12th.男は悪びれない
とある一角、女と男が何やら揉めていた。
「元はと言えば、テメエのせいだ」
体中に無数に刻まれた傷跡を見せ付けながら、男は言った。
責任を擦り付けるように、これもお前が紹介した女の旦那が付けた傷だ。責任は全てお前にある――そう男は苛立ちを表しながら、女に愚痴を吐く。
知らないわよ――女は手をふりふりと振って、相手にしない。
「アンタが弱かったんでしょ。片目を失くしたアンタ――結構色男になったんじゃない? うふふ」
ケッと男が唾を吐く。
フランという女性の夫――ドルイドの付けた傷は傷毒石によるもの。特別な処置をしない限りはその傷跡が残り続ける。
その特性を持つ鉱石に、男イーサンは決して消えない傷を負わされたのだ。女を攫い、欲のまま犯してそれからも快楽日常を送れているはずだった。
逃亡した後、急いでこの一角に足を踏み入れ最上級回復薬を以てして止血、そして今や体力を休めている所だ。
(あの場には俺に傷を付けやがった男の他に二人女が居た……あの場で殺しておくべきだった……)
恐らくはこの先、依頼が出される。
このカグマンという首都に鎮座するサグラスという神は人殺しが嫌いだ――今の今まで、人殺しに関連する依頼は優先度が高い依頼として冒険者に召集が掛けられていた。
(変容能力で、それを避けられてたってのによォ……)
自在に自分の顔を変えられるデュグロスにとって、顔に付けられた大きな傷跡というのは致命的なものだ。
「デュグロスって、傷隠せないの?」
「さっきから言ってるだろうが」
「聞き流してたわ」
「テメエ、ミランダ――協力関係になきゃテメエを殺してたぜ」
「私と戦っても、貴方は私に勝てないわよ。私は神に愛されてるおかげで――便利な能力があるもの」
そんな事を言うミランダに、イーサンは大きな舌打ちを放った。
どんな能力かはイーサンにも分からないが、厄介な能力だという確信はあった――戦ってもやりづらいのは確かである、とイーサンは周りの物に八つ当たりをする。
「物に八つ当たりする男ってきらーい。最低最悪ね」
「黙れェ!!」
肩を竦め、ミランダは「ごめんなさ~い」と煽った。
「能力が無ェと男を他の女に取られるような女が……」
「――――――喧嘩売ってんの? 殺すわよ」
空気が張り詰める。
兎にも角にも、この状況が非常に不味いのは変わらない――傷跡を無くさない限りは外を出られない。
(テュワシーが平和なのがいけねえ……外の国じゃ隻眼なんてそうそう珍しくもねェが……)
この国の何処かに、世界最強の元冒険者が居る――所在は不明。どこの都市に居るかも分からない。
名前も分からないのに、本当に居るのか? 噂程度には聞くが、実在しない冒険者を犯罪抑止に「居る」と言っているだけなのではないか? ――そう思うも、戦闘特化の魔族であるイーサンの直感は「嘘ではない」と語っている。
確かに、この国には居る。
――戦闘に秀でた者は、闘気そのものを抑制し、その実力をも隠せるという。
普通の人間程度に闘気を抑え、普通に生活している可能性が高い。もしそんな人物がこちらを襲ってきたら溜まった者ではない。
(どうするか――――暫くは隠密行動に尽力しておくしかねェか)
そう感じた後、イーサンは手紙を書いてミランダに渡した。
「これをファブリン区のセンリ大学校まで届けろ――俺は伝書鳩なんて洒落たもん持ってねえんだ。頼むぜ」
「何でアンタの手伝いなんか……」
「テメエも暫くは隠れなきゃいけねえんじゃねえのか?」
「――――しょうがないわね」
「あと――――――テメエに教えて欲しいもんがある」
** *
ジョンから貰った情報に、シエラは驚愕してばかりだった。
犯罪者が――――校長をやっているとは思いも寄らなかったからだ。
ひっそりと身を隠して暮らしていると思っていたのに、まさか堂々としているのは腹が立つ。清々しいと言えば清々しいのかもしれないが、今の今まで、人を犯して殺しておいて……腹が立つ。
(腹が据わってやがる……)
ジョンと話した翌朝に、スティーの記帳した内容を読み返しながら、シエラは犯人を嫌悪する。
「シエラ様、顔が怖いんですが……」
眉間に皺を作り、苛立ちを隠さないシエラにスティーが怯えた様子を見せる。
――寧ろ、堂々としているからこそ捕まらないのかもしれない。変容能力を使い、別人に成りすまし「自分は関係ない」という素振りをするまでもなく、悪びれもせずに暮らす。
疑われないのも頷ける。
全く関係のないような身近な人が本当は犯罪を犯していたなんて殆どが考えないはずだ。
「シエラ様……どうしますか?」
これでは色々と都合が悪い――もし、学校でデュグロスの男が好かれているのであれば、悪者は完全にこちらになる。
事情を知らない生徒にとっては「いきなりやってきて、校長を殺した最悪の人殺し」という評価を植え付けられてしまう。下界を冒険するにしても、それで指名手配でもされれば都合が悪い。
「――――シエラ様っ!!」
スティーの強く呼ぶ声に、シエラははっとした。
「ど、どうしたの?」
「そう怖い顔をなさらず、まずはスルトさんに相談しましょうよ」
報告、連絡、相談――――冒険者要項にも大事だと書かれていることだ。
また、少し冷静さを欠いていた――シエラはスティーに一言詫びた。
今日は、スルトは依頼を遂行しているらしく、ギルドには居なかった。
「まあ……待つしかないね」
仕事をしている彼に文句を言っても仕方がない。
冒険者という職業は、依頼を熟して日銭を稼ぐ仕事だ――そもそも、自分たちに彼が言っていた「費用は全て自分持ち」という文言を反故にしない為には、やはりと言うべきか稼ぐ必要がある。
「あ、グラン」
ギルドの中の掲示板に、グランの姿があった。
ジェアンとウォルフの姿は無く、今日は一人の様である。
「ジェアンは? ウォルフも居ないし……」
「ああ、アイツらな……」
グランの顔が暗い――嫌な予感がして、シエラとスティーは立ち尽くす。
「昨晩、ギルド長に刺されたそうだ。幸い、命に別条は無かったみたいだが――ギルド長も実は元冒険者らしくてな。傷が深くて完治に時間が掛かるって聞いた」
だが、彼奴等なら早々にまた活動を再開するさ――そう笑って誤魔化すグランに、シエラは「そっか……」と返す。
そして、彼曰くスルトとグラン、ジェアンにウォルフの四人は、解散する事になったらしい。このままではお互い、都合の悪い事が絶えなくなるだろう――そんな考えをグランは口に出す。
「気に病むなよ。シエラ様よ」
グランは、俯くシエラの頭をわしわしと撫でた。
「――――不敬な、なんて言うのは勘弁してくれや。ハハッ、さらさらしてんな~髪。俺のはゴワゴワだからいけねえ――触ってみるか?」
そして、スティーの頭も撫でて、にこりと笑って同じ評価を述べる。
グランの髪は、確かにゴワゴワとして硬かった。
「俺はカグマンの外――北にあるブランべという街に越す事にした。そこにゃ迷宮があるから、結構な稼ぎを期待できるんだ。いつかは会えると良いな」
達者でな――カグマンで受ける最後の依頼を受付に持って行ったグランの背中は、シエラにも大きく見えた。
「気分転換――――と言ったらなんですけど、私たちも依頼を受けてみませんか? 難易度の低い簡単なのを」
このまま、落ち込んでいては今朝みたく、冷静さを欠く。
「自然物は――心を落ち着かせてくれるらしいですよ。だから、自然の見える依頼を受けましょう」
「そう……だね」
微笑を返したシエラを見て、スティーは植物採集の依頼書を手に取って受付へと持って行った。
緑一色――南門から出て右に一時間ほど歩いた所の山で、会話をしながら植物を採集する。
「――――ある人間がね。私を神だと信じてくれなくて、こう言ってきたんだ。「神であるならば、創造神であるならば、誰にも登れぬ山を創ってみてはくれないか」ってね」
採集する植物は普通の山菜だ。
比較的簡単に見つかったそれらを採りながら、シエラは話を続ける。
「それで、私はどうしたと思う?」
「創ったんですか?」
「砂をさらさら~っと落として、砂の山を作った。水で固めて、粘土みたいにね――そしたら人間は「ふざけてるのか」って怒り始めてね。ふざけてないよって言って、じゃあ登ってごらんよ、絶対に登れないからって続けた」
「ふむふむ……」
「砂の山って崩れやすいだろう? その人間が乗ったら、勿論崩れて砂の山じゃなくなった――ほれ見ろほれ見ろって言ったら今度は「では、その山を登れる靴を創ってください」なんて言いやがった。私がやったみたいに山を作り出してさ」
「なるほど……」
「靴じゃないけど、体重を軽くする神器を創ってやった。それを自分に付けて、登ってやったんだよ~」
「面白い発想ですね。それでどうなったんですか?」
「そしたら、にやってして人間が「なんだ。絶対に登れない山ではないじゃないですか」とか言いやがったんだ。今思い出しても腹が立つっ」
「まあ、確かに、絶対に登れない山ではなくなりましたね」
「でも私は言った――何言ってるんだ。この神器が無ければ絶対に登れないのだから、この神器が無い限りは絶対に登れない山であるのに間違いはない」
「確かに……!!」
「毒の空気に塗れた山にしても、毒の空気に対する防護服が無ければ「絶対に登れない山」であるのに間違いは無いんだ。屁理屈だって言われちゃったのはちょっとだけ悲しかったけど。結局創造神であるとは信じて貰えなかったけど」
「その人間さんは、ずっと信じてくれなかったんですか?」
「まあ、でも悔しくないさ」
――この依頼を熟す中で、シエラにとって気分転換になったのは間違いない。
空気の奇麗な山の中、可愛らしい動物たちも沢山居る。鳥のさえずりが辺りから聞こえてくる。
「スティー。久し振りに…………その……しない? 夜……」
気分転換の一つとして、シエラが赤くなりながらスティーに言った。
「――――唐突ですね」
そんな要素などあっただろうか、と目線を向ける彼女にシエラは慌てる。
そして、上目遣いで「駄目?」と一言。
「――――良いですよ」
――その夜は、いつもよりかシエラは積極的だったとスティーは印象に残った。
嫌な事を全部忘れてしまいたいのだろう。必死に自分の体を堪能しようとする彼女にスティーは体を震わせながら、受け入れて、要求に従った。
明日からは、これを機に本格的に犯人捜しをする。
大学校の事だとかも、スルトに相談して、それから色々と計画を立てて、依頼を遂行する。
「今は、すっきりしたい――数時間そこらじゃ足りそうにないかも。朝までしてても良いかなあ」
舌を這わせて、短く声を漏らすスティーにシエラが言った。
対するスティーは、火照った様子で返す。
「流石に……私が疲れるかもしれません」
「……回復魔法、掛けるから」
「それなら――――良いですよ。満足するまで、どうぞ」
――濃密な夜は、シエラにとっては早く過ぎた。
翌日の昼――ギルドの相談室にて、スルトに対してスティーがガウス教の教会で得た情報を見せる。
(シエラの奴……今日はやたら御機嫌だな。ツヤツヤしてるし――――見覚えあるぞ)
「シエラ様の事に関しては気にしないでください」
シエラの様子を悟られたことに気が付いたスティーが、顔を赤くしながら言った。
ああ、なるほど……とスルトは察し、空気を読む。
兎にも角にも、と今は依頼の事として、本題に映った。
「校長をしているなんて、清々しいな。腹が立つ――――ファブリン区で女学生の自殺が相次いでいるのにも関係があるかもしれないな……」
「勘だけど――関係は大有りだと思う」
「だよな……」
昨日のスルトは、丁度ファブリン区の調査をしていたらしい。
追加として自殺未遂に終わった女学生への心的外傷を、何とかしようという試みも――依頼は何とか成功という結果になったが、まだまだ解決するべき項目はあると彼は自分の手帳に何かを記していた。
今日はいつもとは違い、眼鏡を掛けている――こうしてみるとやはりと言うべきか女の子にしか見えないとスティーは思ったが、見破られる。
「む――――俺にとって嫌な事を考えているな? スティー」
「すっ、すみません!」
――ちなみに、眼鏡は伊達であるとの事だった。
何かしら集中したい時の為のある種の反復動作――度重なる心労に苦しんでいるだろうに、立派だとシエラは内心賞賛していた。
「――――俺を褒めても何も出ないぞ。シエラ」
シエラの視線に、スルトがそう言った。
「……褒め言葉くらいは、素直に受け取って欲しいな」
そう言い返すシエラ。
スルトは――その後、照れ臭そうに彼女の褒め言葉を貰っていた。
そして、ギルドの前にある喫茶店にて、シエラの奢りにより甘い馳走を受け取っていた。
ギルドの中に戻り、スルトは相談室にて、依頼の進捗状況をより進めるべきとして言った。
「ファブリン区の何処かの学校で校長をしている――ジョンというガウス教の人間はそう言ったんだな?」
「はい。どの学校かまでは彼も知らないと……」
スルトの問いに、スティーが手帳を見ながら言った。
「有名どころで言えば、センリ大学校だ。幅広い年齢で生徒が居る、偏差値の高い学校だな――他の学校にも色々と融通の利く学校でもある」
センリ大学校の校長が犯人の可能性は低いだろうが――そうスルトは呟く。
「追加の依頼をしても良いか? 実は自殺の件は、センリ大学校の女学生が一番多くて……まあ、いじめの可能性が高いが、」
「編入……ですか?」
「察しが良いな。スティー」
手続きを済ませるから、編入してその調査をお願いしたい――そうスルトは続けた。
「シエラから聞いた。スティーは勉強したいのだから、都合的にも良いんじゃないか? 勉強をしながら、友達を作り、自殺の原因を探る――俺は、もう大学校で学ぶことなんてもう無いしな……。スティーの場合、学校で学ぶためにも生徒として潜入が可能だ。シエラはまあ……見た目十七くらいだし、大丈夫だろう。年齢も誤魔化しておく」
センリ大学校は他の学校に融通が利く。他の学校にも赴く事が出来るから校長として活動しているデュグロスの男の事も調べられる――二つの依頼を熟せて一石二鳥だ。いや、スティーは勉強できるのだから一石三鳥以上は確実であろう。
「学校か――――私も初めて通うよ」
スルトは何者なのだろう――――そんな疑問がスティーの中に浮かんだ。




