第八十三話 エピローグ
「これは……、大地母神レーア、なのだろうか?」
アレクが、教会の説く全ての命の母にして大地の女神の名を口にする。
確かに、つい今しがた聞いた物語が真実ならば、ここにいるのはこの世界の人類を創り出した神のような存在ということになる。
僕たちは古代文明よりもさらに古い、神話の世界に辿り着いたのだった。
地下の古代遺跡からさらに下へと続く階段を、僕たちは下って行った。
この階段、よく見ると古代遺跡の他の場所とは材質やら構造やらが少々異なっていることに気が付いた。
現在のこの世界の技術では再現できない失われた技術であることは間違いないのだけれど、他の場所に比べると少々雑で、なんだか仮設感が漂っていた。
そして、下に降りるにつれてうっすらと瘴気が漂い始めた。
アレクはこの時点で当たりだと確信したそうだ。
この古代遺跡には地上の王都にまで及ぶ強力な瘴気の吸収機能がある。ならば、この階段の中もその影響を受けるだろう。実際に階段を降り始めてすぐのころは全く瘴気は見られなかった。
それが、階段の下の方に進むにつれて瘴気が現れたのだから、その先には瘴気の発生源があると考えたわけだ。
さらに階段を下って行くと、瘴気の発生量を調整する装置が設置されていた。エレノアさんが調べて、最大出力だったものを最小にまで落としてもらった。
この瘴気の発生量を調整する装置の正体は、送風機だった。階段の下に向かうパイプを通して送られる風の量が多いほど発生する瘴気の量も増えるらしい。
謎の古代文明にしては分かり易い仕掛けだった。
そしてさらに下って行くと、瘴気がさらに濃くなってきた。瘴気の発生量を最小に調整しても即座に瘴気が薄れるわけではないようだった。
これ以上瘴気が濃くなると僕たちの健康にも影響が出かねない、というところでアリシアさんの魔術で僕たちの周囲の瘴気を防ぎ、浄化しながら進むことになった。
そうしてなおも進むうちに、あの物語が聞こえてきたのだ。人類誕生以前の、神代の物語が。
古代遺跡にあった映像の記録装置とは異なり、頭の中に直接響いてくるようだった。エレノアさんは、瘴気を利用して思いを伝える魔術のようなものではないかと推測している。
そして階段を降り切った先、おそらく「船」と呼ばれていた構造物の中を、階段から続くパイプを頼りに進んで行った終端にそれはあった。
部屋の中央、半透明のシートのようなもので囲われた中に、大きな卵型の物体が置かれていた。
この卵型の物体が「医療カプセル」なのだろう。その内部は見えないけれど、この中に先ほどの物語の語り手がいると思われた。
周囲のシートとパイプが瘴気を回収するための仕掛けなのだろう。これだけ後からとってつけたものであると見ただけで分かる。
単純な仕組みだけれど、これが古代文明の時代からずっと動いているのだ。地下だから風雨に晒されることはないけれど、それ以上に厄介な瘴気が充満している。一体どんな素材出てきているのだろう。
「やはり、この部屋の中で瘴気が発生しています。」
アリシアさんは、魔術で瘴気の侵入を防ぐ防壁を展開しながら、それでも侵入してくる瘴気を浄化していた。対瘴気用の防護服よりも強力な聖女の魔術が無ければ僕たちはここまで来れなかっただろう。
周囲の瘴気に気を配っていたアリシアさんも、この室内で瘴気が生み出されていることを感じ取っていた。
たぶん、あのシートの向こう側はさらに強い瘴気で満ちているのだろう。
「瘴気の発生量は半減している。それでもたぶん、古代遺跡で処理できる量を上回っている。」
エレノアさんも設置された装置や室内の状況を調べてそう判断した。
先ほどの物語が正しいのならば、卵型のカプセルの周囲にこの世界の大気がある限り、そこに瘴気が発生する。発生した瘴気は古代遺跡が吸収するから、送風機を止めても吸収された瘴気の分新たな空気が入り込み、瘴気が発生し続けるのだろう。
瘴気の発生を止めるには、空気が入り込まないように完全に密閉するか、カプセル内の存在の精神活動を止めるしかなかった。
そして、僕たちはカプセル内の存在を殺す方法を知っていた。
「あった。これか……」
アレクが見つけたのは、カプセルから延びる一本のケーブル。それは周囲のシートの下を潜り、部屋の壁に接続されていた。
このケーブルが医療カプセルにエネルギーを供給するものだ。
淡々と語られた世界の始まりの物語の裏で、この中の人物は自分を殺す方法を伝えてきていた。
「全ての命を育みし創世の女神よ。安らかに眠れ。」
アレクは静かに祈りをささげると、壁に接続されたケーブルを引き抜いた。
カプセルの中にいた人物を救出することは僕たちにはできない。
おそらく姿形は僕たちと大差ないはずだ。自分たちに似せてこの世界の人類を創造したのだそうだから。
けれども、相手は神だ。本当の神ではないとしても、僕たちから見れば神のような存在であることに違いないし、本質的に別の世界の生き物だ。
僕たちでは治療以前にカプセルから出すこともできないし、近付くだけで瘴気の影響を受けてしまう。
どこにあるのかも知れない元の世界に帰ればまともな治療を受けられるのだろうけれど、それができるくらいならばとっくに帰っている。
僕たちではこの「船」を操作して元の世界へ帰してあげることもできない。
そして、何より本人が死を望んでいた。
だからアレクはケーブルを外した。
けれども、それですぐに死が訪れるわけではないだろう。
あれが非常用の救命装置ならば、本格的な治療を行う病院のような場所に到着するまで命を繋がなければならない。
せめて予備の動力源に繋ぎ変えるまでの間くらいは救命治療を続けるだろう。
それが十分間なのか、一時間なのか、それとも百年間なのかは分からない。相手は機械の力を借りたとはいえ、人類発祥以前から見守り続けてきた存在だ。僕たちとは違う時間を生きている。
せめて、安らかな最期になることを祈るしかなかった。
「ほな、行くで。セイヤァ!」
カレンさんが大剣を振り下し、パイプを切断した。古代文明の産物ではあるけれど、破壊不可能な強度は持たせていなかったようだ。
奥の方から続くパイプの切断面から瘴気が溢れて来るけれども、
「『氷結』!」
エレノアさんが魔術の氷を中に作って一時的に蓋をし、その間に切断面を潰して塞ぐ。
上の地下遺跡に繋がる方は逆流防止になっているのか瘴気は出てこないけれど、念のためにこちらの断面も塞いでおく。
そして邪魔なパイプを取り除いてから、アレクが扉に手をかける。
「それでは、閉めるぞ。」
――バタン。
古代遺跡内にあったどの扉とも違う、厚く重い扉が音を立てて閉まった。
ここはおそらく「船」と呼ばれていた構造物の外殻部分。今閉めた扉は非常に気密性が高そうだった。
これでこの世界の大気が入り込んで瘴気が生成される恐れも、発生した瘴気が溢れて出てくる恐れもだいぶ減っただろう。
扉がしっかりと閉まったことを確認して、僕たちは元来た道を引き返して行った。
あれから数ヶ月。
アレクは相変わらず冒険者をやっている。
魔王を倒し、迷宮核も二つも回収したけれど、ダンジョン自体は健在だった。
国を守るために作られたものであっても、ダンジョンは潜在的に危険な存在だ。今後も冒険者はダンジョンを探索し、モンスターを倒さなければならない。
深い階層の空白地帯の探索が可能なアレクの力はまだ必要とされていた。
ダンジョンの探索と並行して、古代遺跡の探索も行っている。もちろん僕たちも一緒だ。
といいますか、古代遺跡の探索があるから、パーティーメンバーがほぼ固定になっている。たまに国の研究者を連れて瘴気調整部屋まで行ったりするけどね。
古代遺跡の探索の主な目的は、瘴気の根源を断ったことによる影響の調査。古代遺跡には大量の瘴気が蓄えられているからすぐに変化があるとは思えないけれど、一応経過観察中だ。
瘴気の蓄積量の推移も見て行くことになるのだけれど、そちらは何十年という単位になる。
後は、エレノアさんが引き出した情報から作った地図の確認とか、古代文明の産物を収集したりしている。
古代遺跡に関しては代わりに探索できる冒険者はまず見つからないので、アレクが頑張るしかない。
少なくとも、危険な量の瘴気が存在しているうちは古代遺跡の存在やダンジョンの真実は公開されず、国家機密として扱われるらしい。
エグバートの名誉回復はまだまだ先のことになりそうだ。
「それでは、探索を開始する。」
勇者一行は、今日もまた冒険を続けている。
アレク達の冒険はまだまだ続きますが、この物語はこれで終了です。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




