26th.巻込注意其の二
「精が出るな。俺たちに訳も言わずに出発したことは頂けなかったが……」
シエラとスティー、そして教頭であるアリアが飛び出した理由を知らないシエラたちの担任教師であるアルベンス・トーマスは腕を組みながら、ため息をつき、そう言った。
彼は過去に冒険者をやっていた身だ。勢いがあるのはよろしいことだが、それが死に直結することを忘れてはいけない――などと分かった風の口ぶりで言った。
そんな彼に対して、生徒たちの目は冷ややか。
「ゴブリンロード単体にビビッて逃げて辞めた奴がなんかイキッてら……」
アルベンスの後ろで生徒の誰かが辞職事情をバラす。
「バッ……!! ゴブリンロードはデカいんだぞ!! おまけにあっちは大槌を持っていたんだ。その大槌にはべっとりと血が……」
「でもゴブリンロード含めゴブリン種は複数体だと脅威ですけど、単体だと並の大人でも倒せるって聞きますよ~」
「ダッッッッッ」
「おいッ!! 今誰だダサいって言いかけて溜めてる奴!?」
まじかよ……という熟練冒険者の目が向けられているのに気付き、アルベンスが慌てて「いや違うんです」などと弁明を繰り返す。
「畜生ォ!! お前らのせいで信頼度減ったじゃないか!!」
苦し紛れの責任転嫁に、生徒たちはぶーぶーと野次を飛ばした。
そこで、それにしても――と同行者である冒険者が呟く。
「あぁ、いや話の腰を折って済まない。この迷宮の内部って意外と静かなんだな……俺がよく行く迷宮はこんなもんじゃない分、拍子抜けというかなんというか……」
「そりゃ、この生徒数ですよ? 魔物だってビビッて逃げていくでしょう――魔物からしたら、ゴブリンの大群が攻めてきたようなもんですよ」
「うーむ……しかしだな……」
冒険者――ドラフは唸る。
普段、彼が探索している迷宮はもっと攻撃的で、狡猾で、そして的確な状況下にて的確な魔物を生み出してくる迷宮――それと比べてこの迷宮といえば、静かで、魔物を数多く生み出してくるわけでもなく、なんのやる気も感じられないような……。
「なんというか、普通の炭鉱みたいな迷宮だな。鉱物に関しては豊富なんだろ? そこの壁の黒い部分なんて純度の高い鉄がちらちら見えてるし……俺含めドワーフが見れば「宝庫」って呼んでもいいくらいだ。さっきの腰抜け話を聞いたときは帰ろうかと思ったが、ありがとよ、連れてきてくれて」
その代わりと言ったら何だが、採れる鉱物は採れるだけ採らせてもらう――ドラフは豪快に笑って言った。
「はは……どうも……」
対して、アルベンスは口端を引きつらせながら笑う。
「腰抜け話」はさすがに言いすぎじゃあないですか? そんなことを思いながら、彼は笑う、否――泣きそうになった。
――駆け出し冒険者の時だよ? まだ、魔物だとか血だとかに慣れていなかった時の話さ。母親に止められていたけど、稼げるから冒険者になってみたくて、形から入って高価な装具まで買っちゃって……確かに腰抜けだったかもしれないけど、だって……喧嘩とかそういうの、正直苦手だったんだよ。正直に言って。
(トホホ……)
この迷宮は、平和って聞いたし、毎年ケガ人すら出ないし、今回も問題なく終わる――生徒たちは強い。
「ドラフさん。実はこの迷宮、五階層まで潜らないとそれなりに強い魔物は出てこないんですよ」
「なんだよお前、そういうことは早く言えよな」
「あはは……すみません。なので五階層までは生徒たちを別行動にさせるとかさせても別に……」
「あぁ……お前の言う通り、後ろの生徒たちは勝手に動いちゃってるな」
「えぇッ!?」
アルベンスが後ろに振り向くと、確かに生徒たちの数は減っており、戦闘能力に自信のない生徒たちだけが残っていた。
「まったくもう……」
二度目のため息。
アルベンスはドラフと鉱物採集と洒落込んだ。
* * *
「待ってろオトモダチ教室生徒たち諸君――――ブチかますぜ……」
魔族の変容が説かれた姿にて、もういらないと言わんばかりに義眼を投げ捨て、目の傷跡を怒りに歪ませてイーサンは嗤った。
あの教室の人間全員を殺せば、あの二人はどう壊れる? 自殺をするか? それとも自棄になって掛かってくるか? ――――楽しみだ。
教室の人間の顔は覚えている。というよりか大学校全体の生徒たちの顔をすべて覚えている。
静かになった学校を目の前にして、涙の筋を顔に作って泣く姿はどう滑稽に映るだろうか――――その後は他の関係者をどんどん殺していくか。
「俺は、最強だ。最高だ。誰にもナメられてねえ……まだ強くなれる――――俺は、世界一強くなれる……これからだぜ」
興奮する。
「オトモダチ……巻き込んじゃったねえ…………」
耳を澄ます――そう遠くない場所で生徒の声がした。
数は十数といったところ、足音と金属音からして武器を持っている。だが、大学校生徒の持っている武器などほとんどが刃をこぼしていたりと殺傷能力は薄い。たたき殺されることにのみ注意していれば良い――――いや、突きも。
だが、生徒たちは技量は低い。
「――敵じゃない♡」
疾走した。
迷宮の曲がりくねった道を素早く走り、生徒たちの笑い声がする方に向かう。声の主は「余裕」だの「簡単」だの「今日も平和」だのと油断してばかりで気が滅入る。
「おいおい……」
「!? なんだ!?」
いきなりアタリ。
この生徒の名前は確か、ロイン・カンバルといったはずだ。それなりの家柄で育った細身の平和ボケした坊ちゃん。
「この迷宮は平和でいいだろう……!?」
腕を振りかぶり、女性受けしそうな顔に拳を叩き込んだ。
「うぁっ……」
情けない声を漏らして、殴った後に痛みに悶えて蹲る。
「それじゃあよくねえよ。ロイン君……」
瞬時にロインの腰に佩いてあった短剣を抜く。
予想通り刃が潰されており、魔物と戦うことすら想定されていないことが伺え、いきなりの強襲に言葉すら出ない生徒たちに顔を向けて言い放つ。
「魔物が出たら、前と後ろにいる冒険者に倒してもらおうと思っていたのか? 甘い甘い。自分の身は、自分で守らねえとな少年少女諸君たち――――おっと、校長の人格付けを意識していると、どうも癖になるな」
「あ……あぁ…………こいつ……女子生徒を襲ってるっていう……俺の彼女を襲ったやつだッッ!!」
「こいつ? 言葉遣いをお母さんから習わなかったのか? いけねえだろ…………お仕置きだ。褒めておくとしたら――――お前の彼女の体はイイ体してたよ、具合も良かったよ。有難うワグナー君、セインさんと付き合ってくれて」
「うううぅぅぅうぅわああぁぁぁぁぁああああああ!! 糞ゆるさねええええええええええ!!」
「ハハハハハ!! 腰の回転が甘ぁい!!」
蹂躙が始まった――――数十秒と掛からず、そこに居た生徒十七人は地面に倒れ伏していた。
「どんどん潰してこう」
拳は赤く染まり、表情は恍惚の表情。
間を置かず、駆け出す。次の生徒を蹂躙するために――殺しはしない。精神的外傷を負わせ、シエラとスティーに「自分が巻き込んだ」という事実を植え付けさせ、心を病ませ、殺すための中間地点、手段、下準備。
今、自分は輝いている。
「俺は誰にも……止められねえ!!」
血文字を書き、去っていくをそれからも繰り返した。
そして――――――アレンとヴィエラが同行しているのが見えた瞬間。速度を上げた。
* * *
「早く治療しましょう!」
スティーが声を上げた。
その背中にはメイが。スティーの横では混乱状態に陥ったシエラがメイの名前を呼び、アリアに再三「落ち着いてください!」と諭され、それでもシエラは泣きそうな顔で親友の名前を呼ぶ。
このシエラの状態ではいけない。
早く迷宮を出た後に迅速な治療を行い――それでもメイはきっと怖い思いをしたという点で精神的外傷を負い、そこも適切な治療を図らねばいけない。
(それ以上に心配しなければならないのは――――)
この行為をした犯人――十中八九デュグロスの男は次の行動に移っている。
メイを発見した時、血文字は新しかった。自分たちが来る直前に足音に気づいて、別の通路から離脱したということになる。この迷宮の地図を予習した際、先ほどの場所の近くには多くの逃げ道があったのを覚えている。
今、精神状態が正常にあるのは――――スティーとアリア。
書いてあった「巻込注意」の文字がシエラの精神状態に大きな負荷を掛けていた。
「スティー、私、私……」
「シエラ様、大丈夫です。メイさんは息があります、生きてます、怪我の方は……」
最後の「大丈夫です」が中々出てこなかった。
メイの傷は深く、手には抵抗した際にできた傷もある。出血量からしてもかなり危険な状態――自分が使える回復魔法は使えるだけ使ったものの、完治させるには効果が薄くすぐに傷が開き出血が伴う。
(このままじゃ……メイさんは失血で……)
そこで、スティーは「いけない」と首を振った。
シエラが今精神的にも危ない状況下で、自分まで精神的に追い詰められていてはアリアに多大な負担を掛けてしまうし、何より彼女は戦闘にこそ才能はあるが支援のほうはからっきしだと聞いている。図書室で本を読み漁り、グンディーから戦闘などの教鞭をして貰っている自分が一番、しっかりしなくてはならない。
「とにかく、大丈夫ですから。大丈夫ですから落ち着いてくださいシエラ様!」
「私が……私が巻き込んだせいで…………」
――――もう、シエラは戦えないかもしれない。
彼の男は精神的な嫌がらせに関しても頭が切れる。シエラが堪えられない部分を的確に突いてきたことから、間違いはない。
「早く、一刻も早くこの迷宮から出ましょ――――――」
同じ教室の生徒たちの倒れた姿が、スティーの目に入った。
幸い、目線がメイの方に行っていたシエラは気づいていない――アリアがすかさず彼女に手で目隠しをした。
「!?」
これは――――酷い。
女子も、男子も全員暴力によって蹂躙されている。
壁にはメイの時と一緒で先ほどと同じ文章が血で綴られ、更に精神的に追い詰めようとしていることが明らかになった。
中にはスティーと仲の良かった人物もいる。
(仲が良かった人は、よりケガが酷い…………)
自然と、噛み締める力が強くなる。
涙腺が熱くなる。
「痛い……」と意識のある生徒の声が耳に入る。
――――こんなことをして心が痛まないのか? 何が楽しいのだろう。天の神様は見ていると、そう習わなかったのか?
いや、こんなことをするのだから、倫理などという言葉など持ち合わせていないはずだ。
「スティー? な、何があるの……? 大丈夫、大丈夫だから……教えて。もう……大丈夫……」
目を隠されたシエラがそう言った。
「嘘を、言わないでくださいシエラ様」
「嘘じゃないよ、本当だって…………」
「嘘です」
「嘘じゃない」
「嘘ですよ!!」
「!?」
「っ……すみません……だって、声が震えてるじゃないですか……察してるでしょうシエラ様。何があるか察してるはずです」
アリアは何も言わない――彼女は今でこそ自分の学の浅さを呪った。
励ます言葉が見当たらない。
「…………この迷宮は、五階層まで魔物の出現数は限りなく低いです」
だからこそ、励ますことを考えず、提案をした。
「外には、救護勤務を任されている冒険者が複数います。一度、メイさんを預けて街に帰させ、救護班と共に戻ってきましょう――稀なことが起こり、先程のメイさんの時のように魔物が近づくより早く……すぐに戻れば大丈夫なはずです」
「シエラ様も、外で待たせましょう……私は、平気ではないですが、平気です」
「わかりました。シエラ様、それでいいですか?」
「…………私も戻って、手伝う」
「相当数の人数の被害を見ても、平気で居られるのなら、手伝ってください。そうでなければ、幾分か精神の安定しているスティーさんと私で何とかします」
「――――スティー。平気なの?」
「……………………」
スティーは沈黙した。
言われてみれば、何故自分はこの状況下でシエラより平気でいられるのかが不思議でならない。
――――悔しい。怒っている。今すぐにでもデュグロスの男を倒して、殺してもやりたい。そう思ってもなんら変なことでもないはずなのに、精神が安定している。悲しさで涙が出そうでもある。
だが、シエラのように精神に異常をきたしていないのは何故? 思っているよりも平気だ。混乱しない。
「――――確かに、何故か平気です……何ででしょうか…………」
――――もしかして、人の心がない?
「気持ち……悪いですか?」
それ以上、何も考えられなかった――――――そのまま、二週間程が経過していた。
与太話ですが、この世界にも電車のような乗り物があります。飛行機もあります。
国によって、文化を重んじたり、発展を重んじたりで移動手段だとかが全然違う感じです。
それでも迷宮までの長い距離を歩かされるのは学生にはきついですよね。




