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元人形少女は神様と行く!  作者: 餠丸
1章~テュワシー~
39/60

34th.守るもの


 最初、サグラスが何を言っているのかわからなかった。

 裁判で負けた者が、上から物を言うにも限度があるのではないかとスルトが発言をする。裁判長の「静粛に」という言葉を遮り、怒りの声を上げた。


「もうミトさんは自由の身だ。勝ったら、とはどの口が言っているんだ! 国王であれど、神であれど、この場に置いては国民と同等の権利を持たされる! それに加えて、貴方はこの裁判で負けたんだ!!」


 スルトの言うことは尤もだ。

 サグラスは裁判に負けた――ミトを不当に逮捕し、そして勾留を続けさせようとする理由を話すべきなのだ。それなのにも拘らず話さないという選択肢は神と言えども許される我儘ではない。


「今すぐに理由を――――――」


 スルトの言葉が最後まで言われることはなかった。

 彼の言葉を遮ったのは、被告であるミト。片腕を上げて「大丈夫」と口にして、スルトがミトに対して慮る言葉を紡ぐより早く、サグラスへと答えを言う。


「いいですよ。サグラス様」


 サグラスとの決闘、対決を了承する言葉だった。

 それに対してのスルトは、ますます大丈夫かと心配する一方だ。彼女が最強の冒険者だったのは知っている――否、最近知った。だけども相手は万能に近い能力兼権能を持つ「神」だ。


(ミトさんがいくら強いって言っても、勝てる相手なのか? サグラス様は腐っても原初十二神――――普通の神とは数段異なる)


 神は、魔力の扱い方に関しては人間のそれよりも遥かに上だ。

 神には、権能と呼ばれる能力がある。それは使いようによれば司る事物とは全く関係のない物にまで影響を及ぼし、万能だと知っている。

 サグラスという神の戦闘能力が如何様かはわからない――勝てるのか?


(神を相手に…………勝つなんて)


 神には、幾度も会ったことがある。

 原初十二神よりも位の低い神でさえ、並大抵の強さではなかった。戦ったことはないけれど。

 心臓の鼓動がより一層強いものに変わる。


 スルトの心配そうな視線に気付いたミトが、奇麗な髪を揺らして振り向いた。

 そして、少しだけ微笑んだあとに彼女はスルトに「ありがとう。大丈夫」と優しく言った。


「――――――――――」


 頬に熱が集中する。顔が熱い――卓上の硝子花瓶に映る自分の顔が真っ赤なのを、スルトは急いで隠した。


(やっぱり…………好きだ)


 本来、弁護士の仕事というのは身内や親しい人物の弁護は出来ないようになっている。『ヴェルダー』はその限りではないという特権を乱用してまでこの裁判でミトの弁護を請け負ったのは、好意によるものだったとスルトも認める。否定できない。


「ま…………負けないでください……」


 それしか言えなかった。

 相手は神だけど、もし勝てる算段があるのなら全力で勝ちに行ってほしい。


「勝つよ。私は」

「え?」


 ミトによる勝利宣言に、スルトは驚いた。


「でも…………私の戦い方を見て、嫌いにならないでくれる?」


 首を降りながら振り向いた状態で言われた言葉に、スルトはますます顔が真っ赤になった。


「な、なりません……」


 答えの選択肢は、それ以外になかった。


* * *


 ――快晴。

 雲一つない真っ青な空が広がっている。その下で、戦闘服に身を包んだミトがその空を見上げ、歓声を浴びる――最強の冒険者という肩書を持っていたのがミトだと知った冒険者たちまでもがこの戦闘に注目していた。


 この決闘が行われているのは、裁判があった数日後――暫く使われていなかった闘技場の整備に時間が掛かったらしい。


「広い…………」


 いつかに剣闘士が相手を殺害してしまうという死亡事故があって以来使われていないこの闘技場で、今からサグラスとミトが闘う。

 サグラスは、まだ入場していない。


 黙って待つミトの姿に、一人の冒険者が固唾を飲んで拳を握った。


「正直、ミトさんのことはおっかねえと思っていたし、元冒険者っていうことは勿論知っていた…………」


 だが、辞めたと聞いていたからきっと冒険者という職業の辛さに耐え切れなかった事情があってのことだと思っていた。

 そもそも「最強の冒険者」が女性だったとは、驚きだ。男性であるという説が有力だったのに。

 有名な冒険者でも、自分よりも力の強い魔物と対峙すると恐怖するし、それで辞める冒険者も多いと聞く。


「俺が冒険者登録をした時に感じたあのおっかなさは、本物だったのか」


 その言葉が終わると同時、サグラスの入場を報せる喇叭ラッパが鳴った。

 盛大な音楽と、儀式用の銃から放たれる空砲の音が響く。

 ミトが入場してきた時は、あまり豪勢な音楽は流れていなかったのに、この扱いの差――――酷い、と観客席の一角に佇むスルトは握り拳を作った。

 ミトが入場した入場口とは逆の方向より、動きやすそうな淡い青色の戦闘服に身を包んだサグラスが入場する。


(サグラス様が勝つことを、当然だろうと思っているような――――そんな感じだ)


 だが、ミトは勝つと宣言していた。スルトはミトのことを信じる。


 最強に対するのは――――――――神。

 誰もがサグラスの勝利を信じて止まない。


 サグラスが位置に付いて十数秒の間の後、決闘試合開始の銅鑼が鳴る。


「神と戦うのは…………二度目です」


 試合開始の瞬間、ミトが言った。

 一度目は魔神――そこまで手強いわけではなかったと語る。

 『憤怒』の権能が自分の体に降りてきて、使えそうだと確信して、丁度人間たちが魔王と魔神に怯えて暮らしているみたいだから、権能を使いこなす練習がてら倒しに行って――倒した。


「…………私が小さい頃に、神様と戦うのは罰当たりだとお母さんは言ってました。お父さんも同じことを言っています――――でも、今回ばかりは「頑張れ」って言ってくれました」


 サグラスが構えを取る。それでもミトは立ったまま話し続ける。


「だから、魔神様と戦うのは避けようと立ち回っていたんです。でも、よく考えて「正当防衛なら良いでしょ」って思って戦った」


 ぴたりとサグラスの動きが止まった。


「サグラス様…………私、このテュワシーを出ます。もう一度、冒険者をやってみようと思います」

「させないよ」

「…………すみませんが、出ます。大丈夫です――手加減はします」


 ミトが動いた。

 ゆっくりと歩いている。何の真似だと観客の誰もが感じ、野次を飛ばしている中で、サグラスだけが警戒心をさらに強いものにする。


(僕には加護があるから武器の効果はないとみてきっと殴打で来る――――だけど魔力を全身に……)


 分析するサグラスに対し、ミトは一瞬で肉薄した。


「ッッ!?」


 急に恐ろしい速度で掛かってきたミトに、驚愕したサグラスは防御の姿勢を取りつつ、瞬時魔力を全身に巡らせる。


「ぶぇっ――――――!?」


 通常では考えられないほどの衝撃が体内に響いた。

 確かに、魔力を全身に巡らせ防御の態勢を取ったはず。サグラスはいつ殴られたかも気付かなかった。


(回復――――いや、ここは)


 地に手を当て、感情を移入させ、即興の使い魔を作り出す。


「お前たち…………僕を守れ」


 権能による力――――『感情』を地の砂に宿らせて守護欲を移入した。

 発生した砂の巨人に、ミトは目も向けない。


(――――――ぇ?)


 サグラスの後方に、いつの間にかミトが居る。

 巨人の動きを軽く往なし、反撃すらしない――完全に遊ばれている。


 ――――それからは一方的だった。

 観客の誰もが予想しなかった展開に唾を呑む。最強の冒険者の力を思い知った。

 サグラスの頭を掴み、巨人の攻撃をサグラスで防御し、投げ、殴り、壁に叩きつける。


(圧倒的に…………僕よりも強い……わかっていた……わかってた……僕がこうなる未来は見えていた)


 ありえない速度の攻撃に、ありえない速度での移動――まるでバースと戦っているかのようだった。


「――――ぁぁぁぁああああああああああああ!?」


 サグラスが顔を鷲掴みにされた瞬間に、絶叫が響く。


(熱い……!? 魔法を使った気配なんて無かったはず――――!?)

「…………降参、してくれませんか」

「嫌だっ……」


 ミトの掌にて感じる灼熱に耐えながらも、サグラスは断固として譲らない。


「どうして、ですか?」

「――――――君は……君はテュワシーの、抑止力なんだよ……君がこの国から出れば、この国は近辺の国に乗っ取られる可能性がある!!」

「…………それって」

「君がこの国にいることによってこの国は安全だった。近辺の国の王たちは、どうもこの国を欲しいらしく、軍隊を送りこむ意図を僕は感じてる……だから……だから……君にはこの国を出てほしくないんだ!!」


 明かされるその真意に、ミトは目を細めて「私を利用する気だったということですか?」と聞いた。

 サグラスの顔が蒼褪める。


 ――三十分。

 その時間の中で、サグラスは蹂躙の限りを尽くされていた。砂の巨人は時間稼ぎにすらならず、崩された。

 飛び行く意識の中でサグラスが理解したのは、灼熱とかした手のカラクリのみ――――単純なカラクリで、音速を超した速度で拳が放たれ、空気の摩擦による熱を帯びただけという単純なもの……最早敵わないことは明白。


(期待に応えられず……ゴメンよ。みんな)


 観客は皆、絶句していた。

 神がこうまで圧倒されるなど聞いたことがない。オマケにこの国の国王――先程、真意は耳に入れた。


「サグラス様…………」


 抵抗すら許されていないサグラスの状況に女性は口元を手で覆い、男性は下を見て見ないようにする。

 至る所からサグラスを応援する声が聞こえる。だがしかしミトを応援する者がいない現状にスルトだけが悲しい思いをしていた。

 今の被害者はミトなのに「神サグラスは国民を守る為に抑止力なる人物の出国を止めている」という解釈がされていた。


「私は……最強になりたかった訳じゃない……」 


 ミトが自分の気持ちを、ふと口にする。

 吐露する度に、サグラスに八つ当たりをするが如く攻撃を見舞う。


「家族を守る為……」


 自分には強くなるための才能があっただけ。


「全部……全部! 大事なものを守る為!」


 利用される為に強くなったわけではない。

 利用される毎日なんて、寧ろ御免だ。


「……すまない…………ミト……」


 サグラスの謝罪の言葉を聞き入れ、ミトの拳がピタリと止まる。

 「何が?」と聞くより先に、サグラスが口を開く。


「泣かせるつもりなんて……無かった…………」


 その言葉を聞いて、ミトはようやく自分の目尻から涙が零れていた事に気付く。腕で涙を拭い「なんで……?」と疑問を述べた。

 泣くつもりなど毛頭なかった。

 耳朶をたたくサグラスを応援する民衆の声――味方がいないのが悔しいから? いいや違う。そんなことで自分は泣いたりしない。そんなことで泣いたりなどは絶対、しないはずなのだ。


「サグラス様ー!!」


 ああ、また神サグラスが応援されている。私のことがそんなに嫌いなのか。 

 だけど、一人だけ――違った。

 赤毛を持った、顔だけ見れば絶世の美少女……だが、その実を言えば男――スルトだけは、しっかりと自分の方を見て、真剣な表情をしながら、こちらの勝利を望んでいたのだ。

 心の底から込み上げてくる喜びの感情からか、鼓動が早くなる。

 これは、勝たなきゃと思った。一刻も早く、あの人に感謝を伝えたいと思った。

 

「サグラス様……貴方がこの国のことを守りたいって思う気持ちは、わかります……」


 自分が今までやってきたことと同じだから。


「でも、私はもう貴方においそれと「お手伝いします」とは、言えないです」

 

 その言葉に、サグラスは顔を下に向けた。

 その口からは「君が居なければもう……」と小さく呟き、傷の痛みとはまた別のことで泣きそうな雰囲気だ。それほど、サグラスにとってこの国の人間は守りたいものであり、好きなものでもある。

 その気持ちを汲んで、ミトは「でも……」と続けた。


「この国が危ないなってなったら、呼んでください。駆けつけます……その契約だけは、結んでもいいです」


 この国には、家族がいる。

 父と母、そして昔からお世話になった村の人たち。

 その人々が他の国の人間の手で身に危険が迫るのは許せない。


「サグラス様……今までありがとうございました」

「――――…………参った。降参するよ」


 ――――試合終了の銅鑼が鳴った。


* * *


 ――告白の言葉が、紡がれた。

 街を見下ろせる高台の長椅子で二人が座っていて、女から、男へと。

 告白をしたのは、長身の女性――対するは美少女と見紛う男性。


「――――ぇ」


 緊張しているのか、長身の女性は指遊びを繰り返しており、頬を紅く染めて顔を俯かせていた。


「…………スルト、私は……貴方が好きです」


 ミトによる二度目の告白。

 一度目が聞こえなかったわけじゃなかった。はっきりと聞こえていた――衝撃的なあまり、理解を要するのに時間がかかっただけ。

 試合が終わって、慰労がてらスルトより喫茶店に行こうと誘って、向かう道の途中で高台を発見し、少し寄り道をしたいとミトが言い出した。長椅子に座って、数分の沈黙を破るように、告白が来たのだ。

 スルトの頬に、血液が集まり、赤くなる。

 本来、告白とは男がするべきなのではなかろうか――スルトはそう思っていた。

 少しほとぼりが冷めたときに、告白をしようと考えていたのに。


「お、俺もミトさんのことが……好きでした……」


 ここでハッキリ答えなくては男が廃ると過去が語り掛けてきて、スルトもそれに答えた。

 心臓の鼓動が早まる。


「それは……どういう「好き」? 私は、恋人になりたいって意味の、好き」

「同じです! 俺は……ミトさんとその、そういう、あの……勿論恋人になって、結婚して……って俺、何言ってるんですかね……ははは……」


 汗を流しながら、スルトが空気を換えようとした時、ミトがスルトの顔を見て言う。


「じゃあ…………私を抱きしめてくれる?」

「へェん!?」


 スルトの口から変な声が出た。

 だが、ここも男らしく――スルトは立ち上がり、ミトの前に立った。それに応じるように、ミトが両手を広げた。

 呼吸が荒くなるのを必死に我慢して、スルトはミトに体を寄せて、遂にはその胸の中へと飛び込むように、抱擁する。暖かい。ミトの強い鼓動を感じる。


「――――俺、ミトさんには……俺から告白をしたかったんです」

「そう、なんだ。ごめんね…………私、我慢できなかった」

「それは……どういう……?」

「……ねえ、スルトって呼んでいい?」

「もちろん、いいですよ」

「私のことも、ミトって呼んで?」


 少し、躊躇った。


「――わかりま……わかった。ミト」

「…………スルトが、私の味方を一生懸命してくれて、ご飯まで作ってくれて……ありがとう。……色々してもらって、それまででも受け付けで色んなお話とかしてくれて、それが重なって――気付いたら、凄く好きになってた」

「――――――――」

「フランがルドゥに向けてた気持ちって、こんなに強かったんだ…………」


 スルトの首筋に、ミトが顔を埋めた。


「み、ミト…………さん……?」

「さんは要らないよ」

「み、ミト…………」

「……良い匂いがする」

「ぬぁ……!?」


 抱き締める強さが、次第に強くなっていく。


「スルト――――――――――――――大好き」


 陽が沈み、空気が冷えるのとは逆に、その空間だけは、ぽかぽかと熱かった。

 実は、ミトさんは受付嬢してた時からスルト君に脈アリでした。「好き」という感情がハッキリしていなかっただけで。

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