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私は悪役令嬢?  作者: X
1/3

一話

 私、タリア・レーベはレーベ伯爵家の娘として生を受け、二人の兄とともに育った。

 私は自分のことを平凡な女だと思っている。たまたま伯爵家に産まれ、恵まれた環境を与えられはしたがもし仮に農民や商人の子として産まれても伴侶を得、子を産み育て、貧富の差こそあれ当たり前の一人の女として一生を過ごしたに違いない。

 つまり、どこで生まれていてもさほど大差ない。例えば歴史に名を刻んだり、多くの人に尊敬されるような女にはならなかったであろう。


 ただここで話す、アルミシア・ドーラという私の友人は……友人だった女は、もし生まれた家や時代が違えば、あるいは歴史に名を刻んだり多くの人に尊敬された女になったかもしれない。  

 これは彼女を幼少から知り、覚えてる数少ない人間の一人であろう私のいわば覚え書きというものだ。


 私がアルミシアに出会ったのは十歳の頃であった。

 まだ桜が咲き誇る四月、春にしては少し肌寒い日、私達は貴族の子が通う学問所である英明館で出会った。


 彼女の生まれは士爵、つまり準貴族の家柄であり英明館には通う資格がなかったが、幼い頃よりその才知を高く評価され特別にそこで学ぶ資格を与えられたという。

 その気負いがあったのか彼女の表情は固く、周りを睨むようにして誰とも馴れ合うつもりはないという姿勢を取っていた。自然、私は彼女をおそろしく思いあまり近づくのはやめておこうと思ったものだ。

 

 彼女は特別に英明館に通うことを認められただけあり非常に賢く、私達同年者はもとより上級生の中にも敵うものは居なかった。

 ある時、難しい古典の解釈を先生に命じられ、先生は時間を指定し教室を後にした。

 私達学徒の者は最初はめいめい考え込み、次第に近くの者と話し合い、その輪はどんどん広がりしまいには全員でその解釈について論じ合った。

 私は無論なんの考えも浮かばずに黙っていた。そしてしばらくしたところ一人の……あれはさる伯爵家の令嬢であったか、その者が一つの解釈を皆に披露した。


 皆がその解釈はもっともだと頷き、私もそうに違いないとなんの考えも出してないくせに、なるほどと訳知り顔で頷いていたそんなとき。


 「違いますわ」


 声を発した者が居た。それがアルミシアであった。

 皆が彼女を見て、それはどう違うんだと彼女に問うた。彼女は問われてもむっつりと黙り込み問には答えない。

 今思えばあれは自分の答えを盗まれるのを嫌がったのだろう。その様子に皆に考えを披露しなるほどと頷かれた伯爵令嬢が相当な不機嫌顔で「きちんと考えを言ってみなさい」と詰め寄った。顔には軽輩の者に対する蔑みがはっきりと表れていた。


 「先生が来てからお話します」


 アルミシアは伯爵令嬢の言葉をぴしゃりと跳ね除け、あとはつんと澄ましている。その態度はほぼすべての者に反感を抱かせた。

 お情けで英明館に通っているにくせにと思ったことだろう。ほぼと言ったのは私は反感を抱かなかったからだ。私は気が弱く、臆病な性であったのでその態度にはある種の憧れを抱いた。


 先生が戻り、その伯爵令嬢が考えを述べる。先生はその考えを頷きながら聞いて「その通りです」と仰った。教室にはアルミシアに対して侮蔑と嘲笑の視線が飛んだ。

 アルミシアはすっと挙手し、自らの考えを述べ始めた。すると先生は「なるほど! その考えはありませんでした。その考えは実に興味深いですね。ゆっくり教えていただいてよろしいですか?」

 アルミシアは想定されていた答え以上のものを出したのだ。先生に伴われ教室を出るときのアルミシアの勝ち誇った顔を私はよく覚えている。


 そんなことはよくあった。彼女の頭脳はしばしば想定されている以上の回答をし、先生方を驚かせた。彼女の才は古典解釈、詩、語学など幅広かった。

 その度に彼女は見下した顔をして、出来ぬ私達をせせら笑うような態度を取った。自然彼女は排斥の対象となった。

 どれだけ優秀でも他人の気を損ずれば攻撃の対象となる。特に彼女は学徒の中では一番家格は低く、その上驕慢であったので私はこうなるであろうなと半ば予想していた。

 

 直接的な暴力こそなかったが女特有の陰湿さのある攻撃にアルミシアは曝されることになった。

 私はその輪には加わらなかった。いや、加われなかったというべきか。つまりアルミシアはその才知と性格によって排斥されたが私は私で引っ込み思案と人と交わるには不向きな性格な故に親しい友人も、なんなら少しの世間話をする相手すら居なかった。

 排斥された者となんとなく皆と親しめない者、余り物二つはごく自然な成り行きでくっついた。


 「あいつらはバカだ。バカのくせに賢いと思っている。あんなバカたちが国の要職に就くのだ。こんなバカな話はない」


 アルミシアはよくそんなことを言っていた。彼女の平素の言葉遣いは男っぽく、ざっくばらんとしていた。

 アルミシアは自らの身分に不満を持っていた。よく自分がもし大身の貴族の子として生まれていたらとどんな仕事をやるかということを話していた。夢はあったが彼女はその明晰な頭脳で身分の壁、というものをよく理解していた。

 理解していただけにそれはその壁の上にいる同年輩の学徒たちへの敵愾心となり対抗心となり、せめて学問だけは負けまいとする片意地な態度となって表れていたのだろう。

 私などもいわばその壁の上に居るものなのだが、生来の愚鈍な頭脳はアルミシアには競争相手とも、わざわざ見下す必要すら認められなかったようだ。

  

 私と付き合うようになってアルミシアへの排斥活動は下火になった。学問所に居る間アルミシアは四六時中私と行動を共にようになったのでアルミシアへ攻撃する際は私の目につくし、どうかすると私もその対象にせざるを得なかった。

 士爵の娘ならいじめられても伯爵の娘には手が出せないという判断だったのだろう。ここでもやはり身分というものが出てきた。


 アルミシアはそのことに触れたことはなかった。なかったが明らかにその時期はほっとしたような安堵した様子が見て取れた。ひとよりはるかに頭脳明晰である彼女もやはり他人から明確な悪意をぶつけられ相当に参っていたのだろう。

 それもありアルミシアはさらに私にべったりとなり、私も私でアルミシアの頭脳を頼り課題や論文を手伝ってもらっていた。


 初めて私達が出会ってもう六年の月日が経っていた。私達は親友といってもいい関係であり、少なくとも私はそう思っていた。


 「実は私はお見合いしたんだ」

 

そんなことをアルミシアは言い始めた。場所は私の屋敷で、部屋でお茶を飲んでいた。私は茶菓子に夢中になっていたので今の言葉は聞き間違いかと思い、なんと仰いましたか? と聞き直した。


 「お見合いをしたんだ。相手は子爵家の一人息子なんだ」


 そのお見合い相手の話をしているアルミシアの頬は赤く染まり、いつも毅然としている彼女からは考えられぬほどもじもじしている。


 「頭はまぁさほどでもないんだけどね。私の父と交流があるらしくて、私をもらってくれって押し付けられたようなんだ。まったく私は物じゃないんだぞ」

 

 そう言いつつもアルミシアは嬉しそうだ。明らかに浮ついている。こんな彼女の様子を私は初めて見たので驚きとともに喜んだ。


 「それは良かったじゃない。素敵な方なんでしょ、アルミシアの顔を見ていれば分かるわ」

 「いや、まぁ全然大したことはないよ。まぁまぁって感じさ」

 「まぁ、そんなこと仰ってはいけませんわ。それこそ貴女の悪い癖。私であれば貴女が照れていると分かりますが他の者ならそんなことはわかりません。悪い印象を持たれますわ」

 「別に、どうでもいいやつなんかにはどう思われたって構わないよ」


 不貞腐れたように顔を背けてるアルミシアを見て私はくすくすと笑っていましたがある疑問がふっと頭に過ぎった。


 「でも貴女、学問はどうなさるの? 家に入れば女は学問なんてできませんわよ」

 「それなんだが……私は実は来年からナガシキに三年公費で留学することが決まってるんだ。そこでみっちり語学を勉強したい」

 

 ナガシキとはこの国最大の貿易港であり、外国の人や物産物、書物が集まる殷賑極まる都市である。そこには英明館など比べものにならない学問所がありそこには全国から優秀な学徒が集まり、特別にそこは大なる学問所ということで大学と略し呼ばれていた。

 

 女が公費で留学など前代未聞のことであった。国にもついにアルミシアの頭脳が認められたという証拠であった。


 「大学で語学を学べば家でも翻訳の仕事などができるからね。それに今の時代やっぱり語学だよ。どんどん外国の思想や知識を取り込む、それにはやっぱり語学が必須だ。古典や詩文なんてもうどれだけやっても意味はないよ」

 「貴女はそれでよろしいかもしれませんがお相手の方は納得されてるんですか?」

 「えっあぁ……うん、それがね」


 アルミシアはまたももじもじとして言いにくそうにしている。しばらくそうしていると「実は……」と話し始めた。


 「実は私の考えを話したら、それは凄いって言ってくれてね。そのぉ……婚約することになったんだ。三年間私がナガシキで学んでこっちに帰ってきたら結婚するつもり」

 「それは……おめでとうございます! いや本当に! 貴女のことだから一生を学問に費やして、女の幸せなんて眼中にないといった感じで突き進んでいくのかと心配してましたがまさかこんな早く、ご縁が結ばれるなんて素晴らしいですわ!」

 「いや、なんかめちゃくちゃ失礼なこと言われてないか、私。でもありがとう。タリアにそう言われて嬉しいよ」


 いつもの怜悧とさえ思われる表情を崩して朗らかに笑うアルミシアを見て私は思っきり抱きしめたくなった。このままこの娘はきっと幸せになるのだろうと思ったものだ。 


 「でも貴女がそんなになってしまうなんて本当に素敵な殿方なんでしょうね。羨ましいわ。私もそんな方に会ってみたいわ」

 「会う?」

 「えっ?」

 「その、私が婚約した人。ハリス・ツィードっていうんだけど。いや実はタリアにも会ってほしいんだ。私の……唯一の友達だからさ」

 「アルミシア……。もちろんお会いしますわ! 貴女に相応しい人かしっかり私が見定めてあげます!」

 「きっとタリアも気に入ると思うよ」

 「なにそれ、惚気ですの」


 そう言って私達は笑った。

 私とハリス・ツイードが出会ったのはそういう経緯からだった。

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