14th.疑惑
新たに、評価といいねを頂きました。
ありがとうございます!!
校長室を出て、スティーとシエラは動揺していた。
犯人のデュグロスは女性だった? そんなはずは無い。被害者であるシタリーとトワは男性であると言っていた。
それなのに何故、種族がデュグロスであるアリアという女性がこの学校に居るのか。デュグロスは性別を変えられないのではなかったのか――訳が分からない。
「どういう……ことでしょうか。シエラ様」
そう呟くスティーに、シエラは「わからない」と短く答えた。
更に、犯人のデュグロスは校長と言う役職に就いているはずで、教頭などではない。
(ジョンも……犯人の協力者……?)
シエラはそう思ったが数秒後に、それはないと断言する。
ジョンの言動に嘘は一つも無かった――それに、スエの信仰者であったと言う言葉にも嘘は無かった。スエの信仰者は嘘が嫌いな傾向にあると聞く、故に彼が嘘を吐く確率は限りなく低い。
スティーが横で混乱している、シエラもまた混乱していた。
(シタリーもトワも、嘘を吐いていなかった……どういう事?)
デュグロスは数の少ない種族だ――デュグロスについては、冗談交じりに「絶世の美女を探すより、デュグロスを見つける方が難しい」と称されるほどの少なさだ。絶滅寸前の種族、そうそういる訳が無い。
(それに、デュグロスが一つの集落から出る事も珍しい事だと聞くじゃないか。一体どういう?)
もしや、彼女が性別を変容させる力を持っている可能性もあり得るか?
「厄介なことになったね……」
シエラがそう呟くと、スティーもそれに同感した。
――スティーとシエラは、疑われていた。
(時期が、一致しすぎている……)
ここ最近で頻繁に起こるセンリ大学校での女子生徒の自殺――アリアはスティーとシエラの編入時期に違和感を覚えていた。
頻繁に起こり始めたのはつい最近だ。
件数を調べてみれば、数年前より一年に数件あるか無いか、その程度と言えば聞こえは悪いが――最初はいじめによる事が原因なのではないかと疑問視していた。だが、バッテラ区で起こっていたという強姦未遂婦女殺人事件を機に、比べ物にならない程の数にまで自殺者が増え始めたのである。
この自殺にはいじめとは別に原因があると、踏んだのだ。
アリアがこのテュワシーに身を置き始めたのは数か月前――夫や娘と離れる事に消沈しつつも、教員としての転勤とあらば仕方が無いとしてこのテュワシー首都カグマンの街に来た。
(年若い生徒たちの人生を終わらせるような人は――――見過ごせない)
スルトによる編入生の紹介が来た時点で、少し怪しいと感じていた。
彼の話す言葉にも若干の違和感――勤勉で、この学校の生徒たちに尊敬と畏怖の念を向けられる人だと聞いて、少しばかり感心していたというのに、仲間の一人か。
(実力行使も……厭わない。必ず、子供たちの安寧を守って見せる)
校長室より帰ってきたスティーとシエラに、ヴィエラは何やら様子がおかしい事を察して「どうしたの?」と声を掛けた。
「生理ってやつ~?」
向こうの方から、刈り上げの髪型をした男子が声を張る。
黙ってろ、とヴィエラが大剣の剣先を『異収納』よりチラリと見せる一方で、シエラが彼女に疑問を述べた。
「ヴィエラちゃん。教頭って、いつからこの学校に?」
急ね、と一言発したヴィエラは、少し思い出すような素振りをする。
「……数か月前よ。ニットウって国から転勤してきたの。絶世の美女って感じで、奇麗よね~」
ヴィエラが言ったのは、それだけだ。
「ニットウ……」
「来た時の始めての挨拶で、凄く落ち込んでたのが印象的ね。聞いたら、夫と娘さん二人と別居する羽目になっちゃったみたいで…………あの落ち込みようには私たちも吃驚しちゃったわ……」
アレンなんかは既婚者と聞いて、もっと落ち込んでいた――どうでもいい情報が付け加えられる中で、シエラは考えを改める。
(犯人である可能性は低いのか……)
スティーも、シエラと同じ感想を抱いていた。
「それに、エルフにしては珍しく――――官能的で形良し……乳がデカいよな。お前と違って」
エルフ――――アレンは確かに言った。
もっと詳しく聞けば、アリアは髪色が一度も変わっていないと。白い髪に赤い瞳――デュグロスであるとは誰にも思わないだろう。耳が尖っている特徴もエルフと一致する。
殴られ、ボコボコにされるアレンに、シエラは「もっとアリア教頭先生のこと、教えて」と言った。
アリアは、ファブリン区北門より入ってきたらしい、とアレンより聞いた。。
次の学校の休日――ファブリン区の門番に話を聞くことにし、シエラとスティーは寮母より聞いた一室に向かう。
「二階の隅の部屋だって。ちょっと遠いけど、五人用の部屋で広いし、私たち含めて三人だから快適に住めるって寮母さん言ってた」
後ろから付いてくるスティーに、シエラは笑みを浮かべながらそう言った。
対してスティーは「楽しみです」と返し、階段を上っていく。
「階段も、豪華で広いですね」
「高級感があるね」
集合住宅型の寮――元々は大貴族の住んでいた場所であるらしく、その召使い専用の住屋が此処なのだそうだ。
天井には豪華な照明が等間隔に取り付けられ、横には宝石などの高級感あふれる装飾――男子寮は少しばかり女子寮よりも格が低いのだそう。
やがて、隅の部屋の扉の前に二人が到着する。
両開きの扉だ。木の香りが漂う重い扉。
取っ手を掴み、下げて開ける――――中に居た同居人が、スルトの姿が描かれた絵画に祈りを捧げる姿を、シエラは確かに見た。
ぱたん、とシエラは扉を閉める。
「どうしたんですか?」
「――――少し時間を置いて、入った方が良いかもしれない……」
開けたことを後悔し始めるシエラにスティーは怪訝な様子を見せる。
そんなこと言ってないで入りましょう――そう言いながらスティーは扉を開けたが、やがてシエラと同じく閉める運命を辿った。
「なんですかね…………スルトさんって神様だったんでしょうか」
「そんな訳ないでしょ」
同居人は――シオンだ。
スルトをよく尊敬しているなとは感じていたが、ここまでとはシエラも思わなかった。
情熱的な信者だ――――彼女がいずれ「スルト教」を設立する可能性さえ見えてくる。
開く、閉じる、開いてもう一回見る、閉じる、もう一回、閉じる――――夢ではない。幻ではない、せめて幻であって欲しかったが、幻ではない。
「いい加減にして頂戴っ! 入るなら早く入りなさい!!」
――中から怒号が聞こえてくるまで、シエラとスティーは入る事を躊躇していた。
「シオン・スピーシアよ。テュワシー魔道研究会会長ジークンの娘と言えば分かるかしら」
「誰……」
「すみません……よく分かりません」
シエラとスティーにとっては初耳の名前に、順々に知らないことを包み隠さず言えば、シオンが「何ですって……!?」と声を出す。
(それにしても…………凄い部屋だ……)
驚愕を顕わにするシオンを前に、シエラが部屋の中をきょろきょろと見渡した。
目立つ場所に、結構な量のスルトの絵画やらが貼ってあったり置いてある。壁に取り付けてある杖なんかはスルトとほぼ同じ魔道杖だ――余程、尊敬しているのが目に見えて分かるが、本人が見ればきっと引くだろう。
なんだこれは、と慄いて、シオンとは距離を置くに違いない。
(私たちが寝る用の寝台にまでスルト用品が……)
新しく設置されたのであろう二つの寝台には「スルト様専用」「来賓スルト様用」と書かれ、「スルト様専用」の寝台には、彼を模した人形が寝かされていた。
「えぇ……」
遂に、スティーまでもが引いた様子を見せていた。
自分たちは何処で寝れば良いと言うのか、聞けば床だとシオンが言う。
「それはあんまりです」
はっきりとスティーがそう言うと、シオンは「それは、スルト様の寝台よ?」と自分の言っている事の可笑しさを何ら自覚できていない様子だった。
「四半年にも満たないスルトさんとの交流でしたが、見ればきっと怒ることは分かります」
「なっ……!?」
「言おうかどうか迷ってたけど……スルトは男だよ。美少女って感じの見た目だけど……ごめん……」
「嘘よ。信じないわ」
どうしても信じられないだろうから、とシエラは『異収納』にて、冒険者に成りたての頃購入していた嘘発見魔道具を取り出す。その名の通り、嘘を見破る魔道具だ――嘘を述べると吊り下げられた透明の鉱石が赤く光る仕組みである。
「…………噓発見魔道具じゃない。これでどうするつも――――」
「スルトさんは女性」
スティーが虚偽を述べ、鉱石が赤く光る。
「スルトさんは男性」
――赤い光が消えた。
シオンが硬直する――立ち上がり、そして数秒後。
「嘘よぉぉぉおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおお――――――うわぁぁああああああん!!」
嘘発見魔道具は、シオンが尊敬するスルトが開発したものだ。その精度は九割九分以上と裁判等で重宝されていると聞く。それが提示したこの現実は――――彼女にはさぞ辛い事だろう。
「…………手先が器用なんだね。このスルト人形、結構似てるし、可愛いな」
寝台に寝かされた柔らかで大きなスルト人形を持ち上げ、シエラがその頭を撫で回す。
「せめて……スルト専用が一つだけだったなら、私たちも何も言わなかったのに」
「スルト様…………男性だったなんて……」
男性に襲われた経験があるというシオンが、部屋の隅にて指で丸を描きながら落ち込んだ様子を見せる。
「でも、スルトに救われたのは事実なんだし……尊敬するのは止めないで良いと思うけど?」
気休め程度の言葉をシエラは言った。
「そ、そうですよ。この用品……はスルトさんも吃驚されると思いますので、量は控えた方が良いとは思いますけど……」
「スティー……それ、なんの助けにもなってないよ……」
「す、すみません……黙っておきます」
そう身を引いたスティーは、寝台に刻まれた「スルト様専用」「来賓スルト様専用」の文字を消す作業に移行した。
修繕用の魔道具にて、簡単に消せるので問題は無い。
(スルトさんがいっぱい……)
――絵画の撤去作業が、一番大変だった。
ある程度のスルト用品が片付いた所で、一つ気になっていたことをシエラが口にする。
「襲われた男性がどんな顔立ちだったか、覚えていたりする?」
眉をぴくりと動かしてシオンは「嫌な記憶を引き出させたいわけ?」とシエラに凄む。
両の手の平をシオンの方に向けて、そんな意図は決してありませんと返すシエラに、シオンは「まあ、いいわ」と耳に髪を掛けながら、話し始めた。
「髪色は、紫。瞳の色は金色よ――――顔立ちは……まあ、いい方ね。今の校長が就任し始めて二年目の頃に、夜道で急に。私は夜目の利く方で、記憶力も良いから、覚えた特徴に間違いとかは無い筈よ」
デュグロスの特徴と一致する。
(スルトは確か「暗い場所だと、周りがよく見えないから戦い辛い」って言ってたな。シタリーとトワの言った犯人の特徴に、あの時反応が無かったのはそういう事か……)
怖かった、とシオンはその時の状況を静かに言った。
「――その時に、スルト様が助けて下さったのよ。凄まじかった」
相手の立ち回りはほぼ完璧に近かった。機動力に優れ、スルトの魔法発動を予測し、一撃離脱の態勢を取る。
対するスルトは防御魔法で以てその攻撃に冷静に、対処して見せた、と。洗練された魔法戦闘術――周りの民家に被害を出さずに、相手を撃退し得る魔法を瞬時に展開し、無詠唱にて放出する姿に、シオンは当時打ち震えたと言った。
「索敵魔法と防御魔法、攻撃魔法の同時並行展開――――世界の宮廷魔導士を見てみても、これを即座に冷静にやってのける魔導士は片手で数えられるほどしか居ない」
覚えていろと捨て台詞を吐きながら、逃げていく強姦魔。
服を破かれ、ほぼ裸の状態のシオンに「大丈夫か?」と女性的で奇麗な高い声が掛かり、絶世の美女ならぬ美少女という容姿、こちらの裸に大した反応は無し――――女性だと感じる条件は確かに揃っていた。当時は名前だけを聞いたとシオンは語った。
「男性であるなら――――スルト様にとって……私の裸は魅力が無いという事なの……?」
「スルトはそこまで夜目が普通より利かないんだって――普通に見えなかったんだと思うよ」
「……確かに、あそこは街灯なんてもの無かったわね……」
「そりゃ見えないのも当たり前だわ……」
スルトは確かに男性だけども、女性を見境なく襲うような人物では決してない事を覚えておいて――そうシエラは言った。
そして――その時、放送用魔道具にて、アリアの声がした。
『スティー・アマディウスさん、シエラ・アマディウスさん。至急、校長室まで』
なんだろう――――シエラが首を傾げる一方で、スティーは嫌な予感がした。
** *
白い戦闘服、細身の刀身を持った剣――完全装備にて、スティーとシエラの二人をアリアは睨む。
「お二方――――楽しく、人に紛れて犯行を繰り返せると思っていたんでしょうけど……運の尽きでしたね」
何のこと? とシエラは初めに思った。
場所は大学校敷地内にある闘技場――観客となる生徒は居ない。
「……何か、勘違いしてるよね」
そう言うシエラだったが、アリアは耳を貸さなかった。
最近起こっている女子生徒の自殺、強姦殺人事件の犯人である根拠を述べながら、闘気を練っていく。
「……犯人は、デュグロスだよ」
シエラは神、スティーは人間――だから犯人では決してないと言う発言に、アリアは「黙りなさい」と返した。
「私こそ、犯人ではないかと言うのですか? 小賢しい」
「別に。もう思ってないよ――――それ、素の姿でしょ」
色白症――生まれつき、体に保有する色素が薄い状態の先天性症候群。
純白の髪と、赤い瞳がその特徴の一つだ。他の世界においても、症状名は違うものの、ちらほらと見掛けられる。
「色白症のデュグロスは変容しようと、髪は白いままで瞳も赤――陽の強い光に弱いはずだけど、闘気を纏って自分の体を保護してる訳か」
だから、貴女も犯人じゃない――そう言うシエラに、アリアは眉間に皺を寄せた。
「スティー。私一人でやる――――下がってて」
アリアが、その言葉と同時――シエラへと刃を振るう。
(速いね――――)
創造神シエラは――――バースのように、戦闘特化の動きが出来る訳ではない。
しかし、バースはスティーに言っていたことがある。
『母さんには――敵わない気がする。オレだって、戦いたくない。母さん、創造神シエラは、最強だよ』
するり、とシエラが地中に――落ちた。
「っ!?」
空振り、態勢をやや崩すアリアが驚愕した表情を浮かべる。
――「物体をすり抜ける能力」を、自身に創造した。
(どこに――――――)
背後、シエラが地面よりぬるりと音もなく現れる。
「こうやって――――生徒たちを自殺に追い込むまで、追い詰めたのですか!?」
背後に剣を振るった先、シエラの姿はもう無かった。
また――とアリアが背後に視線を向ける。
「なっ――――!?」
アリアにとって、驚かされるばかりの戦闘だった。
おちょくられているかのような屈辱を感じた。
数人ばかりの、子供姿のシエラがそこにいた。分身し、子供の姿にまで変容したのだ。
「――――おねえちゃんに、みらいあるこどもをころせるのかな。しあわせなひとたちを、ころせるのかな?」
幼い声で、子供の姿のシエラたちのうち一人が、そう声を出す。
「そうやって――――変容して、殺したのですか……!!」
翻弄するばかりの戦闘――シエラは決してアリアを傷付けない。
数十分してアリアが体力尽き、彼女が負けを認める。
「殺しなさい……」
アリアは地面に仰向けに倒れて、そう呟いた。
「何でそうなるの。夫と娘が居るんでしょ――まったく」
 




