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元人形少女は神様と行く!  作者: 餠丸
1章~テュワシー~
23/60

18th.幽霊の憂鬱

アクセス解析を見ていると、結構見てくださっている方が増えてきているので、益々、頑張らないとと思う次第です。


 もはや慣れつつある特訓を終えて、グンディーに対してスティーは近くの屋敷の事を知っているか彼女に問うた。

 無論、知っている――とグンディーはマックスと言う貴族を知っているようだった。


「彼は、少し前――あー……いつだったかは忘れたが、結構な権力を持っていたが貴族だな。それがどうした」


 特訓による汗を拭いながら、スティーは昨日にあったことを話す。

 幽霊騒動から、シエラとヴィエラが恐がって部屋から一歩も出ようとしない事に至るまでを全てを語り、対するグンディーは彼女等の情けない現状に大笑いして「情弱精神め!」と目の前には居ない二人に一喝した。


「スティーは問題ないのか? そういうのは」

「幽霊がどういうものなのか気になって、怖いと言うより好奇心の方が強かったです――実害なかったですし」

「ふむ……その幽霊は何処にいる?」


 屋敷から出られないそうなので、屋敷に居ます――そういうスティーに、グンディーは「そうか」と残念そうに返した。


「神気如きで怯えるような、幽霊も情弱に過ぎんな」


 気合で何とか出来るようなものじゃない――そう言いたかったが、スティーはグンディーに怒鳴られそうだからと言うのを止めた。

 そういう幽霊の事を何も知らないのか、そう尋ねるスティーにグンディーは心当たりがあるとして、答える。


「一定の場所から出られないとなると、地縛霊だな」


 地縛霊? スティーはグンディーに聞いた。

 幽霊にも種族の違いがあるのかと考え、グンディーに教えを乞うものの、彼女は一蹴した。


「図書館に行って、自分で調べろ」

「そ、そうですね。すみません」

「うむ」

「今日はもう特訓は終わりですか」

「そうだな……お前も中々、体力の付きが早い。見込みあるぞ」

「本当ですか」

「そうだな。並の冒険者であれば、魔力の練り方に慣れれば、数分と掛からずに撃退できるだろう――ちなみに私は龍と一対一で勝利を抑える事が出来るぞ!」

「――この国に居るという最強の元冒険者とグンディー先生。どっちが強いですか?」

「私では足元にすら及ばんだろうな……一度目にしたことがあるが、あの闘いぶりには強く憧れたものだ」


 冒険者になったきっかけ、それが彼の冒険者なのだとグンディーは言った。

 全身を鎧にて覆っており、顔などは見ていないがグンディー曰く、男性だろうという推察だ。


「お前では、天地がひっくり返ろうとも勝てない――いつか、仲間に出来たら私に紹介してくれ、憧れを抱いたあの姿を見せてくれたことに、感謝したい」


 仲間になってくれるかどうかは、その人次第だが――そう言うグンディーにスティーは「いいですよ」と約束した。


 図書館の一室――レオとアレン、その前にはスティーが居た。


「シエラ様とヴィエラさんは今、昨日の幽霊さん――マックスさんのことで怯えていまして、下着を見せるという約束を果たすのには少し猶予をくれませんか」


 何で、そうまでして下着を見たいのかはわからないけれども――そんな気持ちを隠しつつも、スティーは二人の男子にそう言って交渉する。


「それは――」

「俺らに――」


 禁欲をもうちょっと続けろと言いたいのか――神妙な面持ちでレオとアレンが声を揃えて言った。

 対して、スティーの答えは。


「そうですね。お願いします」


 淡白――性欲の盛んな時期であるレオとアレンは衝撃を受ける。

 まるで、全ての感情を無にした裁判官のようだ――彼等はスティーの感情無き返答に、慄く。

 そのスティーのお願いに関して、レオとアレンの答えは「却下」だ。もう禁欲して二日目になる――毎日、愚息のお手入れに励むほど性欲に塗れた二人の生活を一変し、いつ終わるかもわからないシエラの恐怖心が終わるまで、お手入れを我慢しろと、目の前の少女は言っているのだ。


「シエラ様の下着を見終わるまで、禁欲していなければならないという規則は私には理解できないんですが……そんなに辛いんですか?」


 男性ではないので、わかりません――スティーは正直に、純粋に聞いた。


「スティー。君は禁欲をした事があるか?」


 質問に、レオが質問を返す。

 対してスティーは「ありません」と答えた。


「禁欲が解禁された時――発散する際の快楽はどの快楽にも勝るのだ」


 それが、質問の答えだ――またもや神妙な面持ちを、レオは見せる。


「な、成程……」


 その快楽の為に、今二人は禁欲を頑張っているのか――スティーは半分だけ納得した。

 だが、そうなれば気になることが一つあった。


「夏休み期間中、ずっと禁欲? というのをすれば、最高峰の快楽を得られるのでは?」


 レオ、アレン共に揚げ足を取られる。

 コイツ、手強い――二人して心を一つにした。将を射んとする者はまず馬を射よと言うが、シエラにとっての馬はスティーだったのか……その馬が一番手強かった。


「それに、下着を見たいのなら、レオさん。貴女は女性とは良く接しているのですから、彼女たちに見せて貰えればいいじゃないですか」


 シエラ様でなければならない意味が分かりません――追い討ちをかけるように、スティーが畳みかける。

 言われてみれば、確かにそうかもしれない。だが、だがしかしだ。


(シエラ様の容姿は女性として最高峰――目の前に居るこのスティーも然りだけど……)


 あのひらりと揺れる布の防御率は、いつも高い――数多の覗き経験をしてきたレオだが、シエラのだけは見た事が無かった。だからこそ、見てみたい。

 それも、自分から、顔を赤らめながら裾を捲って見せてくるその状況――興奮度を向上させる。


「もしかしてだけど、スティーって下着を見ることの素晴らしさと重要さを理解出来ていない子なのか?」


 ある事に気付いて、アレンがそう言った。


「? はい」


 やはりそうだったか、とアレンは馬を射る機会を見つけた。


「じゃあ、今ここで俺たちに下着を見せてくれないか――良いだろう?」


 アレンより先、レオが声を出す。

 真面目な面持ち。


「え……私、妥協されてるんですか……?」

「いいや、妥協じゃない。これは、俺らの辛さを和らげる良い機会なんだッ」


 最高峰の女性の一人、スティーの隠された下着を今ここで、見る――二人の眼が血走っている。


「さあ……早くゥゥゥウ」


 コオオォォォォ……と熱い吐息を二人は吐いていた。


(だ、男性にとって……下着を見るってそんな重要な問題だったんだ……ニゲラ様……私、無知でした)


 自分で妥協できるなら、女性用の下着をお店で買って、それを観賞するのも手ではないかと、思っていたが……そんな安易に片付く問題では無いのだという事をスティーは勘違いした。

 レオとアレンの真剣さが違う方向に向いているだけ。

 それっぽい雰囲気を醸し出しているだけ――なのである。

 そして、スティーが裾に手を掛け、持ち上げようとした時だった。


(ぁ――――)


 レオとアレンの後ろにいる人物に気が付いた。


「スティー! 早く見せてくれよォ!! 焦らしは感心しないなァ!!」

「見せてくれるんだろう!? 俺たちの禁欲生活に終止符を!! 君が無知なのがいけな――――」

「ふんっ!」


 ゴッという音が図書館内に響いた。

 資料に記入するための手持ち用木板が二つ、レオとアレンの頭頂部に叩き付けられたのだ。

 叩き付けた張本人は、この図書館の管理人であるメリア先生――いつもにこやかで、おっとりしている黒髪に黒い瞳。小柄で、図書館司書専用の服装が良く似合う美しい女性だ。


「なーにをしてるのかな。二人共」


 スティーの正面、レオとアレンの後ろより妖美な声音が掛かった。

 ――純粋無垢な少女に対し「下着を見せろ」などと言う二人の姿を目撃していた彼女メリアに、レオとアレンは頭頂部を擦りながら言い訳を繰り返す。

 表情がにこやかなのに、メリアの目の中は若干の怒りが込められている。

 これが、怒ったら怖いという実例なのだろうか――スティーは裾から手を離し「おはようございます」と挨拶をした。


「はい、おはようございますスティーさん。社会産業の課題はちゃんとやっていますか?」

「配られた日に課題は全て終わらせました」

「まあ! 勤勉で先生嬉しいです! そ・こ・の男子とは違ってきちんとした学生生活を送れているようですね~」


 メリアはセンリ大学校風紀会の顧問を勤めているだけあって、不埒行為は御法度――図書館の管理人なのだから、この図書館でこういう事は止めた方が良かったことをスティーは思い出す。

 ――シオンの話によれば、図書館内にて性行為を行った二人組が木に吊るされていたことがあるらしい。

 結局、レオとアレンの二人はスティーの下着を見ることは叶わなかった。


 二人が帰った後、スティーとメリアは昨日の屋敷の事を話していた。

 スティーが事情を話し、ついでにシエラの下着を見せる約束のことも話した。


「チィッ……下品」


 舌打ち。普段の優しい顔付きが嫌悪する顔付きに変わり、スティーは汗を流した。

 幽霊屋敷の事に関しては、彼女も知っているらしい――だが、メリアは幽霊などの怪談が苦手とのことだ。


(どうりで……怪談や怪奇に関する本棚が図書館内の隅に置いてあるんですね……)


 本棚の配置の謎が解けた所で、スティーは躊躇するも、心霊に関する事を聞いた。

 マックスはあの屋敷から出られない事を言っていた――そのままでは困る。困る理由はこの学校の誰にも言えないが、何とかしなくてはならない。


「霊関係の苦手な私に、心霊に関する話をしろって言うの? 少し意地悪ね……」

「でも、知っているんですよね」

「不本意ながら、ね」


 だったら、教えてくれても構わないのでは――そう言って顔を近付けてくるスティーにメリアは汗を流して断ろうとした。


「ごめんなさい……私、本当にダメなの……」


 そこで、閃いた。

 レオとアレンがやっていたことを、そのまま真似すればよいではないか、と。そのままと言っても「下着を見せる」とかではない――彼女は不埒な事はあまり好かないようだから、彼女の興味を惹くような条件を提示すれば良いのである。


「神聖言語――教えて欲しくないですか?」


 ぴくり、とメリアの耳が動き、表情が変わる。


『神聖言語――知りたくないですか?』


 今度は、神聖言語にてメリアへと言った。


「あ、貴女……神聖言語が使えるの?」

「使えます、話せます。神聖文字だって書けますよ」


 メリアの持っている木板の紙に、スティーが鉛筆を取り出し、神聖文字を書いていく。


「順に、ファリエル様、ニゲラ様、バース様の名前です。ほら、書けているでしょ? 先生」


 メリアにとっては、最高の誘惑だ。

 神聖言語を扱える人材など、彼のコルテラの学問社会を見てみても少ない――神から見ても「今の下界の人間たちの神聖言語は基本的なものしか出来てない」と言われている始末だ。


「それは……ずるいわよ。スティーさん」


 眼鏡を取り出して、耳に掛けながらメリアは言った。

 心霊に関する事は確かに苦手だが……背に腹は変えられないと了承する


(この子……何者なのかしら、本当に)


「――――このことから一定の場所から離れられない霊の事は、俗称で「地縛霊」と言われているわ」


 地縛霊――その単語を繰り返しながら、スティーは記帳する。


「大体は、自分が死んだという事を自覚できていなかったり……」

「マックスさんは自覚できているようでした。自分が霊である事も理解していたようです」

「自分が死んだという事実を受け入れられなかったり」

「そこまで、衝撃を受けた訳でもなさそうでした」

「その場所に何かの思い入れや、未練がある場合も、地縛霊になるとか……聞くわね。未練が解消された時、成仏するんじゃないかしら」


 それだけ話して、メリアは神聖言語に関する本のある本棚へとささっと移動しようとした。

 だが――ちょっと待ってください、とスティーが一言。


「未練と言いましたね……こればかりは、マックスさんに聞いた方が良さそうです」


 ディアンス家の書物には「無断で妻が何処かへと消えた」と書いてあるが、その詳細までは知らない。だからこそ、本人から直接聞く必要がある。


「う、嘘でしょう――――行くの? 一緒に……?」

「はい。駄目なんですか?」


 一応、彼の事をメリアにも知って貰いたい――そんな意思をメリダはスティーの瞳に見た。

 そして、一時間も経たずに向かった屋敷の前――感情を失くした顔のメリアと、スティーの二人が佇む。


「マックスさんに驚かされたら言ってくださいね」


 私が代わりに怒りますから、とスティーが言った。

 帰って良いかしら、と返すメリアにスティーはきっぱりと断る。


(こんなに……押しが強い子だったなんて……)

「大丈夫ですよ。じっと見ていれば怖くなくなるはずです」

「貴女もそうだったの?」

「いえ、私は元々怖いとは感じませんでした」


 なら、説得力ないじゃん――メリアは思った。

 屋敷に入って数分後に、マックスが現れた。メリアの悲鳴が屋敷内に響き、逆にマックスが驚く羽目になった。

 足ががくがくと震える中、数分して落ち着いたメリアがマックスに挨拶をする。


「こ、こここここ……こんにちは~……」


 いつもの笑顔が繕えていない。


『今度は別の方を連れて来て、何の用ですかな、少女』

「スティーと呼んでください。こちらはメリア先生――センリ大学校の社会産業の講師です」


 スティーがメリアの事を紹介した。

 すると、耐え兼ねてかメリアはスティーの背中に隠れ「代償はしっかり貰うわ……」と呟く。


「メリア先生から聞いた話によると、マックスさんは地縛霊に属するんですよね」

『まあ……そうなるのでしょうな。この家から出ようとすると、何かに遮られるのです』

「この場所に何か、思い入れとか――あったりしませんか?」


 スティーの質問に、マックスは少しの間黙っていた。

 嫌な記憶があるのだろうか、と思ってスティーは断りを入れようとする。

 ――もし、言うのが嫌なのであれば、無理に言う必要はない。


『…………妻を、待っている』


 静かに、マックスはそう答えた。


 サレン・ディアンス。


 ――それは、サレンという女性がマックスの妻であった時の名前だ。今は家名が違うかもしれない。

 そんな彼女をずっと待っているのだと、マックスは言っていた。

 地縛霊として、あの屋敷でずっと一人きりの状態で待っていたのだと聞いた――話を聞いたメリアは恐怖一色の状態から打って変って「感動的な話ね……」と涙ぐんでいた。どうやら彼女は純愛物語が好きらしい。

 彼が、屋敷に入る人を驚かせていたのは「サレンが帰ってきたのか」と期待する度に、違う人――屋敷に肝試しに来た者たちだったという苛立ちから来た物らしい。当然と言えば当然か。

 ――図書館、神聖言語をメリアに教えながら、スティーはこれからどうするかを考えていた。

 マックスが屋敷から出られないという事実が、サレンという女性のもとに行けない枷になってしまっている。それは良くないとスティーも思うが、どうしようも出来ない。


「シエラ様は、何か知ってるんじゃ……」


 それに、これは非常に良い機会だと考えていい。

 マックスが命尽きたのは、三十年前――つまり、ここ周辺の事情を何かしら知っているかもしれない。


(メリア先生との話では……窓から外を眺める日々を送っていたと、マックスさんは言ってた……)


 だとすると、紫色の髪に金色の瞳を持った強姦殺人犯及び、女子生徒を自殺に追い込んだ犯人の事を知っているかもしれない。マックスをサレンと会わせる代わりに教えてもらうことだって出来るはずだ。


「スティー、何処行くんだ」

「下着……」


 女子寮に戻る際に、外に居たレオとアレンがスティーに声を掛ける。


「女子寮です。シエラ様とヴィエラさんにちょっと話があるんです」


 彼等に対して、スティーは正直に答えた。


「「俺も行くぜ」」


 さりげなく、スティーの背中をレオとアレンは堂々と付いて行く。

 女子寮の中へと入り、やがては二階奥の自室の扉を開けた。


「シエラ様! ヴィエラさん! お話があります!」

「あの二人なら、入浴しに行ったわ」

「わかりました!」

「「ありがとう☆やったぜ」」

「――何でアンタたちも一緒に女子寮に入って来てんのよォ!?」


 ささっと浴場に向かうスティーの背中が、レオとアレンには頼もしく見えた。


「スティー代表。浴場はどっちですか!!」

「こっちです!」

「代表。引き続き案内を頼むぜ――これは重要案件だ、アレン。集中して目を凝らす準備を」

「了解。嗚呼……この世の全てに感謝します……」


 レオとアレンに突っ込みを入れる者は、周りには誰一人として居なかった。

 女子寮を突き進み、浴場に向かう。


「いつもは華奢な代表の背中が……今は親父のようなデカさだ……足を止めるなアレン。スティー代表の堂々たるやこの姿を模範、規範とするのだッッ!!」

「了解だ……フハッ……いつもは防戦の俺だが、今回ばかりは攻めに転じるぞと俺の剣も叫んでいる……武者震いすらもしている……お前もこの勝負に真剣なんだな」


 レオとアレンの戯言がスティーの後ろで交わされる。

 やがて、女浴場の入り口が見えた。


「「スティー代表。お願いします!!」」


 レオとアレンがぺこりと腰を直角に折り、スティーに扉を開けさせる――スティーは普通に扉を開けた。


「シエラ様! ヴィエラさん!! お話が――――――」

『――――キャァァァァァァァァァァァァアアアア!!』


 一糸纏わぬ姿を目撃された女子たちが、レオとアレンの姿を目に捉えるや否や、悲鳴を上げた。


「「しゃあああああああああ勝利ィィィイィイイイ」」

「なに、どさぐさに紛れてアンタたちが居るのよォ!! くたばりなさい!!」


 スティーの後ろ――魔道杖を用いた本気の殴打を、シオンより喰らうレオとアレンの姿がそこにあった。

 スティーは、女子たちに怒られる羽目となった。

 運良く――シエラとヴィエラは体を洗っている最中だった為、裸体を見られることは無かった。


 集団制裁により虫の息となったレオとアレンを外に放棄した後、シエラとヴィエラは改めてスティーにマックスのことについて聞いた。


「地縛霊……」


 シエラが考える素振りをする。


「マックスさんを成仏させるのに、私の考えではサレンさんが必要です」


 だから、サレンという女性をこの夏休みの期間中に探し出し、マックスのもとへと帰したい。

 そのスティーの願いに対して、ヴィエラはその方が良いかもねと言った。

 だが――シエラが異議を唱えた。


「サレンという女性をどうやって探すの? 他の国に行っているかも。そうだとすれば、夏休み期間中に行って帰ってくるまで時間が掛かりすぎると思う」


 もう、強制的に成仏させよう――シエラはそう言い切った。


「駄目です。天界に行っても、マックスさんが報われません」

「でも……怖いもん」

「でももだっても、ありません。地縛霊なんですから、あの屋敷からは出て来られませんからここは安全です」

「はぅっ……ごめんなさい」

「それに――――」

「?」


 前置きして、スティーはシエラの耳元へ口を近付け、ひっそりと呟く。


「マックスさんが犯人の鍵を握っている可能性は非常に高いと思います」

「――――」


 それは、確かに、とシエラは納得した。

 そこで、彼女は思い出す。

 地縛霊は確かに一定の場所から出られないが、何かに憑りつくことによっては例外的に他の場所に移動できるという事実を。

 それを聞いた時、スティーは本当ですかと問うた。

 頷くシエラ、問題は誰に憑かせるかという事だが――――


「レオかアレンで良いでしょ」


 ヴィエラの一言で、片付いた。


 翌日の朝――昨日決められたことをレオとアレンに伝えるべく、男子寮の入り口で待つ。


「やっぱり、男子寮の方が豪華ですね……」

「まあ、女子の方が少ないし、仕方が無い部分もあるわよ」


 スティーとヴィエラが、男子寮の豪華さに会話をする。

 一方でシエラはレオとアレンの部屋だと言われた部屋の窓の近くで「レオ~。アレ―ン」と声を張る。

 男子寮の生徒は、女子生徒とは違い帰省する生徒が多いと聞く。帰ってくるのは夏休み明けの直前くらいで、レオとアレンは珍しい方だと言えるだろう。

 そして彼等が一向に出てこない中、シエラは発見してしまった――寝袋に入れられ、木に吊るされた二人を。

 頬には覚えたての拙い神聖言語で「馬鹿」「阿保」と書かれている。自業自得だが、これをやったのは恐らくメリアであることをスティーは汗を流しつつも察した。

 回復魔法を掛けてやり、復活した二人に対しての提案に、最初はレオとアレンも否定的だった。

 何で俺に、ヴィエラに憑かせるべきだと喚く中、ヴィエラがレオとアレンの胸倉を掴む。


「昨日……脱衣所とは言え、女浴場を覗いたのは誰……?」

「スティーがいけないと思います! あの時断らなかったスティーが――――」

「メリア先生―! こいつら反省してませーん!」

「了解! 分かった勘弁してくれェ! 昨日俺たちが何されたか知らないのかよ!?」

「知らないわよ」


 一蹴――二人はメリアに恐怖を抱いたらしい。

 覗きに関しては、女子寮の傍で「待っててください」と言わなかったスティーの落ち度もあるのだが、それは今考えない事とした。


 屋敷の中、マックスは「また君たちですか」と溜息を吐いた。

 もう慣れてしまった、と言わんばかりに溜息を再び吐いた――呆れ顔、もうサレンは帰ってこないのかという残念そうな表情。


「レオさんか、アレンさんのどちらかに、憑いて貰えませんか」

「本当は嫌だけどな」


 スティーが言葉を発し、レオが口を挟み、ヴィエラがばしんと彼を叩いた。


「それまた……唐突ですな」


 シエラとスティーに憑りつくのはマックスも嫌らしい――シエラは今でこそ神気を抑えているが、いつ神気を放ちだすかと思えばマックスも心労が掛かる。ヴィエラは恐怖から絶対ダメだろう。

 スティーに関しても、憑りつく事が不可能――よってレオとアレンである。


「何故です?」


 遠回しに言わず、スティーは彼の妻であるサレンの下に連れていきたいという趣旨を直球に述べた。

 サレンのいる場所は分からない――出て行ったのは三十年の前のことだ。他の国に行っているかもしれない――だが、出来る限りの事はしてやりたい。


「スティーさん。貴女には関係のない事なのでは?」

「いいえ、これは取引です。私とシエラ様が知りたい事を、貴方が知っている可能性があります――何かを得るにはそれ相応の何かを差し出す。私と交渉してくれませんか。マックス・ディアンス公爵」

「――なるほど……確かに、私は損得両方差異のない取引を好みます」

「サレン・ディアンスさんに、もう一度会いたいのでしたら……私たちが連れていきます」


 サレン・ディアンスという名前に、アレンが反応した。


「今、サレン・ディアンスって言ったか?」


 知っているかのような口振りだ。

 世界は広いが、世間は意外と狭いものである――アレンはサレンの事を知人だと語った。

 生気宿らぬマックスの顔に、スティーは希望の光が見えた気がした。


(妻に……会えるのか……)


 マックスの心は、喜びに満ちていた。


 ――謝りたい事が沢山ある。

 苦労を掛けたと詫びたい。彼女は今何をしている? 知りたい事も沢山ある。

 私が死んだことを何とか伝えられないだろうか、彼女は知っているのか? 三十年も前の事だからきっと知ってはいるのだろう――その時の心情を知りたい。

 蔑まれても良い、罵られたって受け入れよう。

 明るい茶髪の彼女の笑顔をもう一度見たい――貴族になってからは、ほぼ見る事が叶わなかったその笑顔。


(昨日のことのように思い出せる……)


 先日に初めて屋敷に入ってから、一度たりとも見ることの無かったマックスの嬉しそうな表情に、スティーは「良かったですね」と微笑みを浮かべて言った。


『ああ、ああ……!』


 幽霊も、涙を流すのか――シエラはマックスの顔を見て、恐怖心などを追いやる。

 ――大切な人が死んだ時、涙を流すのは生きとし生ける者の特権かと思っていたが、それは違ったようだ。


 涙は、生きている証である――そう思っていたのに。


(私も、まだまだ勉強不足だね)


 ――マックスは、強姦殺人容疑者の事を知っている。

 いくつかは耳にした事があると、マックスは言った。

 その情報の全てを、サレンに会った時話すと、約束した。

 家の外より聞こえてくる近隣住民の会話の中に幾つか有力な情報があったのだと、マックスは教えてくれた。

 スティーとシエラにとって、ようやく大きな一歩を踏みしめられた気がした。


『ドルイド、という方の気持ちを――理解できる気がします。私も同じ境遇に遭ったのであれば、私は復讐を誓うでしょうな……死んでも構わないから、妻を殺した者に一矢報いる』

「復讐は……愚かな行為だよ」

「神々にとっては、そうなのでしょうな。でも貴女もいつか、分かる時が来るでしょう」


 シエラは、マックスの言葉に「そうかもね」と呟いた。


「おーい。終わったか?」


 外からレオの声が聞こえてくる。


「ごめん、ごめん」


 シエラが一つ二つの詫びを入れて、外への扉を開く。


「憑りつけるかい?」

『やってみます』


 レオの顔を見て、マックスは彼の体に乗り込むようにして体を預けた。

 そして、あっさりと、レオの肩にマックスが乗り――外に出る事が可能になった。


「アレン。サレンさんのいる場所は?」

「…………コスモト区」


 首を擦りながら、アレンが言う。


「よし、向かおう」


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