5th.神様は調子に乗った
陽が上がった朝――シエラとスティーは何故か目の下に大きな隈を作っていた店主に鍵を返し、外に出る。
涼しい風が肌に当たり、心地の良い朝だ。
「昨日のは何だったの?」と聞くシエラに「危ない感じだったので」とある意味本当のことを言って誤魔化し、今日の行動はどうするか相談し合った。
他の依頼を受けてみるのもありかもしれない――今後の資金運用がどういう過程になるか分からないし、お金はどれだけあっても困らない。国々でそれぞれ通貨も違うし、その通貨が持っている価値も違う。
「一コルタにつき他の通貨、一なんたら以下ってこともあるだろうし、取り敢えずはお金を稼ごう」
シエラの言葉に、スティーは間を置かずに頷いた。
おまけとして、冒険者証の格を上げておき、依頼の受理可能な難易度も上げておけばもっとよくお金を稼げる。
「カグマンの街は広いし、ギルドまでは遠い――またサバス君に会ったら送ってもらいたいけど早々好都合は起こらない」
「そうですね」
「ゆっくり行こうか」
また、スティーはシエラに頷いた。
この世界の移動手段は馬車がその大半を占める。絡繰り作りに秀でた街では遠くまで大勢の人を運べる乗り物があると宿屋の中にあった本で見たが、この街にはそういった便利な乗り物は無い。
送迎馬車の運用開始時刻は午前昼近く――早朝の今は運用していないから自分の足以外にギルドに向かう手は無かった。
「お金もある。小腹が空いたら間食を取って――う~ん、大変だね」
「頑張りましょう。天界の広さに比べたら近いような物ですよ」
都合良く、食事処は早朝からやっていた。
この街のご飯は非常に美味しい。梟亭にて運ばれてきた料理も非常に美味だったと二人は思い出す。
尚――その料理を持って来た女性は非常に機嫌が悪かったが……何故かは二人も知らない。
残りの所持金額は九万三千コルタ――聞くところによれば一回の一人当たりの食事代の平均額は三百コルタ程。
何度食事をしてもそうそう無くなるような金額ではない為少し高めの贅沢も可能。スティーとシエラは高そうなお店にも手を出し、テュワシーでの食事を楽しんでいた。
天界では食べた事の無かった料理も口に運び、その美味しさに舌鼓を打つ。
「最高だね」
そのシエラの言葉にはスティーも強く同感した。
天界でも楽しんでいた食事だが、下界での食事がこんなにも楽しいとは――やはり下界の人間が生み出す料理は素晴らしい。
天界でもそれなりに新しい料理は生み出されているが――料理を学ぶのにも余念がないバースは兎も角、他の街に流行させることは殆ど無い天界とは大きく異なっている。
他の国々に流行を促し、そしてその流行物を取り入れ取引に利用し利益を得る――天界と下界の人間の違う所の一つだろう。
道草を楽しみながら、歩く事数時間――途中で送迎馬車に乗りギルドへと着いた二人は早速受付で依頼達成の報告をした。
犬探しの依頼――その内容を語ると難易度設定に若干の差異があったことを詫びられる。
小難易度ではなく中難易度へと切り替わる。「ラミちゃんが大きい為、冒険者ならばすぐ見つけるだろう」という事での依頼主家族の小難易度という設定にギルド職員は何の疑いも持たずにラミちゃんの犬種等詳細を聞かずに設定受理。
「サーセン……」
態度は兎も角、職員はそう言って詫び、冒険者証の更新手続きを二人に促した。
冒険者証が銅に変わる。
「おお……これ魔道具だったのか」
「自動的に変わる訳じゃないですけどね」
職員の説明など耳に入らないまま、スティーとシエラは感嘆の声を漏らしていた。
角の方からじわじわと銅に変わっていくその様子は一見して珍妙――慣れればそうも気にならなくなってくるらしいが、シエラは「人間はやっぱり凄いな……」と賞賛の声を小さく発した。
こんなものも作れるとは、感服するしかない。
「これからも、頑張って冒険者証の格を上げていきましょうねシエラ様!」
シエラの横から、スティーが満面の笑みでそう言い、シエラは「うん、うん!」と元気に返事をした。
次はどんな依頼を受けようか悩む。中難易度以上の依頼を受けてみるか? もうヴォルゾフ以上の怖いものと対決することは中難易度高難易度ではそうそうあるまいか――何やら不穏な事を言うシエラに「張り切りすぎですよ」とスティーが苦笑し、依頼掲示板の方へと向かう。
今日は依頼掲示板を眺める冒険者の数は少なかった。
昨日は十数人と居たのに、今日ばかりは五人程しか居らずシエラにとっては好都合だった。
「中難易度と高難易度は熟練冒険者に人気らしいから、さっさと取っちゃおう」
「でも、高難易度ってミトさんが判断するんでしたよね。許してくれるでしょうか」
スティーの良い分は尤もだ。
スティーとシエラは昨日冒険者として登録したばかりの初心冒険者――実力の信用も培えていない状態での自分たちの高難易度依頼挑戦をミトが赦してくれるはずもない。
「自分の見る目は確か」――そうミトは言っていた。
今も一人程、若者の冒険者がミトに「実力不足です」と依頼受理を拒否されている所だ。
それを見て、シエラも「確かに今の少年は実力が伴ってないな……」とミトの観察眼が確かなものであると理解する。
「ですからシエラ様。また猫探しとか、落としもの探しとかにしましょう」
最初は一歩一歩力を培っていく方が良い――そう続けるスティーにシエラは「むむむ……」と唸り、スティーの意見に従うこととした。
「まあ、この世界では猫って頭数少ないんだけど」
「揚げ足を取るなんて酷いですよ……怒りますよ」
「おぉーっとごめんよ。謝るから許して、ね?」
「今回だけですよ」
「流石スティー! 天使! 女神! 抱いてっ」
「調子いいですよ……」
何とかご機嫌取りをするシエラに、スティーは褒められたことに歯痒さを感じながら小難易度の依頼書を手にとっては迷う。そして、他の冒険者に迷惑にならないよう、小声で相談し合う。
植物採集――小難易度。報酬額千から五千コルタ(採集された植物の品質により報酬額変動)。
鉱石採掘――小難易度。報酬額二千から一万コルタ(採掘された鉱石の純度により報酬額変動、宝石があれば追加報酬)。
雑用手伝い――小難易度。報酬額一日三千五百コルタ(内容:犬の世話、掃除、庭の手入れ等)
魔物が出る場所での依頼の為、植物採集と鉱石採掘の難易度が少し高めに設定されているのは妥当であるとして、三つ目にスティーの取った依頼にはシエラも半信半疑の態度を見せていた。
昨日、あんな事があったばかりだ――もしかしたらヴォルゾフ程とは言わずとも、依頼書に書いてある「犬」がどういうものなのかが彼女にとっては気になる様子。
また下着を濡らすような依頼は受けたくない――そんな意思をスティーは感じた。
どれを受けるにしても、シエラにとってはややつまらない印象を受けるようで、スティーが「これはどうですか?」と別の依頼書を取って見せるも返ってくる答えは「う~ん」という悩ましい声。
どの依頼を受けてみたいのかスティーが問うとシエラが持ってくるのは高難易度の依頼書だ。
「ミトさんが怒りますよ。きっと」
「多分、怒っても怖くないと思うよ~。でも、奇麗な声で怒られるのも案外悪くないかもねえ……なんちゃって☆」
「サグラス様の真似ですか?」
「あ、わかる?」
「昨日接したので、若干は分かります。その気持ちは分からないですけど……怒られないようにしてくださいね?」
優しい人ほど怒ると怖いらしいですよ――そう言うスティーにシエラは「まあ……それは確かにあるかもしれない」と返す。彼女はどうやらその経験があるらしい……おそらくその心当たりはファリエル辺りだろうか。
「でも、一応高難易度の依頼も見てみましょうか」
スティーがシエラの我儘に、仕方ないとして言うと彼女は顔色を明るくさせる。
我儘が通った時の子どもの様な顔だ――凄く眩しいと目を瞑りたくなる。目に焼き付けたくなるほど可愛らしくもあった。
龍の撃退――高難易度。報酬額五十万コルタ(斃さなくとも退ける事が出来れば良し、負傷手当有り)。
新しい魔法の開発研究――高難易度。報酬額百万から三百万コルタ(創作された魔法の理論が簡潔で、尚且つ利便性によっては報酬額高騰)。
魔道具開発――高難易度。報酬額百十万から一千万コルタ(利便性求む――優れているほど報酬額高騰)。
プテラルの群れ討伐――高難易度。報酬額百万から三百万コルタ(コスモト区西門より出た先フレヤン村の近く渓谷にてプテラルの群れが発生しております。旅の途中我々の村に来て下さる方への脅威となっており、冒険者のお力をお借りしたい。承諾冒険者様には無料にて宿を用意、食事風呂有り。ギルド職員追記:プテラルの骨、肉、皮素材買取します)。
「お、プテラルの群れだって――私、天界で勉強したからプテラルの習性とかよく知ってる……スティー。これやろうよ」
スティーの耳に囁いて言うシエラに、スティーは「でも……恐そうですよ」と悩む素振りを見せた。
もしかしたらまた下着を濡らす羽目になるかも知れませんと追加で言うが、シエラは今度は「も、もう漏らさないから!」と言い、今度は食い下がる。
そして、シエラがプテラルの群れ討伐の依頼書を「やろうよ、やろうよ」と言って我儘を繰り返す。
「私、いっぱい頑張るから! なんなら創造神の力をプテラルたちに見せつけてやるぜ……ぬっふっふ……」
「しかしですね? シエラ様。プテラルの事を知っていると言うのであれば、大きさがどれくらいなのかご存じですか?」
「翼を広げたら、大体大人四人くらいが寝たくらいの……横幅」
「縦は……?」
「大人二人……」
「なるほど、シエラ様だけでなく私も漏らすと思いますので止めましょう普通に恐いです。殺されちゃいます」
創造の権能を使うなら、魔道具開発の方がよっぽど理にかなっているし、報酬額も創造神の創った魔道具とあらば一千万など余裕で越せる価値の物を創れるではないのか? ――そう聞くスティーにシエラは「スティーの為に使いたいの~」と言って聞く耳を持とうとしなかった。
「死にたくなきゃ――――その依頼を受けようとするのは止めておくんだな。初心者」
スティーとシエラが依頼を巡って言い合っていると、後ろより男の声がした。
錆色短髪で、茶色い瞳の大柄の男。丈夫な革で作られた服に身を纏い、鋭い目付きで二人を見ている。
声には乱暴さが含まれているが、二人の無事を案じて忠告している以上根は良い方なのだろう。背中には人の腕程の長さの剣を携え、腕を組んで仲間らしき人を連れていた。
その仲間は総数三人――豪華な服に身を包む金の長い髪と緑の瞳を持つ長身エルフの男と軽装備に灰褐色のボサボサの髪に黒い瞳の、犬耳を頭に生やした獣人「戌人」のがっしりとした大柄男。
そして、紺色の魔道服に身を包んだ、手にはかなりの長さがある魔法杖、波打った赤錆色の髪は肩より少し伸ばされており、ちょっと強気そうな目には橙色の瞳が美しい。
特徴を語るに、特筆すべきは絶世の美少女であることだ。
昨日、掲示板で背伸びをして依頼書を見ていた少女――後ろ姿でしか昨日は見ていなかったが、これ程可愛い人物だとは思いもよらなかった。可愛さで言えばニゲラと肩を並べられるだろう。背丈はニゲラより少しばかり高い程度で小柄だ。
「もう一回言うぞ――――あんまり高難易度の依頼を舐めてると死ぬぞ。女」
もう一度、話し掛けてきた男性がシエラに言った。
スティーが彼女の我儘を聞く立場であったことを見ていたのか、何も言われていなかった。
「なんだぁ~男ぉおおおお~~~~」
対するシエラは若干の苛立ちを覚えたようで、男をじっと下から睨めつけるようにして喧嘩腰。
これは、まずい流れだとスティーはシエラの袖を引いて「ちょっと……」と宥める行動に出る。
昨日の、報酬の事で揉め事を起こしていた冒険者の一変した態度がふと脳裏に過ったことで嫌な予感がして、仲裁に入ったのである。
「スティー、大丈夫。こんな奴に私は負けないっ」
「――あ?」
スティーの腰に手を当て、彼女を横へとずらすシエラに男は顔に青筋を走らせてぴりっとした空気を作った。
「女だからって容赦しねえ。拳骨一つで鎮めてやる――外出ろ」
「なんだよ。逃げる為の時間稼ぎか~?」
「外でじっくりと身の程ってのを分からせてやるって言ってんだ」
そう言う彼に、シエラはその場で両腕を胸の前へ出し、臨戦態勢を取った。
「シュッ、シュッ」
「お、おい――――外だ外、外に行くぞ」
「怖いのか? いい大人の男が怖がってんのか~? シュッ、シュッ」
男の仲間がささっと入り口の方に移動する。
その様子にスティーは怪訝な顔を浮かべ、仲間の方を見れば手でくいっと手招きをされた。
(え――――何か不味い事でも?)
(いいから早く来いっ! 避難だっ)
代表して少女が表情を作って意思表示を試みながら、手招きの勢いを強くする。
それ以上に不思議だったのはシエラに忠告していた男の焦り様だ。シエラの後方、受付の方をちらちらと見て「こういうのは外でほら……あれなんだよ。都合が悪いんだ」と汗を掻き、最終的には「マジで頼むって」とお願いする立場になっていた。
一方でシエラは頑なに譲らない――臨戦態勢のまま「うるる……」と大して怖くもない顔付きで威嚇する。
「シエラ様、私入り口の方に居ますね」
「うん……!! こいつをボコボコにするとこ見てて……!」
きっと、何か恐ろしい事が起きるんだろうなあ――スティーは男の態度の変容振りにそう感じた。
そして、入り口に移動したのち、スティーはシエラの後ろにいる人物に気付いた。
(あ――――)
仁王立ち――腕を組んだその姿の迫力は凄まじい。
ゴゴゴゴゴゴゴ……という擬音詞まで聞こえてきそうなほど、威圧感があるというのにシエラは気付かず、男の方はぴしりと礼儀正しい姿勢になっていた。
「…………ねえ」
ミト――――彼女の長身さは男以上、奇麗な声で後ろより彼女に声を掛けられシエラは「え?」と間の抜けた声を発しつつ、ー臨戦態勢のまま振り返った。
対する男は「お疲れ様です!!」と体をびくーん!! と震わせ、尋常でない速度でその場から退避した。
「冒険者要項――読んでないの?」
「へ? え? へぇ?」
「カグマンのギルドじゃ、ギルド建物内での喧騒避けてって――――書いてるよね。私の仕事が増えるんだけど」
シエラの頭一つ分以上身長の高い彼女は、無表情で仁王立ちのままシエラに淡々と言う。
臨戦態勢はやがて無くなり、シエラは指弄りにその行動を移行する。
「ギルドの仕事、代わりにやる? 結構多いけど、分かる? 達成難易度最小、報酬無し、手当なしの条件で」
「へ? い、いやそれは……流石に……」
「バランさん。説明」
「ハイィッ!! 彼女が高難易度の依頼を受けたいようでしたので、甘く見たら命の危険があるという事を忠告致しましたァ!!」
「へえ――――これ?」
先程、臨戦態勢に移行した際シエラが床に落とした依頼書を、ミトが拾った。
「プテラルの群れ討伐かー……ねえ、昨日私ちゃんと言ったよね。ちゃんと書いてある事説明したと思うんだけど……高難易度、最高難易度は私が受理する――依頼に向かった冒険者が命を落とした時、責任持つのは私」
「えっとぉ……その……バラン? がなんかぁ……強い口調で言ってきてぇ……」
「強い口調で言わないと分からない人居るよね、ねえ」
段々と、シエラの目尻には涙が溜まっていた。
淡々と正論を言うミトに手渡されたプテラルの群れ討伐の依頼を受け取るシエラは、下を見た。
「ちょっと? 曲げないで――それと目を見てくれる?」
今度はシエラの顔を親指と人差し指にて下から掴み、くいっと上げる。
「ふへぇっ」
潤んだシエラの瞳――即ち魅了攻撃は、ミトには通用しなかった。
万人に通用するはずのシエラのその表情――激怒したファリエルが「ぐぬぬ……ぐぅぅぅ!! おのれ卑怯!!」と怒りを抑えるその表情が通じない。
「ひょっほはへいはっへひひゃっへぇ……」
「言い訳だね」
「ふにゅぅ……」
「で?」
「はふ……」
「泣かない。言い訳しない――――調子に乗ってる?」
「ひ……ひにゃぁ……」
「乗ってるでしょ」
「ひゃひ……」
――強い。
自分であれば、弱気なシエラに逆に罪悪感を感じて撃沈している――そうスティーは自己評価する中でミトへ賞賛を送った。如何に感情を消そうと、生半可にできることではない。
可愛いは罪、可愛いは許される、可愛いは正義となる――――否、ミトには通じない!!
「言う事は?」
「――――ひょへん……」
「えぇ?」
「ごへん……」
「なに?」
「――――――――しゅ……しゅみゃまええん…………ごぇんにゃはあぁぁぁぁい……うぇええ……」
「――――はあ……団体を組むならそれ受けるの許したげる。もしまた同じようなこと繰り返したらお尻叩くから」
「うぐゅぅぅぅぅぅぅぅぅううう……」
シエラの顔から手を放し、こつこつと足音を立てながら受付に戻っていくミトに、シエラは迷子の女の子のように泣き喚いていた。
「こわかたあぁぁあああ…………」
ミトには逆らってはいけない――――今日学んだ事はそれだった。
その後、油断したシエラが依頼書で鼻をかんでしまい、ミトの尻叩きをニ十発喰らった。
出入口から出てすぐ、雑貨店に設置されたベンチにスティーと泣きじゃくるシエラは、腰掛けていた。
「ぐすっ……いたかた……痛かった……すごぉくいたかたよぉ…………」
雑貨店から出てきた老婆が持って来てくれた氷座布団をお尻に敷いて、シエラは啜り泣きながらスティーに言った。
「まあでも……あの……ミトさんには逆らわないようにしましょう。多分、昨日の冒険者もアレ、ミトさんに怯えてたんですよ」
スティーがその推察を言った時、横から声が掛かる。
「なんだ、その……済まなかったな。口調が強かったのは俺の反省するところだが……気を付けてくれ」
先程、シエラに忠告をした人物だ。
名前はグラン・ラッテル――三年前よりカグマンのギルドにて冒険者を営んでいるらしい。エルフの男性はジェアン、家名は無し――グランと同じく三年前よりカグマンの冒険者を務めているとグランが言う。
戌人の男性はウォルフ、こちらも家名は無しで最近冒険者になった新人――獣人の国から出てきており、新人だが戦闘力は折り紙つき。無口な性格らしい。
それぞれ順々に年齢は三十六歳、二百八十歳、二十八歳だという。
「そちらの女性は――――」
「言われると思った。俺、男だよ」
少女だと思っていた魔道服の彼女は、彼だった。
「えぇっ!?」
髪は波立っているがさらさらとしていているし、容姿からして女性かと思っていたスティーは驚愕の声を上げた。
「俺はスルト――二十六歳。よろしくな」
「スティーです。十六です――こちらはシエラ様、神様です」
「神……? それが? 信じられないな。阿保っぽそうだし」
「ぐすっ――――ぬぁっ!? なんだどーー!?」
スルトの言い分に、泣いていたシエラが立ち上がって怒った。
そして、鼻を啜ったあと、ギルドの外である事を良い事に煽り始める。
「お前だって、男っていうのも嘘だろ! こんなさらさらな髪にその顔立ち――――女の子女の子。うぇ~いうぇ~い」
「あぁ?」
「おぉ~?」
顔に青筋を立て、苛立ちを顔に出したスルトは次の瞬間、鋏を取り出した。
「俺だってッッ!! こんな髪ッッ!! 切りてえんだァ!! なのに――――」
自分の髪を掴み、鋏で切ろうとするスルトだったが、驚くべきはどう切ろうとしても髪が切れない現象が目の前で起こっていた事だった。「え? 凄い……スルトさん加護持ちですか」という言葉にシエラがにやりと笑う。
「ははーん……美女神に好かれたな……アイツ、今の趣向的にその髪型が好みなんだよ。髪切れません残念賞スルトちゃん、もう男らしくなれないねえ……」
「ふっっざけんな……!!」
「思い返せば、ファリエルも同じ髪型になってたな……」
「お、おい……止せよ」
シエラとスルトの口喧嘩に、グランが割って入る。
その発端はスルトにせよ、ギルド内に居るミトに今の状況を察知されればグランの方も罰の対象になる――それは避けたいと正直に彼は語った。
「スルト、お前もミトさんに怒られたくないだろ。嫌われたいのか?」
「ハッ!? そ、それは――――良くない」
急に大人しくなったスルトに、シエラが「え、何? 好きなの」と言う。
「~~~~っ!!」
「ひゅ~っ赤くなってやんの……可愛いねえ~スルトちゃん頑張って☆」
「こっ……こいつ……!!」
その傍らで、スティーはジェアンとウォルフの三人で立ち尽くす。
「私たち置いてけぼりだな……スティーは昨日冒険者になったのか?」
ジェアンの問いに、スティーは「そうです」と返事をし、ウォルフが一言「頑張れ」と静かに言った。
「プテラルは結構、厄介な魔物でな。個人でも斃せる者は居るが、団体を組んだ方が依頼達成率は格段に上がるんだ」
――依頼書とは、依頼主直筆の書類である為予備がない。あの依頼書でシエラが鼻をかんでしまった以上、受けるしか選択肢が無くなってしまったスティーとシエラに、ジェアンは続けて言う。
「ミトさんは「団体を組むなら」と言っていただろう?」
「俺たちと……依頼……受けてみないか?」
二人の提案、聞いていたグランが「どうする?」と聞く中、スティーは「お願いします」とシエラの代わりに了承した。
依頼に向かうのは明日にしよう――そう約束し、ミトとの受付を終えた後、一行は宿屋に向かっていた。
「ミトさんは四年前にあのギルドで働き始めたと聞く。カグマンのギルドの中では一番の古株冒険者であるスルトとはほぼ年数一緒だな」
ミトについて、グランが語った。
ミトの年齢は今現在二十五歳、意外にもスルトの年下で、スティーは驚きを隠さなかった。
「まあ、カグマン滞在はスルトがもうちょい短いな。三年と十カ月――ミトさんが新人の時にスルトが来たらしい」
「冒険者とかだったの?」
グランの説明にシエラがスルトへと問い掛ける。
すると、スルトは首を横に振って「分からない」と答えた。
「俺はあんまり仕事以外で人の事を詮索したくないんだ。それに……き、気持ち悪いだろ……相手に取っては……」
「――あの長身さと、誰にでも恐れず詰めて言い包める。冒険者は皆、あの迫力に「実は強いんじゃないか」と噂を立てる一方だ……平手打ちの威力は凄まじかった故、私もそう思う」
「ジェアンは、スルトに「男は押してなんぼだ」なんて言って一回ミトさんの胸を鷲掴みにして、平手打ちされたことがあるんだよ」
「スルトにも…………殴られていたな……俺だったら、幾ら積まれても、出来ん……ある意味尊敬に値する」
翌日――ギルド受付。
シエラが依頼書をミトへと怯えながら渡す。
「団体……く、組みました……ミトさん」
プテラルの群れ討伐の依頼の用紙――書面を記憶していたシエラが一言一句差異無く再現したそれを受け取りながら、ミトは一行の方に目を向けた。
スルト、グラン、ジェアン、ウォルフ、そしてスティーとシエラの力量を見定めた彼女は――受理した事を意味する判子を依頼書に押した。安堵の表情がシエラの顔に現れ、ミトが口を開いた。
「昨日の事は、ごめんなさい。ああでもして言わないと分かって貰えないって思ったし、貴女の為にならないって思ったんです――――ちゃんと五体満足で帰って来てくださいね」
彼女の目に敵った――それだけでもシエラにとっては嬉しかった。
「えっと……私も、すみません」
頬を若干赤に染めて、照れながらシエラがそう言うとミトは「ふふ」と微笑んだ。
「依頼書も昨日まであったのとそっくりそのまま書かれてるし、鼻をかんだのも無かった事にします。西門までは馬車を手配しますから一時間後まで待機でお願いします」
出発までの間、シエラは落ち着きのない様子だったが、大人しくしていた。
ミトさんの身長は197cmです。よろしくお願いします。
 




