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元人形少女は神様と行く!  作者: 餠丸
1章~テュワシー~
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10th.無気力


 夜――――バッテラ区フランニヒ大通りにて、シエラはトボトボと歩いていた。


 スルトと共にミトの住んでいる家へと赴き、現状を語り――「帰って」と拒絶されてきた所だ。

 ――後悔はない。スルトから貰った依頼書を、確かに渡した。難易度に関する全てを抜きにして、この依頼を自分に受けさせて欲しいと言った。


 「今、私は受付嬢じゃない」と突っぱねられたが、強引に彼女の家の中に依頼書を投げ入れて、表情の暗いスルトを先に帰らせた。


 ――「この依頼を、絶対に受けるから!!」


 玄関扉を隔てて、ミトに向かってそう叫んだ。

 スルトの思いを無駄には出来ない――ドルイドが復讐なんてことをして、死んでしまった事に関しては彼女も辛い事は分かっている。

 だけど――動かないままでは、何も進まない。


「ミトさん。大丈夫かな……受理してくれるかな」


 そう、呟いた時だった。


「――――今、貴女不幸せな顔をしていますねえ」


 ぽちゃっとしたふくよかな体型、無理矢理に張り付けた様な笑顔の女性――年齢は三十代くらい? 痩せていた時は結構な美人だったのだろう面影がある。

 茶髪で、緑の瞳。魔導士とはまた違う、紺色で厚手の服装をしていた。

 「不幸せな顔をしている」という文言に、最初は喧嘩を売っているのかと思った。だが、その言い分には若干の効き覚えがあり、問う。


「宗教団体?」

「そうです~。ガウス教――――聞いた事は在りますでしょう?」


 無い――ガウスなんて神は天界にも居なかったし、どうやらこの女性が入信している宗教団体というのは恐らく、人間が自分の事を「神である」と称して信者を集めている宗教団体だ。


「聞いたことない」


 特に、それに関して神が咎めるような事は決してないが……神を勧誘するとは度胸がある。

 と言っても、普通の人間には神器が見えないから仕方のない事と言えばそうなのだが。


「ガウス・ディファイル=ティアトというお方を代表としています。どういう方か興味ありませんか?」

「無いよ」


 御免けど――そう言って立ち去ろうとするシエラに女性は行く手を阻み、無理矢理にでも入ってもらうと言わんばかりに、女性は強引な手を使う。


「……私、創造神様の信者だから」


 本当は本人であることを隠しながら、シエラが溜息交じりに言った。

 だが、女性は食い下がらない――迷惑な勧誘だ。


「今は落ち込んでるけど、私恋人も居るし幸せだよ――親友が友達と喧嘩しちゃったのを仲介したけど、ダメになりそうかもって悩んでるだけ……勧誘ならここじゃない何処かでやった方が良いんじゃない?」


 事実を踏まえながら、目の前の女性に諦めて貰う為シエラはそう言った。

 だが、またもや女性は食い下がらなかった。


「悩みから、不幸は生まれます――――小さな不幸が大きな不幸になる。そうでしょう? それをガウス様は救ってくださいます」


 当たり前なことを、至極真っ当であるかのように言っているだけのその文言に、シエラは「くだらなそう」と口にはしなかったが、心の中に思った。


「他人不幸を全部救うなんて神にもできない――それを一端の人間が出来るわけないでしょ」

「ガウス様はただの人間なんかではありません」

「――――そういう事にしてあげる。私は興味ないの、創造神様万歳、ニゲラ様万歳、バース様万歳、原初十二神様万歳」


 適当な理由を付けて、ここは彼女を回避しよう――そうシエラは思っていたが、効果など無かった。


「貴女のような女性が入れば、団体の人間も喜ぶことでしょう。恋人さんもお呼びになって? 恋人さんが不幸になってもよろしいんですか? ガウス教に入れば――――いつか起こるであろう大不幸を避ける事が出来ます~!!」

「――――脅し? 私の大切な人に手を出してみな……唯じゃおかない」

「そんなつもりはありませよ~」


 スティーの不幸をダシに入信させようとするなど、言語道断――許しておけないと言わんばかりにシエラは目の前の女性を睨んだ。

 ――何があっても、スティーの事は守る。


(ガウスとかいう奴がどんな奴かは知らないが…………もしスティーに手を出そうものなら殺す覚悟だってあるぞ私は)


 そもそも――――「救ってくれる」と言いながらその実、目の死んでいる女の言う事など信用するに値しない。

 そう思った時、後ろから声が掛かった。


「…………お久し振りです。ミランダさん」


 ――ミトの声だ。

 ばっと振り返り、シエラが驚愕した様子で名前を呼ぶ。


「出て来て、大丈夫なの……?」


 名前の後、最初に出てきた言葉はそれだった――あれだけ憔悴していたではないか。家の中でゆっくり心を落ち着かせてから、依頼の事を聞かせてくれればそれで良いのに、今日中に出会うなんて思いもよらなかった。

 玄関で出てきた質素な寝間着姿のままだ――着替える気力もないほど、落ち込んでいる。


「チッ……! ミトォ……!!」


 怒りの籠った声で、シエラの横にて「ミランダ」と呼ばれた女性がミトを睨む。

 知り合いなのか? もしやミトも「ガウス教」の入信者の一人なのか?


「その人は、一年前まで一緒にギルドで働いてた人。辞めてから何処で何してたんだろうって思ったら……宗教してるんだ。知りませんでした」

「二度と私に顔を見せないでくれる……!? アンタのこと私大嫌いなのよ!!」

「私は……普通でした」


 相も変わらずミトは疲れ切って、やつれた顔をしていた。

 妹を失って、義弟のように思っていた人物まで失ったのだ――当然と言えば当然。その手には今日渡した依頼書が握られていた。

 後ろで通りすがる群衆がミトに注目を浴びせ、彼女の名を呼んでは挨拶をする。


「ミトさん、ミトさんって人気者で良いわねアンタは」

「サグラス様と面識があるから、そのおかげ」

「偉いわねえ! 神と面識があるだけでそんなに人気者になれるんだったら私はもっと人気者のはずよ!!」


 持っていた数珠らしき物を地面に叩きつけながらミランダが怒鳴った。


「ごめんなさい」


 落ち込んだ様子のまま、ミトがミランダに謝った。

 謝る必要なんてないのに、シエラは彼女の不憫さに涙さえ浮かべる。


「ああ、そうそう。聞いたわよ? 妹さん殺されたんですって?」

「……………………は、い」

「あれだけ男にモテているというのに、告白を毎日毎日断ってればいつかは嫉妬深い執念深い汚らしい男に殺される日が来るんじゃないかと――――待ち侘びていたわよぅ!!」


 衝撃の発言に、シエラは拳を握り、彼女に怒りのまま殴ろうとしたが――ミトに止められた。


「男って性欲高いじゃない? 女に言い寄ってればいつかは性行為にまでたどり着けると簡単に思い込んでて、旦那が居ようと、気持ち良くすれば自分に依存するとか思ってる馬鹿みたいな男に殺されたんでしょうねェ!? ――愛想振りまいて美人なだけのバカみたいな女だったわ。貴女は愛想なんて振りまかない質素で感情のうっすい美人だけどその実身嗜みは仕事以外ボッサボサ、だらしない巨人みたいな女だからモテないだけ殺される心配が無かったんでしょ? 物好きな男が居れば良いけどね~~。その点私は今幸せよ? ガウス教に入ってから男には困っていないし、何時でも何処でも私の事を見てくれる見る目のある男に溢れているもの。言い寄らない、寝取らない、独占しない――最高の男たちが居る。私は貴女の馬鹿みたいな女みたいに愛想なんて簡単に振り撒かないあっさりしてて捌ける女だから恵まれている」

「そうですか……凄いですね。尊敬します」

「達観してて気に食わないわね。何か言い返したらどう? 元より貴女と貴女の妹が来てから私の花の生活は幕を閉じたから言われても当然と言えば当然ね。ギルド長には気に入られていなかったようだけど課長に部長からは気に入られてて――もしかして体で好感を得て、枕営業の繰り返し? 最悪ね、最悪だわ。狂っているわ。あの二人も物好きと言えば物好きな気もするし、冒険者たちとも体で釣っているから仲を保てているんでしょうね。汚らしい――この胸で誘ったの?」


 ミトの胸を鷲掴みにしながら、ミランダは半狂乱状態のまま言い続けた。

 性格の悪い女だという事だけは伝わった。

 我慢する必要なんて無いだろうとシエラはミトの横顔に訴えかける。

自分が代わりに殴るから――自分の右手首を持つ力を少しばかり強くしていたミトに、シエラは噛み締める力を強くした。


「私にとっては嫌な胸ね。どうやったらこんなに育つの? 高い上背――女として魅力があるのは顔と奇麗な髪とこの胸だけね。何も言い返してこないのに腹が立つ――黙ってて気持ち悪い、感情無いの? 怒らないの? 殴ってみなさい、貴女が完全に悪いから暴行罪で罰を受けるのは貴女だけど、私は優しいから罰金だけ取ってから許してあげる。昔はそれなりに腕の立つ冒険者だったんだから暴力はお手の物でしょ? ギルド長も「恐ろしい」と言ってたし、影では悪口言われてて笑った~。調子に乗ってた罰ね、妹が殺されたのもそれが原因よ、全部貴女が悪い、貴女が全部、悪いのよ」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべ、「下品」「淫乱」と続けながらミランダが言葉に合わせてミトの右胸を右拳で叩いていく。


「ミトさんが辛いのが、分かんないからそんな事言えるんだ」

「アンタは黙ってなさい。関係ないでしょ」

「関係ある。ミトさんはこれから、お世話になる人だから」

「――――この人とも寝たの? 男も女も両方抱いて、やっぱり下品、淫乱、淫行女。地獄に行きなさい。死ね、死ね、死ね」

「そんな関係じゃ……」

「黙ってなさいよ。アタシの方がよっぽど辛い思いをしてきたわ」


 ミランダには、恐らく話が通じない。

 ミトが言い返す気力も失ってることなど――――火を見るよりも明らかだ。それを分かって口々に悪口を言っているのかもしれないが、シエラからすればどうにか言い返して欲しかった


「貴女みたいな人が入るのがガウス教ってんなら……きっとガウスって人もそんな態度しか取らないんでしょうね!!」


 悔しいながらも、思いっきりミトの手を引いて、一目の付かない場所に彼女を誘導した。


(何で何も言い返さないの? ミトさん……自分の家族すらも酷い言われよう――私は悲しい。フランさんとは面識ないけど、スルトから聞くフランさんは人間が出来てるじゃん。フランさんの事だけでも言い返さないとダメでしょ!!)


 シエラは、涙を流していた。


 公園の長椅子――シエラとミトの二人は座っていた。


「何で、言い返さなかったの」

「…………なんでかな……」


 鼻をすすりながらのシエラの言葉に、ミトは淡々と力なく答えていた。

 持っている依頼書をじっと見て、動かない。


「その依頼書はスルトが書いたんだ」

「……言ってたね」

「…………あんなに言われて、悲しくない? 悔しくない? 最悪な言葉しか言われてなかったのに、凄く悪口を言われていたのに――――」


 そう言いながら、ミトの横顔を見た時――――彼女が泣いているのをシエラは見た。

 依頼の書かれた紙面に涙が滲み、文字もまた滲む。

口を横に引き結んで、決壊したかのように大量の涙を流してミトは泣いていた。


「…………悲しい……辛い……悔しい………………寂しい……」


 長身さから来る威圧感――幼少期はよく同年代の村人に怖がられて独りぼっちの生活を繰り返していた。

 そんな中で、生まれた妹――――抱き上げた時の嬉しさをよく覚えている。赤ん坊だから丁重に扱ってと言われて、赤ん坊ではなくなったフランだが、精一杯守ろうと思って、冒険者という仕事も頑張った。

 そんな彼女が、死んだ。

――唯一あまり怖がらず、今の今までよく接してくれたルドゥも、死んだ。心が崩壊しそうだった。


「一人になったって思った…………寂しい……もうフランに会えない、ルドゥに会えない。父さんと母さんになんて言えば良いんだろう……わかんない。悔しい…………守れもしなかった……悔しい……冒険者を続けてたら、自由だから守れてたかも…………悔しいっ……ユリちゃんも……そのうち…………」


 ミランダの言う通り、自分のせいなのかもしれないと強く思ってしまった。だからあの言葉の数々を言われるのは当然の事なのだと思って、シエラの行動を止めていたのだとミトは明かす。

 

 ――声を掛けたのは、依頼の事で感謝を伝える為だ。

 突っぱねたことを謝る為だ。

 ミランダに話し掛けられているのを見て、困っている様子だった。元同じ職場の人だから、シエラへしつこく言い寄っていたから「その辺で」と止めようとすればあの有様だ。

 情けなかった――それもまた、悔しい。


「あんなに怖い思いをさせたのに――どうして? シエラ様」

「それとこれとは話が別」


 それに、依頼を頼んだのは他でもないスルトだ、とシエラは続けた。

 ――――ミトの為に、自分に頭を下げてまで頼み込んできた。


「頼りなさい、自分の為に。ミト――――悔しいなら怒りなさい。これからどうする。座り込んでるか立ち上がるか。自分を大切に思ってる人が、自分の思っている以上に居る事を理解しなさい。これは私が経験した事だから、痛感したことでもあるから、言う。差し出された手を握ってでも、活かさなきゃ――冒険者だったんなら、強いでしょ?」


 強く言われた言葉に、ミトは大きく頷いた。


「依頼を――――――お願いします……私に、力を……貸してください。今は…………辛いです……」


 差し出されたシエラの手を、ミトは大粒の涙を溢しつつも、握った。


ミランダさんみたいな感じの人が一番苦手です……ヒステリック……。

彼女、ミトさんが入社(?)した頃は頼れる先輩だったんですが、狂ったようですね。


ちなみに今回の話でミランダさんに散々「下品」だとか「淫乱」だとか言われていたミトさんですが、彼女は処女です。

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