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元人形少女は神様と行く!  作者: 餠丸
1章~テュワシー~
14/60

9th.デュグロス


 ――その日も、雨模様の空が広がっていた。


 朝早くから門番の仕事で、ようやく体力が付いてきた頃――門番と言う仕事を初めて二年くらい。槍の扱いにも慣れてきて、実践向きの動きは出来ないけど小規模な悪党どもには引けは取らない強さにまでなれたと自負していた。

 正直、二年間という期間を続けても門番という仕事に板についている気がしない。陰気な性格が災いしているのだろうかとドルイドはその日も自信を失くしかけていた。天候の悪さのせいだと責任を空模様に押し付けた。


 ――愛する嫁と、一歳の娘が居る。


「頑張らないと……!」


 高い給料を貰える門番と言う仕事は、嫁と子どもを養うにはもってこいの職業だ。

 収入の安定しない冒険者は、相当な実力がない限り高給とは言えない稼ぎしか出来ないのだ――門番の仕事は辛いが、先輩たちは優しい。明るい風を装えば、カグマンに来る人々ともやっていける気がする。


 そんな心持をしていた中、彼がカグマンに来た。

 紫色の髪に、金色の瞳――見るからに相当な実力者、喧嘩で強い程度の自分じゃ敵わない事は明らかだった。

 背丈は自分よりも高い。フランの姉であるミトよりも頭半分低いものの、男性としてもそれなりに高身長と言えるだろうか、顔立ちは整っていて、女にもモテるに違いない。


「や、やあ……そこの色男っ!」


 門番の仕事はどんなのが相手でも気軽に話し掛けられてこそだ――先輩の言葉に従って、それまで以上に仕事に慣れるべくドルイドは目の前に居た男に話し掛けた。


「あ?」


 三白眼がこちらに目を向ける。


(う――――いやいや、恐がってちゃダメだ。旅の中でも強面の男は沢山居たろ?)


 ちょっとでも怪しいと思ったら、話し掛けてみろ――これも先輩がいつも言っている言葉だ。


「その髪色と瞳の色――珍しいな。種族聞いても良い?」


 決して怪しいと思われたと悟られない話題から、とドルイドは続ける。


「俺、三年……いや四年近く旅をしてたんだが、お前さんみたいなの初めて見た。ちょっと気になって話し掛けたんだけど、今いいか?」


 気分を悪くしたら済まない。頼むから喧嘩にだけは発展しないでくれ――ドルイドは内心焦っていた。


「別にいいぞ」


 ほっと一安心。ドルイドは胸を撫で下ろす。


「ありがとう。種族名は?」


種族名を聞くドルイドに、イーサンは間を置かずに、答える。


「デュグロス」


 ――魔族だ。

 「デュグロス」という種族を、旅の中でも結構な頻度で耳にしていた。

戦闘種族――こちらから喧嘩を吹っ掛けなければ、その種族も滅多に攻撃してこないが、戦うことだけは避けておけ、とエルフに言われた事がある。

 変容する特性を持ち、再生能力と膂力に秀でた種族。

 エルフとはよく敵対する種族でもあるらしい。


「初めて見た」

「まあ、数が少ねえからな。集落も一つしかないし、森の奥底に住んでるような種族だ」

「へえ……あ、変容するって本当なのか?」


 そうドルイドが聞くと、デュグロスの男は自分とそっくりに変容した。


「声も変えられるぜ――身長までは無理だけどな」

「――――誰かに化けて、悪さをするのだけはやめてくれよな……?」

「そんな小っちぇーことするかよ。テュワシーは娼館が多いって聞いたし、美人も多いしで女遊びに来ただけだ」


 好みの女の話、どういう嗜好を持っているか――他愛無い話を、ドルイドと「イーサン」と名乗った彼は、笑いながら話していた。

 結構な数の強姦殺人が発生し始めたのは、そこからだ。

犯人の種族等は不明されている――ドルイドはその事件の数々を聞く度聞く度、フランに「買い物は義姉ねえさんと一緒に行くんだぞ」と忠告し、家に居る時も戸締りを注意喚起。

 注意喚起をしっかり聞いて守ってくれていた彼女が被害に遭うなんて、思いもしなかった。

 服は破られていたけど、死体と化した人間には興味を失くすという魔族の心理的な一面を利用したのか、自害した彼女の体は犯されていなかった――――だけど、命が無事である方が一番良かった。

 奴は女好きだと言っていた。恐らくはこういう事件をこれからも度々繰り返すんだろう。


 フランが死亡した日の夜――ドルイドは復讐に向けての推察をしていた。

 清楚な女性――イーサンの強姦殺人の被害に遭った女性の特徴はそれだった――そこからドルイドはイーサンの行動を予測する。


(犯行に及んだ後、すぐに誰かに変容して、犯人像を特定されないようにする……イーサンの考えられる手口はそれだな……)


――変容する能力について「悪さをする時は使わない」と言っていたが、「目撃される際には利用しない」とは言っていなかった。

 家具や雑貨が散乱した家の中で一人、ドルイドは地図を広げていた。

 娘のユリは暫くスルトに預かってもらうことにしていた。彼は料理も上手いし、戦闘力にも申し分ない。


(俺は、奴に殺られて死ぬかもしれない……その時は頼んだぞ、スルト……)


 そう思いながら、ドルイドはバッテラ区の地図に目印針を刺していく。


(魔族は性欲旺盛でもある。近いうちにまたやる――次に女性が襲われるであろう頃合いを見て、そこを叩く)


 目印針が刺された場所は、清楚な女性の住んでいる場所だ。

 女性が襲われる事件が多発し始めてから、神サグラスに直接頼まれて嫌々ながらも覚えた住所たち。こんな所で役に立つとは思わなかったが――――イーサンを討つには丁度良かった。サグラスはこれを予想していたのだろうか。


(ここの人はもう既に殺されてしまった……この人も、この人も先々週……)


 被害に遭った女性たちが住んでいる場所に立てられた針を抜いていき、自分の家の場所に刺された針を最後に抜いたところで、数件残った。


(知恵神ニゲラ様……私の運勢にご助力ください……)


 卒業の際、成績上位三人に与えられるニゲラの象徴画が刻まれた金の首飾りを握り締めて、ニゲラに祈る。

 自分は殺されても構わないから、愛する人の仇を獲る為――最低限、一矢報いたい。

 ドルイドは、傷毒石を穂先として取り付けられた槍を持って、家を出た。


 数日後。時刻は深夜十一時半――場所はバッテラ区南東住宅地帯。

 街灯が立ち並ぶものの、その光は弱い為かなり暗い――道も狭く、デュグロスの身体能力を以てしても戦い辛いだろう。

 ――ドルイドが目星をつけたのはそこに住むトワ・テレジアという女性だ――話し掛けてみると気前がよく冗談も上手い、サグラスに案内され連れられた時「尻をいきなり触って、思いっきりたれてみたい」と陰で言われていたのが彼女だ。サグラスの言葉の印象が強すぎて、鮮明に彼女と家の事を覚えている。

 髪色は黒、波立ったその髪はふわふわとして腰まで伸び、フラン程ではないにしろかなりの美人。低身長で、笑顔が素敵な女性である――清楚で慎ましやか、イーサンの好みに一致する。

 少しだけ暗い色味をした服装の為か、この暗闇では彼女を見失いやすい……気を張っていかなくてはとドルイドは全身に緊張感を走らせる。


(外出してるとは思わなかった……実は不良なのか? あんな奇麗で清楚な女性が)


 深夜だと言うのに、女性一人が街を出歩くなど不用心極まりない。何をしているのかは定かでないが、ドルイドは彼女の辺りを見回りながらイーサンを待った。


 ――集光石しゅうこうせきで作成した保護眼鏡により、暗闇でもはっきりと、昼間同然に辺りが見える。

 ――心臓の鼓動が五月蠅うるさい。

初めての戦闘――それも相手は戦闘特化の「デュグロス」。絶対に油断は出来ない、と槍を握る。


「トワさん貴女っ! こんな暗い時間帯に何してるのー!?」


 ドルイドが緊張していた中、トワの一人行動を目撃した女性が彼女に叱った。

 トワに同じく黒髪、長さは胸の辺りまで、琥珀色の瞳を持つぱっちりとした目――トワに同じく容姿端麗な彼女にトワがぎくりとして反応する。


「うっ……シタリ―さん……――今日だけは許してっ!」

「なぁーに言ってるの! いつも大人しい貴女がこんな深夜真っ暗な場所で――まさか歓楽街に行こうと思ってんじゃないでしょうね!? 十八の女性が……まあ、年相応と言えば年相応かもですけど? 私は許さないから! 貴女にはそんな不純な所、似合わないわよっ」

「ち、違いますっ!! ……お友達と深夜に遊ぶ約束を、前日にしたもので……」

「んまぁーー!? 不純ねっ! 不純極まりないわ!? トワさん貴女……はあ……」

「こ、声が大きい……しーっ!」


 トワとシタリ―と呼ばれた女性との会話が聞こえてくる。

 深夜に友達と。どうにも怪しい雰囲気を臭わせるような約束だが、イーサンとは関係ないだろう。


(ユリも……いつか、そういう時期が来るのだろうか…………)


 感傷に浸り、ドルイドは娘ユリを思う。

 トワとシタリーの会話が聞こえなくなった――会話が終わったらしく、トワのペコペコと頭をシタリーに下げる姿を見てドルイドは本格的な視察を続けた。


「――――はあ……お父さんにはしっかり言っておきます。それで良いなら許してあげます」

「ううっ……どうかどうか……お願いシタリーさん」

「貴女、清楚なんだからここ最近の事件に巻き込まれる心配があるのよ? だから強く言って――――トワさん!!」


 シタリーのトワを強く呼ぶ声がした。


「――――――!(イーサン……!!)」


 口を押えられ、声も出せないトワの後ろ――イーサンの笑みを浮かべた顔をドルイドは見た。

 そして、次の瞬間には街灯が割れる――予めそこらにあった小石を拾っていて、投げたのだろう。そんな事をしても、集光石による保護眼鏡を付けたドルイドの追跡に支障などはない。


「リリさんを返しなさいっ!! 誰かーー!! トワさんが攫われた!! 誰かーー!!」


 シタリーが声を出す。


「お前も後で犯してやるよ!! 二番目に俺の好みだ!!」

「――やるなら私を先にして、トワさんを見逃しなさい! 彼女は大事なお友達なのよ……彼女に嫌な思いをさせないでよ!!」


 強かな女性だ。芯がしっかりしていて、自己犠牲を迷わず選んでいた。

走りにくい靴で、トワを攫うイーサンを追い掛けていた――その様子に、ドルイドは冷静に、静かに怒り別の道を走る。


(回り込んで、後ろから刺す……)


『なあスルト。身体能力を飛躍的に上げる魔法って無いか?』

 ――大学校時代、旅の為に必要だろと言ってスルトに質問をした事がある。

『でも先輩、魔力の扱いが乱雑じゃないですか。一朝一夕じゃ出来ませんよ』

『頼むっ。訓練に付き合ってくれ! この通りっ!』

『…………俺がよく使う『活脳インヴァルタン』と要領はほぼ同じです。雷の属性魔力をまずは神経系に作用させて……魔術理論を教えるので、ちゃんと特訓してくださいね』

『ああ、勿論だ』


 ――『マキオ』という魔法を教えてくれたスルトには、感謝してもしきれない。


 ――スルトとした特訓をドルイドは思い出す。

 雷の属性魔力の量を一歩間違えれば、自身が重傷を負う可能性を捨てきれない。


「づぁ――――!?」


 回り込んだ先、ドルイドがイーサンの横より槍にて穿つ――機動力を確実に減らすべく、太ももに攻撃した。

当たったことに若干の安堵を覚えながらもドルイドは『勁』を繰り返し唱える。


「誰だテメエッッ!!」

「――――きゃうっ!?」


 横にトワを突き放し、振り返り様に怒鳴ったイーサンにドルイドは口を開く。


「お前が…………お前が先日殺した「フラン」という女の……ッッ!!」


 ――ギリギリと歯が軋る。


 「仇討ちか、くだらねえ。返り討ちにしてやる」と言い張るイーサンの姿が涙でぼやけ、自分の事を覚えていないイーサンにドルイドは至極、腹が立った。


「てっきりこの女の恋人かと思ったぜ……どっちでもいいが、殺す。血がなかなか止まらねえ、クソ痛え……キレたぜ……」


 殺気が、ドルイドに迫るが彼は動じなかった。


「フランをお前が殺さなきゃ……俺は、嫁と子どもと三人仲睦まじく暮らせてた……幸せだった……!! 『勁』――――相討ちとなろうとも……お前を殺してやる!!」

「……魔力の扱いに慣れてねえなお前――掛かってこいや」


 戦闘が再開する。

 トワを壁に使おうとしたのか、彼女に手を伸ばしたイーサンのその腕を瞬時薙いで傷を付ける――そして、勢いに乗じて腹に一撃を加えようと試みるも、イーサンは飛んで避けた。

 必死だった――魔力の扱いに慣れていないのは自分でも分かっている事だ。

 だが、フランの事を思えば体がどうなろうともどうでも良かった。

 路地の狭さを利用して、槍という長物を振り回しイーサンに傷を付けていく。

 傷の一つ一つ、それはお前が殺した女性の家族の心の傷であるから覚えておけ――傷毒石の傷はそうそう癒えないぞと言うドルイドにイーサンは防戦を余儀なくされていた。

 

 経過時間は五分と経っていない。そんな時、イーサンが叫ぶ。


「――――死ぬぞお前ェ!! 自分の体が壊れ始めてんのが分かんねェのか!!」


 ただでさえ、扱いの難易度が魔力の中でも最高である雷の属性魔力――ドルイドは身体能力を更に上げるべく、雷の属性魔力の量を段々と上げていった影響でドルイドの体は悲鳴を上げていた。

 肉の焼き焦げる臭い――ドルイドの口から溢れ出てくる血液の量は凄まじく、体からは煙が上がっている。


(――――ニゲラ様…………お力を……お力を……)


 まだ死ねない。首飾りに魔力を通して、得られる効力を更に強いものへと変えていく。

 イーサンの動きが、手に取るように分かった――行動の先、穂先にて突き、イーサンの腹に一撃見舞う。


「グッ――――!!」


 傷は浅い。


(まだまだ……!!)


 屋根の上にイーサンが飛び移り、退避をするもドルイドは追いかけ続けた。


「オォッッ――――!!」


 言葉を失って尚も、無詠唱にて『勁』を発動させ続け、屋根の上槍を振り続けた。


「トワさん!! 無事!?」


 頃合い悪く、息を切らして汗まみれながら走るシタリーが呆然とするトワに向かって叫ぶ。


「――――――――――」

「――クハッ!」


――ドルイドは絶句し、イーサンは歓喜の表情を浮かべ、屋根より飛び降りてシタリーに向かう。

 イーサンを殺すのが最優先、囮として使って彼女ごと――――そんな心を捨てた判断はドルイドの中に存在しない。


「――――『勁゛』ォ!!」


 脹脛ふくらはぎに自身の許容限界を遥かに超えた魔力量を込め、足の骨が折れる音を聞きながら、凄まじい速度にて――シタリーを抱く様にして守った。


「!?」


 驚愕するシタリーを守った代償に、イーサンに左腕を切断される。

 どちゃっという音と共に、近くで左腕が落ちる音――ドルイドは低下した聴力の中聞いた。


「やると思ったが、嘘だろお前――――――関係ねェ女まで守るのかよ……馬鹿げてるだろ……」


 全身が燃えるように熱い――ドルイドは血を吐きながらシタリーを離してイーサンに向かい合った。

 もっと訓練しておくべきだったと後悔する。熟練した魔導士なら、もっと効率の良い戦闘を出来たはずだった。


「あ、貴方…………」


 地面にへたり込んだシタリーが立ち上がったドルイドを見上げて、震える声を掛ける。

 左腕以外で、イーサンに一撃を貰った訳でないのにも関わらず、満身創痍。


「おい木偶の棒……凡人にしては俺相手によくやった方だよ。確か『勁』って魔法だったな……手本を見せてやる――『勁』」


 ふらふらと、やっとの事でドルイドに対して、イーサンはドルイドの使っていた魔法を使い、拳による一撃を放つ。


(あ? 穂先が無くなって――――――)


 誤算――イーサンはドルイドの持つ槍の穂先が無くなっていることに気が付いた。

 先程まではあった――そこに間違いはない。女を守る為の行動による衝撃に、耐え兼ねて取れた? と思った時、視界が半分消える。

 ――ドルイドがイーサンの左頬から左目へと、真上に沿って右手に持っていた傷毒石で切り上げていた。


 同時――――イーサンの拳によりドルイドの頭部が、弾け飛ぶ。


(フラン……ユリ……義姉さん…………スルト――――――)


 拳が届く寸前に、ドルイドは四人の顔を脳に過らせる。


 ドルイドは――――――死んだ。


「くそがッッテメエ等覚えてろ!? 関係者全員見つけ出し……いつかはぶっ殺してやる!!」


 暗闇の中、逃げるイーサンの捨て台詞が響いた。


** *


 頭部の無くなった遺体を見て、スルトはその人物がドルイドである事を瞬時に悟った。

「そ、その人が……た、助けてくれました。お礼を言う前に……すみません……ごめんなさい……ごめんなさい……!!」

 トワが涙ながらに事情を語る。

 彼女の横でシタリーが、言葉を紡げない状態にまで陥る程泣いていた。


「――――最近、治安が悪いのはフランとかいう女の呪いかも知れんな!! ミトも数日続けで休みおって!!」


 受付の方で、またオンスが文句を述べており、彼は未だに反省がない。怒号が飛び交い、ユリはシエラに抱き締められながら泣いていた。


「おとうさんもいなくなった……いやだぁあああぁあああ!! うわあああああぁあぁ……」


 ユリの泣き声がギルドの中に響く。

苛立ちも募っていく。

 「お前が」「いやお前が」とドルイドの仕事仲間であろう者たちが責任を押し付け合う。壁に八つ当たりをする者やユリの泣き声に「うるせえぞクソガキ!」と怒鳴る者まで居た。


「これが……人間なんですか……」


 スティーの呟きに、シエラはユリを抱き締める力を強めて「違うんだよ……本当は違うはずなんだ……」と遂には涙を落とした。

 もう――――「潮時」なのかもしれない。

 そう思った時、シエラの下にスルトが立ち寄った。


「シエラ」


 彼の顔に涙の痕は無い――だが、手からは血が滴り落ちており、憤った様子を見せていた。


「お前に……お前に……依頼を直接出したい」


 報酬は幾らでも出す――スルトは言った。


「ミトさんは、先輩とも仲が良い――年上だけど「義弟おとうとみたいに思ってる」って言っていた。そんなミトさんが……先輩まで死んだなんて聞いたら、壊れる……俺は……そんなの絶対に見たくない……!! ユリちゃんだって……先輩に戻ってきて欲しいはずだ! 先日「起こして」って頼まれていたじゃないか。俺がユリちゃんの代わりに依頼を出す!! 言い値で依頼料を払う!! 俺はフランさんと先輩と、ユリちゃんとミトさんが四人で笑ってるのを見るのが好きだったんだ!!」


 だから、フランとドルイドを生き返らせる方法が何かないか探して欲しい――スルトは自分の思いをシエラに言った。


「創造神のお前を、利用する。罵ってくれても良い、どんなに馬鹿にしても良い――――ミトさんには、誤魔化すから、依頼が達成するまで誤魔化すから……頼む!!」


 深く、深くスルトがシエラに頭を下げた。

 無力で、何も出来ていない自分が情けなくて――頭を下げるスルトの目より涙がじわじわと出てくる。


「頼むのは生き返らせるだけじゃない。……短い期間だったけど……お前は分析能力が、俺よりあるって思ってる。犯人がこれからどう動くのか、犯人が何なのかを冷静に、調べられたお前は……俺なんかよりずっとずっと――――この依頼を頼むのに一番妥当で、最適な人物だと思ってる!! ――――――……悔しいよ。ミトさんの事を助けられるかもって手段がこれしか……無いなんて……でも、お前しか…………一番に頼れる人物が考えられない……」

「スルト――――――」

「犯人は……俺が裁く、俺が――――必ず罪を償わせる!!」


 対して、シエラはユリに一言詫びて、彼女をスティーの方に移動させた。

 頭を下げるスルトに「頭を上げなさい」と言った。

 頭を上げたスルトの心臓の辺りに、こつんと拳を当て――涙に瞳を潤ませながら言う。


「スルト――――お前は、ずっとずっと……最高に男らしいよ」


 憎たらしく思っているであろう自分に、矜持も全部捨てて、好きな女の為に頭を下げる。世話になった人の為に頭を下げる――シエラはスルトを尊敬した、心揺り動かされた。

 惚れた訳じゃないけれど、スルトという人間の力に精一杯なってやろうと思った。


「報酬なんて要らない。男だろ――ミトさんには真っ向から誤魔化さず言うんだ、私も同行するから。ミトさんに殴られても、挫けるなよ――私がフランさんとルドゥを殺した奴をぶちのめすから待っていろ。生き返らせるのは…………覚悟しておいて」


 紙を生成して、スルトに渡す。


「――――ありがとう……!! シエラ!!」


 スルトは、大粒の涙を溢しながら感謝した。


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