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つよない

 やった、やった、やった。やったぞう! ぞう! これは明らかだ。明らかすぎる! あっ! きっ! らっ! かっ!

 眠りから目覚めると全く知らない場所だったし、この爽やかな風が吹く高原から見えるこの世界は、あの世界と似てはいても決して違う。

 大地や空の色合いがまるで違うし、近くにある植物もありそうでなさそうでやっぱりあるかなって感じの草花だ。雑に言えば変な草花。

 奥に見える森林の樹木は見たことないほど巨大だし、向こうに見える城壁に囲まれた街のようなものは、自分が憧れていた異世界のそれだった。

 つまりそう、自分はとうとう待ち望んだ異世界へ転生したんだ。やっほーう!

 転生? 転生したパターンか? 転送じゃなくて? 転送かも? 転送だったらいきなりタイトルが間違い。

 周りは広々とした高原で地面には魔法陣のような印がないから、召喚されたというパターンではなさそうだけどね。

 しかし転生したとなれば元の世界で自分はどうなったのだろうか? その記憶が全くない。こんなにも直前の記憶がなくなるなんて事があるのか。日常生活のどこでいきなりここに来たんだっけ? 大体なんで転生したんだ?

 なんて、そんな疑問は一瞬で吹っ飛んだ。そんな事はどうでもいいのだー。

 自分は高原からこの世界を見渡し、めいっぱい異世界の空気を吸い込んだ。スゥゥゥゥゥ。

 やったぁ! おお! 憧れの異世界だ! いつか行きたいと思い続けたあの世界。いや、この世界がそれなんだ! やったぞう! ぞう!

「イヤッホー!!!!!」

 いいね。最高だ。これから自分はこの世界で特殊な力でもって勇者とか英雄とかになるんだ。決定。わっはっは。賢者というのも捨てがたい。あるいはなにかむこうの知識なんかを活かしたあれこれで、天才のような扱いを受けるかもしれない。それがとても楽しみだ。

 まぁだがしかし落ち着け自分。今はこの異世界の空気を味わおう。スゥゥゥゥゥ。いい空気だ。いい酸素なのかもしれない。

 それにしても実際にここにいるというだけで、世界というもの自体がこんなにも違うものだと感じる事が出来るものなんだな。しかしながらそれがとても心地良い。

 が、高原から見える大森林やそれっぽい城壁のある街や空気の感覚だけでここが異世界だと確信したわけではないよ。それだけだったらここが異世界ではなく、寝ぼけてよく知らない外国に来ただけかもしれないじゃあないか。

 つまりここが異世界だという確証がある。

 蒼く透き通るような空に十数匹のドラゴンが群れで天を駆けている。

 なんと凄まじい景色だ。ああ、これは絶対に外国どころじゃあありませんね。明らかに異世界です。

 やったぞう。いやっほー!

 自分は本当に異世界に憧れていて、関連本を山ほどあさったし、狂った魔法の書とか偽歴史書とか異常植物辞典とかいわゆる変な本なんかも読んだし、その他にも様々なそれっぽい変わったアイテムは大好きで、よく見ていたし調べたりもしていたタイプだった。

 だから異世界に来れた事が本当にうれしいのだ。

 ふぅー。いいね。かなりいいね。ここに立って景色を眺めてるだけでかなり楽しいね。うれしいね。

 見上げた上空をドラゴンが通り過ぎる。翼が羽ばたく衝撃がかすかに届いてるかなと感じるほどの距離で、自分は当然その姿に見とれた。

 す、すごい。元の世界ではあんな大きい動物いないよ、しかもそれが空を飛んでいるなんて。

 先頭を飛んでいるドラゴンは紅く輝いていて、硬質な鎧に包まれた勇者のような様相で、それはなんといっても単純に格好良かった。完全にあれはレッドドラゴンというやつだろう。

 その姿をじっと見ていたら、先頭のレッドドラゴンがチラリとこちらを見た気がして、その荘厳さに身震いした。こわっ。

 それほど近いわけではないが遠くでもないこの中距離、こちらに向かってくるなんて事があるだろうか? そしたらどうなる?

 そしたらお話をするに決まってるぜ!

 ドラゴンとお話しするのは異世界では常識だ。なんて、異世界とはいえ、お話しできるタイプのドラゴンとお話しできないタイプのドラゴンがいることは知っているさ。

 ふいに話の通じないドラゴンに襲われたらどうなる? という考えが巡り、ゾクリとちょっとだけ冷や汗をかいた。当然やばいよな。

 少し離れた空を飛んでいるからサイズ感がいまいちつかめないけど、前方の巨大な一匹のレッドドラゴンは軽く10㍍を超えてるんじゃあないか?

 その後ろにはゾウさんプラスマイナスくらいのサイズのドラゴンが並んでいる。、サイズとしてはそれがほとんどだ。一番小さいドラゴンはあれはライオンさんぐらいだろうか。

 先頭はレッドドラゴンだが、レッドの群れというわけではなく、イエローやグリーンやブルー、ブラックホワイト。ほかにもマーブルなのもいるし。柿色もいる。あとは何とも言えないはっきりしない色のやつもいる。

 サイズや色は様々だった。

 それで、ひーふーみぃー…。今数えたら、ドラゴンの数は十二匹だった。

 あっそうだ、ドラゴンライダーはいないかな? 人が乗ってるタイプじゃあないかな。できれば自分も乗せてもらいたいが、ライダーは見当たらないし、いたとしても乗せてもらえる気はしないな。だがきっとそのうち何らかの縁があって乗れるに決まってる。決まってるさ。異世界に来たんだから当然だよね。

 そんな事を考えているうちにドラゴンの群れは遠ざかり、向こうに見えた城壁に囲まれた街の上空で止まった。

 ん? 瞬間。不穏な気配が上空に広がった。先頭のデカいレッドドラゴンが巨大な火球を口から放ち街を襲ったのだ。

 ヒ、ヒィイイイイイ。な、え、な、あれはつまりそういう事なのか。どういった因果関係があるか計り知れるわけもないが、ドラゴンの群れが人の街を襲っているとそういう事なのか? いや、見たままだ、見たままの事しか分からない。

 火球の合図の後に、雷やら氷塊やらなんやらが入り乱れるように他のドラゴンも街を襲いだした。体当たりとかも。すごい迫力だ。

 な、なんて事だ。人とドラゴンが仲良しなタイプの世界がよかったけど、これを見る限り少なくともこの場では、人とドラゴンが争うタイプの世界だ。

 ど、どうしよう。なんて、どうしようもないが。

 結構距離は離れているのに、ドラゴンの群れが城壁を破壊する衝撃や轟音が響いてきてそのリアルさに身震いした。す、スゴイ。

 イテッ。コツン、と小石が飛んできて自分の頭に当たった。小石とはいえかなり距離のあるこんなところまで飛んでくる衝撃って…、街にいる人は大丈夫なの…。城壁もあるし人は見えないけど、一体どうなってるのだろう…。

 と、体が勝手に後ずさる。

 せっかくやってきた憧れのこの異世界。きっと何らかの特殊能力を持っている最強の自分だけど、今の段階であの中に入っていく勇気はなかった。

 そして自分は街とは逆方向へと走り出した。

 なんて情けないんだ。いつもの自分なら真っ先にあの場所に向かっていたはずなのに、小さながれきが飛んできたぐらいで恐れて逃げ出すなんて。

 い、いや、まだ自分はこの世界に来たばかりだ、自分のステータスもよく分からないし、どんな能力があるのかも分からない。今の段階で、あんな訳の分からない争いの中に入っていく事もないだろう。今は、今はな! 今は逃げるのさ。

 そんな言い訳を考えながら思いっきり走る。走る走る走る。

 息が切れ足が自然に止まるまで逃げる。逃げる逃げる逃げる。

 そうして走り切ったら、目の前にスライムがいた。スライムぅ?

 はぁはぁ、で、出たー! はぁはぁ、す、スライムだー! はぁはぁ、スライムのいる世界だ。はぁはぁ。やったぁ。

 興奮と疾走の息切れで地面に崩れ落ちる。スライムはいいのだけど、もうちょっといいタイミングで出てくれたらいいのに、なんてモンスターに言うことではないかな。

 ズガッ、とスライムの体当たりが自分の胴体を襲った。

 イテェー。それに重いぞ。な、なんだこりゃあ!

 す、スライムってのはこんなにも強いのか。いや、スライムは弱いはずだ。スライムが世界で一番弱いモンスターじゃない場合もあるけど、それでも二番目か三番目に弱いモンスターだし、大抵はやはり一番弱いモンスターなのだ。

 それが結構強い。今は息も切れている。が、攻撃を避けずにいる訳にもいかないか。と、次の体当たりをヒュンと避ける。うはは、避けてやったぜ。

 ドロドロだが球体でしっかり核のある様相。かわいい感じのあのスライムや、リアルな感じのあのスライムとは少々姿が違ったが、こいつがスライムだとはっきり分かる姿だった。

 ズガッ、とスライムの体当たりが自分の脚部を襲った。

 イテェー。あれ? なんか素早い。避けきれない。

 とはいえたかがスライムだ。多くの異世界で最弱を誇るそれなのだ。攻撃すれば数発でやっつけられ―。

 ズガッ、とスライムの体当たりが自分の背部を襲った。

 イテェー。なんだ! 後ろにもう一匹! いや奥にももう一匹いるぞ!

 あれ? うそ。これ結構やばいのか。ちょっと待ってくれ、異世界に転生した多分すごい特殊能力を持つ自分が、スライムに追い込まれてるっていうのか? 腑に落ちないぞ。と、根性でヒュンヒュンと何とか二発の体当たりを避けた。が。

 ズガッ、とスライムの体当たりが自分の頭部を襲った。

 イテェー。と、頭から一筋の血が流れる。

 う、うわぁ。頭から血ってなにこれ引くわ。し、シャレにならん。やっと呼吸も整ってきたし、攻撃に転じよう、転じなくては。スライムなんざ一発だ。もしくは数発だっ!

 と、三発ほどパンチを空振りし、四発ほどキックが外れた後、かする様にキックが当たった。ボールだったら横に飛んでいく感じのインパクトだ。

 キックを当てたスライムは見たところなんともなく、ダメージがあるのかないのかわからない。これはダメじゃあないか? ロングソードとかショートソードとかの武器が必要なんじゃあないか? スライムなら素手でも数発があたりまえだと思ったのだけど。

 ズガッ、とスライムの体当たりが自分の肩部を襲った。

 イテェー。と、肩をやられ、うまくパンチを打てなくなった。

 だ、だめだ。なんか倒せない。きっとこいつらは、スペシャルスライムとか何とかいう特別な奴らだ。転生者とはいえまだ状況のわからない自分では手に余る。こうなったら、や、やばい、逃げなくては。くぅ、スライムから逃げなきゃいけないなんて!

 いや待てよ、こういう困ってるときはキレイかわいい女騎士様が助けてくれたり美しい美少女盗賊さんが一瞬でモンスターを倒してくれたりするはずだ。そう、これは出会いイベントなのかも。

 が、そんな来るか来ないか分からないものを待っている間にHPがゼロになったらおしまいだ。せっかく憧れの世界に来たというのに、世界最弱モンスターのスライムに倒されるなんて決してあってはならない。

 今は逃げなくては。と、踵を返すと目の前にもう二匹のスライムが現れた。おいおい、スライム多すぎるだろ…。まさかスライムで恐怖を感じるとは思わなかった。

 ズガッ、ズガッ、ズガッ、ズガッ、ズガッ、あっ、これやばい、う、嘘だろ、し、え? 死ぬのか?

 と、意識を失いかけた時、一閃が三匹のスライムを消し去った。

 おお! 来た! そうだ、出会いというのは本当にやばい時にこそ訪れるものなんだ、や、助かった。

「あんちゃん大丈夫かい? それにしてもなんだって、スライムなんぞにボコにされてるんだい?」

 それほど背は高くないががっしりとした立派な肉体を持ち髭を蓄えた、ファンタジー世界でいうドワーフにも見える頼りになりそうなおっちゃんが、鋼の斧で残りのスライムを葬りながらそう言った。斧二閃、スライム全滅。

 た、助かった。助かったが、なんか違う。いや助かったのだから、なんか違うとか失礼すぎる。だがやはりなにかがなんか違う。

「あ、ありがとうございます。助かりました」

 立派な勇者になって、いつか自分が数えきれないほど言われるであろうセリフを言った後、自分は自分が気を失っていくと感じながら気を失った。

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