11th.ガウス教
ミトと公園にて話した数日後の朝――宿屋にて、シエラはスティーの横で情報の整理をしていた。
ドルイドに命を救われたシタリーとトワが語るに、デュグロスの男は右の頬からその上、右目に掛けて大きな傷を傷毒石により負ったと――傷毒石で傷を付けられると、特別な処置をされなければ傷跡が残る。
ドルイドはこの犯人の確保に向けての素晴らしい置き土産をしてくれたとシエラは紙面に整理した情報を書いていく。
変容という特性を活かしても、傷跡は消えない。
恐らく、犯人はバッテラ区から別の区へと姿を眩ました可能性もあるだろう。
「どう探すべきか……」
「手伝いましょうか?」
横からスティーの声が掛かった。
「いや、大丈夫――――」
「いいえ、私も手伝います。シエラ様と二人三脚、この依頼には私も参加します」
あんなことがあって、黙ってなど居られないと。
そう言うスティーに、シエラは彼女の協力を拒むことは出来ないと察した。意思は固く、どんな目に遭ってでも、あの泣いていた子ども、ユリを救ってあげたいとそう強く決心を顕わにしていたのだ。
そんな彼女に、シエラは昨日起こったことを話していく。
シエラが語った情報の中、スティーが怪訝に思って呟いた。
「ミランダさんという方は……どうして、フランさんが殺されたことを知っていたのでしょう」
目を見開いて、シエラも「確かにその通りだ」と今更ながら気付いた。
誰かが殺された――その情報が新聞などで知らせられるとしても乗せられる情報は「二十代女性」だとか、断片的な単語の羅列のはずだ。
「スティー……君は天才だ」
あの時は自分も冷静じゃなかった――ミトの悪口を見過ごさず、怒りのままに感情を動かしていたから、スティーの解釈通りの考えを持てていなかった。
ガウス教――――聞いた事の無い宗教団体名だが、これは謎を解く鍵になる。
「行こう、スティー」
「はい!」
――ギルドの中、スルトはシエラの質問に答えていた。
内容は勿論、ガウス教の事だ。知っているかどうかだけを聞いた。
「ガウス教なら聞いた事あるぞ。数年前に現れ始めた宗教団体だ」
「ガウス教」――中々、癖の強い連中が揃っているとスルトはギルドの相談室の中で、シエラとスティーに情報を述べていく。
「俺がこのギルドに入り始める前に出来たらしい……魔術訓練や資格の勉強などで忙しくて、外の事をあまり知れてなかった俺の耳にも入ってきてた――実際、俺の方にも勧誘が来たからな。断固拒否したけど」
ニゲラの信仰者である為、勧誘を断固拒否したが。そう語るスルトに「教会の場所とか知ってる?」とシエラは聞いた。
「コスモト区にある。コスモト区北西の位置に結構な大きさの教会があったはずだ」
ギルド職員より出された飲み物を口にしつつ、スルトはカグマンの小さな地図本を取り出し、その場所を指示した。
ガウス教は得体の知れない宗教団体だから、乗り込むには気を付けた方が良いぞ、ともスルトは言った。
「乗り込むわけじゃないんだけどね」
「依頼の事と関係ある事だ」
シエラの言葉に、スルトは目の色を変えた。
「ガウス教が……!?」
それはどういう意図で、と身を乗り出して言うスルトに、横からスティーがミランダについてを教えた。
確かに、とスルトは考える。
「先日の新聞でも、フランさんの事に関しては「二十代女性――強姦未遂にしろ、殺害される」と書かれてたな……ミランダって人は初めて聞いた」
シエラがミランダの特徴を言っていくが、スルトは「そんな人ギルドに居たか?」と心当たりがないと口にする。
「多分、事務的な仕事をしていたんだろうな……」
ギルドの事務は冒険者との関りはそうそうない。そう言ったスルトにスティーが手帳に記録を取っていく。
「ミトさんの悪口をめっちゃ言ってた」
ついでに、昨日起こった出来事もスルトにシエラは言った。
「――――それは、ちょっと許せないな……」
相談室の外、ギルド長もミトの悪口を言っているが、もはやそれはスルトも聞こえないふりをしていた。
今日もミトは仕事を休んでいる。
「ユリちゃんの事を任せてる。今日は何も言われないで良かったよ」
「寂しいって言ってたから、正解かもね」
「…………ミトさんが泣いている所なんて、見た事なかったし、見たくは無いな」
「言うようになったじゃんか、スルト。色男め」
そういう意味で言ったんじゃない――そうスルトは赤くなりつつも、返した。
「スティーは何か案はある? こうした方が良いとか……」
シエラの問いに、スティーは少し考えて二人に向かって意見する。
「やっぱり、ガウス教? の教会に行ってみる方が良いと思います。彼らが何をしているのか分かりませんが、恐らくは依頼達成の鍵になるのではないでしょうか」
「じゃあ、馬車を手配しておく。お前たちが依頼で使う文のお金は俺が全部持つから――必要な事があったら全部言ってくれ。助けになりたい……」
「ありがと」
「よろしくお願いします。スルトさん」
出発は明日にしよう――そう予定が決まった。
――神々は、新宗教の発足を黙認している。
神が「適当な宗教作って良いよ」等と言えば、神の信用も少し落ちる為、ただ黙っているというのが現状だ。「宗教の自由」は創造神であるシエラも認め、そして人間の権利として「在るべきもの」としている。
それでも中々新宗教の発足が世界で見れないのは、暗黙の了解なのだろう――それぞれの国に産まれた時点で、信仰する神が確立するこの世界で、人間を「神」または「主」として崇めることは神への侮辱であると思っているのかもしれない。
「別に、侮辱されている気なんて感じていないのだけれどね」
馬車の客室の中、スティーにシエラはそう言った。
だが、危険な宗教団体は同じく崇められている神である自分たちが、他の人間たちの代わりに何かしらの忠告をしなければならない。
「もし、ガウス教の人間がフランさんの事に関係しているのなら――許せないよね」
「そうですね。戦う時は、一緒ですよ」
「うん」
シエラとスティーの会話が止まり、馬車の車輪の音のみが聞こえる。
「お客さん、そろそろ着きますんで……」
御者の言葉が、静けさに終止符を打った。
それなりに大きな教会――上の方には胸の前で手を交差させた人間の彫像が設置されている。
「趣味悪」
一見してそう言ったシエラに、スティーが「失礼ですよ」と言う。
しかし、色合いに関しても教会にしては派手な気もする。窓は殆どが色つきの硝子で出来ており、中からは気鳴鍵盤の音色が聞こえてくる――祈りの時間なのだろうか。
建物の横には大きな日時計――少しばかり均衡度合いの個性的な教会だ。
「スルトが言ってた「癖が強い」ってこういう事か……?」
「歪」を司る神ベンサの教会もここまでじゃない――そう言うシエラにスティーはベンサも癖が強いのかと印象付ける。
色彩に溢れた教会への入り口の扉を、シエラが開ける。
「ごめんください」
祈りの時間だろうからと、邪魔にならないような声量で挨拶をする。
内装は普通の教会となんら遜色あらずと言った感じだ。祈りを捧げている大勢の人が居ると踏んでいたが、シエラの予想とは違い、空席の教会椅子がずらりと並んでいるだけで、全く人が見当たらなかった。
鍵盤の音は一体誰が……? そう思っていた時、奥の方から男性の声がした。
「――――入信者ですか」
鍵盤の音が止まる――どうやら男性が演奏していたらしい。
ミランダの着用していた服装の男性型といった服装――頭には博士帽のような形の帽子を被っている。
「おや、神気を見えますが……神ですかな? そちらのお嬢さんは、神気はありますが、人間の様だ」
「驚いたな……神気が見えるなんて珍しい」
「生まれつき、特別な体質であるが故」
見えるだけで、それ以外は何も――そう語る男性にシエラは「よろしく」と頭を下げ、スティーもまた頭を下げた。
「ご丁寧にどうも」
男性の名前はジョン。家名なし。見た目は六十程だが、その実年齢は百五十だと言い、スティーを驚かせた。
背丈はシエラよりか少し高いくらいで、物腰軟らかい印象だ。スティーともシエラとも偏見なく話している。髪を全て剃り上げており、青い瞳を持っている。
そして、単刀直入にシエラが言った。
「――私は、このガウス教が最近の強姦殺人事件に、加担しているのではないかと踏んでいる」
ミランダの事をまずは伝え、そう言った彼女に、ジョンは溜息を吐く。
「あの人ですか…………残念ながら、あの人が加担しているだけで、我々はあまり関係が無いでしょう」
嘘は言っていない――シエラはそれを視た時、見当違いだったことに憂いな表情を浮かべる。
すると、ジョンはミランダの事を述べていった。
彼女は今、別の区の方に勧誘活動をしている――勧誘してくる人は気に入った男性であったり、美しい女性だったりするらしい。
「彼女は、色に塗れていますな。やや自覚が無いので、他人が同じような行動をしているとよく「下品」「淫乱」と口にします…………メスフラ区にひっそりと、こっそり建てられた教会で彼女はよく男性女性の両方を貪っていると、聞きますね」
しかし、妙なのはその相手の誰もが、彼女を否定せず、拒まず、自ら体を差し出して相手するのだと。
ガウス教の中でもかなり高い位に位置する立場の自分が少し注意しても、止めようとしないから呆れると彼は溜息を吐く。団体人数が増えていくのは良いとして、このままではガウス教の名の汚れである。
「…………何処かで、そんな感じの能力を聞いたな。魔法だったかな――忘れた。兎に角、ミランダは危険だね」
だから、そのうちはガウス教から追放するべきなのかもしれない――ジョンはそう言った。
「しかしながら、所詮は胡散臭い宗教団体のガウス教です」
「――――え?」
ジョンの衝撃の発言に、スティーが声を漏らした。
「ガウスという人物に誘われて、私は入信しているだけ。肉体労働など無く、平穏に暮らせるらしいからこの宗教団体に入信した――――それが私です。愛着などはありません……ガウス様……『瀆神』の勇者に逆らってはいけない気がして……この場に居る」
『瀆神』の勇者――――その単語にシエラは「なにそれ」と興味を示す。
「この世界に居る何人かの勇者の一人、それがガウス様。『瀆神』の勇者であるガウス様しか私は勇者の事を知りませんので、勇者の事は他の詳しい方に聞くのをお勧めします。兎も角、ガウス様に会った時は「神が一番気を張るべき」と、そう忠告しておきます」
瀆神――――神に背く事。
――恐らく、『瀆神』の勇者は、神に対する何かの能力を持った人物なのだろう。
(ファリエルからは詳細を教えてくれなかった……アイツが意図的に私に隠してた? 勇者が居るなんてこともあまり……聞かなかったな……下界で知れってことか?)
ファリエルからは「勇者」の情報はさらっと教えてくれたものの、その詳細は頑なにシエラへ教えようとはしなかったことを彼女は思い出した。
「テュワシーに、居るの? そいつ」
「いいえ、居ません。ですが、私の「神気が視える体質」を彼は欲しがったのでしょう。私を入信させるとき、凄く情熱的な構えだったのをよく覚えていますから……先程申したことを察したまでです」
それは、確かに気を付けなければならない――そうシエラは目を細めて考えた。
シエラの考えでは、単なる推察だけれども強姦殺人の犯人であるデュグロスの男とミランダは何らかの繋がりを持っている。
「む? デュグロス――――そう言いましたかな?」
――当たりだったようだ。
ジョンは欲しい人物を持った人物だった――これは神の思し召しか? とシエラは運命に感謝する。
聞けば、ミランダはこのカグマンの街のあちこちに赴いては勧誘と称し、ある条件下の女性をよく探していたとジョンは言う。
「清楚な女性――――彼女はよく清楚な雰囲気を持った女性を「探している人が居る」と言って、その住所等を手帳に記しておりましたな。彼女はそう言った女性を何故か嫌っていましたし、重ねて、何故? と私自身疑問に思っていたのを覚えています」
手帳に記す際、やけに怪しい笑みを浮かべていた――そうも語る。
犯人への幇助行為――ミランダも黒だった。これはスルトに報告しておかなければ――そうシエラはスティーに記帳を促す。
「私、元々はスエ様の信仰者――――犯罪幇助をしていたとは、何とも許し難い」
ジョンの、雰囲気が代わり――ぴりりとした空気が辺りを包む。
「ミランダさんはここ最近、異様に察しが良い。恐らくは近いうちに、ガウス教を抜けるでしょう――テュワシーからも去ると考えられます」
犯人であるデュグロスの男を先に叩くか、ミランダを先に叩くか――そうジョンが選択肢を述べる。
シエラの答えは――――デュグロスの男だ。
「これは、ミトとの約束、スルトに任された依頼でもある。ちゃんとやらなきゃ」
決意を胸に、スルトとの依頼とミトとの約束を果たすべくシエラはデュグロスの男を叩く事を選択した。
それにジョンは、少し残念そうに「そうですか……」と言った。
「スエは犯人が逃げれば逃げる程、その犯人をより許さない――――ミランダを泳がせていた方が、彼女にとっても良い教訓かも知れない。今は取りあえず、目先のデュグロスだ」
「成程……」
「犯人に付いて、知っている事全部、教えてくれる? そうしたら、お礼に何か創造神の体験から面白い話をしてあげる」
シエラの言葉に、ジョンは「約束ですよ?」と笑う。
「スエ様の秩序に誓って、虚偽無しに――――なんちゃって」
「それ、裁判で弁護士が告げる言葉ですよ。スエ様に怒られやしませんか?」
「スエはこんな事じゃ、怒らないよ」
そう言うシエラに、ジョンは淡々と犯人であるデュグロスの男について知っていることを語り始めた。
――賃貸集合住宅の一室、ミトの家の玄関扉がこんこんと音を立てて叩かれる。
「お客さん……?」
スルトより預かった昼食を食べながら、ユリがミトに聞いた。
「そうかも」
もしかしたら、例の犯人か? とミトは警戒する。
関係者を殺すと、犯人が逃走時言っていた――スルトがシタリーたちに言った言葉をミトは思い出す。
しかし、敵意などは無い事をすぐに察知してミトは扉を開けた。
「……誰?」
背筋をぴんと伸ばし、綺羅に身を包み、金の髪に青色の瞳を持った美しい女性の姿の天使だ。
「こんにちは」
礼儀作法の整った仕草――名を「ハル」と言った。
天使が何故こんな所に? と疑問を抱き、頭上より見下ろすミトに彼女は「大きいですね」と実直な感想を述べる。
「入ってもよろしいですか?」
羽根を不可視の状態にして、ハルはミトの返事を待つ。
「御菓子とか……無いんですが」
「構いません。用が終わればすぐに帰りますので……伝言というより……まあ、上がらせていただいても?」
寝間着姿のミトに「寝起きでしたら、待ちますから着替えが終わってからでも構いません」と言い、対してミトは少し頬を赤くする。
「着替えてなかっただけ……」
「…………ニゲラ様とよく似た生活ですね。まあ、人それぞれですからね……」
私はそういうの良く思いませんが――そうハルは続けた。
紅茶を飲みながら、ハルとミトは机を挟んで対面していた。
お互い無言――やりづらい、とミトは目の前の天使の礼儀の良さに、倣うべきかと膝の上に手を置く。
「喧嘩したの……?」
そう問いかけるユリに、ハルが「違いますよ」と優しく言った。
「どう話始めるべきか、考えておくべきでした……結構、言いづらい要件なんですよね……」
反省を顕わにするハルに、ミトはスルトから貰っていた昼食を半分に切って、差し出して「どうぞ……」と口にする。
「ああ、ありがとうございます――――――美味しっ! 貴女が作ったんですか?」
「い、いえ……知り合いの男性――――その子の面倒を見てもらっている男性が、持って来てくれました」
「――その子に関しては事情を聞いていますが……そうですか」
麦餅で様々な具材を挟んだ昼食をあっという間に平らげたハルは、一息吐いて言った。
「バース様の従者として、来ました。要件というのが――――――――」
語られた要件に、ミトはやがて口を引き結んでいた。




