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元人形少女は神様と行く!  作者: 餠丸
2章〜強欲〜
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2nd.罪の意識


 約束をしたその日の夜に、ジルがミサの家を訪れるのが見えた。

 家の中からジルの怒鳴り声が聞こえる。ハンナが泣きながら「嫌い!」と叫ぶ声が聞こえてきて、シエラもスティーもミサが離婚を選んだ理由を正しく感じる。


「見てて」


 シエラがふと、スティーに対して言った。

 何を見るのか、とスティーは怪訝に思っていたが、暫くしてミサの家の中からジルの悲鳴が聞こえてきた。拷問でもされているのかと感じる程に大きなジルの悲鳴。スティーは仰天した顔付きでミサの家の玄関を叩いてから中へ入る。

 中の様子を見て、スティーは言葉を失った。


「それが、ゼバルの象徴画の恩恵――悪意あるものが、象徴画の装飾品を持つ者に触れると罰が下る」


 後から入ってきたシエラがゼバルの恩恵について語った。

 尻餅を突き、床にへたり込むミサにスティーが手を差し伸べて「大丈夫ですか?」と声を掛ける。対するミサは返事をしながら状況を説明した。


「ジルがあたしの手を引いた時、なんかジルの体からバチンって……」

「まあ……一回目(・・・)ならそうなるか……」


 シエラが意味深な事を呟きながら、痙攣するジルへと近付いていく。

 彼の状態はそこまで酷くはないとシエラは言うが、痺れが続いており言葉も話せるような状態ではないジルのコレ(・・)が酷くないとなると二回三回は一体どうなるのやら。

 ――スティーは冷や汗を掻いた。


「ジル君が少しでも反省して、改心すれば、罰は軽い。最終的に罰は無くなる」


 完全に改心がされた時に漸く、ミサに触れることが出来る。その人生に関わる事が出来る。


「ゼバルは、咎人に対して凄く厳しい神なんだ。弱者を蔑ろにする咎人は言わずもがな……原初十二神のスエより厳しい。好きな人に触れたいのなら、ジル君……自分を見なきゃね」


 頑張って。

 辛うじて声を出すジルの側で、シエラはそう言って家を出た。


 家を出た後に、シエラはスティーへ「もうこの村から出る準備をしよう」と持ち出した。


「今日出るということで良いですか?」

「うん。ミサはもう安心だろうし。他の女性たちもゼバルの象徴画の装飾品を渡したいところだけど……」

「けど?」

「あげた女性が、善人だとは言い切れない。ゼバルの象徴画は少し特別なんだ」


 ゼバルの象徴画の刻まれた装飾品――俗に『象徴画具』を持つ者が悪に墜ちた瞬間。見放され、そして罰を受ける。

 その罰は先程ジルが受けたものとは比較にならない程重く、最悪の場合死に至るという。

 それ程の代物をミサに渡した。つまり、シエラのミサに対する信用は限りなく大きいのだろう、とスティーは察した。


 神は、人の魂を見通せる。だがシエラは見通そうとしない。意識しない。

 だがそれはテュワシーにいた時のシエラだ――彼女は今変わろうとしている。ジルに対して言った「頑張って」は自分にも向けられていたのだろうか。


「そうですね」


 他の女性全員にあげるべきではないという言葉には、同感だ。


「ですが、もうすぐ暗くなり始めますし、明日出ましょう」

「でも、ミサとの依頼を早く……」

「ディトストルまでまだまだ距離があります。徹夜で移動は体に障ります」

「…………」


 唇を少し尖らせて、シエラは俯いた。

 どうやら彼女は納得がいっていないようで、今すぐにでも依頼を完遂したいらしい。


「スティー。私……敵は常に、こちらのやること成すことを先読みしてる。把握してると考えたほうが良いじゃないかなって思う」

「それは、そうかもしれません。ですが焦って徹夜で完遂しようとしても、成功率が下がるだけだと思います。シエラ様」

「…………うん。でも……」


 サラって人は今も、酷い目に遭っているかもしれない――シエラはスティーに言った。

 だが、スティーにはちゃんと根拠たる理由があったのだ。


「ジルさんは、きっと逆恨みの行動に出ます」

「!」


 ミサ、あるいは自分たちのどちらかがジルによる何かしらの行動の被害に遭う。

 スティーはミサの家を出る時に、ジルがミサとシエラに対して睨み付けているのを見ていた。罰を受けたのに関わらず、だ。


「一日……ジルさんの監視をしましょう」

「ごめん……気付かなかった」

「今夜、シエラ様はミサさんとハンナさんを気付かれないようにこっそりと外に連れ出して貰えますか?」

「分かった。ギルド長」

「照れるので、ギルド長はやめてください……」


* * * 


 ジルは、野宿をしている身だ。

 村での彼の行動は目に余り、村民たちからも疎まれ、それに対して本人は鈍感な故に気付かず、迷惑な行動を繰り返す。

 ミサに惚れた数年前――これからは自分と向き合い、娘さんを幸せにしますとミサの両親に土下座して、結婚まで有りつけた。


 女は、男の三歩後ろを付いてくるものだ。

 だが、働きたくないから、俺が気ままに暮らして飯を食えるくらいに稼いでほしい。三歩後ろを付いてきて、金を稼いで来るのが女の役目。

 

 俺は何も悪くない。

 あの二人。まるで俺が全て悪いみたいに言いやがって……許せねえ。

 魔術師だ、冒険者だか知らないが、急に割り込んできて邪魔までしやがる。

 ミサに触った時のアレはなんだ? 呪いか? 馬鹿げている。


 天幕の中で、ジルは頭を掻き毟りながらシエラとスティーに対して恨み辛みを述べ続ける。容姿が優れてなどいなければ、今頃は殺して埋めているところだ。


「そうだ……やけに美人だった……一度も見たことのないほど美人。ミサよりも奇麗な……」


 普段から下ばかりを見てきたせいで、あまり注目をしなかったが、ミサの家にて何かしらの術を受けた際に見た二人の相貌――見惚れてしまう程に奇麗な、物語から出てきているのでは無いかと見紛う……。

 チラリと見ただけなのに、脳裏に焼き付くような……。

 気付けば股間に手が伸びる。


「それ、本当かよ?」


 ――声が掛かった。

 天幕の外からだ。村では聞いたことのない声音――声だけだが、年は十代半ばくらいか? 青年くらいの声質。ジルは「誰だ」と声を張り、外に出る。

 足音もしなかった。気配もない。

 冒険者歴は零だが、人の気配ぐらいは察知できる。何せ引き籠もり生活の中で部屋の近くの廊下を通る両親の気配をいち早く察知する、という行為を二十数年繰り返したのだ。

 そんな自分が足音を聞き逃すなんて。


「誰だ!」


 そこに居た人物を目の当たりにして、ジルは目を見開く。

 攫い魔だ。黒髪に茶色い瞳の三白眼。歳は十八くらいに見える。


「お前――――」


 殴りかかろうとした。不敵な笑みを浮かべるその男に。

 だが、その男は軽くあしらうように避けた後、足払いをジルにした後で彼の天幕の中へと入っていった。


「っ……おい!」

「いいじゃねえか。男二人で話そうぜ? この前俺を見掛けたろ? その口止め料を払いに来たのと、今の話をちょいと聞かせて欲しいだけだ」

「サラちゃんをどこに――――」

「あおの女なら今ディトストルに居るぜ。飯も食わねえし、俺のことを怖がるしで酷えもんだ。それで――――幾ら欲しい? 口止め料」

「五百」

「ちゃっかりしてんなお前、裏切りに迅速でビビったわ……少しは躊躇するもんじゃねえのか?」


 迷うことすらなく、欲しい金額を提示したジルに男は一つ汗を掻いた。

 それでも『異収納』より提示された金額を取り出し、ジルの手の中へと差し出し、シエラとスティーのことについて聞いた。

 ついでにジルの悩みのタネについても相談に乗ると男は言う。

 その口車にジルは見事に乗せられた。情報を提供することに何の躊躇もなく、ペラペラとジルは喋った。普段、饒舌でも何でもないジルの下手な話を男は嫌がることなく聞き手に回り、ジルにとっては最高の話し相手だった。


「なるほどな」


 ミサの事も喋った。

 男に対して疑うこともせず、ジルは今迄の人生で一番喋ったかも知れない。とにかく話しやすかった。


「俺は欲しがりだ。何でも欲しい……それは金や酒や女だけに留まらねえ……他人の経験談でさえも、欲しいんだ」


 男はそう言った。


「他人の不幸は蜜の味って言うだろう? お前が経験した不幸は中々面白いな。あぁ、怒るなよ……お前だってムカつく奴が目の前で転けて怪我したら「ざまぁみろ」って思うだろうさ。俺のことをとやかく言うもんじゃない。面白い本を手に取って、人に読み聞かせてくれって言ってるようなもんだ。違うか?」


 それは、そうかも知れないとジルは納得した。

 目の前の男は、話すに困る所はない。寧ろ話していて心地の良い感じさえする。精神的な掌握術に長けているのか? まるで女を口説き落とすかのように、話してくる。


「アンタ、名前は何て言うんだ?」


 名前を聞いた。出会ってすぐに名前を聞きたくなるくらいに好感度を抱いたのは久し振りだった。


「ミドル。ミドル・ストラックだ」


 不敵な笑みを浮かべたまま、ミドルはジルに名乗った。

 名乗った後に、今度はミドルがジルに話をし始める。

 最初はなんてことのない世間話から。最近あった面白いことだとかの雑談で、これが中々面白い。途中、完全に嘘話だろと指摘すれば「バレたか」と言って舌を出す。

 

 ジルは――――完全にミドルの話術に嵌っていたのだ。


「本題に入ろう――――こんな質素な天幕から抜け出して、そして尚且つ、二人の美女とやらと繋がりたくはねえか?」


 ミドルの質問に、ジルは頷いて「出来るのか?」と聞いた。


「出来るか、じゃねえ。自分で掴むんだよ」

「ど、どうやって……」

「お前が離婚したって言う女のこと忘れるんだよ」

「……忘れられる訳……今でも好きなんだ」

「居なかった事にしようぜ? そんな女は世に居なかった。いや、居ない事にしよう」


 衝撃的なその言葉に、ジルは無意識に「どうやって?」と聞いていた。

 確かにミドルの言う通り、ミサが居ないということになれば自分はもうこれ以上、彼女に振り回される人生など送らずに済む。

 冷めた目つき、悪口、加えて娘の自分に対する印象の固定……もううんざりだ。


「燃やそう……何もかも」


 燃やす? ジルはポカンと口を開けてミドルの話の続きを聞いた。


「火っていうのは便利だ。思い出すらも消せる――――燃やし尽くす」

「つ、つまりそれって――――俺にあの家を放火しろって言ってるのか……?」

「当たり」

「そ、そんな事……」

「出来る」

「む、無理だ……」

「この前の女をパクる時、お前の女をチラッと見た。いい女だった」

「!」

「女が襲われるのは……それこそ体があるのが根本的な理由だ。肉体があるから、だろ?」


 極論だった。

 言っていることは確かにそうなのだが、極端過ぎる。ジルは俯いてミドルの話を聞き続ける。

 自分の女を襲われたくなきゃ、家ごと燃やして形すらもなくしてしまえば襲われない。


「せいぜい悩め…………そのミサって女は、お前が思う程いい女なのか?」


 天幕から出ると同時、ミドルはそうジルに言った。

 

 ミサがミドルに犯される所など想像したくもない。

 一目惚れしてからずっと――――

 

 考えた。

 『ミサって女は、お前が思う程いい女なのか?』とミドルが言った意味を考えてみれば、今までの記憶を振り返って悪い思い出しか無いように感じる。


「…………コケにしやがって……」


 下衣を脱ぐ。

 飽きるまでミサの卑猥な姿を想像して、全部出して、何とも思わなくなったらミドルの言っていたことが実行できるはずなのだ、と何故か浮かんだ発想で自慰に励む。

 自分でも何をやっているのか分からない――――頭がおかしくなっている自覚はあった。


 ――俺は何で今、こんなことしてんだ?

 何かが、頭の中を蝕んでいくような感じがする。


 ――何も、考えられない。

 ミドルの言う事が正しいのだという結論が、思考全てを染める。


 ――ミドルハ、タダシイ。

 

「はぁっ……はぁっ……!」


 ミサは、どうせ自分の方を見てくれない。

 他に好きな男が出来たら、そっちに行くんだろう。


「ミサ……ミサっ…………!」


 いい女だった。


 だけど死ね――――他の男のモノになるくらいなら。


 お前は俺だけのモノなんだ。


 だから死ね――――誰かのモノになる前に。


 燃やして、なくそう。

 

 一歩、一歩、踏み鳴らして、村に戻る、森を抜けて、村の一角、ミサの家。


 火打だと、証拠が残る、から、火の魔法で、ミサを家ごと、燃やす。


 布団に、二つ膨らみ、ミサと、ハンナは、寝てる。


「……ァ……ァイ……『火着(アヒリエ)』」


 ミサの家の端から燃え広がり始める。


「オイ! 何してんだお前!?」


 後ろから掛かる村の男の怒号すらも、今のジルの耳には入らない。

 ただただ呆然と、口の端から涎を垂らしながら真っ赤に燃えるミサの家を見ていた。


「起きろみんなァ!! 火事だ!! 火事だ――――――――」


 ジルを取り押さえて叫ぶ男の声に、村の家の明かりが順々に点いていく。


「は?」


 ジルの顔を見て、男が固まった。


「…………――――――お前……ジル……か?」


 オズ――ジルの父親。

 息子が、息子が元とは言え妻の家に放火を行った事実に、オズの目尻から涙が溢れ始める。何も言葉が出てこなかった。

 息子が犯罪者になった。

 ジルを掴んでいた手が離れ、自分の髪をくしゃりと掴む。


「どこで……? どこで育て方を……間違えた?」


* * * 


 ミサの横顔と、彼女の服を不安そうに掴むハンナの姿が、シエラの瞳に痛々しく映った。


「私の……家……」


 ミサの表情は暗い。

 未然に防げたはずの放火――シエラはミサに謝った。


「いいんです。私たちは無事だった……ありがとうございます」


 ジルが自分たちに逆恨みの表情を向けていた事に気付いたスティーの計らいにより、ミサとハンナは救われた。だが、それによって思い出の詰まった家を失う結果になったのは、いけない。

 ジルがミサの家に赴くだろうということまでは見通せていた。

ミサとハンナと同等の大きさの枕を布団で被せて、彼女たちがジルに襲われないようにする計画だったのが、こういう結果を生んだ。放火までは読めなかった。


「アイツが……ここまでするなんて……」

「…………おうち……」


 正気に戻らされ、ミサの家が燃え盛るのを見たジルの叫び声が夜の空に響く。

 彼が叫ぶように弁明するも、ミサの耳には入らない。


 「流石です」とスティーのミサとハンナの保護を褒める村人たち。

 対するスティーはミサの家を見る。


 いけない事だと分かっている。

 その考えは危険なのだと、自覚している。


 だが、思ってしまった。感じてしまった。


 燃え盛る炎が、目を奪われるくらい「奇麗」だと――――思ってしまった。


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