24th.師
――シエラが屋上にてサミヂをメイと一緒に食べている一方で、スティーはグンディーと一緒にいた。
内容に関してはいつもの戦力向上訓練――鍛え抜かれた男性冒険者でも音を上げる重さの鉄の重りを持ち上げ、グンディーの魔法を全力疾走で避ける。ひたすらに走る。
息は大きく荒れ、シエラと肩を並べるほどの美貌には汗と涎が。重りを地面に落とせばもっとキツイ罰がある――今持っている重りの倍の重さの重りを背負い腕立て伏せ百回。グンディー先生は鬼、天界に居る神々もこの訓練には音を上げるに違いない。
そんな訓練にスティーが必死になって付いて行く理由は――「強くなりたいから」。
あとは、グンディーは確かに厳しいが嫌いではないし、休日に共に買い物をしている時には食べ物を奢ってくれる上に、何より楽しい。どちらかというと、まあ好きなほうだ。
嫌われたくないし、強くもなりたい。だから付いていく。
「先生もァ……ゼェ……ゼェ……この訓練をしていたんですよねァ……ハァ……ハァ……」
訓練用魔法を撃ち込んでくるグンディーに、スティーが聞いた。
「余裕だなー」とグンディーは発しながら、答えた。
「こんなの死んでしまうだろ~。やらんやらん」
「チクショー!! これは抗議ですよ抗議! もしやこの象徴画の神器があるからとコレやってますなァ先生ェッ!?」
持っていた重りを地に落とし、汗だく涎塗れでグンディーに近付く。
「重りを落とすなァ!!」
訓練用魔法がスティーの顔面に撃ち込まれた。
余談だが――訓練用魔法とは単なる別名で、その魔法の名は『色当』。当たれば、その箇所に塗料が塗られたかのように色が付くというだけの魔法である。
回復魔法を自身に使うと色が消える為、訓練用魔法として戦闘訓練等に使われている。
「腕立てェ~千回ッ!!」
けらけらと笑いながら言うグンディーに、スティーは仰け反った状態から回復魔法で色を消し、起き上がり、グンディーにギンとした目つきで顔を向け、歩み寄る。
「お、おい……?」
グンディーが後退る。
それくらいスティーの顔がやばかった。この表情はやばい表情だと悟ったのだ。
冷や汗を流し、背を向けて走る――自分が鍛えたせいでスティーとの間の距離がどんどん縮まっていく。
「きぃぃぃいいえええええええええあああああああッッ!!」
「待て待て許せ、お前私のおかげでこんなにも強くなれただろ――――のァーーーーーーーーーーーーーーッッ!!」
真っ青な空の下で、グンディーの悲鳴が上がった。
* * *
地獄の訓練が終わった後、グンディーとスティーは街に出ていた。
訓練後には必ず、街に出て食事を摂る――毎日の習慣だ。でないと筋肉に栄養が行かず、思った通りに育ってくれない。グンディーの教えの一つ。
「今日は高いのを奢ってもらいますからね」
「しょうがない奴だな……」
「お仕置きしますよ」
「立場がほぼ逆転してしまったな……だが、まだお前の戦闘能力は乏しい。技量では負けてないからなっ」
「力でねじ伏せます。ぱわー、やー」
「ぱ……? なんだかわからんが、シエラも大変だな」
「シエラ様相手だと私じゃ足下に及びませんよ。あっ、このお店に入りましょう」
グンディーとの会話の中、スティーは手頃な店を見つけ、入っていく。
「牛肉、豚肉、鶏肉食べ放題」と書かれた看板。その下には「十瓩食べれば無料」と書かれた文字が。
「スティー。見たか」
「無料の概要ですか。でもこのお肉――――――」
スティーが何かを言おうとしたが、グンディーは言いたいことはわかると、その言葉を遮った。
「無理じゃない。お前の筋肉は――肉がたっぷり欲しいと叫んでないのか? 叫んでいるはずだ」
「えぇ……?」
「聞いてみろ」
スティーは、自分の左二の腕に耳を当てる。
「ニク、ホシイ」
スティーの耳元で、グンディーが裏声で囁いた。
「ぶっ」
スティーが耐え切れずに噴き出す。
「あっははははは! 先生何言ってるんですか!」
「む……」
「あーはいはい! わかりましたわかりました! 肉欲しがってます! 行きましょう」
「よし」
二人してお店へと入り、十瓩の肉へと挑戦が始まった。
「いらっしゃいませー!!」
店員の声が店内に響いた。
内装は簡素な造りで、肉の焼ける匂いと、肉に掛けるのであろうたれの芳醇な香りが充満していた。祖のにおいを嗅ぐだけでもお腹が空いてくるというもの、スティーの腹の虫が鳴り、グンディーも同じように腹の虫を鳴らす。お互い見合い「いけるな」と不敵な笑みを浮かべる。
だが、だがしかし――女性の小さな胃袋にはさすがに十瓩は入らない。しかも、肉だ。
消化速度は低く、そして重い、胃もたれ待ったなし――――グンディーは覚悟を決める。
「二人で食うか」
「そうですね」
そうはいっても一人五瓩――グンディーがこっそりとスティーの耳に囁いた。
「『勁』を使え」
「あの魔法って、そんな効果ありましたっけ」
「よく考えるんだスティー。胃袋とは筋肉だ――つまりは、『勁』で動かせる。臓器を動かすということは精密な魔力操作の訓練にもなる」
「危険ですよ」
「私はやるぞ……胃袋が限界に達した瞬間にやる」
「私は遠慮しておきます」
「逃げるのか?」
「逃げます。お腹を壊す予感がします――危険を冒して摂り、蛋白質を逃したくありません。予想しますよ先生、貴女は『勁』を発動させた後、腹を下し、そこの化粧室に駆け込むことになります」
そう言って、スティーは店員に「すみません。十瓩肉一つ! 挑戦します!」と声を張った。
後ろから他の客の歓声が上がる。
「まじかよ……」
「女だぜ……?」
「あの細っこい身体に入るわきゃねーぞオイ」
「あたしくらいの太さがないと食べきれないわよ~! お嬢さん!」
男性陣、そして恰幅の良い腹を見せつけながら言う女性に振り向いて、グンディーは唇を尖らせながら「やってやるぞ私はっ!」と意気込む。
そしてスティーに対し、しつこいくらいに『勁』の使用を勧めた。その度にスティーの呆れ混じりな「やりませんて」という言葉が繰り返された。
「ヘイお待ち! 嬢ちゃん二人頑張ってなァ!」
胡椒の香りと、肉の焼ける匂いが先ほど店に入った時よりもはるかに強い。当たり前だが。
かなり大きい――その大きさにグンディーは食器具を持ちながら戦慄し、固まっていた。
「結構早くにお肉来ましたね。さ、食べましょう先生」
戦慄して固まるグンディーの横で、目の前の肉の大きさに固まることなくスティーが手を付けた。
(美味しいです)
――スティーは、驚くべき程の健啖家である。
それに加え、グンディーの凄まじい訓練による飢餓状態が加わればこの肉の量など――恐れることなどない。
「待て! トーマスお前、細っこい女って言ったか!? 髪の色は!? 背丈はどれくらいだ!?」
店の奥から店長の声が響いた。
実はこの店、スティーに関しては初めてではない。シエラとともに何度か来たことがあり、小食のシエラがお腹一杯になっても食べ続け、毎回完食し切り店長を泣かせている。
店長がスティーの姿を目にするや否や、膝から崩れ落ちた。
「終わった……トーマス馬鹿野郎……お前この前も言ったろ……もうあの女にはこの肉を出すな、と」
「す、すいやせん……間違ってもう一つ多めに焼いちまったもんで……」
「それは本当の意味で馬鹿野郎だな……」
店長と店員の会話が店の隅でされる中、スティーは肉を食べ進める――尋常ならざるスピードで。
「先生、お肉食べないんですか?」
そして、スティーの言葉でグンディーが正気を取り戻す。
目の前にはものの数分で肉の五分の一が食されている――それを見るやグンディーは「よく頑張った。私に任せろ」と格好の言い台詞を吐き、食器具で一口の大きさに切り分け、口に運ぶ。
「旨い。旨いな!」
これはいける、無料の権利は頂いた――そう言い張るグンディーの頑張りは数分しか持たなかった。その横では黙々とスティーが肉を速度維持の状態で食べ進め、頑張りを見せると意気込みを吐いていたグンディーは一点を見つめ、満腹の様子だ。
だが、ここで諦める私ではないとグンディーは言っていた『勁』を遂に発動させた。
胃袋への発動、臓器の位置を確認し、雷の属性魔力を用いて胃の活動をより活発にする。
「お、成功――――――」
一見ならぬ、一感成功したと思ったのも束の間に、グンディーの腹部より「ぎゅるるるるるるる……」と嫌な音が発せられた。
「うぐぅっ――――――!?」
だから言ったのに、というスティーの目がグンディーの苦渋の表情に向けられる。
その一方で、スティーの食べ進める速度は変わらず、肉がどんどん減っていく。
「スティー……っ! すまん……!!」
「あっ、はい」
予想された展開、本来内臓に集中しては行わない魔法を内臓に行使した結果がこれだ。
また一つ、勉強になった――スティーはメモを取り出して「『勁』は臓器に行使するには技術と臓器の強靭さがいる」と記入。再び食事を開始した。この時点で十瓩の肉はほぼ半分をスティーのみに食されており、店長は青褪め、店員は戦慄するばかり――――グンディーはお手洗いにて奮闘中。
魔法も使わず、臓器の強靭さと、底なしの食欲を持つ少女――何よりスティーは神々の細胞を基にして作られた存在で、おまけに加護まで有すると来た。
さらに言えば食べた物すべてが生命活動のエネルギーとして使われるため神と同じく、一部を除き排泄及び老廃物の排出はなし。
そして、残りの量が全体の四分の一にまで減った。
「――――すみません。お米ありますか?」
肉だけだと飽きちゃいます、とでも言いたげなスティーに、他の客も戦慄していた。
先程、冗談を飛ばしていた恰幅の良い女性も口をぽかんと開けて何も言えなくなっている。
「えぇ……?」
「うそ……でしょ?」
シエラとこの店に来た際にも同じ反応をされていた。
正直、このメニューは「誰も十瓩なんて食べられまい」と赤字を解消するためだけに設定されたものだった。
「なんでこのメニュー続けているんすか、店長?」
店員の言うことは尤もだ。
「輸入先の事情で、消せない……」
正直、設定したことを後悔している――――店長はそう言った。
ただ、スティーという少女が間食するのを見届けるしかなかった。
* * *
――行ったことがあるなら、言ってくれ。とグンディーはスティーを恨むようにして睨む。
「お店に入る前に言おうとしたら、先生が遮ったんです。私は「食べたことあります」って言おうとしましたよ」
「なんだ。そうだったのか……むぅ……」
「お肉、全部戻しちゃったんですか?」
「いや、腸に『勁』を作用させただけで、戻してはいない」
貴重なたんぱく源は吐き出してなどいない――グンディーはドヤ顔で言った。
「次は『勁』を臓器に使うのは避けたほうがいいと思います……」
「そ、そうだな……お前の言うとおりだ」
じと……と見やるスティーに、グンディーは何も言えず笑みを消して落ち込んだ。
「それはそれとして、大食いに勝ったので明日の訓練は今日より優しめでお願いします」
ここぞとばかりにスティーがにやりとしてグンディーに言った。
「あぁ……断る。もうちょっと強めにする……」
スティー、白目を剥く。
ばたりと倒れ「もういや……」と空を仰いだ。
頑張ります。色々と。




