28th.吠える
訓練場にて、魔法による爆発音と打撃音が響いた。
殴打、蹴り、そして魔法でのぶつかり合い――お互いの戦闘能力はやや男のほうが上、だがしかし少女は自らの膨大な魔力量を武器に回復魔法を余すことなく使用し、玉砕覚悟の攻撃を放ち続ける。
(危ねえ戦い方をしやがる……間合いを詰めようにも詰められねえ……)
少女の攻撃は怒りに満ち、すべての攻撃に殺気が込められていた。
撤回――彼女は傷すら負っていない。
(加護――――俺が殴っても傷すら負わねえのは此奴に加護があるからだ)
分が悪い――加護を持っている者は傷を負わないという有利性を盾として特攻してくる。
(一旦退避――――)
「行かせません」
回避行動に転じるも、イーサンの行く先々にスティーは魔法を放つ。
イーサンは舌打ちした。
雑な体術、雑な魔力の扱い方――優れた魔導士が唾を吐きそうな戦い方。普段のイーサンなら何ら苦労しない相手であるのにも関わらず苦戦している理由は、先の迷宮での二戦。
ヴィエラとアレンの二人、そしてレオ、グンディー、マリアの三人で幾つかの傷を受けた上に体力も消耗した。今年入った新参者の冒険者――初心者ごときが自分に敵わないと思っていたのが間違いだったのだ。今この状況では勝てない気さえする。
玉砕覚悟で挑んでくる人間ほど厄介なものはない――自爆特攻はこちら側の被害を少なからず多からず、負わしてくる。
(クソ……!)
負けてもいいという選択肢は、イーサンにはない――負けたことなど一度もない。
あの時も、あの時もあの時もあの時も――――――退避しただけだ。仕切り直しを決行しただけだ。
両の掌に雷の属性魔力を溜め、火の属性魔力で暴発させる。そしてそれをスティーに向けた。
「『暴雷』…………!!」
「!」
スティーがここで初めての退避行動を行った。
雷の属性魔力が放つ痺れの感覚を即座に感じ取り、どんな魔法が来るのかを察した――なるほど、確かに決闘を挑んでくるだけはある、とイーサンはスティーを過小評価していたことを反省する。
服すら焦げてない。加護持ちの人間の加護は衣服にまでその加護の影響を受けるとイーサンは過去聞いたことがあった――自分を睨む少女に汗を拭いながらも質問する。
「もう一人はどうしたよ!? 置いてきたのかァ!? 今頃迷子になっているだろうな!!」
「…………迷子にはなっていませんよ。教室にいます」
お喋りはこれ以上しないと言わんばかりにスティーが構えを取る。
「体術が御座なりじゃないか? それで俺に挑もうとしてんだから偉くなったもんだぜ!」
「そうですね。本で読んだだけ、グンディー先生からちょっと教えてもらっただけ――――それだけで結構です。実際、今貴方を消耗させてるのには間違いないので」
(クソガキがッッ…………!!)
精神的に、何かしらの耐性がある。
怒りによる玉砕覚悟の特攻に加え、精神的耐性――やり辛い。
対するスティーも、自分の戦闘能力に自信があるわけではなかった。
イーサンに言われた通り、自身の戦闘能力自体は御座なりで、付け焼刃で、戦闘慣れした冒険者などにはおそらく負けてしまう。今戦えているのは自分の魔力総量に物を言わせてガンガン体力の回復を持続的にやっているからだ。
怒られる。この戦闘を今の状況でやっていたら怒られるだろう――――「もっと戦略的に戦え」と。
回復魔法を使いながらの戦闘は、実は身体的負担が大きく、後から来る反動が大きい。その反動を回復する魔法をスティーは知らない――復帰方法を知らない者がそんな戦い方をしていれば、かならずツケていた分の見返りがすぐに来る。
「うっ…………!?」
猛烈な吐き気と頭痛――――スティーはその場で蹲る。
「――――…………ハッ……ハハハハ」
見返りに苦しむスティーを見て、イーサンは笑う。
回復魔法を使い過ぎることによる身体的異常「癒悪」と言う。
「癒悪」は高等学校生がよくなる身体的現象で、経験不足の生徒が頻繁に起こす。
「お前、まさか「回復魔法を 使いながら戦えば最強だとでも思ったのか? 不死身に憧れる学生とかはよく考えるぜ、そういう戦法――だが、それだけじゃ最強にはなれない。」
加護持ちの人間は外傷を負わないが、内部への被害は負うことをイーサンは知っている。
(臓器への打撲破壊を回復してんのかと思ったが…………なるほど、体力か……)
阿保だ、とイーサンは思った。
「癒悪は苦しいよな……俺もなったことがある。ガキの頃に同じような戦い方をして、癒悪った――俺があん時相手してたのが猪じゃなかったら敗けてた……お前が今相手してんのは俺だァ!!」
「グッ――――――!?」
蹴り飛ばす。
「俺にィ……ナメた戦法取りやがって……ガキィ……ッ」
二度三度殴り、髪を引っ張り後方に投げた。
器具が数多く置いてある場所に激突し、ガシャンと音を立ててスティーは癒悪と打撲の痛みに苦しんだ。
もう勝てない――器具の山の中でそう悟る。
腕輪に魔力を流し、少しばかり回復をしようとした時――イーサンが攻撃魔法を放つ。
頭痛と吐き気を何とか耐え、横に逃げるもイーサンの飛び蹴りが待ち構え、防御の姿勢を取る前に腹にその蹴りを受け――遂に吐く。胃の中がからだったからか、スティーの口からは唾液しか出てこなかったものの、その苦しみには耐えられず、地に付す。
「汚ねェなァ……」
辛辣にそう吐き捨てた。
此方の口車にスティーが乗ってこなければ、危なかったのは確かだ。その事実にも腹が立つ。
それ以上に腹が立つのは――――――
「『拒』――――――」
体が動くことを拒む。
(体が動かねえ…………)
手を動かそうにも動かない――目の前では腹の痛みと癒悪の苦しみに悶えながらスティーが立ち上がってくるというのに、イーサンの体は一向に動かず、スティーの攻撃魔法を受けた。
イーサンの身動きを封じたのはシエラだ。
「し……シエラ様……」
腕輪に魔力を流しながら、スティーは背後にいるシエラに声を掛ける。
「もう大丈夫ですか」――その意味も込めて。
彼女の表情は暗い、恐らくは今も辛い思いをその胸の中に背負っていることだろう。
まだ、教室で思いっきり泣いていて良い――――イーサンを倒すのはこっちでやる。そう視線で語る。
「が、頑張るから…………私も、頑張るよ…………」
「癒悪」を処置する為の回復魔法は結構難しいです。
でも大抵の冒険者は覚えてます。覚えてないと命取りなので。




