なんか木の板の上だった
気を戻すと自分がいるのはなんか木の板の上だった。それは椅子で、周りも木でできていて、ひどく揺れている。状況認識がうまくできないが、ゆっくりと見まわし、もしやと思い前方のカーテンを開けた。そしてその景色から自分が馬車に乗って揺られているということが分かった。
うわぁ、すごい! やはりこれは馬車だ! 馬車で移動をしている!
「おお、あんちゃん目が覚めたか、気分はどうだ?」
ドワーフ戦士っぽいおっちゃんが手綱を握り馬を操っていた。どうやら自分はスライムに襲われていたところを助けてもらった上に、安全な場所にでも連れて行ってもらえるのかもしれない。
「あ、スライムに襲われてたところを助けていただき、ありがとうございました」
「がっはっは、それはあんちゃんが気絶する前にもう聞いたよ」
「あ、えっと、ちょっとその何もわからなくて」
「う~む。あんたもしかして異世界人かい? 服も変だし、顔つきも珍しい感じがするよ」
おお、おおおお。なんていいセリフだ。これはよく知ってるパターンの会話で、転生者がよく言われるやつだ。素晴らしい。こんなセリフを聞きたかったんだ。
この世界へ来て初めての会話が髭のおっちゃんと言うのはなかなか思うところがあったが、得られた情報は自分を高揚させた。
転生者や召喚者や漂流者、彷徨い人なんて言い方もあるだろうが、この世界では異世界人って言うのか。すごいな。異世界の存在を肯定してる世界観なのか?
「た、たぶんそうです、そのいきなりあの、気が付いたら、知らない場所に飛ばされてたんです。自分は異世界人ですよ!」
「おいおい、本当かよ! 異世界人なんて本当にいるのかい? 冗談で言ったんだが…、異世界なんて言ってどっか遠くの大陸から逃げてきただけなんだろ? なんか理由があってさ」
異世界の存在は別に肯定はされてないのか?
「それか魔法かなんかで飛ばされたんだろ、まぁよく分からんが大変だったな。がっはっは」
「はぁ、あ、いや、何もかもわからなくて」
魔法だと! 魔法という単語を普通に使ってるぞこのおっちゃん。これは明らかに魔法が普通に存在する世界だ。つまりは自分もすぐに魔法が使えるようになる筈だ。しかも異世界人の自分は膨大な魔力でもって普通魔法が超絶魔法になるに違いないんだ。楽しみだ。
「でもあんちゃん。噂で何度か聞いたことある異世界人だったら、結構強いんじゃあないのか? そんな事ないのか? 大体それならなんでスライムなんぞに囲まれてたんだ?」
「あ、いやぁ、自分は本当に来たばかりで…」
「ふむぅ…そうなのか」
お、おお! やった! やったぁ! やっぱりそうだ、やはり異世界から来た者は強いんだ。スライムにやられそうになったから一瞬だけ自分の力を疑ったが大丈夫だ。
しかしこのおっちゃんとの会話はこの世界の情報垂れ流しだな。まるで都合がいい。
だがつまりは自分以外にも異世界人という者がいるということか。これはまぁ実は少し残念だ。自分一人だけがこの世界に迷い込んだというタイプの世界がよかったな。
まぁ逆に、元の世界の会話ができる者がどこかにいるのも乙なものかもしれないなと前向きにとらえておこう。
そして自分が本当に何も知らないということを分かってくれたのか、おっちゃんはいろいろな話をしてくれた。
気のいいおっちゃんがこの世界の事を少しづつ教えてくれてる。これはありがたい。…ありがたい筈だ。…だけどできれば仲間になった美少女僧侶やお忍びお姫様、あるいはギルドカウンターのおねぇさんに教わりたかった。
なんて、失礼なこと思いながら。馬車は村の入り口の前に止まった。
「あんちゃん、ここでもういいのか?」
「あ、はい、ありがとうございました。今は何もできませんが、いつかこの世界に慣れたときにお礼させてください」
「がっはっは、この町にいればまた会うかもしれんがそんなのいらんいらん、がっはっは、それじゃあがんばれよ勇者」
そういってドワーフ戦士っぽい気さくなおっちゃんは馬車を走らせた。
話の途中で口がすべって、自分がいずれ勇者になるという事をしゃべってしまったが、事実だから構わないだろう。
自分は振り返り、町と呼べなくもないぞ、というような大きな村に足を踏み入れた。
「ここはダントトレーフの村だぜ」
話しかけた訳でもないのに、自分に向かってそんな言葉を発してきた通行人がいた。
なぜそんなことを言ったのかわからないが、まぁ一見して自分が余所者だと見えたのだろう、それで教えてくれるなんて優しいじゃあないか。
町や村にはギルドがあるらしく、とりあえずはそこに行ってみると良いと言われていたので当然向かう。
しかしたとえ教えてもらってなかったとしても、自分が街についたらまずギルドを探すことから始めただろう。それはまぁ異世界の常識のようなものさ。
とは言えギルドなんてものがあると聞いた時も、もちろん歓喜したさ。
ギルドにはさっき村の名前を教えてくれた人のような優しい人がいるんだろうな、楽しみだ。揉め事イベントもあるかもしれない。かっこよく解決して見せよう。
と少し歩いただけで、完全にそれらしい佇まいの建造物が目の前に現れた。看板にギルドってカタカナで大きく書いてある。カタカナ? なんでカタカナ? とは言え、小振りではあるが素晴らしい佇まいのギルドだ。
思わず見とれてしまってしばらく固まっていた。周囲の人は怪しい人物だと思ったかもしれない。うれしさで思わず涙があふれそうになったが、こんな事で感涙してる場合ではないなと、グッと堪える。
「おい、あんた、うちのギルドの前で何してやがっん、だ? んあえ? うわあ! あ、あ、あ」
感涙した自分の絶妙な表情を見ておののいたらしい。
「お、おい、なんでそんな変な顔でギルド見てんだよあんた。泣いてるし訳ありか? 中には入らないのか?」
ギルドの中に入らないのかだと?
「入るにきまっている」
禿げ坊主戦士の男の横を通り過ぎて、ギルドのドアーを開けた。目に入ってきた光景は全く予想していた通り素晴らしいものだった。
ギルドカウンターが正面にあり左右にクエスト掲示板、右奥にはテーブルと椅子があり、完全に冒険者らしいいでたちの者たちが何人もいて軽い食事をしている。左側はアイテムショップに見受けられ、武具も少し立ち並んでる。二階への階段や奥の扉の先も気になるところだが、まずはギルドカウンターだ。当然だ。
踏みしめるようにフロアーを進み、ギルドカウンターに辿り着く。先客はいないようで受付の聡明そうなギルドおねぇさんがすぐに来てくれた。
ズバン! と、カウンターに手を置いただけのつもりだったが、知らず知らず力がはいってしまっていて、図らずも脅かしてしまった。「あっ、失礼」と一言。「いえ」と返答。そして。
「あの、初めての方ですよね。ご用向きは何でしょうか」
ご用向き。自分はこのギルドに何を求めてきたのか。そんなのは当然決まっている。ここは冒険者ギルド、求めるものは大冒険に決まっている。
「だ、大冒険をしたいんですけど」
「はぁ。そ、そうですか。頑張ってください、えっと…」
あれ、なんか違う、落ち着け、落ち着け自分。ギルドでまずすることなんて決まってるだろう。なんて言えばいいんだっけ。
「うわっはっはっはっはっは」
横に来た軽装の美少女剣士がなんか笑ってる。離れたところでも笑い声が聞こえる。しかしこの美少女剣士えらくかわいいな、後で仲間になって下さいと言おう。しかし笑われたことで少し落ち着いた。今言うべき言葉はこれだ。
「ぎ、ギルドに登録してクエストとかをバンバン受けたいんですけど」
「うわっはっはっはっはっは」
また笑われた。
「えっと、ギルドの登録でしたらステータスデータが一定以上であればすぐにギルドカードを発行できますが?」
ステータス。なんて甘美な言葉なんだ。そしてその言葉だけでも魅力的なのに自分は異世界人。絶対に特別な何かがある筈なのだ。それが楽しみでしょうがない。
一撃必殺の腕力か、打撃斬撃魔法など何も効かない丈夫なボディか、消えるほどのスピードでもいいし、特殊すぎるスキルというのも面白い。どれだけ特殊でも扱って見せるさ。
あれ? でもステータスってどう見るの?
「あの、ステータスってどう見るの?」
「…あっ、あれぇ?、あなたもしかして。異世界の方ですか!?」
何で判断したのかわからないが、服も違うし挙動も不審だったかもしれない。ギルドカウンターのおねぇさんだし見る目があるのかもしれない。
「あ、はい、一応、そうだと思うんですけど、何もわからなくて」
「わぁ、おもしろい。初めて見た。マーリン! ちょっと来てー!」
ま、マーリンだと。なんてそれらしい素敵な名前なんだ。相変わらずこの世界は最高だな。
と、三人の見た目魔法使い風の綺麗なおねぇさん達がやってきた。ローブ姿の素晴らしい完全な魔法使いで、とんがり帽子に目を奪われた。持っている武器も、複雑ではないがディティールの素晴らしい木の杖を持っていた。
全員それぞれが見た目も美しく、この先冒険に出るとき仲間になってくれたらいいなと実にそう思った。後で仲間になって下さいと言おう。
あれ? でもなぜ三人も来た?
「私がマーリンです」「私もマーリンです」「私もマーリンです」
全員マーリンだった。
「あっはっは、ごめんごめんそうだった、リサだけでいいよ」
二人の魔法使いはいつもの冗談という雰囲気で笑いながら元の場所に戻っていった。
「で、いつも通りリサに冒険者さんのステータスを見てほしいんだけど、なんとこのかた異世界の人らしいのよ」
「ほうほう、確かにそれっぽいのう、しかし偽物という場合もあるじゃ。まぁ見ればわかることじゃがな、ほれ解析」
自分に向かって杖が振られると杖から光が出て、自分に向かって飛んできた。少し避けそうになったが光を受け、少しすると光が出て空間にページのようなものが開いた。この現象自体がなんかとてもすごいんですけど。解析魔法とかそういうことかな?
とはいえこの先もっとすごい現象を見ることになるだろうから、もう一回一回驚くのはよそう。この世界になじむのだ、自分よ。
そして空間に浮かんだページのようなものをのぞかれる、話の流れからしてきっと自分のステータスなんだろうけど、見られるのはなんだか恥ずかしいな。
「あわわ、ほ、本当に異世界人だ。はじめて見たー!」
「わしも初めて見たぞ! 名前の欄の横に異世界人って書いておるわ」
やった。良いセリフだ。これで自分が異世界人だという事は周りから見ても確定したという事だ。
そして興奮する二者。そんなギルドおねぇさんとマーリンさんの声を聴いてギルドにいる人たちが寄ってきた。当然、自分のステータスを見るためだろうが、こんなにたくさんの人にステータスを見られるのは恥ずかしさマックスだ、見ないでくれー、というかそういうの見るのってマナー違反でござるー。
「本当に異世界人って書いてある」「わっはっは」「すごいなぁ」「異世界人って一体なんなの」「すげぇ」「うける」「なんだこりゃ」「素晴らしい」「いいもの見た」「それもすごいがレベル1ってのもすごくない、赤ん坊じゃあないか」「ちょっと待て、残りHPが3しかないぞ」「おいおい街中だって危険だぞ」「わっはっは」「力が3ってのはなんだ、鉄の剣すら持てないんじゃあないか」「言いにくいんだがステータスが全体的に低すぎないか」「低いよどう見ても」「異世界人ってすごいんじゃあなかったっけ?」「よくわからんがこれからなんじゃあないか?」「いや、みんな何言ってんだ、それよりも名前がないぞ、何だこりゃ」「ほんとだ、名前がない」「名前がないってなんだ?」「わっはっは」「それも初めて見た」「横の傍線だー。名前が横の傍線だー」
よく分からないが、なんだか好き勝手言われてるような気がするぜ…。
「みなさん! 人のステータス覗くのはマナー違反ですよ戻ってください!」
「「「はーい」」」
ギルドおねぇさんの一声で野次馬どもは去っていった。が、レベル1とか、力3とか、あまりいい声はなかったな…。一体どういうことだ? まぁステータスの中でもスキルや特殊な項目に何かあるんだろうけれどさ。
「いやいや、しかしHPやばすぎですね。これ飲んでください」
ギルドおねぇさんが、瓶入りポーションのようなものを差し出した。
「あ、ありがとうございます」
自分は何の疑いもなく蓋を開けてそれを飲み干した。すると嘘のように体が軽くなり、スライムにやられてヒリヒリしていた傷の痛みが一気にひいた。
なにこれすげぇ。こんな凄い現象は前の世界ではなかったんですけど、まるで魔法じゃん。ポーションはきっと道具なのだろうけどまるで魔法じゃーん。相変わらず感動するぅ。
「あ、あの異世界人さん、お名前が傍線って事だったんですけど、どうしましょう、傍線でギルドに登録しますか? それともお名前決めますか? というかお名前は何ですか?」
「あ、えっと、あの…」
名前がないってなんだ? 名前? 名前を決める? ああ、うん、それはわかるけど、そうなのか? 以前の自分の名前がそのままこの世界で使われる訳ではないのか。
なるほど。なら、そうか! せっかくあこがれの世界に来たのだから名前もそれらしいものを付けよう! そう、今から考える名前が自分の本名となるのだ。
そうだそうだ、そうしよう、だが、えーっと。かっこいい名前は…ストライクってどうだ。いやぁ、なんだそりゃ。スラッシュ、も違うな、勇者っぽい名前は…。
ああ、そうだ自分はいつも名前を決めるのに十分以上かかるタイプだった。なんて名乗ろうか。フラッシュとか、光の戦士っぽいライトとかはどうかな、どうかなぁ~?
だめだ決められない。ロギンスとか、メタモルフォーゼとかはどうだ、。もうよく分からなくなってきた。
こうなったらもう普通に元々の名前を言おうかな、いや、まてこの世界に馴染みたいし勇者っぽい名前がいいんだ。少し時間がかかっても考えるぞぉ。
スミスはどうだ。どうだもこうだもないな。戦士っぽい名前、スラッシュがいいかな。あれ? これはさっき思いついてやめたやつだ。賢者っぽい名前は何かあったかな? マーリンとかはさっき沢山いたし。
「あの」
そうだ向こうの世界にあった名前をパクろう。ロトでいいじゃあないか。いや、なんか逆に違和感がありすぎる。レックス…ロックスター…佐助…爆弾男…。…レッドはどうだ!? …赤ってなんだ。
うぅ。デフォルトネームはないのかな。いくつかの名前から選びなさいと言われれば少し考えて選べるのに。もう好きな言葉を組み合わせようか。
勇者を縮めてユシャってどうだろう、剣を使いたいからケンにしようか。キックパンチストレート。もうだめだ。何も思いつかない。オモイツカナイにしようか。ああああ。神、カミ、紙、ゴッド、寿司、焼き肉。
「あの! 異世界人さん! どうしました?」
「あえ? あ、はい、その、名前が思いつかなくて」
「うわっはっはっはっはっは」
横にいた軽装の美少女剣士がまだいて、また笑ってる。しかしもうこの流れでは名前なんて付けられないよ。
しかし名前が思いつかないとか記憶喪失かよって思われるんじゃあないか? 確かにこの世界に来た経緯みたいなものは忘れてるけどさ。
えっとそうだ誰か何か言ってたぞ。棒線? 傍線か? ならボウセンって名前でいいや。まぁ丁度いいさ。あとは自分の好きな武器をファーストネームにして。
「ボウセンです。自分の名前はないふ・ボウセンです」
おっと、ひらがなで「ないふ」よりもカタカナのほうがいいかな? カタカナカタカナカナカナ。
「うわっはっはっはっはっは」
ガシャコン! と、何かひっかけて転がりながら軽装の美少女剣士が爆笑してる。ボウセンという名前に笑ったのか? 確かに微妙かもしれないがそれしか思いつかないんだからしょうがないじゃあないか。すごく綺麗でかわいい剣士だけど、さすがにもう仲間に誘うのは嫌になってきたのでやめよう。向こう行って。なんでずっと近くにいるの?
「ないふ・ボウセンさんですね」
ギルドおねぇさんがそう言うと、どういう仕組みなのか自分のステータスの名前の欄にないふ・ボウセンと文字が浮かび上がった。いや、ないふはカタカナがいいんですけど。
「あっ! あれっ? あっ、あー。そうだ。そうでした。ボウセンさん…すみません、真に残念ですがステータスの値が一定以下なので、あなたをギルドに登録することはできませんでした」
「ズガフゥッ!」
あまりの衝撃に膝から崩れ落ちて仰向きに倒れる。一歩一歩着実にギルド登録に近づいていると思ったら何だいそれは。ここまでやって、何たる結果。登録できないって、いやいやいやいや、登録ぐらいさせてよ何の事情よ、ステータス? 弱いってこと。いやいや自分異世界人なもんで、この先最強になる予定なんですけど。
あががががが。
あれ? 待ってくれ。ちょっと待ってくれ。だとするとどうなるんだ? 自分の中ではまずギルドに登録して、そこから快進撃を歩んでいく考えしかなかったぞ。ほかの方法が何かあるというのか。異世界ものでギルド以外のルートってあったけ? あるにはあるだろうけど、えっとえっと、過去に読んだ文献を思い出さなくては。ギルドに登録できない場合はどうすればいいのだ。どうすれば…。
「異世界人殿」
ギルドに登録できなくても、圧倒的な力でモンスターを倒せば、いやしかし今の自分ではスライムすら倒せないし、情報が集まる場所といえばギルドだし、装備とか? あ、クエストとか? えっと、まずはギルド登録して、が、できなくて。
「異世界人ボウセン殿!!」
えっ? ん?
「あ、はい、なんですか?」
老齢に達し背が縮み頭頂部は禿げ上がったが、強い意志の眼差しを持ったお爺さんが自分を見つめていた。
「わしはあなたを長年お待ちしておりました、異世界人ボウセン殿」
こ、これは…来た! 来たぞ! この言葉は異世界人である自分だけの特別なイベントだ。ここから何か素晴らしい展開が待っているに違いない。
そう、なにもはじめから途方に暮れる事なんてなかったのだ。なぜなら自分は異世界人。運命という強い鎖が自分に巻き付いて、絡みついて、ひっぱって、なんたらかんたら。
…しかし。う~ん、しかしおじいさんか。どうして美しい姫とかじゃあないんだろう。なんてそんな事は思ってしまったがそんなことは言わない。言わないさ、思っただけ。
そうこれはせっかく来てくれた特別なイベントなんだから。
「わしは長年ボウセン殿のような異世界人を待ち望んでおりました」
おお、なんといいセリフだ。「待ち望んだ」ってところがいいね。とてもいいね。
「どうかわしの屋敷へ来てくだされ。ボウセン殿」
「わかりました!」
二つ返事。あまりにも特別感のあるセリフに誘われちゃた。
「早っ! おおしかし、素晴らしき判断ですじゃ、では参りましょう」
このおじいさん「早っ」て言った。あ、でも、待てよ。異世界人は特別で、強くて、その強い人物を求めているという事は、なにか強力なモンスターを倒したりするのが目的だったりするんじゃあないだろうか? 今の自分はスライムに苦戦、もといスライムも倒せない勇者なんだけど。まぁすぐに強力なスキルや能力を手に入れるだろうから、その後ならどんなモンスターだろうと倒して見せるさ。だが今じゃあない。今は力の使い方もわからないどころかギルドに登録も出来ないどころか短剣の一つも持ってないほどの勇者なのです。つまりその。
「あ、あのでも自分はあまり、今はぁそのぅ…よわぃと言うか、なんと言ぅかぁ」
「ふむぅ。わしの見たてによると、ボウセン殿は異世界からこられて間もない様子。それではおおいに困っていることでしょう。大丈夫ですじゃ。この世界の事をお教えしたり、英雄になるべきボウセン殿を導きますゆえ、信じて付いて来て下さらぬか、ボウセン殿!」
都合がよすぎる。おあつらえー。この都合のよさを、己が異世界人であること故の特別イベントとして飲み込むか、あるいは何らかの罠だといぶかしむか。…なんてそんなことを考えたところで、どうすればよいかわからない自分には、このおじいさんについていくという選択肢しか残っていないようなものだった。まぁ、やばいと思ったら走って逃げよう、そう走って逃げるんだ。走ってね。
屋敷は屋敷ではなかった。
それは広い草原にポツンと建っていたあばら家。その中へおじいさんに付いて入る。部屋は意外に一応はきれいではあったが、所々にいろんなものが積んであり空間を著しく圧迫していた。
「よっこらしょ、どこでも好きに座ってくだされボウセン殿」
「はい…」
座る場所ない。自分は棚の上の物をテーブルに移しそこに座った。テーブルに座るよりいいでしょ。
「あ、あああ、もう駄目だ。ボウセン殿。おやすみなさい」
「あ、えっと、えっ?」
おじいさんが寝てしまった。なぜだ。今から説明パートに入るんじゃあないのか? この世界のことを教えてくれおじいさーん。
まいったなぁ、去る訳にもいくまいし、せっかくの特別イベントだし。
しかし、まぁ自由にしていいなら自分も少し休ませてもらおうかな。でもなんかいま自分は疲れているのか疲れていないのか分からなかった。
こちらに来てからそれなりにイベントがあったけど、馬車で気絶してた時に十分休んだので眠くもないような気がする。あれ? 気絶と睡眠って一緒なのかなどうかな。なんて事を考えるのも、いきなり知らない人の住処で一人にされて戸惑ってるからなのかも。
そういえばしばらくものを食べていないので、なんとなく空腹な雰囲気がある。お腹が空いてる訳ではないのだけど、何か食べておいた方がいいかもしれない。
よし。勝手に台所を使って、勝手に人の家のものを食べよう。
そうなのだ、勇者は人の家の棚や壺や冷蔵庫から勝手にものをとるものなのだ。冷蔵庫は文明的に見当たらないけれど、どっかになんか食べ物くらいあるでしょ。
そして自分は勝手に台所をあさり、新鮮ではなさそうだったが芋を見つけ煮て塩を付けて食べた。干し肉も見つけ齧った後、歯磨きはどうしようと考えながらも自然と眠りについていた。
異世界転移で高揚して気が付いていなかったが、やはり疲れていたむにゃね。