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元人形少女は神様と行く!  作者: 餠丸
1章~テュワシー~
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19th.崩れ去った幸せ

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 コスモト区――ジョンと会話した以来だ、とシエラは言った。


「そのジョンって人、ガウス教の人物か?」

「そうそう」


 質問したアレンに、シエラが答えると彼は「胡散臭い宗教団体だ」と言った。

 その宗教団体にはもう関わらない方が良いかもな、と言うアレンの言葉は尤もだとヴィエラも同意見を述べた。


「人間が神みたく崇められてるなんて、代表者も偉くなったものね。神は何も思っていないの?」


 シエラに対して、ヴィエラが聞くが彼女は「特には」と答える。

 信仰に関することに今までもこれからも定めるつもりは神にはない――神の仕事は文明がどう動くかを監視し、時にはその文明を管理することが仕事であり、人間に干渉する事はあっても、人間の信じる形を制限しようとするなど過干渉も良い所だというのがシエラの言い分である。


『ふむ……初めて知りましたな』

「マックス君は、何処の神を信仰しているんだい?」

『私はサグラス様です。公爵という爵位も、彼より賜わった立ち位置だったのに――このような状況になったことを今でも後悔しています』


 セラー家により、失脚し、そして死んだ。


『死んでしまったのは、当然のことかもしれませんな。死んだ方が良い人間だったのかも……知れません』


 レオ、アレン、スティーとヴィエラが掛ける言葉を見つけられなかった時、シエラが言った。


「人間はよく、病んだ時に「自分は死んだ方が良い」なんて言うね……呆れる」

『いけませんか』

「死んだ方が良い――そう思った時こそ、強く生きるべきだ。自分の悪い所を反省し、そしてより良い人間へと変わるのは生きているからこそ出来る行動である。君が愛したサレンさんはきっと、君が死んでしまった事で「あの人は悪い人だった」という価値観が根強いままさ。生きていたら、それも変えられただろうね」


 そう言うシエラに、マックス含め五人は感心した。


『そうか……そうですね……確かに』


 もう、死んでますけどね――マックスは自虐を込めて、そう言った。


** *


 父は厳格、母は厳格な父に頭の上がらない様子で、最早父の奴隷と言っても過言では無かった。

 家を出る日まで、母の口から出る言葉は大体が父に対しての「はい」の一言。「我が家の大黒柱である俺に逆らうな」というのは、父の口癖だったと記憶している。

 父の暴力は日常茶飯事――母を可哀想だとは思っていたけれど、剣術に励む父に喧嘩で敵うはずもなく、マックスは殴られる母を悲しい目で見ているだけだった。


「何だその目は」


 自分の、母を見る目が気に入らない父。

 文句がある目だと言いがかりを付けて、何回も殴られた。


「やめて! マックスはまだ子どもなんですよ!」


 自分を庇う母が殴られる――父の事が嫌いだった。

 どうして、そんなに人を殴るのか、分からなかった。

 初等教育、中等教育、高等教育、そしてセンリ大学校――母が学費を出してくれていた。

 父は無職。なのにも関わらず「自分が家族を支える大黒柱である」という何の根拠もない矜持を立てて、剣術で鍛えた腕力に物を言わせて、母に日銭を稼がせていた。

 母が、どういう仕事をしていたのかは知っている。

 男性に、体を預ける仕事だ――父は官能本ばかり読んでおり、その中に書いてある性技せいぎを毎日のようにされていた母。どうやら男を喜ばす知識にいつの間にやらか長けていたから、その稼ぎに関しては良い方だった。

 容姿に関しても、濡れ羽色の髪に紫色の瞳と、五十を超えても二十程の年齢に見える程、母は若々しく美人だったし――抱いていた男にとっては格別だったのだろう。

 好きでもない男に身を預ける。そんな母を助けるべく、大学校に通いながら、冒険者としてギルドに登録して、簡単な依頼を熟して頑張っていた。


「てめえ……俺を舐め腐ってんのか!? ああ!?」


 酒を飲んで、酔っぱらって、母と自分に父が酒瓶を投げつけながら怒鳴るのは日常茶飯事だ。

 そんな父に対して、母は相変わらず何も言わない。「はい」だとか「ごめんなさい」だとか……「貴方が一番偉いです」という感情の無い言葉を繰り返すだけ。

 痣が、増えている――目が死んでいる。

 この父を、何とかしなければと思うけれど――どうすれば良いのか分からなかった。


「――貴族になれよ」


 当時の社会産業科目の講師が、ある日にそう言った。

 サグラス様は寛大だから、言えば貴族にしてくれるはずだと語る。

 貴族の称号を手に入れる瞬間は、意外とあっさりしていたのを覚えている――『男爵』の称号を若い年に取ったのは、誇るべきことだった。

 男爵になって、国民としての立場は比べ物にならない程上がった。

 日々与えられる活動資金――母が一ヶ月で稼ぐ金額が一日のうちに貰える。もう体を好きな男に預けなくていいのだ。

 そして、父の家庭内暴力や様々な横暴をサグラス様に告発し、父はサグラス様の前に立たされた時――酒を飲んでいた為か、それとも本性か。爆発したのだ。


「殺す……殺すぞマックス!! てめえ……家の大黒柱である俺を――――」

「ほう……大黒柱」


 サグラス様の声が、父の言葉を遮る。

 サグラス様の嫌いな言葉は「死ね」「殺す」等の生死に関わるような言葉だ――「縁を壊してはいけない」が口癖の感情神サグラスの逆鱗に、父は触れて処刑が決まった。


「お――――御赦し下さい!! 私は冷静では無かったのです!! 本当はそんな事は……」

「僕の眼が「ディアンス家の父バシオの言葉が嘘ではない」と言っている」


 視線を移動させて、母にサグラス様が問う。


「母、セルカよ。僕が君の苦労に気付きを得ていなかったことをまず詫びよう……」

「セルカァ!! 俺を「無罪である」と言えェ!! 俺を救えェ!!」


 無様だ、と正直に思った。

 母の顔は、俯いたまま――相も変わらず何も言わない。


「バシオ――お前、大黒柱にしては、白蟻に食われて中身がスカスカではないか? 朽ちた柱は取り替えなければ、ならないな」


 玉座から降りて、サグラス様が父へと近付いた。

 その手には剣が握られている――父が使っていた剣だ。

 サグラス様の付き人に取り押さえられる父、腕力自慢の父が弱々しくも見えてしまう。

 嗚呼……父が死ぬ、目の前で。


(こうは……なりたくないな……)

「死にたくな――――――――」


 感情神の、無駄のない洗練された動きが、目の前で父の首をねた。


 センリ大学校に通いながら、爵位を上げる勉学に励む。

 その中で、自分の恋人となってくれたサレンは、その手伝いを快くしてくれた。

 子爵――伯爵――侯爵――そして


「マックス・ディアンス。其の方に『公爵』の爵位を授ける――――おめでとう」


 王宮内に、サグラス様の声が響き、貴族たちの拍手が次に響き渡る。

 異例の速さでの昇格。羨み嫉妬する者も多数だが、神サグラスより賜わった称号であるが故に、当時は同格以上の貴族でなければ、異を唱えるのは無理だった。

 齢三十二歳にて、「公爵」の称号を取ると同時――結婚もしたのだ。母は、何処かへ消えた。

 愛する妻を、養わなければいけないという使命感に駆られていた。

 自分にとっては幸せな夢を見ているかのような錯覚を覚えていた。大きな屋敷も変えて、庭の手入れをする妻の笑顔の美しさは誰にも勝ると豪語出来る。明るい茶髪に橙色の瞳が眩しい。


「すまない――仕事を再開するよ」

「ええ、頑張って、貴方!」


 仕事――――仕事仕事仕事。


 公爵の仕事は主に区の統治――過去の公爵はこういう事をやってのけていたのかと思えば、畏怖と尊敬の念しかなかった。否——この忙しさは恐らく、梃子てこでも執事や秘書、召使いを雇わないという意志が幸いしてのことだった。

 召使い――サレンのことしか愛さないと心に決めた為、浮気をしない為にも雇わない。

 執事――サレンの近くに男を置くなど考えられない。

 秘書――女性だ。召使いに同義。

 疲れが、増えていく。


「少し、休んだら?」


 目の下の隈の色味が深くなっていく一方だ。

 寝台に寝て、サレンを抱きながら寝る――この感触を、いつまでも感じていたい。

 ゆっくり休めた日の夜に、マックスとサレンは初夜を迎えたのだ。


 子どもが、生まれた。マシューと名付けた

 元気な男の子――人差し指を掴む小さな手を見て、幸せを感じていた。

 最初で最後の――子どもだった。


 仕事を――仕事を休んではならない。

 来る日も来る日も仕事優先――妻と子どもを養うには今までのような仕事量では足りない気がした。


「休んだ方が良いわよ」


 妻の言葉を聞き入れず、ファブリン区の国民たちにも苦労はさせまいと動く。


 仕事――――仕事仕事仕事仕事。


 酒を飲めば、力が溢れてくる気さえした。もう髭を何日も剃っていない。


 仕事――――仕事仕事仕事仕事仕事仕事。


 子どもの面倒は母の仕事だ。

 家族の為に稼ぐのが夫の役目――国民も居るのだ私には。


 仕事――――仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事。


 私が休めば、路頭に迷うか国民だって居るのだぞ。休むわけにはいかないのだ。


 仕事――――仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事。


「貴方……マシューが大熱を出して……」

「子どもの面倒は母である君の役目だろう!!」


 仕事――――仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事。


 マシューが病気になった。

 三歳の誕生日に――金をやるから勝手に医者にでも連れて行ってやれば良い。

 私は、忙しい。文句を、言うな。


 仕事――――仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事。


 大黒柱の私が、家族を支えているのだ。


「私に逆らうなァ!!」


 殴った、遂に妻を殴った。

 父親であるバシオの遺伝が、出てしまったのだ――その時は何ら自覚が無かったけれど、仕事をしている中でふと自分の手を見た時に、手の甲が赤くなっていた。

 ――やってしまった。

 だけど、休んでしまえば家族が、国民が困る。


 仕事――――その日は捗らなかった。


「マシューが…………死んだわ…………」


 息子の顔に掛けられた白い布。

 愛するサレンを初めて殴ったあの日から数日経過した時だった。

 息をしない息子を初めて目にした瞬間にも、涙が流れない。

 サレンのこちらを睨む顔が、心に傷を付けた。何故そんな顔をするんだと始め言おうとしたが、境遇は違えど自分が、父親と同じような事をしていることにやっと気が付いた。


「こんな時にも……貴方は仕事一筋なのね……」


 歯を食いしばりながら、拳を握り締めて、怒りに満ちた声を向けてくる。

 肩に触れようとするが、拒絶された。

 サレンのその顔には涙が伝っていた――棒立ちの私。


「さ、サレン……」

「私の名前を呼ばないで頂戴……」


 今は吐き気がするわ、と言われた。


「貴方は、仕事と再婚すれば良いのだわ……」


 翌日の朝に――サレンは出て行った。


 料理などした事なかった。

 料理はいつもサレンがしていた――いつも提供されてくるそれは味が確かで、上達し続けているのを褒めることすらせず、私はいつも……仕事ばかりしていた。

 厨房の方から水の滴る音が虚しく響く。

 髪は埃臭い、来ている礼服も。

 齢にして四十――鏡を見れば五十にも見える。


「酷い顔だな……」


 仕事の続き――捗らない。


 国民からの不満が、鳴りやまない。


「すまない、皆さん……すみません……」


 屋敷に上がり込んでくる国民が怒号を放ち、料理もまともにできず食傷の日々。

 召使いを雇うための信用も、失ってしまった。

 

 やがて、公爵の称号を――――失った。


 何処から聞きつけたのか、公爵であるセラー家が自分のこれまでの家庭内でのことをダシに「公爵としての立場にその人間性が合わない」と言って――その物言いに反論できず、私は堕ちた。


「大丈夫かい?」


 サグラス様の、有難い声掛けに、私はお辞儀をするだけだった。

 残ったのは屋敷だけ――厨房の机で、毒を飲んで死んだ。


 サレンの顔が、脳裏に過った。


** *


 ――大馬鹿も大馬鹿、大馬鹿野郎の人生を、短い間だったけど、付いてきてくれたサレン。


彼女が今見せている笑顔が、とても眩しい。


「大丈夫?」


 レオの肩から降りたマックスの横、シエラが問う。

 庭を、主人と共に手入れするサレンは、眩しいくらい奇麗だ――子どもに好かれている、召使いとも仲が良い。

 セラー家は、立派な大貴族をしていた――ここの家に居るのなら、母もサレンも幸せなのだろう。

 もう、結構歳だろうというのに――サレンも母も、二十代くらいに若返った気がする。確か――命の属性魔力を日常的に使っていると、若さを取り戻せるのだったか……前よりも確実に若くなっている。


『大丈夫です……』


 その笑顔を見たのは、今は亡き息子マシューが生まれた時以来だ。


『まさか……君が、セラー家の御子息だったとはね……アレン君』


 ――更に、愛する妻であったサレンの息子でもあるとは、驚きを隠せない。

 居心地が悪そうに、マックスに対してアレンは「ごめん、黙ってて」と一言詫びた。

 構わない、と返すマックスだったが、表情は暗い――どうしていいか分からず、ヴィエラもスティーも黙っている。


「寝取られ、か」


 空気を読まないレオが、淡々と言った。


「おかえりなさいませ。アレン坊ちゃま――荷物をお預かりします」

「ああ、ありがとう」


 門の傍に居た召使いの女性が、アレンの荷物を受け取り、屋敷の中へと入っていく。


 ――マックスの居た屋敷よりも大きな屋敷。広大な庭。


 セラー公爵は、神サグラスよりファブリン区とコスモト区の統治を任された大貴族だと聞く。


(その手腕には……憧れてしまうな)


 どんな仕事量を熟しているのか、知りたくもある。


「父さんは、下位貴族たちに自分の仕事を委託している。下位貴族に頼らずに、自分で全部何とかしようとしたのが、間違いだったんだろ」

『言い返す……言葉もない……』


 そうか、そうすれば良かったのか――後悔しても遅い事が、何よりも悔しい。


「おかえり、アレン! そちらの方たちは――――」


 お友達? と聞こうとしたサレンの顔が、曇る。

 三十余年ぶりの、夫の顔――風に飛ぶ木の葉が彼の体をすり抜ける。


「…………マックス」


 申し訳無さから、マックスはサレンと、目を合わせられなかった。

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