17th.幽霊屋敷
また一人、ブックマークが増えました……感謝感謝……ありがたき幸せ(?)
頑張ります……!
時が流れるのは意外と早い――人間と同じ時間感覚になったはずなのに、シエラはそう思う。
編入してから、二カ月と言う歳月が過ぎた。もうすぐ夏休み、毎日が休みのような物だったシエラにとって、夏休みを待ち侘びる生徒の気持ちはあまり分からないが、同教室の生徒たちが夏休みに何をするかの話題をしているのを見て、生徒たちにとっては楽しみな事なのだろう。
生徒たちとの親睦は順調に深められている。
教室の隅ではスティーが女子たちと話しているし、シエラもまた現在シオンとお話し中だ。
「――――スルト様とは最近、会わないの?」
「うーん……あいつも忙しいらしいから」
「夏休み明けに、夏休み期間で会ったいたら話をして頂戴。聞きたいわ」
「いいよ」
春休み、夏休み、冬休み――意外と生徒たちは休んでいる期間が多いのだと思う。
いや、その休み期間中も部活などに励むこともあるから、実質休みは無いのか? 一週間のうち二日は休みだが、その日も部活に励むという勤勉な生徒たちには最早全ての日が学校の日なのだろう。
(大変だなぁ……学校の生徒って)
しかし、魔術理論研究部に関しても休日中は部活に励むそうだ。
(――ということは、私たちもか)
魔術理論研究部への貢献もまた、生徒たちと深める親睦と一緒で、順調だ。
一緒に研究し、一緒に新たな魔法を開発し、一緒に喜ぶ――これがまた意外と楽しい。
一方で、スティーの方はと言うとグンディーとの特訓に励んでいる。魔術理論研究部の顧問が彼女である事もあって、別室で強制特訓。
魔術理論研究部の部室の隣の空き部屋にて、暑苦しいグンディーの怒号が聞こえて来ては部員の「五月蠅いな……」という愚痴が吐かれる。だが、部員のうち男子は、スティーの喘ぐ声に助かっているとのことだ。
グンディーの特訓によって、スティーの身体能力は向上している。
グンディーに課せられた体の動きの練習を、毎朝飽きもせずに習慣付けて、シエラにとっては感心させられる一方だ。
バースとの生活で習慣付いた柔軟体操等に加えて、グンディーに言い付けられた日課――普段の生活を見ても、スティーの戦闘能力は恐らく、そのうちアリアに一太刀くらいは入れられるのではないかと思えるほどに、洗練された動きになっている。
(私、あんまり頑張れてない気がするなあ……)
「どうしたの? 悩み事?」
少しぼーっとしていた所に、シオンが顔を近付けて聞くが「何でもない」とシエラは首を振った。
「シオンは、何するの? 夏休み中」
「特に考えていないわ。寮にずっと居ようかしら」
シオンは、予定を何も決めていないようだ。
夏休み目前――未だに犯人の足取りは掴めていない。
犯人のデュグロスは、確実にこちらの動きを警戒している――性欲に従って、女を半無差別的に襲う以外はどうやら頭が切れる。分かったのはどこかの校長をしているという点。
そして――バッテラ区での強姦殺人は春休み、夏休み、冬休みでの事件が多いこと。図書館での事件資料を見ても、その期間にバッテラ区での強姦殺人の数が密集している――ファブリン区では一週間のうち二日休日の日での犯行、勿論ない日もあるが、自殺が未遂に終わった女子生徒たちの話を聞く限り、襲われたのは共通してその休日だ。
ファブリン区は、若い世代が多い――主に学生。
コスモト区は、ガウス教の教会がある事から宗教団体の者たち、癖のある人物が多い。
メスフラ区は、工場等が多い為男性が多い傾向。
バッテラ区は、富裕層などが多く、美人も多い。
四つの区の中で犯人はファブリン区とバッテラ区でしか活動していない――そう考えてスルトにもバッテラ区の調査をお願いしているものの、まだ足取りすら掴めていないとは……中々に頭が切れる。
顔に傷跡のある校長をアリアにも探してもらっているのに……。
(進捗が無い……)
少し、自分の推理力に自信を失くしてしまいそうになる。
そんな時、男子生徒の声が掛かった。
「なあなあ」
この声は、レオだ。
レオ・ハミルセン――前髪を長く伸ばし顔の半分を覆い、その瞳は見たことがない黒髪のスケベ男子。どことなく雰囲気がサグラスに似ており、性欲も旺盛で女遊びによく更け込んでは教師陣に小言を言われている。
アレンもスケベだが、あちらに関してはスケベなのにヘタレで、相も変わらず童貞のまま――レオは童貞ではない、どうしてこうも違うのか。
アレンのくしゃみの音を聞きながら、シエラはレオの顔を見る。
「今、私に構わないで欲しい……」
「……生理?」
シエラの手刀がレオの頭頂部に直撃した。
――いつかに、同じような気分の時に「生理ですか~?」と叫ばれたことから、彼に優美さを感じない。
本気で殴ってやりたいが、この男子はどことなく、憎めない性格の為強く出れない。
「何の用だよ」
くだらない内容で話し掛けたのなら脛蹴るぞ、と脅すシエラに、レオは言った。
「夏休みさ、暇?」
一瞬だけだが、彼に対しての不信感から――もしやコイツ、性的な目的を内に秘めてそんな事を言ったのではないかと疑ってしまった。
ガッという音、レオの脛にシエラのつま先が直撃する。
「うごぉっ!?」
片足を持ち、ぴょんぴょんと痛みに跳ねるレオを横目にシエラは「もっと優美さを学習してきたら?」と言った。
「ちょっ……違う違う。別に俺とヤろうだとかそう言うのじゃないって」
シエラが思っていたことを察して、レオがそう言った。
「えっ……違うの?」
そうでは無かった事を聞き、シエラは「ごめん……」と回復魔法を掛けた。
「それで、何の用だったの?」
シエラが聞くと、レオはこっそりとした声で「実はさ……」と前置きする。
「――――出るんだって」
何が? と最初シエラは聞いた。
すると、レオは表情を一変させて、声質まで変えて彼女に言う。
「学校の近く……恐ろしい幽霊がぁ~~~~」
ぽかん、とシエラは口を開けたまま「何言ってんの、コイツ」という顔をした。
「幽霊って何ですか?」
近くで話をしていたスティーが、ヴィエラと共にレオの話に食い付いてきた。
――彼女は、幽霊と言う単語を初めて聞く。
「霊」と付くし、精霊の一種だろうかと言うのが彼女の無知さを物語っている。
「幽霊知らないの?」
そう聞いたヴィエラに、スティーは正直に「知りません」と答えた。
そんな彼女に、ヴィエラは幽霊が何なのかを教えた。
レオが言うに、幽霊が出るのはこの学校の近くにある、過去に居た貴族が住んでいた廃墟だと言う。
かなり大きな屋敷である為、取り壊すにもかなりの資金が必要だというので、今まで取り壊されることが無かった、廃墟と化したその屋敷――そこに探検と称して初等教育に通っていた男の子が入った際に、ゆらりゆらりと揺れながら佇む男性の姿があったという。
そしてそれはだんだん噂として広まっていき、物好きな人間が屋敷に行く度行く度「幽霊を見た」という話しが出回った、とレオは変な声音で語った。
「でも噂でしょう? 信じるに値しないわ」
ヴィエラのその言葉に、シエラもまた同感だと頷いた。
「幽霊なんて、与太話だよ。私、見た事ないし」
神として、永く永く生を営んでいるシエラが見た事ないならば、確かに「幽霊」なんて存在しないのでは? とスティーは思ったが、興味があるのには間違いない。
「私、ちょっと気になります」
スティーがシエラに対してそう言った。
それを聞いて、シエラは「えー」と嫌な顔――見たこともない物を見る為、行くこと自体に興味が湧くのは何となく分かるのだが、今の今まで「幽霊が出る」と聞いて言った矢先、全部嘘だったという事が多い為に、彼女は興が乗らない。
「なんだ、恐いのか?」
「そういうのじゃないけど……」
もう、全部幽霊関連は信用できないよ――シエラはそう続けた。
ヴィエラに対し、スティーが「見た事ありますか?」と聞く。
「私も、見た事ないわね。それに、廃墟とかそんな……お父様お母様両方許してくれなかったもの」
だから、ちょっとだけ信用ならず、信憑性に関してはほぼ皆無に等しい。
「アレン。お前も行こうぜ~」
レオが、入り口近くで友人と話をしていたアレンへと声を掛ける。
何の話だ、とアレンがこちらに視線を向け、大きな声でレオが幽霊騒動の話を言った。
「なにそれ、面白そうじゃん」
レオの言葉に、アレンが食い付いた。
友人に手を振り、こちらへと歩み寄ってくる。
「どうせ、何も出ないのに……」
頬杖を突きながら、シエラが愚痴を述べる。
そうすると、レオがニヤリとして「じゃあ……」と厭らしい提案をした。
「もし、幽霊が居たら――――俺に下着、見せてくれよ」
制服の裾を捲って、目の前で見せろ――そう言うレオに、シエラは「いいよ。居たらね」と自信ありげに答えた。
「ちょっと……いいの?」
ヴィエラが心配そうにシエラの耳元で囁く。
どうせ、居ないから――そう呟くシエラに、アレンが「俺にも」と繰り返す。
(まったく……後先考えず男子って奴は……この勝負、多分私が勝つね)
「でも、幽霊が居なかったらどうするんですか? シエラ様の勝ち、だけではやや公平性に欠けます」
それは、確かに――とシエラは考え、閃いた先、言った。
「じゃあ――私の勝ちだったら、夏休み中禁欲生活で」
「ぐっ――――良いだろう。受けて立つ」
ヴィエラ、アレン、レオ、そしてシエラとスティーの五人で、幽霊屋敷(仮)に行くことが決まった。
(一応……お屋敷の事を調べてみましょうか……)
スティーは、事前に情報を得る事にした。
夏休み期間に入った。
屋敷へ向かう日は明日――スティーは図書館に居た。
センリ大学校敷地内、図書館――その中には、生徒の参考資料だけでなく、勿論過去の貴族の記録がされた本なども置いてある。無論、物語等娯楽小説なども。
その数多くの書物から、スティーは貴族の記録本が置いてある棚を巡っていた。
――この学校に編入する際、確かに近くに何らかの廃墟がある事は理解していた。
大きさに関しても、結構な大きさ――表札には「ディアンス家」と書かれていた。
(ディアンス…………ディアンス……)
やがて、その家名の名前が背表紙に記された本を見つけた。
その資料を開き、見る限りかなり力を持った貴族だという事が分かった――セラー家という貴族に権利を奪われ、様々な対策に励むも失脚。自殺を図った……。
「そう言えば、ニゲラ様は「人間の魂は時に、天界に来ようとはせずに下界に留まろうとする場合もある」なんて言ってましたっけ……」
もし、それが「幽霊」と称されるものの正体であるなら、幽霊騒動に関しての信憑性が益々高まってしまう。
シエラの下着を晒すことが、ほぼ確定してしまう――だがしかし、いつかファリエルは言っていた。
――『シエラ様には、価値観をひっくり返さなければいけない時が時々来ます。今の下界では、私たちが意図して隠していることも多々あります。スティーさん、私の代わりにあの方に……自分の目で確かめさせることを体験させることをお願いしても、よろしいですか?』
最初は、何のことを言っているのか分からないが、これもその中の一つなのかとスティーは何故か思った。
というよりかは、少しだけ「幽霊」というのがどういうものなのかが気になって仕方が無い。
ニゲラの神殿にも、そういった類の本はあったものの、ニゲラは「そういうのより、別の物を見よう」等と言って触れさせてもくれなかった――きっと禁じられていた書物なのだろうと感じて今まで避けていたが、知識欲が抑えきれない。
なんなら、グンディーの特訓を休む口実にもなる!
本を閉じたスティーは、明日へのわくわくが止まらなかった。
スティーが述べるディアンス家の事情に、信憑性が増す。
その事実に、シエラは「嘘やろ……?」と真顔を作り、レオとアレンはふんすと鼻息を荒くして彼女の方向へと顔を向けていた。
対してヴィエラが「居るとは限らないわよ」とシエラに助け舟を出す。
シエラがもう一声とスティーの助け舟を期待するが、彼女のわくわくした顔には絶望感を感じていた。
「嘘でしょスティー……私の下着をあんな……あんな厭らしい男二人に見せる羽目になるんだよ? 恋人としてさ……なんか、ないの? スティー」
「でも、幽霊というのがどんなものなのか気になりませんか?」
(あ――――駄目だ。知りたい欲が爆発してる)
こうなっては、逃げ道は無い――シエラは察した。
だが、幽霊が表れなければ済む話だと楽観視、シエラは現実逃避をする。
「げへへ……」
「うっひょー……!」
シエラの下半身に、二人の視線が向けられる。
「いい加減にしなさい」
ばしん、というヴィエラの叩く音が虚しく響いた。
屋敷の大きさは、かなり大きい――通りがかりに見るよりか正面に見たそれは迫力があり、門に張り巡らされた蔓植物が、幽霊の出そうな雰囲気を醸し出す。
見るからに不気味な印象だ。
「やっぱり、やめない? ほら、あの植物……毒がある奴だよ。何らかの形で、何らかの現象が起こって口にでも入ったら大変だよ? 命の危険が――――」
遂に、シエラが弱音を吐いた。
「良いから行くぞ」
シエラの前腕を掴んで、中へと連行もとい連れ入る。
まるで、刑務所に入れられることを拒む囚人が憲兵に入所を強制するかのような、そんなやり取り。
「乙女の肌をそう気やすく触らないで頂戴」
シエラの前腕を掴むレオの手を、ヴィエラが引き剥がす。
「ヴィエラ……やっぱり貴女、私の味方……ありがとう、ありがとう……」
その様子に、シエラが感動してか彼女の両手を握って感謝を述べた。
だが、期待とは裏腹に――ヴィエラの次なる発言はシエラの予想とはまた別だった。
「幽霊が出なければいいんでしょう? まあ、でも約束は約束だもの」
シエラの顔が真顔になる――「行きましょうか」とスティーがシエラの背中を押した。
「神は――――死んだ」
「生きてるじゃないですか。シエラ様が了承したのが悪いんですから、行きますよ~」
――この子は、恋人でありながら他の男に自分が下着を見せることを何とも思わないのか?
「下着なんて布に過ぎません。あの二人がどうして、あそこまで下着を見たがるのか分かりませんし……体を触れさせるという事だったら止めてましたけど」
嗚呼、そういう価値観なのね――シエラはがくりと首を折って諦めた。
屋敷の中は、意外と奇麗なものだった。
外装に関しては、誰も手入れをしようとしない事から雑草除去がされておらず、飛んできた種やらが成長してああなったのだとシエラは分析する。
(ふっ――――――)
やや、諦めモードだったシエラの顔に、喜びの感情が表れ始めた。
一向に、幽霊が表れる気配がしない――そして、レオとアレンは苛立つ一方。
「はーはっはっはっは! 幽霊なんて現れないじゃーん! この嘘吐き嘘吐き、大ウソつき~」
「くっ……コイツ……!!」
馬鹿にしたような笑みを浮かべて、煽り散らかすシエラにレオが「もうこうなったら」とシエラの裾に手を掛けようとした。
「――――ゲフゥッ!?」
そして、ヴィエラの蹴りがレオの顔面を捉えた。
「おま――――オレ、年上だぞ!? オレ十九、お前十六! 年上を敬いなしゃい!!」
「知らないわよ。約束を破ろうとするのが悪いのよ」
畜生、とレオが床を叩いた。
そんなに下着が見たかったのか? と良さを分かっていないスティーは怪訝に思いながら、シエラの方を見る。
そして、ある事に気付いた。
(そう言えば――――神気って幽霊さんたちに影響あるのでしょうか……)
シエラが幽霊を見た事が無い――その事実の真相に、無意識ながらもスティーは気付いてしまった。
創造神の神気という物は、凄まじい――悪魔に関しては彼女に触れるだけで浄化される始末だ。あまりに強大であるが故溢れ出る神気、幽霊など近付けば強制成仏も良い所である。
つまりは、今まで彼女が噂に聞いた幽霊騒動は、本物であることも多かったのだが――ただ単に彼女が近付いて、何かしら触れてしまって、浄化されて成仏したというのが正しい。
幽霊、悪魔等にとっての創造神の恐ろしさの一つでもある。
「シエラ様、神気って抑えること出来ますか?」
唐突に聞かれ、シエラは何の疑いも持たずに「出来るよ」と言って、神気を抑えて見せた。
何となく、シエラという存在の位が下がった感じ――神から人間へと変わったかのような錯覚をスティーは感じた。
「成程……神気を抑えるとそうなるんですね……」
「凄いでしょ~」
そんな会話をしている中、落ち込む二人の男子を置いてヴィエラが先に進む。
もうシエラの勝ちは見えた――「昨日、激擦りしてくるんだった……」とレオとアレンが呟く。この日の為に、昨晩は欲求を抑え、自慰行為を控え、シエラの下着を目に焼き付けて――と考えていた二人だったが、もう一ヶ月半と言う歳月を禁欲することになるとは、とかなり落ち込んでいる。
だが――状況が一変した。
ヴィエラが帰ってきて、発した言葉に空気が変わったのだ。
「私抜きに、何面白い話してるの?」
凄い笑い声が聞こえてきたわよ――そんな事を言うヴィエラに、スティーは「逆に落ち込んでいるんですが」とレオとアレンを指差した。
どういう事だろう――シエラは嫌な予感がした。
屋敷の中を、歩く。
人の気配が、する。
そして、どこからか聞こえてくる床の軋む音――ヴィエラとシエラの額に冷や汗が滲み出ていた。
「外に出た方が良いかしら……寒くない? 日向ぼっこでも」
声が、震えている。
その提案に、シエラもまた「そうだね。その方が良いよ」と便乗するが、レオとアレンは先程と打って変わって機嫌が良く、逃がしてくれそうに無かった。
「確かに、少し肌寒いですね……早くに屋敷内探索を終わらせましょう。幽霊さーん」
この場で、一番度胸があるのはスティーだろう。
がちゃりと躊躇なく扉を開ける様子が何とも頼もしい――ぱりん、と食器の割れる音が聞こえてきたら、すぐさまにその部屋へ向かったのは彼女だった。
((恐ろしい子……!!))
「すげー……」
「俺……「きゃーこわいですぅー!」って抱き着かれるの想像してたのに……」
「何だよ、アレン……オレもだよ」
スティーの様子に、幽霊を怖がるような素振りなどは微塵も無かった。
そして、数分間屋敷内を調査していた時、シエラは右足首を掴まれた感覚を感じた。
(ちょっと……ヴィエラさんや、驚かせないでおくれ)
心臓の鼓動が速くなり、シエラは左に居るヴィエラの方を見た。
だが――よく考えてみたらおかしい。ヴィエラは左に居る、掴まれているのは右足首だ。
(これは――――ヴィエラが何らかの形で右腕を長くして、驚かせる為私の右足首を掴んでいるんだ)
あり得ない推察をシエラはして、現実逃避をした。
だが、よく考えてみるとヴィエラとは手を繋いでいる――彼女は右手が塞がれている。
親指の位置からして、足首を掴む手は右手――実は、ヴィエラは右腕が二本あった?
足首を掴む手はひんやりと冷たい――ヴィエラの手はいつも温かい方だ。
心臓の鼓動が、更に速く、そして強くなる。
額には汗が滲み出て、ヴィエラの手を握る力を強くした。
見たくも無いのに、視線が下に行く――右脚側…………右手が、右手が足首を掴んでいる。
右手首から先は消えており、無くなっていた――右手だけが足首を掴んでいたのだ。
「ヴィエラさんや」
「なあに? シエラさんや」
「右手を二つに増やして、操作する魔法の練習でもしているのかしら――――」
「あらやだ、そんな魔法がある訳ないでしょう? 新しい魔法かしら、後で教えて頂戴?」
冗談を交り合う。
(えいっ☆)
どうか頼むから、消えてくれ――神気を少しだけ足首より放出すると、掴む右手が無くなった。
幽霊が存在するという事実を否定する材料が消えた。作り物の可能性が――消えた!!
「はあ……はあはあ……ハァハァハァ!! ぁぁぁぁっぁぁぁあああ…………!!」
シエラの心の中に、遂に恐怖が芽生え始める。
幽霊という、図り知り得ない存在――悪魔でもなく、死に関する実在は今のところないものの、死んでいるはずの人間が天界ではなく、下界に居る事実、しかも干渉してくる。
「シエラ様ー」
奥の方から、スティーの声がした。
『シエラ様ぁ…………』
男の声がした。
レオとアレンよりも低い男性の声だ。
「声を変える魔法を使うなんて……中々粋なことするじゃない? シエラ様……?」
シエラだけでなく、ヴィエラも声を聞いていたようだ。
「「…………」」
『怖い…………コワイコワイ…………コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ…………』
レオとアレンもその声を聞いた。
そして、戻ってきたスティーが一言。
「厨房に、誰か居ましたよ。右手の無い人です」
丁度、十二時になったのか、カチリと音が鳴り、古時計の音が部屋に響いた。
「ァァァァァァァァァァァァ――――――」
ヴィエラが、失禁しながら失神した。
そして、スティーが幽霊に手招きする。
一体何してんの? とシエラはスティーに実直に、そう思った。恐いもの知らずにも程があるだろう。
厨房の扉から、右手を抑え、骨ばった姿をした男性が生気の宿らぬ顔を覗かせる。
「――――――ォォォォ……ホァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?」
シエラが、叫ぶ。
『どわあぁああぁああああああああああああああ!? 神ィィイイイイイイイイ!!』
幽霊も、叫ぶ。
失禁し、失神もしたヴィエラ、これが幽霊……と幽霊をまじまじと観察するスティー、スティーの行動に呆気に取られるレオとアレン、叫ぶシエラに幽霊――――状況は混沌としていた。
* * *
まさか、本当に居るなんて――布団の中でガタガタ震えて怯えるシエラとヴィエラに、スティーは読書をしながらも横目に見ては汗を流す。
「ヴィエラさん。貴女別の部屋じゃない」
「シオンさん……私の部屋が一人部屋なのを知っているでしょ? お願いだから一人にさせようとしないで頂戴!!」
何があったのか、と聞くシオンに、スティーが事情を話した。
「居たの?」
「居ました」
「そう……興味深いわね」
シエラは精神的外傷を負ったみたいです――そう話すスティーにシオンは「貴女は大丈夫なの?」と聞いた。
「幽霊より、グンディー先生が急に現れる方が怖いですね。気配がある分、幽霊さんの方がマシな気がします」
「あの人、生徒に気付かれないように気配を消して来るものね」
「索敵魔法の特訓で、何とか気付けるようにはなりましたけどね」
「それは凄いわね」
スティーと同様、読書に励むシオンは他人事だ。
「スティーさん。何でそんな幽霊に対して平気なのよ~……」
「寧ろ、こちらとしては何故怖いのかが分かりません……」
「スティー……一緒に寝よ? 三人仲良く……あんなのが近くに居ると思うと、怖くて寝れないよお……」
「わかりました……寝る時言ってください」
――『あの、名前なんて言うんですか?』
――『マックス……マックス・ディアンスと申します……』
――『マックスさん……ディアンス家最後の……ふむふむ――夏休み期間だけで良いので、シエラ様とヴィエラさんが怖がりそうなので、何処かに移動して頂いても? 幽霊って死んでいると聞きますが、食事を摂らなくても良さそうですし、出来ません?』
――『この家から、離れようと思っても出られないんです……すみませんね』
(出られないって言ってたし、近くに居ることは無いんですが……困りましたね)
このままでは、マックスという幽霊と同じ短い金髪に平均的な身長の男性をチラッと見ただけで怯え尽くし、ヴィエラに関してはまた失神してしまいそうだ、とスティーは確信する。
(何とかしなければなりませんね……)
このままでは、デュグロスの件についても支障が出てしまう恐れがある。
それだけは何とか阻止せねばならず、スティーは考えた。
「シオンさん、幽霊ってどうやったら成仏させられるんですか?」
「図書室にある本で読んだ限りでは、心の底から満足すると成仏できるらしいわよ――生前、何かやり残したことがあるのを、させてやる……怪談話なんかでは、大体そういう事が書いてあるわね」
成程、とスティーは考えた。
マックスと会話した後、シエラの事が恐いからと、彼に追い出されてしまった――故に彼の満足する事など知りもしない。よって何を以てすれば成仏してくれるのか見当もつかないし、貴族としての失脚が心残りならば、貴族という身分でもないスティーにはどうすることも出来ない。
(どうしましょうか……困りましたね……)
レオとアレンとの約束も、シエラは果たせていない。
――『し・た・ぎ! し・た・ぎ!』『み・せ・ろ! み・せ・ろ!』
――『早く出て行ってくれぇ……神気が私を浄化する……私にはやり残したことが……』
――『びゃぁぁぁあああ怖いぃぃ……こ、腰抜けた……!! スティー助けてぇえぇぇええ』
――『『し・た・ぎ! し・た・ぎ!』』
――『あ……漏らした……ちょっとちびった……』
――『やめろォ拭けェ……神の発する物は全てが私の敵だァ! 片付けてくれ少女よ!!』
――『ぅ……うーん……寝てたの、私……ギャッ!!――――――――』
――『ちょっ、ヴィエラさん!? また気絶……』
――今日は一段と疲れたと、スティーは本を閉じ、その日は寝ることにした。
二人に抱き着かれ、悶々とした夜を過ごした。




