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元人形少女は神様と行く!  作者: 餠丸
1章~テュワシー~
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33rd.涙と別れ


 メイの故郷は、テュワシーから北北東に少し進んだ所にある。

 彼女の外傷の治療がある程度終わって、精神的に付いた傷は故郷でしか治せないだろうという計らいでスルトがメイを故郷へと送った。

 そこに、馬車で向かう――馬車の荷台にはスティーとシエラの二人だけ。スルトも同行すると申し出ていたが、その同行を拒否したのはシエラだ。

 自分の責任だと言って、同行するのはスティーだけになった。責任を負うべきなのは自分だと言うスルトの声は決意を固めたシエラの耳には届かない。


「ご両親に、謝るべきは――私」


 巻き込んだのは自分だから。

 覚悟を決めた顔つきで、シエラは手に持った桃色の小さな巾着袋を見やる。その巾着袋に何が入っているのかはスティーも知らない。シエラが持っているときにあまり音がしないし、おそらく菓子類ではない。

 生ものは流石にないだろう。巾着袋に生ものを入れるなど聞いたことがない。

 だとすれば――見当はつく。だがスティーは何も言わなかった。


「郷土料理……サミヂでしたっけ。私も食べてみたいです」

「それが良い。美味しいから」


 静寂の続く雰囲気から脱するべく、スティーが話題を出した。

 御者からも「重苦しい雰囲気をなんとかしてくれ」という目線が配られる。


「メイさんの故郷は、村というには似つかわしくなく発展しているそうですね。生活水準も高いと聞きます」

「そうだね。メイちゃんから教えてもらった」

「奇麗な噴水があるそうで……着いたら観光をしませんか」

「…………やることを、やっときたいな」


 ダメだった。御者からの溜息が心にぐさりと刺さる――少しばかり失礼な御者だ。


「少し進んだ先と聞きましたが、結構時間が掛かるんですね……一時間走っていますが、まだ村の影すら見えません」


 そのスティーの言葉に、返答らしい返答はなかった。

 相当落ち込んでいるか、それか心の準備をしているのか。どちらにせよ、これからはシエラの好きにやらせるしかないと、スティーは黙ることにした。

 御者からの反応はよろしくないが、少しばかりの気持ちとして十万コルタを差し出してやれば満足そうな顔で我慢する――現金な御者だ。

 次に受ける依頼はどうするか。出来るだけ安全な依頼を受けたほうがいいだろう――愚痴ではないが、少しばかり長い期間を依頼に費やしてしまったから、また犬探しとか魔物討伐とか、一日二日で終わらせられる依頼にしよう。


 そんなことを考えているうちに、村の影が見える。

 二階建ての家々が並ぶ、村というより町と言う方がしっくりくる「ヘンス」という名の村だ。ここに、メイが居る。

 シエラの表情が、複雑な表情へと変わっていた――覚悟を決めたようで、少し不安の残る顔つき。


「大丈夫ですシエラ様。貴女の近くで見守っていますから……」


 シエラを安心させるつもりで放たれたスティーの言葉に、シエラは「ありがとう」と礼を言う。


「でも……一人でやりきるまでは……」

「はい、わかってます。邪魔なんてしませんから」


* * *


 とある家の玄関先で、シエラは立っていた。

 スルトの字で書かれたメイの家の住所と同じ場所――二階建ての大きな家だった。メイが育てていたのか美しい花が家の周りを飾り、そこには美しい蝶が蜜を吸いに留まる。


 深呼吸をするシエラを、十数メートル程離れた路地裏入り口からスティーが見る。

 メイの両親から何を言われても、全て受け入れるからスティーは何もしないでくれとシエラは言っていた。責められていようと、手は出さないでほしいというのが願い。

 準ずるつもり、だけどもやはり不安。危ないと思ったら出ますとは言った。

 シエラは、呼び金を鳴らした。軽い音が響く。

 暫くしてメイの母親らしき人物が玄関を開けて外に出る。


「はい。どなたでしょうか」


 優しそうで、声も容姿も奇麗な女性だった。

 腰まで美しく黒い髪を伸ばし、おっとりとした雰囲気の女性――身長はシエラとほぼ同じで、掃除でもしていたのか婦人服の袖を捲り、その手には雑巾が握られていた。


「こ、こんにちは……シエラ・アマディウスと申します」


 明らかに、シエラは緊張していた。


「お忙しい中、突然の訪問失礼します」

「あら、礼儀正しくどうも」


 シエラが頭を下げ、彼女の目の前にいるメイの母親も頭を下げる。


「きょ、今日は……あの、メイちゃ……メイさんのことで伺いに来ました」

「あぁ、そうでしたか。生憎、うちの娘は今療養中でして……何でも酷い目に遭ったとかで――――」

「わ、私のせいです!!」


 母親の声を遮り、シエラが声を張る。


「私は、メイさんと同じ教室の生徒でした。でもそれは冒険者としての依頼遂行中で……友達になって……それから……それから……依頼目標である人物に、依頼を悟られてしまい、娘さんを巻き込む形で終わってしまいました…………」


 シエラの声が震えていた。

 彼女の言い分を、メイの母親は黙って聞いていた。

 内心では――泣かないと決めていた。一番泣きたいのはメイと、その家族のはずだと思って自分は泣かないと決めていたのに、無理だった。


「本当に……本当にすみません…………娘さんを傷付けたのは私です……私の責任です……」


 持っていた巾着袋を、母親へと手渡す。


「め、メイさんに渡してください…………」


 そして、涙しながら頭を下げた。


「本当に、すみませんでした!!」


 巾着袋に入っていたのは――――これからの人生、沢山の幸せに囲まれながら生きてほしいと願って作った創造神の象徴画の刺繍が施されたお守り。

 それを見てメイの母親は驚いた表情を見せた。


「このお守り…………貴女……」

「メイさんに、どうか幸せに生きてほしいと、つ、伝えてください…………お願いします…………」


 俯いて地に涙をぽろぽろと落とすシエラに、メイの母親は態勢を低くする。

 そして、優しい声音で言った。


「伝えておきます、創造神様……貴女と出会えただけでも、娘は幸せだと思います。このお守りも、渡しておきます」


 嗚咽するシエラはその言葉を聞いた後、言葉もなく頷いて体の向きを変えた。


 もうメイとは会わない――つらい心情を持ったまま歩く。


「――――――――――シエラちゃん!!」


 シエラの背中に、家から出てきたメイが声を張った。

 それを聞いて、シエラの動きが止まる――――数秒後に走り出した。


「まっ、待って……! 私っ、シエラちゃんのせいだなんて思ってないからっ!」


 メイがシエラの背中を走って追う。

 その光景に、当事者ではないはずのスティーも涙が出ていた。

 これでもう終わりなのだと思ったとき、自然と涙が出ていたのだ。


「――――――ぅうううぅぅううぅう…………!!」


 シエラの口から声が漏れる。

 路地裏に逃げるようにして入り、隠れられる場所を探し出し、権能で音を消して隠れた。


「シエラちゃん…………」


 シエラの名を呼ぶメイの声が、今にも消え入りそうだった。


* * *


 ――ミトの拘束を最初に聞いたときは「何で?」と思った。

 そこについては隠しもしない。

 

 好きな女性が逮捕された――殺しで。

 あの後、傷付いたデュグロスの目撃情報がテュワシーのどこに行っても無かったのはミトが殺したからなのだと判明し、スルトは瞬時にミトの実力を悟った。

 テュワシーに世界最強の冒険者――『憤怒』の勇者がいることは小耳に挟んでいたし、知っていた。でもミトだったことはスルトも知らなかった。


「サグラス様。貴方は一体……どういう国を作ろうとしているんですか? これからテュワシーをどういう国にしたいんですか? 被害者が多数いる加害者の魔族を殺した――それはミトさんの身内が殺されて……」

「知っているとも」


 国の中央にある城――その王室大広間の奥の玉座に座るサグラスに、スルトは遠慮無しに意見を出す。


「このテュワシーでは死刑制度が撤廃されている。死刑制度のある国ではあのデュグロスの罪状は死刑に値する――俺が裁判の長を務めれば「こんな簡単に判決を出せる裁判など茶番だ」と思うくらいの鬼畜行動に反吐を出しながら、死刑命令を下します」

「うん」

「あのデュグロスを殺さずに捕まえたとする。すれば死刑制度のないこの国の刑務所であのデュグロスは毎日暖かいご飯を食べながらのうのうと過ごすわけだ――――遺族の気持ちはどこで考慮されているんです?」

「………………」


 スルトの問いに、サグラスの返答は沈黙のみだった。


「殺しを嫌いとする貴方は今、矛盾した行いをしているのは自分でも存じておりますか?」


 この大広間の兵の誰もが、サグラスの方に視線を向けた。

 あの神の真意はわからない。何か考えがあってのことだろう。だがその真意が語られていない。

 兵士の一人一人、実力を考慮しないとして、ミトと同じ境遇にあれば同じ行いをする。

 今だけは、神サグラスがわからない。


「意図を、教えてください」

「………………」

「沈黙ですか」


 やはりというべきか、サグラスは答えない。

 何か事情があるのは察することができる。だが、その事情を言ってくれない限りは納得ができない――恐らくだが「事情」はこの国の国王としての事情なのだろうが、言うに言い出せないものなのだろう。


「――――でしたら、サグラス様」

「?」

「裁判をしましょう」


 スルトのその言葉に、サグラスは口を開く。


「待ってくれ」

「弁護は……俺――――いえ、私が」

「…………っ」

「余裕で勝てます。勝つ自信があるのならこのまま裁判をしましょう」


 全ての国の法律を網羅し尽くし、あらゆる裁判に対応できる『ヴェルダー』――それがスルトの肩書。勝てるという確信のないサグラスは、来る苦しい表情を見せる

 いつまでも沈黙を続けるサグラスに、痺れを切らしたスルトは振り返って扉の方へと足を進め、裁判では正直に答えてほしいと言ってスルトは王室を出た。


「…………わかってくれ……スルト……」


 ミトが居なければ、この国は終わるんだ。

 その言葉は誰にも届かなかった。


* * *


 裁判の結果は――――――――サグラスの敗訴。

 それでもサグラスは正直に真意を明かさない。


「ミト、君が僕に対決で勝ったなら――――――君は無実だ。自由にするといい。今だけは国王として我儘を言わせておくれ」

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