30th.憤怒
――初めてメイを見た時、仲良くなりたいとそう思った。
たまに「レオの妹さん」などと呼ばれていて、本人は嫌がりながらも「あ……うん……そうだね」と否定しない。
教室の廊下側隅の席でいつも、大人しく本を読んで過ごしていた――たとえ嫌でも完全には否定しない彼女の第一印象は「優しい子」で、授業は真面目に受けているし、昼休みになれば学校の花壇で花に水をやるし、話をしたら楽しそうだなと思ったのだ。
花壇に咲いていた珍しい品種の花を踏みつける上の学年の先輩に対して「花が可哀想です。やめてください!」と強く出て、その時はその先輩も「うるせえな」と言いつつ退いたものの、次の日からいじめが始まったらしく、現場を見つけたのはいじめが始まって数日後。
注意された先輩の彼女からの陰湿ないじめ行為から始まり、出力が弱められているとはいえ先輩の取り巻き数人から電撃魔法を加えられたりと、見つけた時には激昂したものだ。
ボロボロのメイを庇いつつ「お前も喰らわせてやる」と電撃魔法をこちらに浴びせようとする先輩に何度も、創造した石で金的を喰らわせ、先輩の取り巻き及び彼女たちの頭を癖のある髪型にするなど代わりに仕返しをしてやった。それが彼女と距離を縮めるきっかけ――やり過ぎな気はしたけれど、メイの「ありがとうございます」という深い礼を聞いた時にはそんな気持ちは全くと言っていいほど消えていた気がする。
最初は「シエラ様」と呼んできていたけれど、ちゃん付けで呼ぶように矯正してからぐっと距離は縮まった。
一緒に花を見たり、中央街に出て一緒に買い物をしたり、贈り物の交換をしたり――本当に楽しかった。
親友として、ずっと仲良くやっていけたらな――そう思った。
テュワシーから出ることを彼女のご両親が許してくれるのなら、スティーと私とメイちゃんで、色んな経験をして旅を出来たら、いいな――――――
大粒の涙を散らして、眉を吊り上げて、自暴自棄にイーサンの顔や胸を弱弱しく殴る。拳を振りかぶる。
攻撃を受け続けるイーサンが動かないのはシエラの権能によるものではない。後方遥か向こう――誰かがイーサンの動きを封じていた。
痛くも痒くもないシエラの殴打――本当に「女」になったかのような拳を無視しながら、何とか動く首だけを魔力がする方向へとイーサンは向く。
身体強化魔法で視力を極限まで上げ、魔導杖をこちらに向ける少女らしき魔導士を確認した。距離にしておおよそ十数粁――その場所からここまでの距離を魔法を発動して、効果を持続させるその熟達ぶりは本当に恐ろしい。感嘆に値する。世界に一人二人居るかぐらいの魔導士だ。
(誰だよ……!? 真剣勝負に横槍入れるとか頭イカれてんのか? 体が少ししか動かせねえし……)
そこまで思考を巡らせたところで、気付く。
そもそも、自分のことを追っている人物が二人だけだと思っていいのか? 油虫一匹見つければ百匹居るというように、人間一人に対してその関係性は広い。先日殺した美女とその夫――知り合いにこんな人物がいるとは……鳥肌が立つ。
「敗北」――――脳裏に文字が浮かんだ。
(こんな所で終わる……? オレが……?)
――ふざけんな。
額に青筋を立て、イーサンは出来る限りの全力を尽くして体に力を入れた。魔法を強制的に解除する見込みで遠方にいる魔導士――スルトを睨む。
(…………この女神はもう敵じゃねえとして、あとはメスガキ一匹――――あぁ? 何してる、アイツ)
紛うことなき勝ちを見せてやる――――そう意気込み、一向に攻撃を仕掛けてこないスティーに視線を何とか移す。
そこで妙に感じたのは、これだけ隙だらけの姿を見せているというのに、攻撃を仕掛けてこないということ。普通は仕掛けてくるはずだ。野生の獣だって飛び付いてくる。警戒しているのか? いや違う――――何かしている。
スティーは――腕輪を額にかざしていた。
イーサンの視点からは、その行為が何の意味を成しているのかはわからない。先刻のように癒悪を回復しているのか? と思考を巡らすもそんな魔力は感じなかった。
(悔しい…………)
悔しさと、怒りに心を染めながら、スティーは腕輪を額に付ける。
付け焼刃の格闘技術で挑んでいい相手ではない――その後悔もある。
(でも、四の五の言っている場合では……ないですよね、バース様)
スティーの意識が、暗転した。
そして、彼女の顔つきが一転する。
それを見てイーサンは目を見開き、魔法が解除され動く体を瞬時スティーの下へ動かす。
(なんか……ヤベェ感じがする)
拳を振り、少女の顔面へ――――届かなかった。
気付けば少女の脛が目の前にあった。すぐにめり込んでくる脛の硬い感触、鼻を強打されたことによる強い痛み、体が後方に傾く、倒れる、否――――蹴り飛ばされた。
回転しながら、頭、足、そして背中と地面に打ち付けられ、呼吸が一時できなくなる。脳震盪が起こり、視界が揺れる。
「カッ――――――――」
何が起こったのかわからないまま、次の一撃がイーサンを襲う。
顔面を蹴り飛ばした後に、慣性を利用、回転して、舞撃――イーサンは圧倒されていた。
(な、なん――――――なんだコレ。洗練された動きだ)
今まで会った中で一番強い。
助かろうとして脳が思考処理の回転速度を上げ、イーサンには周りがゆっくりに見えた。
目の前には訓練器具――――ぶつかる。
ガシャンと大きな音を立てて、イーサンは器具の中へと突っ込んだ。
「――――――~~~~~~~~~~ッッ!?」
ようやく呼吸ができるようになって、イーサンは初めて声にならない苦悶の声を漏らした。
何が起きたのか分からない。まずは回復だと回復魔法を行使した。
その一方で、スティーの体を借りたバースが、シエラの下へ歩む。
蹲って、声を上げて泣く彼女の姿はバースの心に酷い痛みを与えた。教室で戦闘の音を聞いて、スティーの援助をと辛い心持の中で飛び出した矢先の現状――――歯を食いしばって。バースは声を掛けた。
「母さん」
膝を突き、姿勢を低くして「大丈夫か?」と声を掛けた。
大丈夫じゃない――わかっている。返事が無かろうと答えは知っている。それ以外の声掛けが見当たらなかったのだ。
心に傷を負った者は、本当に気難しい。何が正解なのか、考えるのも大変だ。
だから、そっと抱き締めた。
「終わったら、暫く休むんだ。宿を探すのはスティーに任せて、スティーの胸の中でゆっくり寝るんだ――――あとは、私がやるから……今はじっとしてよう? な? 母さんは頑張った、頑張ってる。ここは冷えるから、すぐ終わらせる」
胸の中――嗚咽を漏らすシエラからの答えはなかった。
異空間より毛布を取り出して、睡眠魔法でシエラを眠らせて、横にして、毛布をそっと掛ける。
「――――…………イーサン、だったか? 覚悟はしろよ。殺しはしねえが……全力で潰す」
毛布を掛け終えたところで、バースは器具の山から脱出したイーサンに放った。
そして、疾駆。
(『勁・闘神攻』)
雷の属性魔力により、空気中に電気が生じた後――スティーの体がブレたように見えた。
そして、気付いたら約二十米程の距離を一瞬で詰め、姿が見えたと思えば、イーサンの体の至る所に拳の跡が現れる。
遅れて、打撃の音が響く。まるで雷のような音だった。
気絶しかけて、イーサンは何とか踏み止まるも、次の一撃が来る。
止まらなかった。圧倒的な強さ、逃げ道が無い――――確実に獲るまで終わらない。
何とか防御の姿勢を取り、イーサンは多発された打撃のうち一発を利用して離脱、風の属性魔力をも駆使して退避。腫れた顔面を回復させ、見合う。
「!!」
視界が鮮明になった今、イーサンはスティーの姿を視界の中に捉え、驚愕した。
先程までのスティーとはうって変わって、全く隙のない立ち姿。どこから攻めていいかもわからない状態――イーサンは叫んだ。
「誰だテメェーーッッ!!?」
格好の悪い尋ね方、恰好でスティーに叫び、スティー兼バースは返事をした。
「名乗って何になる」
(口調も変わってる。二重人格ってやつか? いや……確か戦闘神バースの象徴画には多重人格疾患にも効果があったはずだ……じゃあ、誰かが体を乗っ取って――――――)
図書室で見た文献の内容を思い出しながら、スティーの変化を分析するイーサンは、そこで気付く。
腕輪には戦闘神バースの象徴画が埋め込まれている宝石、そしてそれを先程少女は額に付けていた。
「まさか……!? 嘘だろ…………」
「――――気付いたのか、お前。頭良いな」
その頭の良さを使って、何か世界に貢献していれば、また違った良き世が生まれていたかもしれないな――――そう呟きながら、バースが構える。
「待っ――――」
腹に一発拳が入る。
「何が?」
イーサンが吐血した。
しかし、殺さぬようにとバースが回復し、そしてまた殴るを繰り返す。
反撃の余地すら無かった。致命打になり得る攻撃を喰らい、死ぬと確信すると途端に回復された――嬲り殺しにするつもりだとイーサンは理解した。何とか逃げないと、という気持ちでいっぱいだった。死ぬことすら許されない。
(これが…………戦闘神バース……)
* * *
デュグロスの住まう里、その一角に建つ家にイーサンは生まれた。
その里が崇める神は戦闘神バース――――『回復』を司り、戦闘能力は神の中で随一。圧倒的な強さを誇ると両親から聞いた。
「イーサン」という名前には「強い男」という意味が込められているらしい。
その名前に恥じぬデュグロスになりなさい――そう両親から教わって育った。デュグロスの中でも魔法の才能に溢れ、そして地頭も良い。戦闘能力はデュグロスの中では並の方だったが、戦闘能力に関しては魔法の才能と地頭の良さで賄えた。
鍛えて鍛えて、鍛えぬいて、鍛錬して――――族長。
名前に恥じぬ権威を手に入れて、何でも許されたイーサンは、女も金も酒も全て手に入れて――人間の街に行って、女を犯しても腕っぷしで黙らせる生活を幾度か繰り返す。
――つまらん。
いつからか、強い者と戦いたいという欲望が生まれて、里を出る。
決闘して、勝った。
挑まれて、勝った。
女を犯し、激高したその恋人に勝って、女を奪う。
自分より強い奴も居た。挑んで、敗けそうになったら一旦離脱して、作戦を練り直して勝つ。
矜持が膨らむ。
視界に入れるだけでも「アレは戦ってはダメな奴だ」と思わせてくる人間を目にしたことがある。
――――いつか、戦って勝ってやる。
――戦闘神バースとどっちが強いんだろうなァ……
戦闘神バースとも、一戦やってみたい。戦闘神バースに勝ったら、戦って比べよう――――――
「――――――ぅぅぅぅぅうううううおおおおおおおオオオオッッ!!」
走馬灯らしきものが流れ込んできて、イーサンは血だらけのまま叫ぶ。
聴覚を潰すべく、耳元で出せるだけの大声で叫んだ。
「うるせえ」
対するバースは眉をピクリとも動かさず、イーサンの胸倉を掴んでは地に叩き付けた。
「カッ!?」
肺から空気という空気が強制的に排出される。
現状で出せる作戦の中のとっておきだったものが、こんなにも軽くいなされた。
逃げられない。敵わない。
(まっ…………敗けるっ…………生まれて初めて……!?)
殴打されながら、焦る。
意識が飛ぶ、回復して強制的に目を覚めさせられる――本当に強い。
(強ェ…………バースってこんなに強かったのかよ…………――――)
また意識が飛んだ。
(――――…………まただ。寝させる気がない)
休みがない。
魔法を行使しようとも、意識が途中で飛び、魔力を練られない。
イーサンは逃げ道を探した。もう勝ち負けだとか、どうでも良いという気持ちになっていた。
(待て――――手はある!!)
戦闘神バースに関する文献の一文――――「戦闘神バースは、生物の進化を促すことをも可能」
これだ――イーサンは意識が飛ぶ寸前に、漸く逃げ道を見つけた。
(遺伝子の奥底――――そこに命の属性魔力を注ぎ込めッッ!!)
デュグロスの変容能力の向上――――即ち進化を促す。一か八かの作戦。
「――――!」
バースが意識を飛ばした後、回復させた途端に、イーサンの姿形が変わった。
バースが初めて驚愕した表情を見せる。
イーサンが黒い狼に変容し、バースの拳が空を切る。
(隙が出来た――!!)
イーサンが煙幕魔法を放つ。
「逃さん」
「――――ぁあぁあああああああああああッッ!!」
ここで捕まれば地獄だ、とイーサンは雄叫びを上げた。
なんと無様な姿だろう、と内心自嘲する。
訓練場の出口に『勁』を用いてひた走る。
「………………」
バースの攻撃が止み、イーサンは怪訝に思うも止まらなかった。ただ逃げたい一心で出口に向かい、出た先、校庭に向かう。
メイの育てた花が踏みつけられる。初代校長の銅像が破壊され、その銅像があった場所をイーサンが通る。
「ハァッ…………!! ハッ……!!」
安堵する。
途中まで追いかけてきたであろうバースの姿――否、スティーの姿が後方へ後方へと遠退いていく。
先程踏み潰した花の方に視線を移し、回復。土ごと持ち去り、訓練場へと戻るのが見えた。
(俺の……作戦が、勝った…………!!)
気持ちが昂り、イーサンはまた調子に乗った。
「オオオオオオオオオォォ――――――――!!」
黒い狼の雄叫び――遠吠えが響いた。
* * *
――――遥か頭上。
場所は天界の大穴。一柱の女神が縁に立つ。
「…………」
その女神の姿は、幼い女の子のように見える――神威さえ纏っていなければ、誰も神だとは気づかないだろう。
足元にまで伸びた輝くように奇麗な銀の髪、そして長い前髪の隙間から見えるのは異様な黒い目隠し。服装は質素な作りだが、決して貧しいようには見えない。白色の上等な布で作られた上下一体型の女性用の服装。腰には目隠しと同じく黒色の皮帯、その皮帯には細い鎖が飾りのように飾られ、その先端には象徴画を象った銀の飾りがある。
彼女の名は――――チェイル。
『輪廻』を司る女神であり、原初十二神の一柱。
象徴画は、四角形が円環状に鎖のように連なりその中央には、輪廻を表す四本の直線を中心で交差させた円があるもの。
天界の人間たちは彼女のことをいつも、慈悲がないという。
人間が死亡後にどういう場所に行くのかを決めるのは彼女だ。どんな泣き落としにも眉一つ動かさず、口元は横文字一線のまま「希望の逆を行かせよう」と一蹴する。
神の中でも一番仕事に準ずる神――人間を裁くことになんの躊躇もないだとか、人間が嫌いなのだろうだとか、天使の間では陰口ばかりを言われている。
そんなチェイルが今、大穴に身を投じた。
――――降臨したのである。
* * *
場所は変わって、スティーとシエラ、今はいないシオンの部屋。
陽はすっかり落ちて空には満天の星空が広がっていた。それを窓から見ながら、スティーはすやすやと眠るシエラの横で俯いて泣いていた。
シエラのことを守れなかった悔しさと、それに通ずる不甲斐無さに悲しくなったのだ。
陶器に土と一緒に移動されてきたファルダンの花が、慰めるように揺れる。
「――――スティー、シエラ。居るか」
窓の外より、スルトの声がした。
急いで涙を拭い、スティーが窓を開ける。
「居ます。入ってください」
「良いのか? 女子寮だろう。男子禁制じゃ……」
「今は……私たち以外誰も居ませんから」
「……そうか」
窓を閉めて、しばらく待った後、スルトが寮室の中へと足を踏み入れる。
シオンの私物の一つを見て、若干の間を置いて、本題に入った。
「デュグロスの男を敢えて逃がす約束――――守ってくれてありがとう。シエラは……辛い思いをしたようだな」
「私ではなく、バース様がしてくれました」
私は何も出来なかった、スティーはそう言って自分を卑下した。
「自分を卑下するな。自分が何も出来なくて、悔しい気持ちからそう言うのも分かる――――だが、精一杯やってくれたんだろう? それでいい、矜持を持て、スティー」
お前が自信を失くせば、シエラも転けるぞ。とスルトは激励した。
スルトの言葉に、スティーは涙を一つ落とした。
「……魔力の質がかなり上がっている。付け焼刃とは言え、あのデュグロスとよく戦っていけたものだ。感心感心」
心の傷は、時間をかけてゆっくり埋めてくれ――スルトはそう言って部屋を後にする。
だが、その瞬間に学校全体に衝撃音が広がった。
「「!?」」
まさか、再びあのデュグロスが? とスルトが警戒し、外に出て、スティーも後に続いた。
場所は校庭――バースによって修復された銅像を巻き込んで、幼い少女の姿をした女神が瓦礫の真ん中に居た。
「降臨…………あまりしたことないから、場所を間違えた……」
琴を鳴らしたような美しく高い声がそう呟いて、二人の方を見た。
「…………そこの二人、母さんは、どこ?」
目隠しをしているのにも関わらず、こちらを向いて尋ねてくるチェイルに、二人は沈黙するしかなかった。
* * *
夜の街――暗い道をイーサンは歩いていた。
敗北したことの悔しさを噛み締めながら、再戦を望む。
デュグロスとして進化した能力を駆使し、めげずに今度は勝つ。
「覚えてやがれ……ッッ!!」
本来の姿に戻り、どこかでミランダと合流して、仕切りなおす――そう考えを巡らせたところで、近づいてくる足音にイーサンは振り向いた。
「……………………」
唾を呑んだ。
コツコツという石畳を踏む音だけで、その音の主がどれほどの人物なのかがわかる。
背中を冷たい何かが走る、鳥肌が立つ――――生物としての本能が「逆らってはいけない」と大音量で警鐘を鳴らしているのだ。塵箱の陰に隠れるようにして足音の主を見た。
(ア…………アイツ……見たことがある……)
初めて見た時は全身を鎧で包んでいた勇者――――「戦ってはダメだ」と瞬時に悟った人間。
なんでこんな所に? という疑問がまず先に来て、次に自分を狙っていると確信する。
闘気が、こっちを向いている――――陽炎のようにゆらゆらと空間が歪んだように見える。
(ヤバい!! 逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ――――――)
バースはまだ、回復してくれるだけの優しさがあった――――そう考えた時にはもう遅い。
確実に殺しに来てるその人物が既に目の前に来ていたのだ。
イーサンは尻餅を突いた。
「なん…………なぁっ!? なんっ……」
恐怖に震える、股に生温かいものを感じる――失禁した。言葉も出てこない。
――なあ、知ってるか? イーサン。世の中にはよォ……世界一強い勇者が居るんだってよ。
――俺より強いのか?
無論。天地がひっくり返ろうと覆らないほど、強い――――蹴り飛ばされて痛感した。
――戦闘神様より強いかは知らねえが……そこらの神より遥かに強いんだって。
デュグロスの里に帰りたい。
――何の勇者か知りたいか? 絶対に喧嘩売っちゃ駄目だぜ。何せ勇者になってすぐ、慣らしで魔王と魔神を二人相手にしながら、余裕で勝ったらしいからな。
ルーカス。俺は喧嘩を売ったらしい。
胸倉を掴まれて、持ち上げられる――身長も、自分より大きい。
この体の影の形――――女だ。
「ご…………ごめんなさぁぁぁあい…………ぁぁあああああああ――――――――――――」
――『憤怒』の勇者。
対峙するデュグロス――イーサンの頭がたった一つの拳で、弾け飛んだ。
下ろされた胴体がどちゃっと音を立てて落ちる。
「――――見過ごせない。僕は殺しを見過ごせないからね」
「…………わかってます」
「君を、刑罰に掛ける。『憤怒』の勇者――――ミト」
つおいよ




