25th.巻込注意
「シエラ様、今日は雪が積もっていますよ。犬が喜び庭駆け回るくらいに積もってます」
シオンを起こさぬように、とひそひそ声でスティーがベッドで寝息を立てるシエラに声を掛けた。
体を揺らしてみるが、シエラは中々起きない。それどころか「あと五分……」と甘える。
スティーはというと、日課の朝の運動を終えて汗を浴場に手流してきたところだ。朝は確かに寒い、だが運動すれば自ずと温まってくる――というより休んでいればグンディーにどやされ、訓練の強度が格段に上がっていくばかりだ。もうそれは死んでしまう。
「アレンさんとヴィエラさんが雪の投げ合いをしてます。中々面白いですよ」
中々決着が付かず、観客も多数集まってきている。
「うるさいなあ……私は夜型…………」
シエラの小さな犯行――まるでスティーが母親でシエラが娘かのような状況だ。
「シオンさーん。外行きませんか?」
「…………――――一人で行きなさい。私は寝るわ……」
もうこれはだめだ、とスティーは諦める。
(まあ、でも昨日は確かに興が乗りすぎましたし……シオンさんからも怒られましたもんね……)
余談、アレンとヴィエラの雪合戦の決着――――ヴィエラの投げたカチコチの雪玉がアレンの愚息に直撃したことが決め手となり、ヴィエラの勝利。
* * *
今朝、雪が降ったことから分かるが季節は冬。
街中が真っ白になり、気温も零度を下回り生徒たちは寮の布団から中々出てこない。
学校は雪により休校――第一月、ニゲラの月だ。ちょうど昨日冬休みが終わったところである。しかしそれが休みになった。
『雪により休校。君たちの若々しい様子が見れなくて残念だよ……校長悲しい』
わざとらしい校長の演技放送が学校敷地内に響き渡る。
依頼の遂行状況に関しては、良好だ。校長がデュグロスであることと、アリア教頭の頑張りあって過去に被害を受けたからすれば女子生徒からの話も聞くことができた。あとは捕まえるだけというところで止まっている。
――――『暫く、学生生活を続けてほしい。そのデュグロスがいつ動くかはわからないが、こちらも準備で忙しく期間を頂きたい。よろしく頼む』
止まっている理由としては、スルトのその言伝によるもの。
透視魔法の対策がされた手紙に、シエラも感嘆の声を漏らすばかりだ。
学生生活をまだ続けていいなら、とシエラは喜ぶ。スティーからしてみても、シエラに親友と呼べる人物ができて嬉しい限りである上、スティーもグンディーとの交流や部活動も楽しいしでこのまま続けていきたい気持ちがある。
(このまま……学生生活が続けばいいな……)
天界で過ごしていた頃に読んだ物語の数々の中に、学校で過ごす主人公たちの物語があった。
友達と喧嘩するという経験は未だしたことがないが、同じような日々は送れている。
首飾りと腕輪を交互に見やりながら、スティーは天界で過ごしているであろうニゲラとバースに呟く。
「ニゲラ様……バース様……私、今すごく楽しいです。学校っていいですね」
どうせなら、依頼を遂行完了した後もこの学校に残り、友達と過ごしていたい。
「そういえばスティー。そろそろ迷宮探索実習っていうのがあるから、準備しておきなさい」
迷宮探索実習? と疑問を浮かべた表情をするスティーに、シオンは続けて説明する。
「毎年、冬になると冒険者志望の者、冒険者志望でない者も含めて都市外にある迷宮に行くの。ここから結構離れてるけど、歩いていくわ」
向かう際は、かなり日数を要するから野宿の準備をいまのうちにしておけ――そうシオンは続けて言った。
そして、購入しておくべき物品の一覧をノートに記し、破ってスティーに見せる。
「誰が誰と行くかっていうのはまだわからないけど、恐らく明後日頃に発表があるはずよ」
「え……シエラ様と別行動になるんでしょうか」
「大丈夫よ。担任教室はそこも考慮した編成をするらしいから、心配する必要はないわ」
ほっ、とスティーは胸を撫で下ろした。
だが、シオンは表情を変えて続けて話す。
「――――でもね、正直に話すと私は……そういうの、よくないと思っているの」
予想外の言葉に、スティーは「え?」と声を出した。
その表情は優しくもあり、厳しくもある真剣な表情。曰く、迷宮探索とは死と隣り合わせにある作業であると、仕事であると――そう語る。迷宮によっては出現する魔物の強さ――故に能力値の低い場所であったりする。無論、並みの人間の冒険者が足元ににすら及ばない能力を持つ魔物だって存在する。
「恋人と一緒に居たい。友達と一緒に探索したい――――大いに共感できるわ。私だってスルト様と探索できるとなったら嬉しいわ、はしゃいでしまう未来が想像つく」
――――脅威なのは魔物だけではない。
「分かる? スティー。冒険者って皆が皆善人じゃないの」
迷宮で死んだ冒険者の衣服を剥ぐ者、金品を亡骸より漁る者、女性冒険者を襲い、犯して殺し、魔物の被害に遭ったと見せるために死体を弄ぶ……他諸々。
一枚岩などでは決してない。同業者殺しなどザラだ。
「その髪飾りと首飾り、そして腕輪――――良からぬ冒険者が居れば必ず狙われるわ。それ一つだけで、国が幾つ買えるか分かる? 創造神様の象徴画の刻印がされた装飾品なんて私見たことない……」
だから、気を引き締めていくこと――ごくりと唾を呑むスティーの肩を掴んで、シオンは真剣になって忠告した。
「死と隣り合わせの経験は、避けるに越したことはないわ。でもその経験をする必要があるのなら――――しっかり勉強なさい、精進なさい、そして護ってあげなさい」
これは、経験談よ。シオンはそう言った。
デュグロスに襲われた――死ぬかと思った、犯されるかと思った、痛い目を見るところだった。
「私はもう、夜道を不用心に歩いたりはしない……スルト様に教えてもらったもの。勉強したわ……自分を守るために沢山の魔法も、苦手な体術――護身術を」
入念な安全管理を事前にやっておくこと。
「わ……わかりました」
「戦闘業務に就いている冒険者が護衛をするから、恐らくは安全だけれどね」
くすっと笑って、シオンはそう言った。
* * *
――――翌々日。
午前中の「迷宮探索説明」という授業の中で、迷宮探索についての説明と生徒の編成案内が行われた。
「シエラちゃん…………」
授業内での自由談。メイがシエラの席に来るなり落ち込んだ様子を見せていた。
メイの編成はシエラとは別、彼女は回復専門として遅れて迷宮に入る編成に組み込まれている。
「メイちゃぁぁぁぁぁあああん……気を付けるんだよ……安全地帯で合流してお話ししようね……」
「うん……!」
女神と少女の別れを惜しむ声が教室内に響き、生徒たちの笑いを誘い「んな大袈裟な……迷宮に行くまでにも話せるだろ」と担任からは言われてしまっていた。
迷宮の名前はスエズ迷宮と言い、出現する魔物の能力は中の下程だが、その数に加えて迷宮の深さが百層にまで亘り、規模は大きいほうになる――――だが、生徒たちが進むのは五階層までであり、きちんと編成のされた組で挑めば難なく突破が可能な迷宮だ
。この街を東に百二十粁程度離れた場所にあり、一週間と少し掛けて歩いて行く。体力向上の為であると理由づけてはいるが、それは表向きであり真意は「生徒たち全員を運ぶ手段がこの街にない」というのが正しい。
――怪我人を運び帰還するための馬車はある。
その迷宮にまず先頭で入るのは――――
「シエラ・アマディウス、スティー・アマディウスの二人だ。お前たちは優秀、要は旗本となる」
「「!」」
スティーとシエラは顔を見合わせた。
「だからと言って、生徒だけで行かせることはできない。護衛はアリア教頭が就くことになった! 気張れよ優秀生!!」
担任の激励が入る。
それに対し、シエラとスティーのによる元気の良い「はい!!」という返事が教室に響く。
シオン、ヴィエラ、アレン、レオが拍手を開始し、続けて教室内の生徒たち全員が二人に拍手を送った。
「来週――――出発する! 準備を怠るな!?」
――――スエズ迷宮までの道のりで、シエラとメイの仲の良さを校長が見ていた。
荷物の重さをも忘れて、にこやかに会話を楽しんでいる。
(楽しそうだなァ……さては、親友の立ち位置だな。最初に絡んでいたのはエロガキと両片思い拗らせ童貞と同処女だったはずだが――――いや、いじめを通して親密度が高まったってとこか)
使える。
校長――否。
デュグロスの男、イーサンはそう思った。
親しい間柄の友人が痛い目に遭ったらどうなるだろう。悔しいだろうし、悲しいだろう。女神の泣き顔はどんな感じだ? どんな神かは知らないが、あの黒髪の少女を人質に操れば、象徴画の加護だってもらえるはずだ。どんなに低位の神でも象徴画の恩恵はデカい。
(メイ……メイって言ったな)
シエラとメイが別行動の時間帯――――イーサンは行動に出た。
「――――――え、いいんですか? そんなことして……」
メイの疑問の声に、校長は張り付けた笑顔で、猫撫で声で、睦言かのような声音で言う。
「いいんだよ。あの教室でシエラさんが優秀であれたのは君との交流があったからと言っても過言じゃない」
だから、最前線で迷宮に入るシエラ、スティー、アリアよりも先に私と共に向かってしまおうじゃないか。
「でも……でも私、戦闘系の魔法はからっきしで……」
「私が魔物と戦うから問題はないと思うよ?」
――――驚かせたくはないか?
「喜びますかね……シエラちゃん。怒るかも……」
(優柔不断な女だな。ぱっとしねェ、オドオドしてて子鹿みてえだ子鹿
嫌いだぜ、とイーサンは内心吐き捨てる。
今すぐにでも殺したいくらいだ、とルドゥの護り切った女を陰に見た――よく思えば、髪色も似ている。
「チッ………………」
「!?」
「ああ、済まない。飴玉を舐めていてね」
思わず舌打ちが出てしまった。苦しい言い訳だったが、信じてもらえたらしい。
(しかも馬鹿、頭が悪い)
弱い上に、頭も悪いとなると救いようがないな、と内心イーサンは思った。
「わ、わかりました。シエラちゃんとも早くお話ししたいし……行きますっ! よろしくお願いします!」
ああ……疑うことを知らない――校長は静かに、にやりと笑っていた。
* * *
――迷宮の入り口は、魔物が外に出ないようにと豪華で大きな扉に閉ざされていた。
その大きな扉を開けるのは二体の石像だ、巨大な石像――高さ二十米に及ぶ体高の石像。
「神器…………」
「お、すぐに気付くとはやるねえスティー」
ニヤニヤとしながらスティーに言うシエラにスティーが言った。
「いえ……形は違いますけど、ニゲラ様の神殿の門と……その、雰囲気? が似てます」
「あーー……うん、正解。ニゲラの神殿の門も神器だよ、天界の天使や人間たちも殆ど知らないけど」
実は門に関しては自分が創ったの! とシエラは胸を張った。
「すごい…………」
――魔物は、脅威だ。
上位の冒険者となると、竜ですら倒してしまうが、街の一般人となるとそうもいかない。
そんな魔物が外に出ないよう、扉の開閉を司っているのが目の前に佇む石像である。
「でしょでしょ……?」
「はい、石像が」
「チクショーッッ!!」
「嘘です。シエラ様もすごいですよ!」
「やったー褒められたっ! メイちゃん私褒められ――――あれ? メイちゃんは?」
「準備に勤しんでいるのではないでしょうか」
「んー……それもそっか――――」
メイがいないことに気づいたシエラだったが、スティーの言葉に納得しようとした。
だが――――
「――――待って、スティー」
アリアの呼ぶ声が掛かる中、シエラが異変に気付いた。
――迷宮の開閉石像は、一日毎に開けられた回数というものが記録される。
本来は専用の神器を使ってその回数を確認するのだが、創造神であるシエラには神器を使わずともその回数というものを感じ取れる。
「この開閉石像――――一回使われてる」
「冒険者が先に入っていったのでは?」
「それはありません。今日は生徒たちが実習をするということで、冒険者たちには事前に休んでもらうことにしています」
スティーの疑問に対し、こちらに来たアリアが言った。
「嫌な予感がする――――」
「…………! 急ぎましょう」
アリアが合図を出し、開閉石像に開錠専用の神器が警備によって近付けられた。
轟音を放ちながら、石像が動く。
(早く!!)
創造神の思いに応え、石像の動きが機敏となる。
「お、おい……いつもこんなに早く動いたっけ……?」
急に機敏な動きを見せた石像に動揺する警備を差し置いて、シエラが走り出した。
「オイ!!」
警備の怒号すら無視して、シエラは焦りを孕んだ表情で迷宮の中を進んだ。
アリアとスティーはその行動に察し、間髪入れずに付いていく選択肢を取った。
(メイちゃんは回復専門の魔導士。よく考えたら準備するものなんて背嚢に入れる水分と携行食品と日用品だけ……授業に忘れ物すらしたことないメイちゃんが今日準備に忙しいなんてありえないし、いつもは近くにいて「頑張って」とか言ってくれる――――)
そんなメイが、先ほど見当たらなかった。
「シエラさん!! 異変に気付いたのはわかりました! 詳細お願いします!!」
「メイちゃんが見当たらない!! 石像は今日既に一回動いてる! それに――――」
校長の姿も見当たらなかった。
それが意味するところは――――――
「――――――――――ぁ」
もはや虫の息と化した、満身創痍のメイがシエラの目の前にいた。
奇麗な黒髪を激しく乱し、敗れた衣服からは殴打の痕が酷く刻まれ、魔道杖は折られ、魔物が喰らわんと近づくのが見えた。
「フッ――――!!」
真っ先に動いたのはスティーだった。
『勁』を用いて、尋常ならざるスピードで魔物を排除しに掛かる。
「シエラ様の大事な友達に触らないでください」
瞬殺の後、シエラに振り返る。
「シエラ様、早く回復魔法を――――」
振り返った先、シエラとアリアが壁を見ていることに気付き、スティーも見た。
『お前らのせい。巻込注意、お疲れ様』
メイの血による血文字にて、そう書かれていた。
与太話ですが、レオ君とメイちゃんは容姿というか髪型が被っていたりするので、教室内では「兄妹」なんて弄られているようです。
メイちゃんは内心、嫌がってます。髪を切りたいみたいですが、顔を見られるのも恥ずかしいみたいですね。
ではまた
 




