表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元人形少女は神様と行く!  作者: 餠丸
序章~天界~
1/60

プロローグ・ファースト

改訂版です。

本文中、ルビを振っていませんが特別な読み方などはありません。あれば必ず振るよう心掛けていきます。

よろしくお願いします。


 可愛くて、純真で、素直で元気な人形と過ごせたらいいな――と一柱の神はふと思った。

 「人形」とは、人の形を模したもの――玩具の一種である。

 ――神にとっての「人形」とは人間のことだった。しかし「人形」と名付けたのは人間だから正しくは「神形」と呼ぶ。


 初めの人は泥から形作られ生まれた――それはとある世界の逸話の一つである。

 作り話? 単なる伝説? 信じるに値しない? ――本当なのか嘘なのかは、神のみぞ知る。

神に会ったら「我々は泥から造られたのですか?」と聞けば良い。


 泥云々は兎も角――神が人間を生み出したというのは、嘘ではなかったのである。


また――「人形」を。

――今度も神は自分の隣にずっと居てくれる存在を求めた。


 * * *


 ――七回目の世界が今、滅んだ。

 創造神は滅んでいく様子をただただ、憂う目で見ていた。その背中には哀愁が漂っている。

 最低な世界だった。神の事を何とも思っていないことは最早どうでもいいものとして、諦めが付いていたからいいものの、人間たちは自分の欲望にのみ従って、代表は他の国を欲しがり――力を振るった。

 核兵器なるもので空気には毒が蔓延っており、人間たちは地下で暮らすことを余儀なくされて、地上では動物たちが苦しみ悶え息絶えていく。

 溜息を一つ、創造神が吐いた。

 ――どうすれば良かった? 人間も動物も共存できるものは共存し、より住み心地の良い世界を創りたいはずだったのだ。滅んだ世界にまた生命を誕生させ、その歴史を繰り返す理由は彼女が人間のことが好きであるからに他ならない。

 またやり直そう、次こそは――前回もそう言って滅んだ世界に命を誕生させた。次の人間たちは良い文明を築き上げてくれる所を見せてくれ、と他力本願に。

 神の仕事は世界の管理であり、文明を築くのが仕事ではない。時に助言は出そうとも神が文明を進ませてはいけない――暗黙の了解ではあるが、神は皆それを制定されたものとして忠実に守ってくれている。

 足元には膨大な量の手紙がある――どれもこれも「我々の管理が甘かった」と便箋には詫びの言葉がずらりずらり。男神、女神――彼等彼女等のせいではないのに、滅ぶたびに。


「生み出したのは……創り出したのは私ではないか。一番の原因は……私だろう……お前たち」


 口を引き結ぶ。瞳を潤ませる。

 だが今泣いていても仕方ないと、創造神は上を向いて涙が零れないようにした。

 これ以上はいけないと、何度も何度も人間たちに神託を告げて――「他が苦しんでいるのが、その瞳には映っていないのか」——聞いてくれなかった。

 悔しい、世界を生み出した創造神として――――ただただ悔しい。

 堪え切れずに泣く彼女の姿は一見して、迷子の少女かのようである。否——今は悲しみに涙を溢す少女であった。下界の生物が全て死に至り、文明の痕跡をも消し去られるまでの数か月間泣き続けていた。


 ――最初の神、始祖神、呼び名は多種多様でありながら彼女には名前が無い。その顔立ちは誰が見ても美しいと感じ取れるであろう顔立ちで、彼女を我が物とする為に自分自身の財産を全て投げ捨ててでも手に入れんとする男性はきっと多いに違いない。そう思えるほどの絶世の美女。髪は白金を伸ばしたかのように美しくさらさらとしており、その瞳は暗く蒼い宙の様子に星の輝きが散らばったかのような色合いで、感性持つ者すべてを魅了し尽くしてしまいそうである。

 露出が少なく、身体の線も大して浮き出てこなさそうな衣服を纏っているのにもかかわらず、女性らしさ――理想の体型というものが隠し通せていない程その体つきの均衡度合いは完璧に整っており、調和がとれている。

 彼女の役割はあらゆるものを「生み出すこと」もしくは「創り出すこと」――即ち創造神、創造主。

 神すらも生み出し、創り出すものは物体のみに縛られず概念にまで至りあらゆるものを生み出せる。

 ――滅亡から数か月の時を経て心の整理が付いた彼女は今度こそ良き創世を、と指先を下へと振るう。

 下界に通じる大穴の向こう側、つまりは天界の下へと「命の始まり」を落としたのである。それは八回目の世界の始まりでもあるたちが生物が進化を繰り返す。人間が生まれるまでは凡そ十数億年は掛かるだろう。

――切り替えていかなければ。七回目のその言葉と共に落とした。

 変化を。変化を楽しみ、自らも――神々の主として、創造神として。


 ――場所は彼女の住屋。神は本来、神殿に住んでいるものだが彼女は違い、その住屋は下界へと通ずる大穴の中央上に浮いており、通常ならばその住屋自体は見えず、人間から見れば上の方が平らな巨大な岩が浮いているようにしか見えない。

 神や天使はその住屋を視認することが出来るが、それ以外の種族等がその住屋を視認もしくは入るとなると創造神に招待または歓迎されていることが条件となっており、天界に来て間もない者やその条件に合わない者にとっては浮く巨岩にしか見えない。

 今現在においては下界に知的生命体がおらず天使たちや神々の仕事も無い為見掛けないが――下界に通ずる穴より降臨しよう神が深く礼をして「母よ行って参ります」と言い大穴へと身を投じる姿や仕事の為に下界へと飛び向かう、正しくは急降下する天使たちが「行って参ります」と声を張りつつ手を大きく振る姿などが恒例であった。

 辺りを見ても住屋に続く道や階段などは無い。どうすればその住屋へと足を運べるのかと謎は残るが「住屋に入る」「あの岩に足を踏み入れる」という行動目的があれば、まるで空中に視えない階段があるかのように落下する事は無く、登ることが出来る。傍から見れば空中を歩いているようにも見えるその様子は摩訶不思議という他ない。

 一見すればぽつんと建つ一軒家であり、その大きさは外見上一人暮らしをするには少し余るかという程度の大きさで、それ以外は庭となっており大穴に落ちるのを防ぐようにして人の腰までの高さを有する柵が設置されている。創世をする際はここから「命の始まり」を落とす訳である。

玄関扉より入ってみると奥行きは並の神殿よりも広く部屋の数もまた外見からは想像もつかない程度には多い。

――内装を人間が初めて見た時は何十回と外と中を行き来して「どうなって……!?」と阿鼻叫喚。創造神の笑いを誘っていた。


 住屋の一室で、創造神が一人。

 片付けのあまり得意でない彼女の住屋の中は所々に物が散乱しており、仕える天使曰く「よく躓く」らしく、片付けをするのは客人が来る時くらいでその片付けも家事は天使任せ、創造神がへこへこと頭を下げて言い訳をする姿はその天使らには珍しくもない光景である。

 だが今回は、創造神自ら片付けをしていた。

 心境の変化か? ――気分が優れないだろうと、箒や塵取りを持って片付けに来た従者である天使たちを横目に。


「創造神様……」


 少女の姿を持つ天使が声を掛ける。その隣では居心地悪そうに成人女性の姿を持つ天使が何と言うべきかと指弄りをして待つ。

 彼女等が創造神の身辺整理仕事をするのは初めて。下界が滅んだ数か月前の出来事のことで八つ当たりをされるのではないかと心臓の鼓動を早くさせる。そして、目の前の創造神がゆっくりと立ち上がって二人の方に顔を向けた。


「っ……!」


 箒をぎゅっと握り、何かしらの八つ当たりが来ると少女天使がびくっと身を震わせた。


「来てくれて有難う。世話になるよ」

「えっ……あ、はいっ」


 脳が感極まる程の美しい声音に、少女天使の方が返事をして、もう一方の天使は緊張のあまり体を固まらせていた。


「名前は?」


 創造神の問いに、金髪に茶色い瞳の少女の天使が自らをシュア、もう一方の茶髪の碧眼を持つ天使をメアルと言った。

 服装は、大きな布を特殊な巻き方で以て巻き、体全体をまるで女性服を着ているかのように見せたもの。天使の幼装――つまりは二人して、この天界に生まれてこれまでに至るまでずっと服装が変わっていないという事だ。


「ここらの区画の天使じゃないな」


 自分の住屋の近くに住まう天使の顔ぶれを記憶している創造神は、一目見てそう言った。


「は、はい! ゼロフル様の領地より来ました!」

「よ、宜しくお願いします……」


 シュア、メアルと続いて創造神に告げる。


(ゼロフルが下界の酷い状況に荒れに荒れて天使や人間の従者たちに八つ当たりを繰り返している、というのは本当だったのか……逃げてきたのだろうか。可哀想に)


 先程、びくりと体を震わせ怯えていたのはそういう事だったか、と創造神は理解し声を掛ける。


「私の所で働くと良い。住まうも出るも自由……ゼロフルの所に居たという事はロクに入浴もしていないのでは? 浴室はこっちだ。入浴後、片付けを一緒にしよう――シュア、メアル。ファリエルには伝えておくから」

「――――あ、ありがとうございます!」

「この御恩は一生忘れません!」


 礼を言いながら深々と頭を下げる二人に、創造神は此処で初めて笑顔を見せた。

 その笑顔には、二人して同性でありながらも魅了されていた。


 予想以上に散らかっていたそれぞれの室内を、床全体が見えるように片付くまで数日と掛かった。中の広さと部屋数も相まってそれ程の期間を片付けに要したのだ。シュアとメアルは創造神に何も文句を言わなかったが、創造神は「内心、クソ汚いだらしないとか思っているんだろうな……」と後ろ向きな考えを少しだけ持っていた。

 シュアとメアルが使う部屋を彼女二人に選ばせている間、創造神は自室へと戻った。

 人一人使うには余り過ぎる程の広さの自室。中にあるのは三人ほどが横に寝れる程度の大きさの寝台、本棚、作業机、そして隅に椅子に座った一つのぬいぐるみ。

 扉を閉めると、シュアとメアルの自室にはしゃぐ声も聞こえなくなり、静けさが残る。

 ぼすん、と寝台に倒れ込み数秒後、創造神はおもむろに立ち上がり隅に置いてあるぬいぐるみへと近付く。

 少女の形を模したぬいぐるみだ。柔らかい布と羊の毛を解して作った綿を詰めて作った思い出の一品。

 少しだけ微笑んで、創造神はそのぬいぐるみを抱き締め、先にそのぬいぐるみを寝台の上に寝かせ、そして創造神が続いてその横に寝る。


「おやすみ……」


 ぬいぐるみに、創造神は一言呟いて目を閉じた。


** *


 ――少年少女の笑い声が聞こえる。

 風に揺れる草原、そしてその自然たちが発する匂いを感じる。

 眩い陽の光が眠気を誘い、そこらにぽつぽつと昼寝をする動物たちの姿。その一方で人間たちは元気にはしゃぐのだ。

 雲がゆっくりと流れる蒼い空の下、人間たちは平和に暮らしていた。


「――さん、――さん。昨日の続きしようよっ!」


 自分の名を呼ぶ声がして、女は重い瞼を持ち上げて「うぉ~」と間の抜けた声を漏らし、近くまで顔を寄せられた少女の頭を撫でようとする。


「――さんが言ったんだよ。もう陽が暮れるからまた明日にしようって……なのにお昼寝なんて……」

(……? 名前……よく聞こえないな……私の名前……)


 呼ばれている、という自覚があるのに、何故か呼ばれた後に自分の名前だけが頭の中から抜けていく。

 ゆっくりと動かしていた手が少女の頭を撫でた。だが少女は喜ぶわけでもなく頬を膨らませて怒り始めた。求められているのはこれではなかったらしい。


「むぅーっ! まーだ寝惚けてる! 起~き~て~く~だ~さ~い~!」


 服を引っ張ったり、身体を押されたりと揺らされ、ハッキリとしなかった頭がだんだんと目覚めていく。


「おぉ……もう年でな……」

 冗談を含めた返答をすると、少女は頬を膨らませてわざとらしい怒り声を上げる。

「お爺ちゃんお婆ちゃんみたいなこと言わないの! ほら、お人形さんを今日こそ完成させましょ?」

 意識がようやくはっきりとして、少女が差し出してきたそれを受け取る。

「了解。今日は仕上げに顔だ」


 ――ありがとう、大切にすると言って仕上がった人形をぎゅっと抱き締めて少女は屈託のない笑顔をこちらに向けた。眩しくて可愛くて愛らしく、純粋で且つ無垢である少女の笑顔――それに釣られて笑うのが好きだった。

 その少女にだけじゃなく、人間たちの笑顔に釣られて笑うのが――好きなのだ。


 冬の凍えた空気に触れて、凝り固まった両の手。火を起こしてあげたら人間たちはそれに寄って火に手をかざす――解れて柔らかくなる両の手、人間たちの瞳に映る揺らぐ火、橙色の光を浴びる嬉しそうな笑顔、こちらを見るその老若男女のその表情に誇らしく思うのが――――大好きだった。


 魔法を教え、成功すると、嬉しさに飛び跳ねるその仕草があまりにも可笑しくて可笑しくて、笑ってしまうけれど――その姿が凄く凄く、あまりにも眩しい。

 見返りは求めていなかった。この喜ぶ姿を見るだけで、良かったのだ。只より高い物はないとは言うが、既に高価な物を貰っていた。

 この笑顔を永遠に見ていられたら良いなと、切に……切に……願った。


「――さん……もう何度目ですか。貴女は長寿なのだから、私たちが先逝く事は明白……慣れませんか」


 時が経つのは早い。いつの間にか来ていた彼の少女の寿命――寝台に横たわる老いた彼女の手を頭に感じながら、泣きじゃくる。「慣れないのか」という問いに中々思うように声が出ず、ただ首を振るだけ。

 死に別れは――――大嫌いだ。

 悲しい顔をするのもさせるのも嫌いだ。

 彼の少女の枕元に一緒に横たわるあの時の人形が顔を見上げてた様子で此方を見つめてくる。もう何十年と時が経ったから、汚れが目立ちくたびれていた。


「わたっ……私はっ……君たちと、永遠に……あの草原で笑って遊んで……平和に暮らせていけば……それで……それで……幸せなんだよっ」


 思うように言葉を紡げない。

 言いたいことはまだまだ沢山ある。初めての創世で、人間たちが生活するようにまで時代が進んで、十二もの神を生んだ後に天界より降りて来て、時期を見計らったかのように産まれた彼女。

 是非抱いてあげてと言われた時の困惑と喜び、人間の赤子を抱き上げた時の感動、赤子の向けてくる笑顔へのくすぐったさを昨日のように思い出せる。彼女だけじゃなく、他の老若男女全てとの関わりも宝だった。

 もう数十と死に別れに立ち会った。この時に頭を過るのはいつもいつも思い出の数々。


「私は、とっても幸せでしたよ。満足なんです」

「今はその言葉は聞きたくない……」


 我儘を繰り返した。情けなく泣きながら、頬を引き攣らせて精一杯の力でちょっとした笑顔を作って、口角を震わせながら見っともなく、駄々をこねる子供みたいに。

 いやだいやだ、と言う自分を笑う彼女は半ば食い気味に言った。


「これを……」


 ぴたりと我儘を止めた自分に差し出されたのは、あの時の人形。


「あげます……大切にしてください……約束ですよ。貴女の傍に、いつも置いていてくれると、助かります……」


 ――嗚呼……この子は、もう間もなく命が尽きる。

 言わなくては、これまでの思い出を紡いでくれた彼女への感謝の全てを。


「創造主様」


 はっとして、顔を上げた。


「私たちを……世界を……これからも、愛してくださいますか。私……が、生まれ変わった時、愛してくれますか」

「ああ、当たり前だよ、当たり前じゃないか。愛している、愛しているよ、何度だって――――」


 最後まで彼女の耳に届けられなかった約束。

 約束を、彼女が生きているうちに、もっと早くに出来なかった事を後悔している。


** *


 ――このお人形さんと、いっぱいいっぱい遊んで、お話し出来たら嬉しいなあ……。好きな事して、ずっと一緒に、暮らしていけたら幸せだろうなあ……。

 彼の少女が発した願い、木陰の中で話した夢物語。

 眠っている間に溺れた涙を拭い切った創造神は、人形を胸元で抱きながら自室を出る。

 その人形は加護が加えられたおかげで汚れは奇麗さっぱり無くなっており、くたびれていたり解れていたりしていた箇所も創造神が修正を施したもので、作りたての頃をそのまま蘇らせていた。

 白い毛糸で表現された髪の毛、愛嬌のある短い手足、そして豪華な白い服装、木の留め具の目、刺繍で表現された鼻と口。

 それを抱き締めて廊下を渡る。

 奥の方からは食器を用意する音が聞こえてくる。シュアとメアルが料理を作ってくれているのだろう、創造神は人形に「お腹が空いたね」と声を掛けた。


「おはようございます」

「おはようございます創造神様」


 廊下を抜けて大机のある部屋へと入り、振り返ったシュアとメアルが順々に挨拶を口にした。


「おはよう。早くに立派だね」

「そんな事ありませんよ。結構、寝坊をしてしまいました。メアルが起こしてくれなかったら大変でした」

「……? まだ六時頃だよ」

「ゼロフル様の所では四時起床ですので、シュアの言う通り寝坊です……すみません」

「……ここはゼロフルの住屋ではないのだから、何時起きであろうと咎めは無いよ。私は昼起床もザラでね」


 今日は早くに起きているが、と言う創造神にシュアは「ご謙遜を」と言った。

 そして、メアルが創造神の抱いている人形に目を向けた。


「その人形は?」


 その質問に、創造神は思い出の一品だと答えた。

 最初の創世時代、当時の下界に居た少女との思い出であると正直に答え、今朝その夢を見たとも明かす。しみじみと語る彼女は最後に聞いた。


「シュア、メアル……君たちは人形と一緒に遊んだり話したりする事に、憧れはあるかい?」


 二人の天使は両方の顔を見合わせた。

 思い出すのは、前主神であるゼロフルの癇癪に怯える日々を各々大切にしていた人形に話し掛け恐怖を紛らわせる日々。勿論、ありますと答える二人に創造神は微笑んで、人形に頬を押し付けて言った。


「そうか……私も、この子とお話がしたいな……好き合いたい。元は……元は人間の事を「神形」って呼んでいたんだ……神の形を模したもの。人間で言う所の「人形」さ――自分たちにとって完璧な、神に似て非なるものが、欲しかった」

 だから、暫くの間――今度こそ、それを実現するために頑張るよ、と創造神は言った。

「ファリエルに、伝えてくれるかい? 暫く暇を貰うと――――」


 三十四億――それは生命が誕生してから人類誕生に至るまでの進化の歴史。

 創造神は今、挫けそうになっていた。歴史の重みに。完璧な人間というのを進化という過程を通り越し、無視し創り出す事の苦労に、圧倒をされていた。

 一つの細胞しかない微生体から、複数の細胞を持つ微生体に。そしてそれらにやがて様々な機能を持つ内臓が現れて――失敗を繰り返す創造神の姿にシュアとメアルが励ますという日々を幾百と繰り返す。


(どうして……こうも上手くいかない? 何が足りない?)


 作業机に突っ伏して、作成当初より何枚何十枚と書き記した資料の数々に目を通す。

 人間の体の仕組み、そしてそれぞれの臓器の機能とその在り方。一つ一つ細やかに書かれたそれをいくら見ても、その通りに創造を繰り返しても、上手くいかない。

 ふとした瞬間に、脳裏に過るのは「本当は、創造を司るだけで、今までのは単なる偶然が重なっただけで本当は才能が無いのでは?」という思い。

何度も失敗が続くと自信を無くすのは神も人間も同じなのかもしれない、と落ち込む創造神の背中を見て、シュアは思った。そして、彼女にふと声を掛ける。


「お散歩でも、されてはどうですか? 気分転換に景色を眺めるのも良いと過去に下界の新聞記事で見ましたよ」


シュアの提案を受けて、創造神は「そうだね。ありがとう」と礼を言い、住屋の外に出る。

 そして、外では幻想的な風景が広がっていた。

 ――下界とは全く異なる景色。

 地平線の方には山を越すような大きさの狼が歩いていたり、上空には島が浮いている。戦争は無く、それぞれの神が各々代表して統治をし、そして各々が所持する領地にて自分に合った人間に生活を与え、そして仕事を手伝ってもらうというのが、天界の暮らしである。

下界では中々見られない天使や精霊なども無数におり、命が絶え天界に来てすぐの人間たちが驚く事がまずそこだと言う。伝説の生き物、仮想上の生き物とされてきた動物などが必ず視界のどこかに居る。

善い行いをした者、悪い行いをした者両方共にこの天界へと来るが、前者と後者で異なるのは望んだ神の下へ行けるか、そうでないかであり、後者に至ってはその者にとって一番苦痛を感じられる場所へと送り込まれる。天国と地獄、どちらも天界の事であると神は言う。


「何かお悩みですか、主よ」


 ふと、後ろから声が掛かった。


「ファリエルか」

「背中に哀愁が漂っております。私の従者の一人が、神殿に「創造神様が落ち込んでおられる」と来ましてね」


 掛けられた言葉にそうか、と創造神はファリエルと呼ばれた天使に返事をした。

 ファリエル。「運命」を司る大天使である。

 平均的な男性より少しばかり上背があり、過去に創造神より「暑苦しそう」と言われた金の刺繍が施された高級そうな白を基準とした服に、白銀の長髪と銀の瞳。そして二対四枚の上側は大きく下側は小さい翼。

 容姿は中性的で、後ろ姿からすれば女性のようにも見える。


「今日は男の姿なのか」


 通常の天使と違うのは司る事物がある他、男性の姿女性の姿と両方に変幻することが出来る点。


「おや、女性の姿の方がよろしいのですか?」

「そうだな。そっちの方が愛嬌がある」


 ――創造神の、従者である。


「もしや貴女……いつかに私との夜伽を私の妻に疑われ、ある事ない事言われたことをまだ……?」


 ――複数の妻と子供も多数。


「…………」


 その後、バシンという音が辺りに響いた。


「何も叩く事は無いでしょうに……」

「私の嫌な記憶を引き出させたのが悪い」


 神秘的な色合いをした花が咲き誇る天界の平野を歩きながら、容姿の性別を変えたファリエルと創造神は会話をしていた。その二人の様子はまさに「旧知の仲」と言った様子で、お互いへの信頼が周りにも伝わっている。


「あれは、私の妻が無知であった為で……」


 絶世の美少女とも言える可愛らしい容姿をした大天使、そして麗しい絶世の美女。

 ――視線を集めるのはほぼ明白であり、かなりの数の人数が集まってきた。

 お久しぶりです、と集まってきた人々が口を揃えて次々と創造神に声を掛ける。声を掛けられた彼女も何とか全員に反応しようとしてみるが、やがて困り果てた様子を見せ、ファリエルはそれを見て爆笑していた。

 「躓いて怪我をした聞いてください」と筋肉に富んだ男が泣きついて愚痴を吐いてきたり、鼻水を垂らした男の子が創造神の服で鼻をかみ、母親であろう女性に凄い勢いで謝られて、群衆の中から創造神が抜け出そうとするも揉みくちゃにされる。


「ふっ……」


 ここでようやく、創造神が笑みを浮かべる。

 大勢相手の会話と言うのは久し振りだった、と後に創造神は語る。空の色が暗くなり始めるまで、声が尽きることは無かった。

 そして、帰りにファリエルが問う。

 ――何に悩んでいたのか、と。

 問われた創造神は淡々と答える。

 かつての思い出に絆されて、自分の隣に永遠に居てくれる完璧な人間を創りたかったこと、しかし失敗が続き未だ成功が一つもなく自信を失くし始めていること、本当は才能が無いのではないかと後ろ向きに考えてしまうことを。

 近くにあった長椅子に腰掛けて、隣に座ったファリエルに全てを吐露した。

 ファリエルは自分が一番最初に生みだした存在だ。一番古い仲。赤ん坊から大人として遜色ない頃まで育て、今となっては神殿の仕事を全て請け負って貰っている。


「ふむ……」


 相槌を打つことを繰り返していたファリエルは次に、言った。


「貴女は、完璧な人間が好みなのですか?」

「そんな事は無い……少し抜けていても、私は……良い」

「貴女が初めて創世をした時、私が隣で見ていた貴女は「良い世界になって欲しい」とだけで、曖昧ではあったではないですか。万人にとって完璧ではなくとも、どこか自分にとって満足のいく世界であれば良いと言っていたのを覚えていますよ」


 いつの話だよ、と創造神は苦笑する。


「……天使二人が料理を作って待っていることでしょう。今日はもう帰りなさい、主よ? 私も妻が待っておりますので」


 苦笑する彼女に、ファリエルはそれだけ言った。


 ――創生当初は何も考えていなかった。

創造神、正真正銘最初の神だったから、自分一人だけじゃ凄く寂しくてファリエルを生んだ。だけども二人だけでもまだまだ寂しくて、もっともっと賑やかにしていたくて。宇宙なるものを生んで、その中心に今の下界となる惑星を生んで、他の惑星を生んで、下界を照らす恒星を生んで――命の始まりたるきっかけを下界の海に落とした。

初創世は何の根拠もない自信をひけらかして、自分のやりたいこと、感じたい事だけを信じて創っていたと思い出す。

 天界に自分一人天使一人じゃ寂しくて、神々を生み出して――その神はどこか抜けてる所はあったけども、しっかり自分の仕事をやっていたし、最終的に彼らの仕事が自分が生んだ世界を自分の望んでいる世界にならずに滅ぶ結果となった事は確かにあったけれども……「次はちゃんとやるから、初心に帰る――原点回帰する」と。


「――――ぁ」


 完璧じゃなくても、良いじゃないか。

 容姿が良いとか、性格が良いとか……最初の世界の、あの子に、雰囲気だけでも似ているとか……。

 それだけでもいいじゃないか、と創造神は思った。

 原点に帰ろう――そう思った時、創造神の顔には清々しさが蘇っていた。吹っ切れたかのような、そんな印象を感じる。

 原点回帰をするのは自分もなのだ、と。


(とびきり可愛い女の子が良いな。いつかに誰かが言っていた「俺の嫁」という感じの私の好みの女の子……それがいい、そうしよう)


 失敗は繰り返すものだ。

 ――原点回帰である。


 ――下界で生物が地上に進出し始めた。

 命の始まりを下界へ落としてから十数億年が経ち、創造神はようやく作業へと着手する。サボっていた訳ではなく、様々な論文を書き記し、そしてそれを仮想実験するという繰り返し。

(その間に……シュアとメアルが子供を作るとは思わなかったが……)

 天使は同性であっても子供を作ることが可能。その方法は人間と変わりはなく行為に及ぶだけなのだが――創造神としてはこの住屋でそれをしているとは思わなかったのも事実。

 産んだのはシュア。赤子の名前は創造神が「ノア」と名付けた。緑黄色の神に、空色の瞳を持つ女の子で「きっと美しい少女になる」と予想する。

(数か月前にいきなりメアルから土下座されたのはびっくりしたが……ふふ、可愛らしい)

 差し出された人差し指を握る赤子の天使を覗き込みながら、創造神は微笑を浮かべていた。


(ファリエルの赤ん坊時代を思い出すな……)


 お腹を痛めて子供を産んだ事は無いが、子育ての経験はある。


「子育ての経験がおありですか?」

「うん。ファリエルをね……神と同じように成人での状態で生み出しても良かったのだが、子育てというものがどういうものなのかを知りたかった。その時に経験をした。あとは……頼まれて子守をするくらいか」


 最初は簡単だろうと高を括っていたが、想像した物よりか大変だったと創造神は言った。


 ――永遠を生きることのできる者の時間感覚は、人間が感じる時間感覚よりか遥かに早い。

 三十七億年。生物が幾度となく進化を繰り返す事の出来る期間すらも、永遠を生きる者にとっては「もうすぐ」という感覚の他にない。


「数百年……やっと完成した……」


 創造神のその感覚は、より顕著。

 しかし、今この瞬間――人間と同じ時間感覚へと戻りつつあった。人間の研究では「年を取れば取るほど時間感覚というものが縮むのは新鮮な体験が減っていくからである」という結論が出ており、創造神の時間感覚が戻ったという事は「これからが新体験の数々がある」という事を期待している、及び確信したという事とも考えられる。

 ――その新鮮で新しい体験の一つが今まさに、目の前にあった。


「奇麗……」

「すごい……」

「わあ……」


 シュア、メアル、ノアが次々と見惚れていく。それを見て創造神は「私の嫁だから!」と寝取られることを危惧し、三人はそれに苦笑するばかりだった。

 一つの椅子に腰掛ける一人の少女の姿。

 呼吸をする事すら忘れてしまいそうなほど美しい容姿を持つ少女だ――創造神と同等の優れた容姿の持ち主と言っても良いだろう。

 銀色にも、純白のようにも見える透き通ったきめ細かでさらさらとした腰まで伸びた長い髪。瞼は閉じられている為、瞳は隠れてしまっているが、美しいに違いない。睫毛は長く、薄紅色の美しい柔らかそうな唇、指で突いてみれば頬は病みつきになりそうな感触を誇っていた。

 服装は簡素だが清楚さがより際立つ白を基準とした女性服を着用し、細過ぎず太過ぎず完璧に調和のとれた肉付きの足には、白い薄手の長靴下が履かれている。


「ん~~~ちゅちゅちゅっ! 可愛いねえ可愛いねえ早くお目覚めになって私と永遠の愛を誓い合ってよぉ~!」


 創造神が自らの神格像を忘れて、威厳の欠片もなく人形少女の頬に口付けをし、匂いを嗅ぎ「好き好き~」などと囁く。

 ――だが一向に、人形少女は瞳を見せない。

 完成してから数日が経った。

ファリエルが「そろそろ住屋から出てこい」と怒鳴り込んできて、最初に見た落胆する創造神の姿には思わず面食らっていた。それくらい彼女にとっては衝撃的で悲しい事だったのかもしれない。

「もう一度最初からの作業なのか。何が足りないのか」と一日の殆どを考える時間に割いていた。

 心臓の鼓動はある――生きているのは確かだが、目覚めないとあっては失敗と同様だ、と。


「主よ……取りあえず、神ゼロフルの所に行き健康であることを報せに行ってはくれませんか。天界中の神々が心配しておりましたよ? 一定間隔で外に出て来ていたのに、ある時から一度たりとも外に出てこないものですから……」

「お前、これが健康に見えるのか……」

「はい」


 自室の扉を勝手に開け、寝台に横たわる創造神を相手に男性姿のファリエルは溜息交じりに創造神を諭そうとしていた。

 創造神に無言で投げられた枕を難なく手で受け、床に置く。


「……元気ではないですか。貴女が「人形少女」と呼ぶあの美しき少女も、最初に見る貴女の姿がソレでは目覚めの良いものではありませんな」

「お前に何が分かる……「人形少女」では駄目なんだ……「元」が付いて欲しいんだよ……また、また失敗したんだ」

「……今の下界の情勢は如何程でしょうか……神ゼロフルの下には貴女の知りたい事があるやもしれませんね。ついでに言ってしまえば……丁度時期良くあの神がシュアさんとメアルさんの事を気に掛けておいでで、生意気にも私の所に自分の代わりに過去の事を謝っておいてくれと……「直接謝れ痴れ者」と言ってしまったので、お二方を連れて行ってもらっても?」


 会話の受け答えを成立させない大天使の物言いに、創造神は睨みを利かせたが彼は意にも返さない。


「……失敗失敗……果たして本当にそうなのかは数日で分かるものですか。時間の感覚が戻ったのは良いですが、先読みするには早いのでは?」


 分かり切ったような口を利くな、と創造神は言ったがまた大天使は聞き流した。


「では、私は仕事がありますので戻ります」


 扉が閉じられ、創造神は溜息を吐く。

 静けさだけが残った。


** *


 「ヴェルスル」――「伝達」を司る神ゼロフルの統治する街。

 その大きさは街にしては小さい方で、山二つ分程度の直径と街の形は円形平面状。

住人はほとんどが天使――伝達業という仕事は羽のある彼等彼女等には適した業務とも言え、その街の機能は他の街に下界の情報等を伝えるというもの。主神の司る事物をそのまま形作った街と言える。

 中央区「ゲトヴェル」には神殿が建てられており、そこに主神のゼロフルが鎮座する。

 静かな街だ――人間の声の一つや二つ聞こえもせず、黙々淡々と業務を熟し一日の終わりが来れば寝るという生活をこの街の人間は営んでいるらしい。

 この街に来る人間、住むことを決める人間の大半は仕事中毒の者が多いとも聞く。


 ヴェルスルの入り口、南門――ここまで来るのに二日という期間でようやく到着し創造神、シュアとメアルと二人の間に生まれた天使の子であるノアが疲れ果てた様子で立っていた。


「……行こうか」


 創造神が一言添えて、シュアとメアルの手を引き、その後ろをノアが長い髪を揺らしながら付いて行く。

 シュアとメアルが緊張状態にある事に彼女はやや戸惑いながら、創造神に「どんな神なのか」と問う。


「話の上手い神さ。自分の気に入らない事があれば苛立ちを包み隠さない、情緒が中々安定しないという欠点はあるが仕事はちゃんとやる」


 だが、飽きっぽい一面からよく天使が不当に解雇され他の街に追放されるという事案が頻繁に発生すると創造神は言った。


「あの……聞いても?」

「なんだい?」

「下界の事を知りたいなら……あの大穴から見れば良いのではないですか?」


 そんな質問をするノアに、シュアとメアルが彼女の口を慌てて塞いで頭を激しく振って謝るが、創造神は純粋な問いに答えた。


「見るだけじゃ、得られない情報があるだろう?」


 だゼロフルの所には下界のあらゆる新聞や文献といったものが存在する為、現状の下界が知れるのだと創造神は言う。

 そして、人形少女の事は失敗してしまったが、今度の創世は成功していると少し気が晴れると言った。


「それに、ファリエルが言っていたが……シュア、メアル、君にゼロフルが謝りたいそうだ」


 三十七億という歳月が経たなければ、神の心にそういった感情が生まれないのもよろしくないな、とも。


「もっとも、神の時間感覚で言えば数百年と同じようなものだけれども」


 やや自嘲気味に、創造神は笑った。


 久し振りに見るゼロフルの姿に、シュアとメアルの二人は体を震わせる。

 過去にされた八つ当たりの数々を思い出したのだろう、その顔は青ざめており恐怖度が如何程かを創造神とゼロフル共に察し、そしてその震えの原因である神は――罰が悪そうな顔をしていた。

 黒髪でその一部は灰色といった変わった髪色をしており、黒い瞳を持つ如何にも青年といった風貌の男神――彼こそがゼロフルである。

 黒を基準とした簡素な仕事を着用し、背丈も男性としては高い方になる。

 見た目は好青年だというのに、シュアとメアルの様子からして過去の彼は見た目にそぐわぬ立ち振る舞いをしていたのだと言わざるを得ない。

 ポリポリと頭を掻く動作にさえ、天使二人は「ひっ」と声を出していた。

 ノアは戸惑い、創造神はゼロフルに冷たい視線を送る。


「お前、何かと天使に良からぬ扱いをまだしているのか?」


 ぎくり、とゼロフルは体を強張らせた。


「いい加減にしろ、と言いたいが私も私の仕事をファリエルに押し付けている以上強くは言えない……だけど、シュアとメアルを怯えさせるに至るお前の行動は、誇れるものじゃない」

「わ、分かってる……あの、母ちゃん……」


 ゼロフルがノアの方向に目を向ける。

 そして、重苦しい空気を誤魔化したいのか「にへっ」とした笑みを浮かべ、彼女を動揺させていた。


「シュアとメアルの子だ。ノア、一応挨拶をしておくと良い」

「は、はい……こんにちは……」

「あ、ああ……うん」


 気まずい空気が辺りを包む。

 「自分の汚したものは自分で綺麗にしろ」と創造神は背を向けた。


 神殿内の通路には数えきれない程の収納棚が並んでいた。

 設置された扉を開きどの部屋に入っても、棚が無数にある部屋が沢山――下界の情報を扱うだけあって、その資料の数には創造神も驚かされていた。

 政治関係、戦争関係、下界で流通されている新聞の数々。

 年数ごとに事細やかに分類化されたそれらの情報に目を通す天使たちの姿がそこにはあった。


(シュアとメアルが私の住屋に来た時と違うであろう点は……皆好きな服装を着るようになったという点と……活気が戻っているという点か?)


 燕尾服を着る老人、ゆったりとしていて且つ派手な色合いの、舞踏会で着るような服を着用した女性天使の姿など統一性は無いが、これにはゼロフルも感じ方が変わってきたという事が見て取れる。

 好きな服装に身を包むのは良いが……皆黙々と作業しており、天使も人間も羽が有る無いの違いだけで過去と比べてそこだけは、そうそう変わりは無いようにも見えた。

 天界にある他の街と違うのは、創造神である自分の事をこの神殿内と街全体が知らないという点だろうか。


「やあ」

「こんにちは、と言え。見た事のない顔だな、新人か? 先達への礼儀には気を付けろよ。麗人とて容赦はせんぞ」


 近くに居た男性に話し掛けてみればこの有様だ。

 少しばかりしょぼんとした表情をする創造神。どこからも「創造神様だ~!」という声は無かった。


「聞いているのか!」

「いや……あの私は……」

「むぅ……反省が無いとは……!! 来いッ! ゼロフル様に叩き直してもらうッ!!」


 筋骨隆々、深い彫りをした顔立ちの男性だ。身体の線が良く見える薄手の服装、下半身には革で作られたのであろう履き物を履いており、その躯体には威圧感があった。

 礼儀に厳しいのか、その怒りに任せ創造神の手を乱暴に引く男性。


「ターナ! ゼロフル様は何処に居られるか知ってるか?」

「先程、神殿の入り口に向かわれました」


 声を掛けられた人間の女性が、淡々と答えた。


「承知した。邪魔したな!」

「――ちょ……いたっ……君、あまり乱暴に引かないでおくれ……逃げないから、逃げないとも……」

「黙れ無礼者め!」

「…………泣きそうだよ……」

「俺に涙は通用せんぞ! 女というのはいつもいつも女の方が泣けば男が折れると思っているな。いかにどれ程美しい女性でも、無礼者とあらば俺は許さん! 後で折檻だ!!」


 天界にいる人間も下界に居る人間も、神が発する神気を視る事は通常出来ない――故に人間である彼にとっては「先輩に失礼にも「やあ」などと口にする無礼な女」としか感じられないらしい。

 仕事以外の事にあまり関心を示さないのか、神気が視られるはずの周りの天使も助けようとはせず、創造神は少しばかり心に傷を負った。

 ――その後、血の気を極限まで引かせたゼロフルが創造神に何度も土下座をした。


** *


 ――創造神の涙を、天使三人は初めて見た。

 奇麗な涙だった。その涙は決して悲しい涙では無くて嬉し涙。

 今回の創世が「失敗」ではなく「大成功」であったことへの喜び。世界を滅ぼしかねない毒の文明は決して生まれず、全ての「人類」が共存し合う世界が――ゼロフルから語られた。

 三度目の正直ならぬ、八度目の正直。

 神秘的で高度な文明を持ちつつ、世界に悪影響のある科学技術は一切生まれていない。

 ゼロフルは「戦争もあるし、悪性因子が蔓延ってる場所もあるから完璧な世界じゃない」と言うが、創造神は「完璧じゃなくてもいいんだ。どこかしら平和な場所があって、全ての子が怯えるような世界でない世界が自分の欲しかった世界なのだ」と言った。その感動が、彼女の涙を誘ったらしい。

 ――あの最初の創世の、平和な光景をもう一度、目にすることが出来るのが、嬉しかった。


 同時刻――創造神の住屋の一室。

 その一室に二つの陰、一つは椅子に腰かけ微動だにせずもう一つはその陰に向き合う形で何やら話し掛けていた。

 話しかけていると言ってもそれは独り言――その独り言の主は四枚の羽を持つ男性の大天使、ファリエルだった。


「創っただけでは……創られただけでは、人は人足り得ますまい」


 ――列車の線路には必ず出発点がある。

 人は、必ず母より産まれる。それ即ち人が人として生きる上での出発点と同義――母胎より産まれていない人がその出発点たる「運命の始まり」を持ち得ようか……答えは否だ。


「それにしても、美しい……」


 神に近き肉体、且つその在り方は精霊に等しく――神聖――まさに神形、かつての「人間」の呼称。

 ファリエル――「運命」を司る大天使。

 彼が人形少女に与えるのは「運命の始まり」だ。「人形少女」が「元人形少女」となる瞬間が今である。

 創造神の前でこれをしなかったのは、彼なりの贈呈演出――今頃きっと自分の望んでいた下界の成長に喜んでいることだろう。そして、家に帰ってみればもっと嬉しい出来事があるというのは、彼女も想像していないだろう。


「――ははっ」


 創造神の反応を頭の中で考えているうちに、ファリエルの顔には笑みが浮かんでいた。


「でも、それを見るのは私ではありませんね……」


 人差し指を人形少女の額へと当てる。

 ――「運命の始まり」が、人形少女へと与えられた。


 閉じられていた瞼が、ゆっくりと――ゆっくりと開かれた。


 住屋に創造神が戻ってきた時、彼女は何かを感じた。

 何かが変わっている予感がした――その予感に確信があった訳じゃない。

 玄関の扉の取っ手に手を掛けた創造神がぴたりと動きを止めたのに三人の天使が首を傾げる。「何か忘れ物をした事を思い出したのか」とシュアとメアルは思ったが、様子からしてそれとは全く異なっていた。

 数秒経過して、創造神が今度は勢い良く中へと入っていき後ろからノアが「泥棒ですか!? 泥棒ですか!?」と声を張るが、創造神は聞く耳を持たないまま急いでいるかのような足取りの速さで中へと進む。

 ――人形少女の居る部屋までの距離が長く感じる。

 普段はそれ程距離を感じないはずなのに、今回ばかりはどれ程歩いても辿り着けないのではないかと錯覚する程遠く感じた。楽しみだと言う感情からか? 自分の歩く速度が遅くなっているのか?

 ――嗚呼、欲しかった玩具を贈られた子供にでもなった気分だ。

 閉じられた一室、取っ手に手を掛け、先程とは異なりゆっくりと扉を開ける。


(鼓動が煩い……意識が色々な感情でぐちゃぐちゃだ……)


 ――目を開けて、多彩色の美しい瞳を露わにした「元人形少女」が、そこに居た。

 確認するよりも前に大粒の涙が零れていた。これまでの努力が報われた喜び等々、様々な感情が交錯する中言葉にならない声を上げながら強く強く「元人形少女」を抱き締める。


「有難う……!! 有難う……!!」


 二度目の大粒の涙――創造神は泣き疲れて眠るまで少女を抱き締めていた。


** *


「――さん。このお人形さんが自分で物を考えて、自分を愛してくれて受け入れてくれてくれるとしたら……何がしたいですか?」


 地平線へと流れていきやがて沈む雲を見ながら、自分に背中を預ける少女は自分に問う。

 その日は確か、少女に「何か夢みたいなことをお話ししましょう」と誘われた日だ。

 人形と何をしたいだなんて、考えたこともなかった自分はその時何と答えただろうか。忘れてしまったかもしれない。


「考えたこともなかった……」


 正直に胸の内を明かすと、少女はむすっとして「つまんないの!」と心を刺してくる。


「――さんは、したい事ないんですか?」

「……君と居られたら、私はずっと幸せだ」


 自分の返答に、少女はかーっと顔を赤くしてもじもじする。

 彼女は「変なこと言わないでください」と照れ隠しをするかのようにそっぽを向き、目を閉じ頬を膨らます。それに対してこちらに目を向けていない事を良い事に、後ろから抱き着いては浅黄色の髪を優しく触った。


「少年たちは向こうに遊びに行ったから、誰も見てないし恥ずかしくない……ほれほれ、私とエエ事しようやぁ……」

「ふんっ!!」

「いたぁーー!?」


 手の甲を抓られ、痛みに悶える自分。

 顔を真っ赤にした状態のまま「べぇーっ!」と舌を出す少女。


(やっぱり可愛いな……こんな子と一緒に……一緒に――――)


 本当は――最初から思っていたじゃないか。


「この世界を、一緒に旅する。大好きな人と出会いに花を咲かせながら、色んな経験をして、色んな景色を目にしたい。それは人形だろうと人間だろうと――一緒にしたいことは、変わらないんだ。永遠に一緒に、ね」


シエラ様 象徴画

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 創造の神!そんなキャラクターにとても興味があります!大きな力を発揮してくれることを楽しみにしています! [気になる点] 彼は全知全能なのでしょうか? [一言] とても壮大な世界観!これ…
[良い点] 最高に面白かったです! [一言] これからも追ってまいりますので、執筆頑張って下さい!!!
2023/07/09 17:03 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ