21st.最高の最期
ブックマークをまた一つ頂きました。
ブックマークというご期待に添えられるよう、頑張ってまいります!!
セラー家の屋敷、書斎にて――マックスの口から語られた事実に、シエラは驚きを隠せない。
『――――ある日、女学生が私の屋敷に入って来ましてね。彼女がこの情報を語ってくれました』
私を呪い殺してくれませんか――涙をボロボロと流しながら、夜中にその女学生は所々破れた服装に身を纏い。屋敷に入ってきた。
『呪い殺す術は私にはない……そう教えた時の、その女学生の表情は今でも忘れません』
何しろ、私が一番忘れたい表情でもありましたから、とマックスは言った。
――サレンを殴ってしまった時の、彼女の絶望した表情が、重なったのだと付け加える。
『呪い殺してくれ、と言う女学生のその心の内を、私は聞きました』
今より三年程前の話です――そうマックスは続けた。
強姦され、殺されそうになった所を逃げてきた――その日の女学生はそう明かした。紫色の髪、金色の瞳の男性に襲われて、好きな男が居たのに……純潔を散らしたのだと。
痛かった。男は「いずれ気持ちが良くなってくる」などと行為中に言ってくるが全然気持ちよくなど無かったと、女学生はマックスに心の内を明かす。
私は男性だけれども、怖くはないのかと聞けば「これからを生きるより、怖いものなど無い」と涙ながらに口に出す彼女。しんでしまった身として、自ら命を絶った身として「強く生きるべきだ」とは、当時マックスに言える言葉では無かった……。
センリ大学校の校長をやっている――デュグロスの男の詳細はその女学生に聞いた。
その女学生は勉強熱心だった――校長は見掛けこそあれだが、頭のキレはずば抜けている。魔法のこと、戦闘技術の事を何でも知っている――だから、勉強させてほしいと言った夜に、事が起こったのだと。
誰の目にも入らない路地裏に入り、最初は怪訝に思ったが魔導士は時に秘密の隠し部屋を持っていると聞く――女学生はその時、校長の事を何ら疑わなかった。
――『あの……校長先生……?』
――『クッ……ハハハ……勉強、勉強――』
普段は肥満体の身体が、細くなっていき、顔も変わったと言う。
変身魔法とは違った――変身魔法に比べて、変容の仕方に違和感が無い。シューゴスという魔物が、他の生物に変容する所を見た事があった女学生は、校長の種族が魔物であるのかと思ったものの、どう見ても違った。
シューゴスは、球体状で半透明の、不定形流動体的の生物魔物――どう見ても違う。
逃げる女学生を、素早い動きで捕まえ、服を裂き、そして、ゴブリンかのように嬲り犯した。
男の隙を狙って、腕を噛み、逃げ去ってきた。「殺す」という怒号を背中に浴びせられながら、嵐の日だった事も相まって、足音を消し、そして悲鳴さえも消していたその嵐の中――幽霊騒動のあるディアンス家の屋敷に、入った。
自分で死ぬのは、怖い――だからと言って、あの男に殺されるのも嫌だ。犯されながら殺されるなんて、地獄に行くよりも嫌だ――――――だから、呪い殺してくれ。
『——数晩程、泊らせました。お腹が空いたと彼女は言った。私は……「なら、もう家に帰って、ご飯を食べて、浴室で体を清めて寝なさい」としか、言えなかった……』
女学生が今も尚、生きていることを願う――マックスはそう言う。
「その女学生の名前は?」
『エリカ・モストワーナ。当時の年齢は十六……今は十九でしょうか。情報が少なく、申し訳ありません』
「いや……良いんだ。犯人が分かったのは、一番大きい」
「でも、シエラ様。センリ大学校の校長先生は、両目共に健在でした。身体に傷なども見当たりませんでしたが……」
「化粧だよ。失った目は義眼だ――それも、義眼だと気付かれないように、意識に乗じて動くよう設計された魔道具……男が化粧をするのは珍しくないけど、怪しむべきだった」
握り拳を作りながら、シエラは自身の至らなさを悔いた。
彼女はよくやっていた、ちゃんと考えていた。デュグロスの変容能力を活かして、切れる頭を最大限活かして、自分の欲求を、誰にも気づかれる事なく発散する。
しかし、女学生は何故、逃げ出したというのに、告発をしないのか――スティーが呟くも、シエラが答えた。
「十六の女の子が、そんな目に遭って社会復帰するのに、相当な時間と処置が必要。簡単に言っちゃダメだ」
「す、すみません……」
シエラの指摘に、スティーはしゅんとしながらも謝った。
「でも……これで、この依頼を終わらせることが出来る――スルトに報告だ」
そうですね、とスティーは表情を変えて言った。
** *
セラー家の屋敷、庭の中心。
セルカが泣く姿を、マックスは初めて見た。
息子の死――あまり笑顔を彼にも見せなかったセルカだが、心の内では彼が必死に働いて苦労をさせまいと頑張っていたことなどを耳にした時は、ちゃんと嬉しかったのだと、彼女は明かした。
母として、息子に先立たれるのは辛い――最初の息子。自分の為に貴族に昇格した誇り高い息子。
『済まない。母さん……』
表情の乏しい母、その美貌を歪ませて、ぼろぼろと涙を流す姿に、マックスは自分で死を選んだことを後悔した。
もう一度やり直して、過ごしたい――今度は、ちゃんとやるから……反省した事を、活かすべく。
「サレンさんには、もう新たに愛する人が居る。人間の幸せを願う一介の神として、その願いは聞き入れられない」
真面目な面持ちで、シエラが言った。
マックスとの生活をもう一度やり直すことは、シエラの力ならば可能――だがそれは、今のサレンの幸せを破棄するという事でもある。
『そう……ですか……』
「期待外れ?」
『いいえ。受け入れます……最後に、聞かせてくれませんか』
「……なんだい」
『私は、天国地獄、どちらに行かされますでしょうか』
シエラは、答えに迷う。
しかし、マックスの為にも言わなくてはならない。
「天国と地獄――君が行くのは地獄だろう。自殺は、他殺と同じで罪としては重い。他人を殺すのも、自分を殺すのも一緒なのさ。例外あれど、君の場合は、例外に属さない」
天国も地獄も、両方天界の事だが――シエラは小さく付け加えた。
マックスは目を閉じる。
(地獄……私は地獄に行くのか……)
怖くない訳ではない。
(自分という「他人」を殺した罰の分は受けろ――ということか……)
目を開ける。
『…………』
黙って、歩いた――セラー家の屋敷の土地に憑くことで、この庭の中を自由に歩くことが出来るようになったマックスはその庭に居る全ての視線を集めながら、サレンの下へと歩いた。
『私が、次の私として、生まれ変わる時は――ちゃんとやりたい。地獄にて、罪を償い、許された後、生まれ変わり、今度は幸せを掴み取りたい』
自分は今日――成仏をする。
サレンの目と鼻の先、マックスは立ち止まった。
屋敷の護衛が構え、トーマスがそれを制す。
『サレン・セラー様――――私と、一つ……踊って頂けませんか』
最期に、愛した女性と――――踊って逝きたい。
センリ大学校の舞踏堂で、可憐に舞うサレンと踊ることをどれほど夢見ただろう――惚れた理由はそれからだった。
舞踏部に入っていた彼女の舞は、舞踏堂に行けば毎日見れた。
(私は、舞踊部には入っていなかったが……)
サレンの踊りは、いつも見ていたから、どう動くのかは数十と年月の経過した今でも鮮明に覚えている。
所作の美しい彼女の踊りは、いつ見ても美しかった。
(貴族になってからは、踊りの練習もした私だが……)
サレンと踊ることは無かった。
だから――――心ゆくまで、一度限りだったとしても。
『貴女と踊りたい』
どうか――拒まないで欲しい。
「ええ、喜んで」
マックスの手を、サレンは取った。
「セルカ……演奏だ」
トーマスが、セルカに言った。
『神よ……私は今――輝いています!!』
「うん……そうだね」
サレンと踊るマックスの喜びの声に、シエラが答えた。
最高の笑顔、最高の嬉し涙、最高の動き、最高の――――成仏。
屋敷の窓から流れてくる鍵盤の演奏は、悲しくも息子の為を想う力強さがあった。
自然が、大気が、天使が、そして天界からこちらを見下ろす神たちが、その舞踏を祝福していた。
マックスの罪を今回ばかりは、無視した。
「そろそろ……締め括りよ。マックス……」
『嗚呼……惜しい、惜しいよ……サレン。済まなかった、済まない……』
「もう、良いわよ」
『頬は、痛まないか』
「もう、治ったわよ……いつの話をしているの……?」
『有難う……踊ってくれて――――――――』
幸せになって欲しい――その言葉を最期に、マックスは完璧な成仏を迎えた。




