『英雄』になった私と歳老いたあなた
「さてと……それでは、そろそろお別れの時間ですね!」
私――アルフィ・ステイシアは出来る限りの笑顔でそう言い放った。それに対して青年は悲痛な表情を浮かべたままだ。
青年――ルドガー・ボーウィンは私の幼馴染だ。
幼い頃からずっと一緒で、小さな村で育ち、ルドガーは騎士になるために剣の修行を。私は魔導師になるために魔法の修行を続けてきた。
そして、お互いに王国騎士と宮廷魔導師になり、共に国のために戦ってきたのだ。
それがずっと続くと思っていたけれど、どうやら今日でそれも終わりらしい。
「なあ、待ってくれ。こうするしか方法がないのか。お前が『犠牲になる』以外の方法は……」
「ないですよ」
私はきっぱりと、ルドガーの言葉に対して答えた。
「各地で発生している『霊脈暴走』の発生源はこの山脈です。もう少し早くこれを突き止められたらどうにかなったかもしれませんが……今はここを封じる以外にはないんです」
私とルドガーのいる場所は、王都から少し離れたところにある山間。
ここ最近、この国では多くの災害が発生していた。
『霊脈暴走』と呼ばれており――地面の下を流れる霊脈……すなわち、大地の持つ魔力の根源が暴走する災害だ。
突発的で、突然揺れが起こったかと思えば地面からまるで『魔法』が噴出するかのようなその現象は各地で発生しており、『王国の終焉』が囁かれる事態となっていた。
宮廷魔導師も総動員してその原因を突き止めようとして――ようやく、この場所を見つけることができたのだ。
「私くらいの魔導師じゃないと、この霊脈暴走の発生源を直接封印するだけの魔法は使えないと思います。今にも爆発しそうなこれを封印するのに、『誰が犠牲になるか』を考えたらまあ、私がなるのが一番早いので」
「だが――」
「ルドガー」
あくまで反対、という姿勢を取ろうとする彼の名前を、私は呼ぶ。
その一言だけで、彼を黙らせるには十分だったようだ。……表情は、納得していないようだけれど。
「私、今までの人生に後悔はないんです――って言えば、嘘になるかもしれません。けれど、ずっと憧れていたことがあるんです。『英雄』っていうんですかね? そんな御伽噺みたいな存在になれるんだとしたら、すごいなーって! 笑っちゃいますよね。今、この瞬間がその時なんだって思うと……まあ、少し怖いですけど、それでも『やれる』って思うんです。だから、ルドガー――ここにいるあなただけが、これから私のやることを見守ってくれることになるんです。応援、してくれませんか?」
「……!」
私の言っていることは、きっと卑怯なことだ。
私は英雄になるのに憧れている……だから、応援してほしい――なんて、私はがもしもルドガーに言われたら、きっと頷いてしまう。
だから、私はそんな残酷な言葉を、彼に向けて言っているのだ。
「……ああ、分かった」
ルドガーは、私の思った通りに頷いてくれる。やっぱり、表情は全く納得していないものだけれど。
「では、行きますね」
――これ以上、話していると私の決意の方が揺らいでしまいそうだから。
だから、私はもう振り向かずに、私の中にある全ての魔力を込めて、『封印魔法』を発動する。
球体状の魔方陣が展開され、目の前にある今にも爆発しそうな霊脈の本流――光り輝く力の源へ向かって、私自らの魂を媒介にし、この災害を終わらせる。
――私の人生に後悔がないと言えば、嘘になる。
それは本当のことだ。だって、私には好きな人がいるから。
幼い頃からずっと一緒で、一緒に笑い合って、ずっと一緒にいられたらいいと、そう思える人がいたから。
ルドガー――私は、あなたことがずっと好きでした。
そう伝えたいけれど、この言葉はきっとあなたを縛るものになる。
だから、私はあなたに気持ちは伝えない。それが……私にとっての唯一の後悔になるだろう。
でも、きっと大丈夫。私の意識はそこにはないのだから――封印魔法が完成すれば、後悔の念もなくなるだろう。
「ああ、でも、やっぱり――」
伝えておけばよかったかな。
それが、私が『最後』に考えたことだった。
***
「……ん?」
次の瞬間、私は目を覚ました。
目に入るのは真っ白な天井。パチパチと目を動かしても、その光景が変わることはない。
先ほどまでいたのは山間にある洞窟の奥だったはずなのに――もしかして、全て夢だったのだろうか。
「目を、覚ましたか」
「ルドガー?」
『声』を聞いて、私はその主の方向に視線を送る。
すぐ傍にいたから、きっとルドガーだろう……そう思って視線を送ったが、そこにいるのは私の知らない年老いた騎士であった。
騎士と分かるのは、彼の着ている鎧がまさに、王国騎士のものであるからだ。
だが、私はその騎士を見て、どこか見覚えがあった。
その答えを、すぐに老騎士は教えてくれる。
「ああ、久しぶりだな――もっとも、君にとっては一瞬だったのかもしれないが」
「あ……本当に、ルドガーなんですか? え、ということは……」
「君を救い出すのに、随分と時間がかかってしまった。すまない――」
そう言いながら、老騎士――ルドガーは優しく私の身体を抱き寄せる。
――すぐに、彼がルドガーであるということが、私の中でも理解できた。
どうやら、私にとっては一瞬のことだったけれど、すでに世界は随分と時間が経過してしまったらしい。
ルドガーが、齢六十を超えるような年老いた騎士になってしまうくらいなのだから。
「本当に、よかった……」
ルドガーは声を震わせていた。――その言葉だけで、私は随分と彼に心労を掛けてしまっていたという事実に気付かされる。
私はそっと彼の背を撫でる。
「随分と年齢差ができてしまいましたね。私って、見た目的には変わってないですよね?」
「ああ、あの時のままだ。俺から見れば孫みたいなものだが……そんな子に、とんでもない大役を背負わせてしまったと思うと、な」
「そんなこと、気にする必要はないですよ。だって、あの時はあれしか方法がなかったんですから。でも、こうして目覚めさせてくれたんですから、あなたには感謝しないとですね」
「それこそ、礼など必要ない。俺は俺にできることをしただけだ」
「それでは、お互い様ということで。えっと、それでここは……」
私は周囲を見渡す。随分と大きな部屋で、貴族の屋敷にも見えるくらいだ。
「俺の屋敷だ」
「屋敷……ということは、ルドガーもそこそこに出世したと?」
「まあな。一応は騎士団長をやらせてもらっている」
「へえ、騎士団長――へ!? 騎士団長!? あなたが……!?」
「……そんなに驚くことか?」
そんなに驚くことだった。
私から見て、ルドガーという男は騎士には向いているが、誰かを率いるというタイプではあなかったから。……時の流れというのは恐ろしい。
そして、その『時の流れ』の中で、もう一つ気になっていることがある。
「……ということは、もう奥さんもいるんですよね?」
「いや、一人身だ」
「そうですよね――え、なんでですか!?」
「なんでって……そんなに驚くことか?」
これもそんなに驚くことだった。
私のことは覚えていてほしいとは思っていたけれど、きっとルドガーなら――いい奥さんを見つけて、幸せに暮らしているくらいのことは考えていたから。
それが私の望みでもあり心残りでもあったというのに、彼はまだ一人身だと言うのだ。――なら、私の『後悔』が、後悔にならないようにすることもできるのだろうか。私がそれを伝えてもいいのだろうか――そう思っていると、ルドガーはそっと私の手を握り、静かな声で話し出す。
「もしかすると、こんな年寄りから言われるのは嫌かもしれない……けれど、君にずっと伝えられなくて後悔していたことがあるんだ」
「私に伝えたいこと、ですか?」
「ああ、そうだ。これから犠牲になろうとする君に、この言葉を伝えれば、きっと踏みとどまってくれるかもしれない――そう思ったが、そうすれば、それを言うのはきっとダメなことだと思ってな。だから、もう一度伝えようと思っていた」
ルドガーは真っ直ぐ私を見据えて、言い放つ。
「ずっと、君のことが好きだった。今も、この気持ちは変わらない」
「――」
……ああ、なんだ。
私と彼は一緒なんだと、すぐに理解できた。
嫌に思うなんてこと、あるはずがない。私だってずっと伝えたかった。
けれど、ひょっとしたら迷惑になるかもしれないから、言えなかったことだった。
だから、私も『後悔』にならないように伝えようと思う。
「私も、あなたのことが好きですよ。今もこの気持ちは変わりません」
同じ言葉で、ルドガーに答える。
ルドガーは少し驚いた顔をして、それを見たら私はおかしくなって、思わず笑い出してしまう。すると、ルドガーも笑い出した。
私とルドガーの間では、随分と時間が経ってしまったようだけれど、お互いの気持ちに変わりはなかった。
私の新しい人生は、彼と共にまた始まるのだ。
シンプルに好きなネタで短編を書き申しました。
いわゆる幼馴染の年の差ってやつですね……。




