思った事をミサが、ハンナが、シエラが知ったらどう思うだろう。きっと嫌いだろう――不快に思うに違いないとスティーは思い込んでいた。


 嫌われたく、ない。

 だからこの国での活動は、やるべきことをやるだけの活動に専念するのだ。

 露骨にそれを出すのも良くないとは思うけれど。


(シエラ様たちに嫌われるよりかは……マシですよね)


 そう思いながら、前に進む。

 

 このベレスフの街をよく言うなれば「賑やかな街」――辺りはガヤガヤと人の声に溢れている。その声の正体は娼館で客引きや娼婦が建物内で話をしているもの、そして娼婦が客と交わり発する嬌声といったもの。

 ハンナには教育が悪い、とシエラが耳当てを彼女に装着させているのを見れば自ずとどういう街なのかというのは分かる。

 一方でミサの方はというと、シエラの背中に付いてキョロキョロと辺りを見回して不安がっていた。


「こういう所に来たこと無いの?」


 シエラがミサに対して聞くと彼女は首を振った。


「ないないないないない怖い怖い」


 彼女はどうやら、そういった事に耐性が無いようだ。

 そうなのであれば、ジルとの性交はどうなんだと意見が出るだろうが、その時はその時で少し興味があったらしい。しかしジルのやり方というのが酷く、少しばかりの苦手意識を植え付けられた、と。

 曰く――痛かった。

 だからこそ、こういう場所は怖い場所であるのがミサの認識。


「ごめん」


 シエラの突然の謝罪に、ミサは両手を振って否定した。


「そ、そういうつもりで言ったわけでは……!」

「冗談冗談〜。分かってるよ。そういう場所に行かせようと思って来てないし、ミサのお友達のサラさんを助けに来た! そうでしょ?」

「はい!」

「うんうん! あー……そうだ。私が神だからといって畏まる必要は無いからね。私、たーくさん友達が欲しいの、対等で、毎日遊んで……お話出来たらいいなあ!」


 外套の影から眩しい笑顔を見せて言うシエラに、ミサはニコリと笑って「じゃあ、私も!」と言った。


「んふふ〜また新しい友達出来ちゃった。嬉しいなあ〜」


 シエラが高揚した声でそう話すのは、スティーがこちらを振り向き、興味を惹いてくれると嬉しいなという意味も込めて、だ。だが、その作戦は失敗だった。


(…………本当、どうしたんだろ)


 ――心配だった。依頼の中断も視野に入れて事を進めたほうが良いかとも考えたものの、そうなればスティーが責任を感じてしまうと、シエラは中断をやめた。


 この街に来て、まず始めにやった行動はギルドへの訪問だ。

 外観は石造りで、横幅は六米程で一般的な一軒屋にも見える。中に入ってみても、テュワシーと比べてしまえば、圧倒的に小さかった。


 少し面倒だが、スルト曰く移動型のギルドは各国に必ず滞在することを明確にして、最初に冒険者が受けたがらない、危険等数の高い依頼等を受理しなければならない――というのが自分たちのやるべきこと。

 ついでにミサとハンナの冒険者登録も行う事とし、二人共に『仁』に加入し、ミサからの依頼の書類も正式に作成した。


 ベレスフのギルドは建物も規模も小さいので、そこまで厄介な依頼は出てこないだろう。

 そう思っていたのだが、かなり面倒な依頼が舞い込んでくることになった。

 ベレスフで受理した依頼――『ゴブリン退治』。難易度は高難易度。

 ゴブリンは繁殖能力が高い。ゴブリンは他のどの動物との交配が可能で、よく他種の雌を攫い、そして(なぶ)る。基本的に、雄しか居ない魔物である。

 成体になるまでの期間は約二十日程。例外を除き、平均寿命は二年。体色は黒色が殆んどで、偶に焦茶色の個体も見られる。

 小鬼(ゴブリン)とは言うが、体高即ち身長は一米の小柄な個体から一米六十糎の個体まで様々だ。


 よく攫われるのは人間である。人間を攫うことが出来なければ人型の動物を狙う事が多く、人間以外の動物はあまり狙わないとよく勘違いする人間が多いみたいだが、実のところそうではない。

 ――人間の()を知ってしまった故に、人間の女性をよく襲うようになった。それが勘違いの原因の一つだろう。


「ミサは魔法とかって使える?」

「一応……」


 様子から見るに、実戦での魔法等の経験は少ないと見た。

 使える魔法を聞いてみると、界隈では『生活魔法』と表現され本来の使い道ではない、生活の役に立つ為使用される魔法ばかりの名称が上がった。

 例えば水を発生させる『水現(ウウィスル)』などの初歩的な魔法から、物と物を接着させる『物接(ウエス)』といった中級的な魔法等。実戦で使ったことが無いというので彼女を依頼に参加させることは出来ない。


「……ごめん」

「全然いいよ! 仕方ない仕方ない! こっちにはスティーも居るし、ゴブリンなんてちょちょいのちょーい!」


 役に立てないことで落ち込むミサの背中をぽんぽんと手のひらで叩きながら、シエラが慰める。

 その後、ミサとハンナには近くの宿で待機してもらうことになった。

 

「外に出る時は、その外套を忘れちゃダメだよ?」

「うん……」


 この街ベレスフは、治安がテュワシーほど良くは無く、悪い――平和な国と治安が同等であるという考えは捨てた方が良いとシエラは少しだけ厳しい事を言った。


* * * 


 ――ゴブリンは、夜行性である。

 その魔物が住み着く場所の大半は洞窟であり、ディトストルでゴブリンの生息数が多いのも、領地内で洞窟の数が他国より圧倒的に多いことが考えられる。

 ゴブリン種の種類は未だに未知数。

 寿命の短いゴブリンの中でも、偶に生まれる長寿のゴブリンの一例として、二十年の時を得てゴブリン・ファンドという種に変異を得る。繁殖能力が高い故、ゴブリン・ファンドや他の変異体になる可能性を秘めたゴブリンが生まれる数は必然的に高くなる。


 『ゴブリンは、夜行性である』――それは基本的な情報であり、昼行性のゴブリンが見られたという情報もある。昼にも女性が攫われたりする事件が存在するくらいだ。


「――だからこそ、昼夜関係なくゴブリン退治の依頼は迅速に行動すべきである……」

「それでもゴブリン退治の依頼を受理する冒険者が居ないのは、ゴブリンがそれ程冒険者にとってイヤな魔物だという事だよね。スティー、どう? 見える?」


 今の時間帯は夜――本来、夜行性のゴブリンが洞窟から出てくる時間帯だ。

 洞窟の場所はベレスフの入国門から出て六粁程度離れた所。一番街に近いため、今すぐにでも対処する必要がある――はずなのだが……。


「ゴブリンの数は結構多いです。夜行性のゴブリンが洞窟から続々と出てきてますね……百……いえ、二百は出てきてます。こんなのが一年以上放置されてるなんて……」

「いけないねえ……それでもディトストルの女性たちが攫われたりしなかったのは多分、勇者のおかげかな」

「勇者……治安を悪くしているはずでは?」

「それはそれ、これはこれ――勇者の中で許す許せないの線引があって、ゴブリンが女性を攫うのは見逃せないというのが理由だと思うな」


 多分、この国の勇者は女好きだ。

 シエラがそう言った時、声に気付かれてかゴブリン一匹がこちらを向いた。


「気付かれました。数匹こちらに向かってきます」


 一匹、仲間を呼びに洞窟へ戻るが、それを視力強化で見たシエラが行動に出る。


「『拒』」


 仲間を呼びに戻ったゴブリンの行動を阻害すると同時に、夜目の利くスティーが出た。

 洞窟の外に出ていたゴブリンの数を正確に言えば七匹。一匹目にまず、首と胴体を分かち、即死させた。


(速……)


 流石はイーサンと戦闘を繰り広げていただけはある。片手剣を自在に振り、ゴブリンの頸椎の硬さを感じさせない切断を見せ、あっという間にゴブリンの数は残り一匹となった。


「――! シエラ様、ゼバンドです!」


 ゴブリン・ゼバンド――長寿のゴブリンが戦闘特化に変異した個体。

 魔族に劣らぬ戦闘能力の高さを誇り、その腕には鉄製の棍棒を携えており、熟練の冒険者でさえ返り討ちにする事例がある程だ。


「ちょ――――」


 躊躇わず、スティーが外套を脱いだ。

 外套により隠されていた女性としての匂いがゴブリンの鼻腔内を刺激し、ゴブリン・ゼバンドが一気に興奮状態へと切り替わる。

 恐らくだが、ディトストル付近の洞窟に生息しているゴブリンは人間以外の動物と性交し、繁殖してきたのだろう――他の動物よりも強い、人間の女性特有の桃のような甘い香りを嗅いだ瞬間にゴブリン・ゼバンドが歓喜に震え、叫び出す。


『キェエエエァァァァァ!! ヒャッヒャッ!!』


 一般的な女性よりも遥かに女性としての匂いが濃密なスティーの匂いは、ゴブリンにとって天にも昇るような気分を感じたことだろう。

 周りにある仲間の死骸すら忘れ、怒りも忘れ、スティーの躰を堪能するべく棍棒を捨てて両手を伸ばす。

 対するスティーは、外套をゴブリン・ゼバンドの顔に目掛けて投げた。


『キエッ!?』


 視界が遮られ、仰天するゴブリンの胴体にスティーが剣を振った。


『ギッ――――――』


 大量の鮮血を溢れさせながら、ゴブリン・ゼバンドの上半身と下半身が分かれた。

 上半身からどろりと出てくる臓物にシエラが「うひゃー」と声を出している間に、スティーが援護を呼ぼうとしたゴブリンを討ち取る。


「洞窟外のゴブリン討伐完了です」

「うーん。まだだと思うなー」


 本当はもっと多い数のゴブリンが居るはず、とシエラが言う通り、スティーの後方二百米先にゴブリン数十体の軍団が見られた。

 全てのゴブリンが興奮状態につき、スティーが急いで外套を身に着ける。

 だが、その行動が逆にゴブリンの逆鱗に触れることになった。


 ゴブリンの表情が「騙したな」と語っていた。


「ここからは全力でやるよ!」

「はいっ! すみません!」

「切り替えていこっ」


 洞窟内に居たゴブリンまでもがスティー及びシエラとの戦闘に加わる。

 スティーの匂いが空気を漂い、洞窟内に吸い込まれていった事による結果である事を察してか、彼女は外套を脱いだことを後悔した。


「反省は(あと)!」

「はいっ」


 こうなったゴブリンが厄介なのを、熟練の冒険者ならば知っている――集団で襲い掛かるゴブリン。場合によっては国軍を派遣するほどの驚異的存在。

 新米冒険者がゴブリンに挑んで殺されるか犯されるかの被害に遭う被害の数は数え切れない。


「――『拒』」


 集団の動きの阻害。

 シエラの権能によるそれに、ゴブリンは学習出来ないまま混乱状態に至る。


「スティー!」


 体術に部があるスティーが前衛として突撃し、体力を消耗したスティーに対してシエラが『活』の権能を施し支援する。

 グンディーの特訓により、鍛え抜かれた膂力がゴブリンを蹴散らしていく。

 怒りによって冷静になれていないのか、統制が執れていないのが救いというもの。


(私が……私のせいで……危険な状態に……)


 数の暴力――ゴブリンの数や千を越える事に気付いた時、スティーは半ば自棄になっていた。


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