13th.センリ大学校
前回の話であったセンリ大学校での年齢層の描写を変えております。
よろしくお願いします。
――柱の並ぶ廊下には、眩い日差しが差し込んできている。
長く、そして天井の高い廊下――センリ大学校の廊下。城に住む王族が渡り歩くような廊下に、スティーはきょろきょろと視線を移動させて、頬は少し赤らめ、興奮した様子を隠さない。
手には編入学の為の書類が握り締められている。
「ここが……センリ大学校……」
ニゲラの神殿とはまた違った雰囲気だ。
学校には始めて通う――ニゲラの神殿を学校とするならば話は別だが。
「楽しみだね」
依頼の事を抜きにして、シエラがスティーに微笑みながら言った。
「はい……とても、とても楽しみです」
廊下の横には、女神像の立つ噴水が。
「あれは、どの女神様に当たるんでしょうか」
「分かんない。ああいうのは、大体が美化されているものだから――」
そういうものか、とスティーは視線を廊下の先に向ける。
人の影――正装に身を包んだ年齢や六十程の男性が、こちらに一礼した。
「ようこそ、センリ大学校へ――――スティー・アマディウスさん、シエラ・アマディウス様」
スルトより話は聞いている。
そう言った彼は、中へと案内をした。立振舞いの一つ一つに一切の無駄が無い、歩き方のブレの無さから見て、元はかなりの実力者であった事が窺える。
「冒険者だったの?」
「如何にも……体を暫く動かしていなかったので、もう衰えているでしょうが」
それほど洗練された動きをしていながら、よく言うよ――シエラは心の中でそう思った。
「名前、聞いても良いですか?」
「バスタル――そうお呼びください」
名を聞くスティーに、バスタルはそう静かに返す。
家名までは言ってくれなかったが、スティーは「わかりました」とだけ返し、了承する。他にも聞きたい事はあるが、まずは学校の編入手続きを済ませたい。
自分たちがこれから生徒達と交流する教室も見てみたい――二人の鼓動が高鳴る。
「まずは、寮の方から見ていきましょう――貴女方が通う教室に関しては、少しお待ちください」
今は授業中ですので――バスタルはそう言った。
男子寮、女子寮――当たり前の話だが、性別によって住む寮が分けられている。
寮の近くには魔法練習用の広場があり、授業を受けているのだろう生徒達が教員の指導のもと、魔法詠唱を繰り返し唱え、魔力を練り上げ、それぞれ違った魔法を放っていた。
「――水の属性魔力の練り具合が甘い! それでは返り討ちしてくださいと言っているようなものだっ」
教員の厳しい声が耳朶を叩いてくる。
「その広場は、水の魔法専用の広場です。他に数か所ほど、それぞれの属性魔力を操る為の広場があります――命の属性魔力を扱う為の広場は植物に溢れているので、最初は驚く事が多いかもしれません」
バスタルのその言葉に、シエラが「楽しみだ」と笑って言った。
「この学校に、図書室はありますか?」
説明の途中だが、バスタルにスティーが聞く。
それに対してあると答えたバスタルに、スティーは喜びを表した。
「良かったね」
シエラの呟きに、スティーはにっこりとした笑顔で返事する。
「まずは、生徒への挨拶をお済ませくだされ。校内放送にて、正式に代表の者に挨拶をしていただきます」
総数三十名ほど――様々な年齢層の生徒達がス、ティーとシエラの顔をまじまじと見つめていた。
「奇麗」「すけべだ……」「話してみたい」「おっぱい」「仲良くしたい」「下着は何色?」「賢そう」等と言った声が聞こえてくる。
この教室は特待生や飛び級等と言った優秀な生徒が集まった教室だと担任の教員が紹介した。
「自己紹介なんて、時間が勿体無いわ」
天界でバースの従者をやっていたメトリーのような塩対応を見せる女子生徒が呟く。
赤毛でメトリーと同じくおかっぱ、やや大きめの眼鏡を掛けている所までメトリーにそっくりだ。もしやメトリーが下界で自分たちの様子を見る為に? とスティーは思ったが、バース様に一途ぞっこんな彼女が此処に来るわけないか、と改める。
「えっと、じゃあ簡潔に……」
時間が勿体無いという彼女の容貌に応え、スティーは短い文章にて自己紹介を試みた。
「スティー・アマディウスです。スルトさんのお力添えを頂きこの学校に――――――」
「スルト様ですって!?」
おかっぱの彼女が立ち上がり、声を張る。
シエラもそれには「わお……」と驚き、ぎょっとした表情を浮かべていた。
教室に居る生徒の大半が「スルト様の名前が出たぞ……」とひそひそ声を出し、担任に関しては肩を竦めて「付き合ってあげてください」と困り顔――スルトが何だというのだ、とシエラは先程声を張った女子生徒に聞く。
「スルトがどうしたの……?」
「スルト様を呼び捨てにして、何のつもり!?」
「ええ……!? ゴメン……」
急に怒鳴られ、しゅんとなるシエラを横目に、スティーが「スルトさんは知り合いなんです」と助け舟を出した。
「スルト様は……私たちにとっては勉学の神様なのよ」
――――初耳だ。
スルトが勉学の神様。叩きつけられた生徒の彼の評価に、シエラはあっけにとられ、口をポカンと開けていた。
「スルト様は、様々な分野において多大なる魔法――日用魔法から実践向きでかつ高度な魔法までも生み出した天才! 魔道具開発にも甚大な貢献を果たした偉大なお方なのよ!!」
約二か月くらいの付き合いながらも、スルトを知るシエラからすれば「スルトってそんな凄い奴なのか?」と疑問符が浮かぶ発言だ。
「――――麗しいお方であると聞くわ! 貴女のようなすぐ調子に乗ってそうな女性は、似合わないわ!!」
「そうだそうだ! 詫びとして下着見せろ!! そして寄越せ!!」
「アレン、お前は少し黙ってろ。今は真面目な話だ」
彼女――――スルトが聞けば、激怒待ったなしの単語だろうな、とシエラは内心笑みを浮かべていた。
だが、怒られた事の方がかなり衝撃的なのか、すぐに落ち込んだ表情になる。
――そして、改めて自己紹介。
時間が勿体無いと言っていた少女は何やらぶつぶつと呪詛のような言葉を呟きつつ、スティーとシエラの事を見ていた。
清楚な雰囲気のお嬢様と言った風貌の少女、自己紹介をしているというのに無視して魔法の練習に励む少年、机の上に足を置いて不真面目な態度を取る青年、すけべな発言を繰り返す少年とそれに準じて性的な発言を繰り返す周りの少年少女、顎をくいっと上げて形だけでも見下してくる小柄な青年、顔を机の足の方にまで頭を下げてスティーの下着を覗き込もうとする少年まで、十人十色の顔触れが揃っている。
この教室の人間は本当に天才の集まりなのだろうか、とシエラはちょっとした偏見を抱いた。
すっと視線を横に移動させると、やや放任状態だ。
制服を着ておらず、豪華な装いをした生徒も見掛けられることから、家柄の良い生徒が居て中々強く当たれないのだろう事をシエラは察す。
「シエラ・アマディウス。よろしく」
家名が同じ、そこに関して一人の生徒が冷やかすように「恋人関係ですかぁ?」と声を出した。
「そうだよ」
シエラの答えに、しん……と教室が静まり返る。
「興奮した」
「脱いだ」
「通報した。憲兵、憲兵!!」
三つ子の男子生徒が順々に声を出す。
学生生活第一歩目が是とは――――この依頼、確かに最高難易度であるのは間違いないかもしれないとシエラは思った。
後ろ窓側の隅、スティーとシエラの席はそこになった。
――スティーが一番後ろで、シエラはその前だ。
「よろしく、お二人さん」
すてぃーの横から、奇麗な声で挨拶が掛かった。
傾国の美女、と言えば妥当だろうか――美しい容姿を持った女性だ。赤い髪に、同じ色の瞳。皺一つなく、しっかりと整えられた制服に身を包み、右手で頬杖を突きながらスティーに話し掛けていた。
胸は控えめだが、他の所を見てみると女性らしくて良い体の線を持っている。平均的な女性より少し高めなくらいだ。
「私、ヴィエラ――ヴィエラ・トールセン。スティーさんとシエラさんと呼べば良いかしら」
「は、はい。私もヴィエラさんって呼んでいいですか?」
「私はヴィエラちゃんって呼ぶね」
スティーとシエラがヴィエラにそう返すと、にっこりと微笑んで、「改めて、よろしく」と彼女が返す。
彼女は十七歳らしく、飛び級でこの学校に来たのだそうだ。十二歳でこの学校に入学した天才少女――魔法剣士として冒険者稼業も営んでいるとのことだ。
「この教室は、ちょっとした変人は多いけど――――見ていて飽きないわ。さっきのは、洗礼と思って頂戴?」
洗礼――何だか嫌な響きだな、とシエラは思う。
「大丈夫。慣れたら何とも思わなくなるわ」
ただうるさいだけ――そう言うヴィエラの笑顔に、彼女も生徒達には思う所があるのだろうと二人は察した。
学習しに来た事は兎も角、冒険者の依頼としてきた事は、内密だ――スルトの言葉を二人は思い出す。
冒険者が学習の為に大学校などに通う事は、ザラにある話だが――依頼である事を知られてしまえば、他の学校にもその情報が共有される可能性が高く、失敗に終わる可能性も捨てきれない。
「大学校って、設備が整ってるって聞いてね。色々な実験とかして、冒険者としての活動に活かせたら素晴らしいでしょ?」
半分、嘘を含めてシエラが言った。
「確かに、そうね」
ヴィエラは、何も疑わずにシエラに頷いた。
十分間ほどの休み時間――ヴィエラとの会話を三人は楽しんでいた。
内容はプテラル討伐でのスルトの様子だとか、スルトの事ばかりだ――この学校ではスルトという存在は偉大な人物として崇められているらしい。センリ大学校に編入学出来たのもこのおかげだろうか。
「スルト様……男性だったのね。知らなかったわ……」
過去に、スルトの姿を一目見た事があるというヴィエラは完全にスルトの事を「女性」だとして認識していた。
容姿的に、美少女である為仕方のない事であろう――赤毛おかっぱの女子生徒、シオンという名の彼女が聞いても信じないだろうね、とヴィエラの言葉にどうしてか聞けば、彼女は男性に良い思い出が無いらしく、スルトの事を世界最高の功績を持つ女性魔導士と思っているのだとか。
「彼女は数年前、男性に襲われて危うく純潔を散らすところだったそうよ――目立たないけど、美人だもの」
危うく、という事は避けられたのか――そう察したシエラに、ヴィエラは続ける。
「助けたのはスルトさん。寮で彼女の部屋を見れば分かるけど――スルトさんを物凄く尊敬しているわ」
――二人の自己紹介の時の情熱的な態度は、そういうことだった。
寮近くの広場にて、剣と剣のぶつかり合う音が響く。
今は――昼休み。
普段、どんなことをしているのかというスティーの質問と、それを見てみたいという事で、目の前で戦闘が始まった訳だ。
それを見せる為に駆り出されたのは自己紹介の際に、下着を見せろそして寄越せと言っていた青年だ。明るい茶色の短い髪に、それなりには高い背丈、黙っていればモテそうな整った顔立ち、程よく付いた筋肉――年齢十七歳。
二人、共に先程までは制服だったが、今は動きやすい半袖の服装に着替えている。
ちなみに、手合わせの相手はヴィエラだ。
「なあ、ヴィエラ――女ならもうちょっと小さな剣にしたらどうだ」
大剣を片手で持って、軽々と振り回すヴィエラにアレンがそう言い放つ。
「余計なお世話よ」
アレンは、強い――軽やかな足取り、踊っているかのような動きにて実践向きの動きを見せていた。
それ即ち水の如しだ。ヴィエラは大剣の重さを利用した力に特化した動き。
「胸も小せえんだから――――おっと」
「ぶっ殺す!!」
大剣が叩きつけられ、土煙が舞う。
「胸筋を鍛えると、胸の脂肪を燃焼するからそんなに小さいのか~?」
ギシ……と大剣の柄より力が加えられる音がする。
アレンは、剣の才能に溢れていると他の生徒から聞いた。
「迷宮じゃ、そんなデカい剣は不利って聞くぜ~。壁に当たって、振り回せないってな……あ、壁ってお前の胸の事じゃないからな」
防御型の流派に属するアレンは、胸の事で煽られて怒りの表情を顕わにするヴィエラに肩を竦めながらもそう言った。
そして、ヴィエラが「フッ」と笑って、煽り返す。
「あら……防戦主体の流派に属するヘタレながら攻めに転ずる事のできない貴方に言われたくないわ」
ジトッとした目付きに変えて、不敵な笑みを浮かべながら、続ける。
「女絡みも防戦主体――――まーだ童貞なの? 拗らせ童貞、防戦主体の戦闘術に長けてれば、童貞を守る事にも長けるって事が、よく分かったわ?」
ぐはっ、とアレンの口から苦痛の声が漏れた。
「青春だなぁ」
シエラの口から、その単語が述べられる。
剣を地面に放り、アレンとヴィエラによる口喧嘩が始まった。
「ヘタレ童貞!」
「乱暴貧乳!」
「スティー、分かる? 相性良さそうだよ」
「そうですね」
「「何処が!?」」
二人の声が揃い、シエラとスティーに叫ぶ。
やはり、相性は良さそうである。
「――――はあ……シエラさん、スティーさん。貴女たち見る目が無いわよ……あ、教頭が来たわ」
腰に手を当て、二人にそう言うヴィエラは後ろの方を見て、手を振った。
手を振った先、後ろを振り返ると美しい女性が居た。
純白の髪に、赤い瞳――男たちが束となって奪い合うであろう、凄まじい美貌。その容姿はシエラ並みに優れていた。
この人が教頭――男子生徒にとっては素晴らしい逸材であろう。
「こんにちは」
教頭と呼ばれた彼女が、スティーとシエラに挨拶をする――澄んだ声に、スティーは緊張し、シエラは「どうも」と声を出す。
「スティーさん。シエラさん――――校長との挨拶の準備が整いましたので、校長室までお願いします」
「はいっ。行きましょうシエラ様」
「あ、うん」
行ってらっしゃい、とヴィエラの声が背の方より掛けられる。
校長室、その中にある柔らかな椅子に腰かけて、スティーとシエラは校長が入室してくるのを待っていた。
「スルトさんから、話を聞いています――この大学校にて勉学に励むと」
どうして、うちだったのですか? そう問いかけられ、スティーは答えに悩む。
「この学校が名門校だって聞いた。どこまでスルトが話してるのかわかんないけど」
「この学校に在籍していれば、色々な事を学べるだろうから――――スルトさんより紹介されたと聞きました」
「大体、そんな感じかな」
他の学校でも良いのでは? シエラに対して話をする教頭は詮索をしていると、スティーも察して汗を一つ流す。
面接試験など、無い筈だ。面接試験でもないのに、志望動機など聞いてどうしようと言うのだ――シエラは疑う。
「コルテラに行けば良いでは無いですか」
明らかに、こちらに対して何か不都合な点があるかのように、振舞っている。
教頭――アリアと名乗る彼女は何だか怪しい。
そんな中で、校長室の扉が開き、太った男性が入ってきた。
「ふぅ~……暑い暑い。おや、編入生さん。こんばんはですね……オリベンと申します、ここの校長を数年前より務めさせてもらっておりますぅ~……ふぅ~~~~」
はち切れんばかりの履き物、正装からは腹の肉が見え、顔には大量の汗――なんとも不摂生な体型だろうかとシエラは思った。スティーはパルバトにて最初に話した女性を思い出す。
黒い髪、緑の瞳――年齢は五十程だろうか、背は高い方だ。
「私からの挨拶はこれにて、簡潔に終わらせたいと思います……ふぅ~~」
シエラとスティーの後ろを通り、校長机の椅子にどかりと座る。
(…………化粧品の匂いだ)
化粧下地の粉の匂いを感じ取ったシエラは校長の顔を見た。
ふがふがと音を立てて呼吸する様子は何とも言えない――サグラスならば喜んで、踏まれることを懇願するに違いない。
人当たりは良さそうだ。悪意らしい悪意の欠片も感じられない――若干、アレンと同じくいやらしい目線を向けられてはいるが、敵意も感じられない。
(シロ……ですかね……)
スティーは校長に対して分析した。
――センリ大学校の校長が犯人であれば、依頼の達成がより目前に迫っていたのだが……とスティーは自分の予想は当てにならないと落ち込む。
それに、シタリーとトワの情報提供通りならば、校長の目が両方健在なのもおかしい。
欠損を回復させるほどの魔法は、宮廷魔導士程度の優れた魔導士でなければ使えないと聞く――スルトがその一例らしいが、スルトは被告対象から大きく外れている。
アリアという女性の方が怪しいが――勉強した限り、デュグロスは性別までは変えられないし、骨格も変えられない。
それに身長も犯人とは異なる。
(デュグロスと条件に合う特徴は――――尖った耳だけですね。エルフでしょうか)
アリアも、シロであろうとスティーは分析した。
エルフであるなら、尖った耳という特徴も頷ける。
(もしかして、彼女もこの学校に調査しに来た身で、私たちの方が疑われているのでしょうか……)
そう思って、潔白を証明するには今だ――スティーが口を開いた。
「実は、私たち――――」
調査をしに来た――そう言おうとした時、彼女はシエラに手で口を覆われた。
「――――?」
「なんですか?」
アリアが、スティーの発言しかけた言葉を待つ。
そんな中、こっそりと聞こえないか聞こえるかぐらいの声量にて、スティーはシエラの口から確かにきいた。
「教頭は――――――デュグロスだ」
背筋が、ひやりとして、スティーは動揺する。
「お、お手洗いに行っていなくて……行って来ても?」
「――――挨拶中だよ。スティー」
「す、すみません……」
やっとの事で誤魔化した言葉は、それだった。
 




